■第三十七夜:祖国への侵攻(2)
爆殺兵という単語が脳裏を過った。
体内に細かい鉄球を飲み、全身に釘や鉄片を帯びて敵陣に突撃を敢行し、そこで爆薬に火をつけて自爆する。
追いつめられた側の、戦術以前の非人道的な攻撃法だが──イズマという強大な外敵に本営を攻められている状態のシビリ・シュメリの連中からすれば、いまがまさにそうだ。
ビョウ、と組み付いたふたりの肉体に、真っ白い光の帯が刺青のように浮かび上がった。
「〈グリード・ゲート〉!」
叫んだのは鞍上のエルマだった。
あのふたりは己の内側にある疑似スピンドル回路:〈グリード・ゲート〉をワザと暴走させて、イズマを道連れにするつもりなのだ。
生半可な攻撃では、いまイズマの肉体を構築している〈イビサス〉のボディには傷ひとつ負わせられまいという発想・判断。
で、あれば、炉である自分自身を臨界させれば、あるいは。
ひとりでダメならば、ふたりならば。さらには三人であれば?
そういう発想であろう。
自分たちが掴み取ろうとした一族の再興のために──自分たち自身を爆弾として、兵器としての消耗を選択してゆく。
エルマは、かつて自分が中枢を成していたシビリ・シュメリの発想とそれが生み出す教育、洗脳じみた訓練の積み重ねにめまいを覚えた。
だが、その輝きは爆発にはいたらない。
逆に収束してゆく。
異能の行使を封じる《カウンター・スピン》。
イズマはいま肉体を触れさせるふたりの《スピンドル》の律動に対して、それを打ち消す波動を伝達して暴走を収めてしまったのだ。
「バカなことはやめるんだ! キミらだって、おうちに帰れば奥さんがいるんだろ? 好いた女のコノひとりやふたり、いるだろ? こんなことやってる暇があったら、お尻撫でたり、おっぱい揉んだりしなよ!
女のコもいるなら聞いてくれ。ここで死んだら、もう二度と惚れた男には会えないんだよ? カルカサスだけがイケメンじゃないでしょ? なんならボクちんが彼氏になってあげる──その、えーと、何番目だ?」
迸り出た説得内容が、ポリティカルコレクトネス的に正しかったかどうかは、わからない。
ただ、イズマの声と叫び、その主張は間違いなくその場にいた者たちに届いた。
あるいは正しくなかったからこそ、それは届いたのかもしれない。
「ボクちんだってキミらと戦いたくない。だけど、いま、カルカサスはエレヒメラを人質に取ってる。真騎士の乙女──ラッテガルトもだ。ボクちんはそのふたりを取り戻したいだけなんだ。
シビリ・シュメリを滅ぼそうとか、考えてもいない。まあ、どうなろうと知ったこっちゃない、とも言えるんだけど」
だけど、だけどね──イズマは両手でふたり、左右にひとりずつの戦士を力場に捉え、くるくると回して持ち上げながら言った。
「いいのかい? “狂える老博士”どものことさ。そいつらに我が身を差し出して、このまま、やつらとの共生関係を続けて、自分の子供たちまでキミラみたいに紛い物の《スピンドル》回路を埋め込んで、自爆兵器にしてしまって、そんなので氏族は復興すんの?」
イズマの言葉は洞窟内に反響して轟いた。
大音声ではないのに、腹の底がびりびりと震える感じがするのは、その言葉が持つ《ちから》のせいか?
「人類に対する侵略戦争を止めようとか、みんな仲良くとか、そういう素晴らしいことが言いたいんじゃないんだ。
ただ、このやり方でいいのかって話さ。名誉とか名声とか、栄誉とか誇りとか、栄光とか後光とか? ん、最後のなんだ? いやまあ、どうでもいいけど、それって自分らで掴まにゃならんのと違うか? “狂える老博士”どもみたいな連中と結託してそれを獲たところで、いざ手を切ろうと思ってもさ──できなくね? そんなに依存してたら」
「ならば、どうすればよかった。貴様が、“神”を、〈イビサス〉さまを奪いさえ、しなければ、我々は──」
イズマの操る力場に捉えられ、空中で回転する男が言い放った。なるほど、この前衛を指揮していた男だろう。
だが、イズマは即座に反論する。
「神様がいないから、この氏族は、ベッサリオンはもうダメだ、とかメンタル弱すぎるんじゃね? それじゃあ、人類には勝てないよ。地上世界を蹂躙なんてできやしないよ。
だって人類の信じてる神様、もう居なかったりするヤツいっぱいいるもん。聖イクスもアラムも、もう物語のなかにしか居ない神様だよ? それなのに、人類、ひょっこり生きてるし、別に恥じ入ってないし、“神”はいるぞって真顔で言うよ?
天の國にいるって主張ならまだましでさ。
胸の、頭の、心のなかにいるって──それって、妄想じゃねって思うけど、信じるのは自由だからさ、いるのかも。
つまりさ、ベッサリオンのみなさん、おまえら同じ条件の神様がいない人類に負けてんの。
それなのに栄光を取り戻すとか言って、“狂える老博士”──民を実験材料としてしか見ていない、あんな連中と手を組みやがって……恥を知れ!!」
イズマの一喝に、周囲の戦士たちが後退った。
よく見れば前衛を任されたのは、年若い経験も不足しているだろう若者たちだった。
「神様になりたきゃ、自分の《ちから》で成れよ。《スピンドル》は《意志》の《ちから》だ。いまのキミらに無理でも、君らが信じて命を紡ぎ繋ぐうちに、子供のなかには発現する子も生まれるんじゃないの?
