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■第二十一夜:“寄居蟲(ゴウナ)”

         ※

         

 そのころ、魔女の影を捕らえたダジュラは、そこからイオに潜り込み、同化して組み伏せていた。

 そうして相手の内部を探りながら、暴き、理解を口にしていく。

 驚くべきかな、これこそが〈グリード・ゲート〉がダジュラに与えた異能なのだ。

 相手に影を通して潜り込み、同化し、奪い取る《ちから》。

 ダジュラの命名を借りるならば、すなわち“寄居蟲ゴウナ”。

 土蜘蛛の言葉でヤドカリを意味する。


「なるほどなあ、侍従の連中は、互いの身体だけじゃなく心まで融通することで、受け止めることのできる悪意の容量プールを、でかく・・・したんだな。

 いやいや、健気なことだよ。こんだけドス黒いゲロや糞を腹いっぱい溜め込んでりゃ、どんなに取り繕ったってボロが出るだろうに。

 本当の意味でしんどいことは、融通しあった連中のだれもこんな悪意を引き受けたくないし見たくもないわけだから、なすりつける相手もいなけりゃ、吐き出すこともできねえ。

 溜まる一方じゃねえか。

 それが腐って沸いて、こんな臭いになる」


 ぞぶり、とその悪臭立ち上る汚濁に身を沈めながらダジュラはイオに囁いた。

 悪意の衣の奥からイオの半身が覗いていた。

 かつて土蜘蛛であったときの白銀の頭髪に、抜けるような白い肌、赤い瞳の──。

 手足を呪詛の泥土に取られ、空中につなぎ止められた姿のイオの背後から、泥土を身にまとったダジュラがのしかかっていた。

 豊かな胸乳をタールで汚したような指がねじるたび、真皮質に直に触れられるような痛みと嫌悪感と恥辱が入り混じりイオを襲うのだ。

 イオにできることは身をよじり楽器のように鳴くことだけだ。

 

「ただまあ、全員を並列にすることで、情報の共有化と呪いの威力を増大させたところは評価できるぜ? なんだ? 褒めているんだ。

 痛いのか? 感じるのか? それとも両方か? 

 ああ、だめだ、暴れても。

 オレはいまやオマエ自身でもあるんだぜ、イオ? 

 どんなに呪詛をぶつけても、すでにオレ自身がオマエの呪詛そのものなんだ。

 血で血が洗えないように、呪詛で呪詛を引き剥がすことなんてできやしないのさ」


 ダジュラは肉体には、これまで行われた試験結果によって蓄積された最新の疑似スピンドル回路:〈グリード・ゲート〉が施術済みであった。

 もちろん、“狂える老博士”どもの話を信じるなら、の話だ。

 ダジュラはその施術を、棟梁であるカルカサスに伏せたまま、“狂える老博士”のひとり、イダに依頼した。

 そして、イダはその申し出を快諾した。

 

 もとより忠誠心や義理立てといった観念が、イダをはじめとする“狂える老博士”たちには備わっていない。

 これさいわいと、試験中であった己らの狂気の産物をダジュラに組み付けた。


 最新鋭の〈グリード・ゲート〉:“寄居蟲ゴウナ”のインプラント。

 そのときの会話を回想すれば、以下のとおりだ。

 

 

 

「これはね、ほ、相手を喰らうのじゃない。相手に潜り込んで同化し、まるで一体であるかのように振る舞う能力を与える器官さ」


 イダは《スピンドル》能力者を検体に使える喜びに顔をほころばせた。

 もっともその笑みは、親愛の情を歓喜させるのではなく見た者に吐き気を催す嫌悪と怖気を与えるものであったが。


「取り込んだ相手はどうなるんだ?」

「オマエさんの手足のように意のままに操れるようになる。

 もちろん使い手の《意志のちから》次第だが、これまでの検体のすべてが無能力者か、あっても二級以下の能力しかもっていなかったことを考えると、すでに《スピンドル》能力者として充分に練られたオマエさんだ。

 その《意志》に加えて〈グリード・ゲート〉によって増幅された《ちから》に、そうそう打ち勝てる存在など居はしないだろうよ」

 

