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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第一話:降臨王のデクストラス
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■第十四夜:魔剣士

         ※


 墓所前庭での激しい戦闘は続いている。

 だが、アシュレはシオンとイズマを信じ、怒号轟く戦場を尻目に〈パラグラム〉へ潜入した。


 得体の知れぬ素材でできた通路が、網の目のように伸びていた。


 だが、アシュレはこの構造に悪意を感じない。

 迷わせるための構造ではない。見ればさまざまなピクトグラムやコーションの類が順路を表している。

 アシュレはシオンから示された地図を反芻はんすうした。

 脳裏に叩き込んだ道筋は、アシュレを中枢へと導いてくれている。


 父母から授けられた頭の出来に感謝した。

 十数回もくり返し目を通せば、たいていの地図や間取りを完璧に憶える自信がアシュレにはある。

 こういうのはアルマが得意だったなと思い返し、胃に鉛を流し込まれたような気分もなったが。


 この先に向かえば、アシュレはアルマと対峙することになる。

 そのときどういう判断を下せばいいのか、まだアシュレは決めかねていたのだ。

 ままよ、とアシュレは迷いを振り払う。いまはまだ、そのときではない。

 そのまま中継連結シャフトと呼称される区画に飛び込んだ。

 ここを通過すれば一直線に中枢区画:〈パラグラム〉深奥がそこには待っている。


 疾駆しっくするアシュレの眼前にゆらり、と人影が現れたのは、そのときだ。

 前湾曲した奇怪な刀身を下げていた。

 アルマではなかった。


 ナハトヴェルグ。

 一瞬で判別できた。アルマをたぶらかし、この事件を起こした張本人のひとり。

 それがアシュレを待ち受けていた。


「グラン王の仰った通りだ」

 軽装であった。

 光を吸収する濃紺の皮鎧に靴底を特殊加工されたブーツ。口元を覆い隠すストール。

 暗殺の実行部隊としか思えぬようないでたちで、ナハトは現れた。


挿絵(By みてみん)


 互いに言葉はない。

 アシュレは勢いを殺さず突っ込んだ。

 問答無用。

 時間が惜しかった。《ブレイズ・ウィール》を発動させる。

 

 この超防御能力が人体に対して振るわれた場合、どのような結末を迎えるのかについて、アシュレは意図的に考えるのを止めてきた。

 そして、その使用を厳に戒めてもきた。

 それは、あまりに非人道的過ぎるからだ。


 けれども、ナハトに対して、その躊躇ちゅうちょはない。


 男の荒んだ目の奥で野心がくすぶっているのを、アシュレは見抜いている。

 シオンをして「よくない匂い」と言わしめた正体を、アシュレもナハトという男に感じていたのだ。

 直感というには、あまりにはっきりしすぎた悪の気配。

 どうしようもない悪事の匂いが、男にはつきまとっていた。


 おそらくナハトはアシュレのチャージを剣と身体で受けるだろう。

 上背で勝るナハトとアシュレの体重差はおよそ十五ギロス。受け切られる公算が高い。

 前湾曲したナハトの刃が盾を抜け頭部へかすれば、甲冑に護られていないこの状態では、それだけで勝負がつきかねない。


 だからこそ、アシュレはこの戦法に出た。

 相手がこちらを若造、小兵と侮るであろう初撃に賭けた。


 異能を持たない=《スピンドル》能力者でない者に、アシュレたちの技は視認しづらい。

 炎などの可視化現象を伴う場合はともかく、《ブレイズ・ウィール》のように不可視の力場が展開する場合、認識できないことがほとんどだった。

 この場合、自らの剣と肉体が爆ぜることで、やっとその過ちに気がつくという具合である。

 せめてもの慰めは、その粉砕は瞬く間だということだった。


 激突の瞬間はすぐにやってきた。

 ヒトを粉砕する所業に肝が冷えたが、声を上げ怯懦きょうだを払う。


 その瞬間だった。ぞわり、と足下を悪寒が走った。

 直後、直感に従い、アシュレは身体を前方へ投げ出している。

 聖なる盾:〈ブランヴェル〉の展開させた力場が床に接触し、ぐるりとアシュレの身体を回転させながら宙へと投げた。

 アシュレはかろうじて受け身を取り向き直る。

 どっと冷汗が出た


 足下を生きもののようにナハトの剣が走っていった。

 それどころかその剣を追うようにナハト自身が、床面を手も足も使わず高速で這っていった。

 それもアシュレのほうを向いたままで。


「いまのをかわすか、さすが聖騎士」

「どうなっているんだ?!」

「〈ブランヴェル〉。しってるぜ、姫さんの資料にあったもんな。スゲー盾だろ。バラージェ家に伝来の家宝のひとつ。じゃあ、オマエがアシュレダウか。ガキだと思って油断なんかしないさ。聖騎士だろ、舐めちゃいねえよ」