なにかを成し遂げようとする姿をきちんと親がその背中で見せてやってりゃ、そのうちなんかあるかもよ? 王族や棟梁の家系に発現者が多いなら、血の定めだってーなら、せっかく没落したことだ、血族内での近親婚をとりやめて、血を広めてみたら?
言っとくけどこいつ=〈イビサス〉だって、むかしから“神”だったわけじゃないんだぜ? 自分の《意志》で困難と試練を選び取って、それに打ち勝ったからこそ──まあそんぐらい傲慢だったわけだけれども──“神”になったんだ」
そいつを打ち倒して我がものとしたボクちんが言うんだ。
「間違いない! ボクちんに自爆攻撃仕掛ける根性あるなら、たいがいなんとかなるって」
ムチャクチャな論理展開であった。
だが、最後の最後、たしかに荒神:〈イビサス〉を下したイズマであったから、むやみな説得力だけはある。
コホン、と咳払いひとつ。
「とまあ、いろいろ偉そうなこと言いましたが。とりあえず、ボクちんは愛してしまったふたりの女のコ助けるために、先に進みたいだけなんだ。通してくんない?」
あ、カルのやろーだけはぶん殴ってお尻ペンペンしなきゃだめだけど。
あまりといえばあまりなイズマのぶっちゃけに、反論した男はすっかり毒気を抜かれた様子だった。
小さく吹き出すのさえ、聞こえた。
イズマは笑みを浮かべる。
そして、男の首筋に矢が突き立ち、そこに込められていた異能の力を始動キーにして男は閃光となって爆散した。
どうして──我が身に起こった現実を認められない。
そんなつぶやきが、《スピンドル》となってイズマに伝わってきた。
もうもうと立ちこめる土煙が晴れると、とっさにイズマが張り巡らせた防御スクリーンの影にいなかった全員が、姿を消していた。
立ち去ったのではない。消し去られたのだ。いまの爆発で。
呆然として、イズマは周囲を見渡した。
十人以上居た。
ついさっきまでだ。
それなのに、いまここにはイズマを除けば、エルマと脚長羊と……同じく事態が把握できないでいる男女が三名いるだけだ。
そのときギィン、とイズマの甲冑の肉体に当たって太矢が弾け跳んだ。
それは、さきほど爆散した男の首筋に突き立ったものと同じ種類の《スピンドル》エネルギーを帯びていた。
だが、それ単体では〈イビサス〉の防御力を突き破れないのだ。
「てんめぇら……」
ぶるぶるぶる、とイズマが震えていた。
危険な前衛を経験が不足しがちな若者が務めることは、戦争ではままあることだ。
きれい事を並べるつもりはイズマにもない。
かつて王であったのだ。
そんな戦争心理について、いまさら己の無垢・無罪を主張したいわけではない。
だが、味方を後ろから、それも使い捨ての道具として──死んでくれと面と向かって頼んだわけでもなく、わかりましたと応じられるほどの夢を見せたわけでもなく。
撃った男を見据えてイズマは言った。
震えながら部下たちに攻撃を指示しているソイツを凝視した。
そこには邪視とでもいうべき《ちから》が込められていた。
「死んで楽になれると思うなよ。死体に精神を縛りつけて、ボロ切れになるまで使ってやる。泣いても喚いてもダメだ。失われた土蜘蛛の帝国:ウルの皇帝がどんなにえげつない屍人遣いだったか、身を持って思い知らせてやろう。
屍人に死を忘れさせると謳われたそのワザマエ──死んでるのになんども死を体験する臨死ツアー、イヤだっつっても、その身に刻んでやるから覚悟しろ!」
それまでどこに収められていたのだろう。
イズマの全身から凶悪な姿の刃──いや、そのねじくれた刃に見えるものはすべて歯なのだ──が現れ、がちがちがちがちッ、と威嚇するように音を立てた。
「おまえたちに邪法のなんたるかを刻み込んでやる。その肉体に直接だ」
イズマは聖人君子ではない。
権力のなんたるかを理解し、政の毒を飲み干し、一度は人命を単位として、駒として扱う極地に立った男だ。
そのうえで阿呆の振る舞いを選び取った男だ。
過去の栄光をすべて投げ捨てて、死を装い数百年ほども昼寝すると決め込んだら、ほんとうにそうしてしまう男だ。
それゆえに、かつての残酷性をその阿呆が実践すると決めたなら、その行いは果断にして苛烈。
瞬きほどのためらいもない。
後衛にいた司令官とその直掩たちはイズマの言葉が終わるやいなや、その足元から吹き上がった真っ黒な糸に捕縛された。
いや、糸ではない。
それはかつてイズマの妻であった女たちの頭髪。
怨念によって練り上げられたそれが絡みつき、毛穴から侵入してくるのを体感することになる。
楽には死ねない、いや、死ねるかどうかわからない。
今度は、その恐怖に震えながら。
そして、エルマはそのイズマの姿に魅入られている。
畏怖と激しい官能に。
もし、エルマが強制的に爆弾にされた若者のように扱われたなら、きっとこの方はこの眼前に広がる阿鼻叫喚と同じか、それ以上の方法で報復してくださる。
こんなに強く想っていただけている。
そう思うと、身体の芯が熱く疼いて仕方がなくなるのだ。
なるほど、観衆を昂ぶらせ血を滾らすことも、また王の所業、その資質、徳なのであろう。
常人ではありえないほどの量の感情、想いをその身に溜め込むことのできる器の持ち主だけが、真の王たりえる。
だが、その統治の技術の巧みさゆえに、イズマは王を降りたとも言える。
あまりに見事で、理想の王でありすぎたゆえに。
そのことをまだ、エルマは理解できないでいる。




