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■第三十二夜:暴食の王

「ちょっと、これ、無理ゲーっぽくね?」


 エルマを胸に押し当て、もはや瘴気と呼んでもよいほどの濃度となった〈バースト・ヘッド〉の毒霧を躱しながら、イズマがぼやく。

 狂ったようにブレスを吐く〈バースト・ヘッド〉。

 だが、この濃い雲の組成の半分は、のたうちまわる巨体が患い茸をなぎ倒した際に舞い上がる胞子でもあった。

 

「火力勝負なら負ける気はしないんだけど、いろいろ厄介なんだよ。再生能力がハンパないし、デカすぎてそのままじゃ〈イビサス〉的にも捕食できないじゃん! さっき吹き飛ばした頭がもう生えてきてるのは、どうなってんのさ! 暴れ回って毒をまき散らすから、おとなしくさせたいんだけどなー」

「我が神:〈イビサス〉さまは、火炎系、地熱系が得意でしたからね」

「こんなところにそんなでかい火花を散らしたら、さっきみたいな連鎖爆発で、この階層ごと吹き飛んじゃうよ。厄介だな、この毒ガス!」

「火薬をまき散らしながら問答無用で暴れ回っているようなものですもの。なるほど、相性的に、このタイプが一番厄介でしたのね。……申し訳ありませんの。イズマさまだけなら、悠々と突破できますのに。このキノコの森も、かつてはこれほどの規模ではなかったはずなのに、いつのまに……」


 かつてベッサリオンの氏族に“神”として崇められた〈イビサス〉の肉体は、異形の怪物:〈バースト・ヘッド〉のまきちらす毒物のことごとくを完全に無効化していた。

 つまり、囚われの姫巫女:エレを助けるべく交戦を避け、次の階層へ進むだけならイズマは大した苦労もなく赴けるのである。

 問題は、要救助者が二名おり、そのうちひとりを腕に抱いていることだったのである。

 

「エルマ。《エナジー・ドレイン》で、ボクちんから《ちから》を吸えない? ちょっとくらい、回復できると思うんだけど」

「やめておいたほうが賢明そうですの。《スピンドルエネルギー》のバイパス容量が違いすぎて、たぶん、繋げた途端にエルマが弾けてしまいます」


 ラッテガルトの予想と同じ返答が来た。

 そして、その予想は正しい。

 純潔の真騎士、その乙女たるラッテガルトからの恩寵を受けているにも関わらず、イズマの肉体はいまだに荒神:〈イビサス〉のままだ。

 それは、《ちから》のキャパシティが桁違いに大きいことを示している。

 人類であれば完全に満たしても余りある戦乙女の恩寵:《ヴァルキリーズ・パクト》をして、いまだそこに溜め込まれるエネルギーに余裕がある証拠なのだ。


「こんなにすごいのと結びついてしまったら、ほんとに壊れちゃう」

 

 イズマから発せられる荒神:〈イビサス〉の神気は、その胸に顔を埋めるエルマを毒の雲から保護していたが、同時に耐えがたい官能を喚起するものなのだ。

 その口調は艶めいて、接続を待望するかのように瞳は潤みきっていたが、やはり直結は論外だった。

 

 となれば、暴れ回る異形の怪物:〈バースト・ヘッド〉をどうにかするほかに手だてはない。

 ないのだが。

 

「困りました。せめて、すこしでも話が通じればいいんですが」

 これまでの経緯から、これら異形のコアとなっている存在はすべて、かつての同胞であると知るエルマの口調にはためらいがある。

 対する、イズマの見解はすこし異なっていた。

「無理そうだね。というか、もしかしたら、この〈バースト・ヘッド〉には、もうすでにコアとしての自我はないかも、だよ」

「どういうことですの?」


 小さな岩棚を飛び移り、距離を稼ぎながらイズマは観察をやめていなかった。

 

「あいつの頭。ゲロい肉腫みたいなのがあるでしょ? そこから突き出てる幾何学模様みたいなのと神像めいたパーツ……あれってさ、〈グリード・ゲート〉の集合体じゃないかな?」

 あごをしゃくり、指し示しながらイズマは言う。 

「〈グリード・ゲート〉?! つまり、《疑似スピンドル回路》の集積体、とおっしゃりたいんですの?」


 驚愕して瞳を上げるエルマに、うん、と頷いて見せる。

 

「“狂える老博士”どもは、たしか〈グリード・ゲート〉を別種の生物、あるいはその一部だと、キミたちに説明したんだよね?」

「たしかにそうですけど……どういうことですの?」

「もしかすると、だけどさ。この〈バースト・ヘッド〉っていうバケモノは──〈グリード・ゲート〉そのものが、この辺にあるキノコや宿主の肉体を、自動的に継ぎ剥ぎして作った乗り物なんじゃないか、って思うんだけど」

「〈グリード・ゲート〉の乗り物? どういう……意味ですの? 愚かなエルマにもわかるようにおっしゃってくださいですの」


 うん、とイズマは頷く。


「このキノコたちの養分って、なにかな、と考えてたのさ。ここでこんな爆発的に繁殖できる理由、だよ。それって、もしかして、死体じゃない? それも、“ヒルコ”たちの。そうでしょ? 