「飽きたときはどうする?」

「ああ?」

「乗っ取った相手に飽きたときはどうするんだ?」


「オマエさん、ゴミの捨て方をいちいち親に尋ねるタイプか? 乗り捨てればいい。分離も同じ手順だ」

「融合というよりむしろ憑依──宿借りというわけだな」

「宿借り、ううん、しっくりくる表現だ。これを“寄居蟲ゴウナ”と名付けよう。そうやって宿借りしている間、異能の代償は潜り込んだ相手と折半することになる。行使権と報酬の獲得権はオマエさんが、支払いはふたりで、というわけだ」

「でかい技を遠慮なくぶちかませるな」


 欠点はないのか? 施術を終え、びくびくと脈打つ〈グリード・ゲート〉を鎮めるように腕を握りながらダジュラが聞いた。

 

「欠点というか、運用上の注意だね。

 いいかい、ダジュラ、オマエさん。まず、取りこめる対象は一度にふたつ・・・が限界だ。

 両腕の印があるだろう? それで抱えることができる分だけが限界だ。

 手順としては、その手で掴んだ相手の影から浸透する。

 憑依を開始した瞬間に、憑依対象の持つ耐性や種としての形質は、すべてオマエさんに受け継がれる。

 たとえば、毒グモに憑依したなら、オマエさんはその毒を扱えるし、同じ種類の毒ではオマエさんを脅かすことはできない」

 

 いびつに長い指を立てながらイダが言った。

 

「相手の得意な攻撃を封じれるってわけだな? 有利な話じゃねえか」

「乗り換えるとき気をつけろ、という意味合いだよ。

 いいかね? あくまで取り込みを開始した相手のそれを写し取るんだ。乗り捨てた瞬間に、耐性は失われる。二体目を取り込むまでは気にしなくていい。

 だが、三体目を取り込むなら、かならず一体を完全に分離し切ってから行うんだ。さもないと──」

「乗り捨てようとした相手が、たとえば猛毒の血を帯びているようなバケモノだったなら──」

「濃硫酸の血をもつような」

「そうだ。そういうバケモノであったら」

「次の瞬間、オマエさんはドロドロに溶けちまう。真っ白な煙をあげてな。この因果は残念だが〈グリード・ゲート〉を伝わって、オマエさんだけが被る」

「ほかには?」


 ダジュラは早手回しに話を進めようとする。

 イダは土蜘蛛の美的感覚に照らしても醜悪で、なおかつ話しはじめると際限がない。

 注意事項の要点だけを押さえたかった。

 それにいま聞いた事項も知っておきさえすれば、ダジュラ自身がミスをするとは思えないようなものだ。

 

「ないのか?」

「うーん、いま思いつくものはないね」

「いままでの連中のものみたいに、相手を捕食する機能はあるのか、この“寄居蟲ゴウナ”には」

「もちろんだとも。ただ、なんども言うが、口に入れる相手はよくよく選ぶことだ」


 捕食は宿借りのように簡単に切り離したりできないからな。


「完全にオマエさんの血肉になるんだ。キャパシティをオーバーしていたなら、逆にオマエさんが炎上しちまう」

「適度に喰らい、賢く相手を乗っ取って、本懐を遂げろ、ということだな」

「イダは、べつに心配しとるんじゃない。ただ、せっかく組み上げたすべてが、そのポテンシャルを引き出し切るまえに損なわれるのは心苦しい」


 イダの自らの欲望を隠そうともしない物言いに、ダジュラは笑う。

 

「オマエの面は最悪だが、そういう部分は共感できる」

 賛同者を得たイダは、あの笑みを広げる。

「おっと、こっちを見て笑うな、イダ。吐き気がするんだ」


 ダジュラは唾棄だきするように言い捨てて、施術室を出た。




 あの時の顛末、その回想から帰還しながらダジュラは続ける。

 捕らえた魔女、いや、すでに能力を同化され、ダジュラの虜囚と成り果てたイオを弄びながら聞かせる。


「なかなか、使える能力じゃねえか。これなら、あの場でカルのヤツを取りこめたろうかな。そうすりゃ、晴れてオレがシビリ・シュメリの棟梁に──いやいや、焦りは禁物。万全の力を蓄えてからでいい。