 骨の合わさるような奇怪な音を立てて、ナハトの剣がカタチを取り戻した。


「〈ニーズホグ〉と〈キュドラク〉――剣と甲冑の名前だ。オマエらだけじゃねえんだよ、その反則みたいな装備はさ」

 アシュレが衝撃を受けていたのはしかし、ナハトの語る武具の特性にではなかった。


 敵に《スピンドル》能力者がいる。

 その事実がアシュレを打ちのめしていた。それも、聖騎士であるアシュレと正対しうるほどの。

 まさか、と背筋を冷たい汗が伝った。

 国境で見た兵たちの死に様が脳裏を過った。確信した。

 あの惨状の、すべてが、この男の仕業だったのだ、と。


 ユーニスを助け出したい一心で、そしてグランという強大無比の存在に気を取られて、この男の存在をアシュレは失念していたのだ。

 無理もない。ここ数日、ほどんど不眠不休で戦い続けてきたのだ。

 判断力や記憶力に、どこかほころびが出て当然の状況だった。

 そうとわかっていても、いらだちと後悔が言葉になって迸り出る。


「バカなッ!」

「戦争で負けるヤツに共通の特徴を教えてやろう。現実を認められない」


 びゅ、と風を切る音がした。

 アシュレは反射的に盾を掲げる。

 ぎゃん、と金属のれる不快な音が連結シャフトに響いた。


 シャフト自身は広い空間だったが通路は二メテルほどの幅しかない。

 中空を貫く渡り廊下のような構造だった。

 吊り橋の上で戦うようなものだ。


 ナハトの刃はその軌道が見えない。

 刃自体が蛇の骨のようにばらばらになる構造で、しかもそれが鞭のようにしなり、周囲の風景と同化してほとんど視認不能になる。

 それが〈ニーズホグ〉の特性だった。

 アシュレの防御は奇跡的な反応と、偶然のなさしめたことだった。


 ナハトは距離を保ったまま息つく間もなく責め立ててくる。

 攻防一体の技:《ブレイズ・ウィール》は、それほど長い時間展開できる技ではない。もともとは〈シヴニール〉の掃射時、飛び交う超高熱の粒子から使い手を護るためのものだからだ。

 数秒から、長くて十秒。すでに先ほどの技は効果を失っている。

 立て続けに大技を使い、疾駆しっくを続けてきたつけ・・が、大きくアシュレの肩にのしかかっていた。


「この手数で殺れない奴は初めてだ」

 ナハトの声には軽い称賛さえ混じっていた。

 アシュレは盾を繰りながら必死に腰のポーチをまさぐる。

 そこには特徴的なフラスコに入った薬品が数点手挟まれていた。

 ポーチを含めてイズマが貸与してくれたものだ。


挿絵(By みてみん)


 さいわいなことに、どれひとつ割れていない。

 アシュレの先ほどの無様な受け身は、この薬品類を庇ったためだ。


 フラスコは口の部分が十字になっており、とっさに抜き打ちしやすい形状をしている。底は尖っており投擲に最適化されていた。

 アシュレはポーチに手挟まれたなかで一番目の瓶を抜くと躊躇ちゅうちょなく放った。

 相手の斬撃のリズムに合わせ、盾を刃に叩きつける。

 一瞬、〈ニーズホグ〉の刃先が逸れた。投擲とうてきした。


 劇的な効果が起こった。


 ナハトの半歩手前で床にぶつかり飛散したフラスコから轟炎が巻き起こる。

 大気に触れることで炎を上げる薬品が、そのフラスコには充填じゅうてんされていたのだ。


 アシュレは棒立ちになった。

 あまりにあっけない幕引き。

 しかし、惚けている暇はない。ナハトの生死を確認するわずかな時間をアシュレは惜しんだ。通路はアシュレの背後に延びている。

 走り出そうとした。

 失策だった。


 その一撃が逸れたのは偶然か、いかなる神の加護か、あるいはその技を放ったナハトの焦りが生んだ隙だったのか。

 アシュレの頭部を皮一枚切り裂いて〈ニーズホグ〉が擦過さっかしていった。


「いきなり火刑たあ、それが聖騎士のすることかよ。くそっ、マジで焦ったぜ。〈キュドラク〉じゃなきゃあ、丸焦げだった」


 ナハトがいつの間に炎を背後に立っていた。

 ごうごうと燃えさかる轟炎をまたいで来たとは、とても思えない。


「ちょっと床下を通ってきたのさ。さっきも見たろ、コイツは着用者と接触する面との間を仲良く保ちながら、その間に生じる摩擦を自由にコントロールできる。そこに《スピンドル》でトルクを与えてやると壁や天井でスケートするのさえ自由自在、というわけさ」

 オレみたいな汚れ仕事にはぴったりだよ。ナハトは自虐的に笑った。


「お家に帰れば温かいベッドと嫁さんがまってんだろ? 食うに困ったことなんてねえんだろ? 