 でも、その死体に組みついていた〈グリード・ゲート〉はどこいったの? 失われた? 分解されてキノコに吸収された? 

 いいや、そうじゃない。

 つまり、ここで力尽きたみんな・・・のなかに埋め込まれていた〈グリード・ゲート〉はキノコに養分として吸収されたんじゃないってボクちんは言ってるのさ。逆にキノコに組みつき、さらに互いが結びついて〈バースト・ヘッド〉のコアを為す《疑似的な意志》いや、自我として、自らを編み上げなおしたんじゃないの?

 我思う、ゆえに我在りってさ。

 そうじゃないと、さっきの爆発で消し飛んだ部位の動き、再生力……おかしいもん」

 

 イズマの指摘に、エルマは口元を押さえて息を呑む。

 推測は荒唐無稽だが、説得力があった。


「でも、いくらなんでもあんな巨大な骨格をどこから!」

「たぶんだけどさ、いま茸の森になってしまっているここって、かつて〈イビサス〉が狩り取った竜を腑分けして、タシュトーカの水穴の水で洗ったところでしょ? その血を養分に、洞内に吹く風と鉱脈からの透過光で、こいつら育ってたんだよ。あたりでしょ? そこに〈グリード・ゲート〉つきの“ヒルコ”たちが重なって」


 こりゃある種の蟲毒──壷のなかに無数の蟲を放り込み共食いさせて、生き残った最後の一匹を強力な呪いの触媒に育てる儀式、そのものだよ。

 イズマがアゴを撫でながら言う。

 

「じゃあ、あれは──」

「竜の再利用できない骨格の残りと、患い茸、それから“ヒルコ”たちの死体と怨念。それを《ねがい》を溜め込みすぎて、まるで《意志》があるかのように振る舞うことを憶えた〈グリード・ゲート〉が操って、まるで生き物みたいに振る舞わせている人形なんだ。

 だから、本当の意味での《意志》や思惑、人格はない。それなのに神像なんかつけやがって。擬態でもしてるつもりなのかな。《意志》あるものに」


 イズマの鮮やかな推理と、そこから導き出されたおぞましい仮説に、エルマの背筋を寒気が這い登ってきた。

 

「《意志》も思惑もなく、ただ、生き物を模して反応しているだけ──〈グリード・ゲート〉って、いったいどんな生物の組織なんですの。すごく興味が湧いてきたと同時に、知りたくないとも思えてきました」


 イズマに対して畏敬の念を隠そうともせず、見上げるエルマに、しかしイズマは答えなかった。


「理論的帰結としては、あのへんてこな幾何学模様と神像を肉体から引っぺがせば、止まるんだろうけど、あんなでかいもの切断するにはおっきな刃物がいるなー。あー、の聖剣:〈ローズ・アブソリュート〉がありゃーなー。こう、一発なんだけどな。姫、ぶった切るの得意だから」


 イズマは夜魔の姫:シオンザフィルとその佩剣:〈ローズ・アブソリュート〉を引き合いに出した。

 異形の大剣は《スピンドルエネルギー》の伝導により、信じがたい切断能力を発揮する。

 たしかに〈バースト・ヘッド〉クラスの怪物と相対するには、そのクラスの破壊力が必要だろう。

 エルマが途端にしゅん、となる。

 

「申し訳ありませんの。エルマたちが、イズマさまを信じ切れなかったばっかりに。なんのお役にも立てないし。だって、だって、取られちゃうと思ったんですの。シオンさまに独占されちゃうと思ったんですのー」

 ぐずず、とエルマが泣き、イズマが慌てて撫でてやった。

「ごめんよ。むかしは、一緒に来るほうが危ないと思ったんだ。だから、キミたちを連れて行かなかった。でも、もうエルマを離さないから」

「エレ姉さまも?」

「もちろん」


 イズマの約束に、エルマの表情がふやや、と緩む。


「それは約束するとして、やっぱり、こりゃあ、お掃除専用召喚獣で、一気に綺麗にするしかないかー」

「召喚獣! なにかとっておきのがいますの?」

「クラウド・ドラゴンがいるんだけど──だめだ、アイツのブレス。雷撃を伴った竜巻だー。火花プラグ一発、吹き飛ぶパターンだー」

「キャー、ドラゴン、ドラゴンを使役できますの?! イズマさま、やっぱり、凄い! 本物の竜殺しの英雄なんですね。ああっ、それなのに、わたしたちを相手取った時には使わなかった。こんなに気づかって頂いていたのに、それに気がつかないなんて、エルマのバカ、愚か、考え足らず!」