 第一、ヤツと同体になったところで土蜘蛛の戦士同士じゃ対してメリットがないぜ。

 この宿借りの能力で補強した戦力を使い、たっぷり成り損ないどもを喰らって地力を上げてからだ」


 己の計画を垂れ流していることにダジュラは気がついていない。

 すでに新型の〈グリード・ゲート〉:“寄居蟲ゴウナ”の副作用が表れはじめていたのだ。

 すなわち、正気を蝕む呪いだ。

 それは理性と良心に対し激しい衝突と摩擦を起こし、宿主となった使用者の精神を壊してゆくのだが、ダジュラの場合はまことそのさがに適合しているのだろう。

 わずかな酩酊感と高揚を感じるばかりで、疑問を抱くこともない。

 なるほど、このような適合ケースがある、ということなのだ。

 

 そのとき、イオを弄ぶダジュラの頭上を、夜空を切り裂く彗星のごとき巨大な光の矢が擦過した。

 それは轟音とともに凄まじい閃光を放ち炸裂する。

 余剰エネルギーが熱となって離れていたダジュラの肌にも感じられた。

 ダジュラは、閃光のなかに引き連れてきたムカデ隊の戦士たちが巻き込まれるのを見た。

 ヒュー、と口笛を吹く。


「手練れの、それも〈グリード・ゲート〉で強化したアラガミ兵を数人まとめて一撃か……真騎士の乙女……やるな」


 狩りの獲物は手ごわいほうが昂ぶるというもの。

 女もそうだ。ダジュラは思う。

 爆風に、どういう理由でかはわからないが肌もあらわな夜着をはためかせ、己の姿を誇示するその姿は、人類のイクスやアラム教徒たちが信じる天使のようだ。

 

 ダジュラの感慨を代弁するように、その槍から飛び立った輝く翼の群れが慕うように旋回しながら、その肢体を護っている。


「“神”を釣る生き餌にするんだから、特別でなければならんのだが──それには惜しい美貌だ。

 ああ、もちろんオマエの具合が悪いってわけじゃないんだぜ? “狂える老博士”どもに下げ渡すには、未練があったんだ。

 お堅いイオランカのふしだらにされてしまったカラダは、正直、かなりのものだからな?」

 ダジュラは饒舌に語り、よし、とつぶやいた。

 

「決めた、あれを捕まえよう。どうせ分離できるんだ。取り込んでから決めればいい」

 カルに渡すか、そうでないかはあとで決めればいいことだ。


         ※


 真騎士の乙女の援護を受け、イズマの移動はまさしく疾風の勢いだ。

 ダジュラ率いるシビリ・シュメリのアラガミ兵たちは、怒れるラッテガルトの一撃によりその戦力を大幅に失い、引け腰になっている。

 イズマは不安定な足場を疾駆する。

 その速度のまま次々と魔女たちを選定し、呪詛で繋がれたネットワークの中枢器官コアブロックであるイオの所在を見抜いていく。

 ここへ辿り着くのも時間の問題だ。

 やれやれ、やはり手強いな。ダジュラはつぶやく。

 

「いやいや、イズマ、まだ早い。いまオマエとやりあうわけにはいかないんだ。《ちから》の差がありすぎる」


 憎悪によって彼我の実力差を見誤るということをしない計算高さは、ダジュラをシビリ・シュメリ第二位の地位に押し上げた要因でもあった。

 

「河岸を変えよう」

 その身から呪詛の群れを湧かせ、ダジュラは移動する。おぞましい節足動物の脚だけが、ざわざわとそよぐ草原に身を投じるようにそれは見える。

 周囲に異次元潜航能力と移動能力を持つ表皮をまとい移動する異能:《イセリアル・シフト》だ。

 

 夜魔の《影渡り》と違うのは瞬間移動ではなく、この脚の群れが異空間を移動する速度に依存するため移動に時間がかかること。利点は、使用者の息が続く限り異空間に留まれることと、使用者が抱えられるだけの他者を同じく連れて移動できることだ。

 

 移動に際して現れる次元潜航被膜、つまり、このざわめく脚の群れは、使用者によっては色とりどりの紙片であったりするから使用者の精神状態が反映されるものなのだ。

 後学のために例を挙げれば、エルマのものは、まさしく紙片のごとき視覚的効果を持っている。

 

 ダジュラはその被膜に身を隠しながら移動する。

 

 もちろん、真騎士の娘──ラッテガルトを釣るための道具=イオを捕らえたまま。





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