 なあ、アンタをどうこうしよってわけじゃねーんだよ、ちょっとだけ夢が見てーンだ。

 ずっと地べたを這いずり回ってきた。すこしくらいイイ目みてもかまわんだろが。独占すんなよ、貴族の坊ちゃんよ」


 ナハトが、はじめて本性を見せた。


 アシュレには、ふしぎにそれが正当な要求のように思えた。

 もっともな言い分のように感じる。この数日の戦いの日々が、アシュレの根底を完全に変えてしまっていた。

 ナハトに対する嫌悪感が湧いてこない。

 ただ、ひとつだけ確認しなければならない、とアシュレは思った。


「そうやってアルマを説得したのか」

「ああ?」

 おさだまりの非難と正論が飛んでくるだろうと予測していたナハトは、肩透かしを喰らった様子で、目をしばたたかせた。

「そうやって、貴族に収奪された人生の収支をよくしたい、とアルマを説得したのか。だから、アルマはオマエに協力したのか」


 ぽかん、とナハトは口を開けた。

 次には爆笑していた。天を見上げ顔に手をあてて。

 しかし、左目だけはアシュレから片時も離さず。


「そんなわけねーだろが。あのお姫さまは、いまだに祖国・国家ってーもんを取り戻したくていらっしゃるんだよ。輝かしい過去を取り戻したくていらっしゃるんだ。そこに自分らを慕ってくれる領民がついてくりゃ言うことなし。

 だから言ったのさ。これは救民救世だとな。

 そしたら、ころりとまいってくれた。大した聖人君主ぶりだよ。なにしろ死にかけた娘ひとりに自分の《魂》賭けちまうぐらいだからして。

 だが、ありゃあ王には向かねえ。手が汚せないやつ、自分の責任に潰されちまうようなやつは、王はなれんよ」

 だから、オレがかわってやることにした。厚顔無恥にナハトは言った。


「民も救おう。大切な労働力、収入源だからして。まあ、あんなだけどアルマは王妃としてはわるかない。中古だが」

「偽ったのか」

「方便ってやつさ。あんなかび臭くさい寺で朽ちるにゃあ、ちょっともったいない肉体だぜ、じっさいのところ。小さい頃から、むこう百年分くらい仕込んであるしな」

「そうじゃない」


 アシュレの目が怒っていた。

 憎しみではなく、それは、まじりけなしの純粋な怒りだった。


挿絵(By みてみん)


 オマエはオマエ自身の信念を偽って、アルマをたぶらかしたのか。

 アシュレはそのことに激しい怒りを覚えていた。


 このとき、もしナハトが最初から自身の目的を信念としてアルマに伝え、それにアルマが同調していたなら、アシュレはナハトを許したかもしれない。

 結局のところそれは幾度となく繰り返された下克上の話に過ぎないからだ。

 踏みにじられたものが這い上がることを夢見ることは必然だからだ。


 だが、己が信念を偽り他者をたぶらかしたことを、アシュレは看過できなかった。

 ナハトは最初からアルマを同志として見ていなかった。

 道具として扱ったのだ。

 しかも運命に抗いうるスピンドルの、その使い手でありながらだ。

 そのことが許せなかった。

 ナハトにはアシュレのその怒りの理由が理解できないようだった。


「話が通じてねえみてーだな」

「オマエにな」

「殺す」


 繰り出された斬撃に、アシュレは二回目の投擲とうてきをあわせた。

 見えぬはずだった。

 だが、幾度も斬撃を受けるうち、アシュレにはナハトの剣戟けんげきのタイミングというべきか、リズムが掴めてきた。

 ひとことで言えば、アシュレもまた騎士であったのである。


 そして、ふたりの間を白煙が遮った。

 すかさず、アシュレは身をひるがえす。


 目くらましだとナハトは判断した。

 白煙はアシュレのほど近くで起こった。もし有毒なものなら近距離で使うはずがない。

 そして、最初の位置交換で深奥への通路はアシュレの背後に開いていた。

 これをナハトは逃走だと考えた。追撃に移る。白煙に向かって飛び込んだ。

 逃すか、と叫んでいた。狩人の気分だった。


 直後、びょう、と大気が渦巻いた。

 不可視の魔獣の顎門が、そこには待ち受けていた。


 アシュレは逃げたのではない。

 このような輩に背を向ける道理を持たなかった。

 正面から叩き伏せる。普段なら正々堂々と。

 だが、このときばかりは話が違った。

 ナハトがアルマにしたのと同じやり方で、ナハトに報いを受けさせるつもりだった。


 話術による誘い。

 煙に巻き、たぶらかし、喰いものにする。


 轟き渡った胸の悪くなるようなナハトの叫びは、しかし、断末魔のものではなかった。

 左腕と頬を粉砕されながらも、ナハトは〈ニーズホグ〉を展開させたのである。

 それはアシュレの盾の端にかかり、ナハトをはじき飛ばした。

 魔剣:〈ニーズホグ〉の尖端が通路の柵にかかり、ナハトはそのむこうに消えた。


 アシュレは膝をついて肩で息をした。

 汗が滝のように流れ落ちる。激しく消耗していた。


 だが、いかなければ。

 かすむ瞳に力を込め、笑う膝を叩いてアシュレは立ち上がる。



 目指すべき最終地点:ユーニスの待つ〈パラグラム〉深奥しんおうは目前だった。






 

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