 とどまるところをしらないエルマの恋のヒートアップで火花が散りそうなのだが、イズマは照れ臭そうに頭を掻くばかりだ。


「てへへ、使えること、忘れてましたー」

 それどころか、誤って召喚すればサンダーブレスと毒雲の連鎖爆発によってシダラ山ごと吹き飛んでいたかもしれないのだが。

「謙遜! 奥ゆかしいッ。男らしいッ」

 イズマの本気を謙遜と迷いなく捉えてしまうエルマは、ある意味たいへんよい性格をしている。


「と、なると直通路で召喚。それも、リアルタイムで制御しなきゃあならんわけだ」

 さらり、とイズマが漏らした手法にエルマは目を剥いた。

 イズマが考えは理解できる。

 だが、それはとんでもない離れ業なのだ。


 通常、召喚系の異能は、ただそれを習得しているだけでは効果を発揮しない。

 召喚のための次元門と、召喚獣を別次元に用意した亜空間に閉じこめ、必要に応じてこれを呼び出し、使役する方法が、いわゆる「召喚系」と括られる異能の実体だ。

 だが、問題はその中身である。

 肝心の召喚獣は自力で捕獲、駆式を埋め込み調教しなければならないのだ。

 

 そのため、召喚系の異能の習得者は極端にすくない。

 

 特に人類の召喚能力者は希有で、土蜘蛛や真騎士、蛇の巫女たちのような長命種に一日以上の長がある大系だった。

 

 余談だが、長命種の筆頭である夜魔は、なぜだかあまり召喚獣を好まない。

 なにか、彼らの美学に抵触するところがあるのだろう、というのがもっぱらの定説だ。

 

 召喚系の異能は、特に装備・消耗品を使い捨てにしながら侵攻する土蜘蛛の戦闘スタイルのなかでは、かなり異色の、とりわけ手間暇のかかるとっておきの大技だ。

 再使用までに年単位のスパンが必要なこともあるが、一度呼び出せば、戦局を覆しうる戦力となる召喚獣は、ここぞという時に使用すべき切り札だったのだ。

 このような大技であるからには当然のように、必要とされる代償も桁違いだ。

 

 その入念な準備と調伏・調教の段取りを省略し、即時実践投入という離れ業をイズマは断行しようというのだ。

 いま、ここに召喚獣を力技で呼びつけ、これを使役しようというのだ。

 

「イズマさま、それは、いくらなんでも──」

「大丈夫、できるよ。ちゃんと下ごしらえはするし。つか、もう半分くらい終わってるんだけどね?」

 言われてはじめて、エルマはイズマが逃げ回る先々に《スピンドル》で呪紋を焼きつけていることに気がついた。

「これって?」

「制御の負担を肩代わりしてくれる呪法陣さ。こんだけデカイ仕込みをしときゃ、大物呼んでもなんとかなるでしょ」


 イズマの取ろうとする戦術の桁外れの大きさに、エルマは言葉がない。

 いったい、どれほどの大物を呼び出そうというのか。

 

「相手が強欲グリードだっつーなら、こっちは暴食グルートニーで勝負してやらあ!」


 イズマの口調に戦闘的にシフトしつつある心のありさまが乗りはじめる。

 いつしかエルマを抱きかかえたままイズマは壁面を走り始めていた。

 

 超常的な運動能力を授ける異能:《クラウド・モンキー・ストライド》と糸を駆使し、オーバーハングの壁面を走り抜けるその姿は、すでにイズマが超人へと到達しつつある証左だ。

 

 その脚が、呪紋を次々と岩肌に描いていく。

 場を踏むことで呪式を完成させていく兎歩うほ反閇へんばいと呼ばれる技法。その最終形態である。

 そして、ついに長い準備段階を終え、イズマは巨大な召喚門を開いた。

 常識ではありえない、しかし、《ヴァルキリーズ・パクト》によって、完全にとまではいかずとも《ちから》を満たされた荒神:〈イビサス〉の器が可能にした大技だ。

 

「さあっ、暗き忘却の淵より現れよ! 飽くなき探究者。山塊を喰らい海を呑み干すもの──飢餓の王:〈ガラン・バウ〉!」


 イズマの呼びかけに応え、患い茸の森の地面が、飢餓の王:〈ガラン・バウ〉の住み家である永劫の穴蔵と直結した。

 

 そして、それはねっとりと絡みつくような闇をかき分けるようにして姿を現す。

 

 無数の顎門アギト

 それも鋭さよりも強靭な筋力で相手をすり潰すことに特化した巨大な歯を備える暴食グルートニーの権化。

 無限の食欲によって構成された城郭を思わせる巨体が、正確にはその一部をこちらに現出させたのだ。

 

 ごあああああああああああっ──その大音声は吐き出されたものではない。

 呼気・吐息すら喰らおうとする〈ガラン・バウ〉が、大きく息を吸い込んだことで発された音だった。





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