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■第十四夜:“菫(スミレ)の騎士”

         ※


「かつて偉大な騎士がいた。真騎士の乙女のなかでも最高と言われた戦技、操馬、知識と教養は当然として、その礼儀作法、立ち振る舞い──なによりその気高く高潔な精神によって“スミレの騎士”と謳われた偉大な騎士だ。

 その名をブリュンフロイデ。彼女の《スピンドル》はそのふたつの名のとおり菫に薫り、不浄を払い、従う者たちを陶然とさせた」


 タランテラノの峡谷を下り降りながら、ラッテガルトは自身がイズマとエルマ、ふたりの土蜘蛛に語って聞かせた己の事情を反芻している。


 異種族の、それもこれまで“地下に巣くう蟲のごとき者ども”と蔑んできた相手に己の胸中を話すこと、そこに抵抗がなかったかといえば嘘になる。

 しかし、話してしまったあとで、胸のつかえが取れたように楽になれたこともまた事実だ。

 聞き終えたふたりが納得することはあっても、嘲笑うような様子はついに一度も見せることがなかったからもある。

 

 ラッテガルトにしてみれば身内の、それも恥の話だ。

 

 母たちから口外を禁じられた──ブリュンフロイデの名は抹殺された歴史。

 堕ちた戦乙女の物語だ。


「わたしたち真騎士の乙女は、少女時代を抜け出すと数名で隊伍たいごを組み、騎行と呼ばれる軍事行動に出る。それは不浄と欺瞞に満ちるこの地上世界を浄化し、約束された理想の王国をこの世に降ろすためだ。

 だが、いまは、わたしたちの理念はさておこう──その騎行には別の側面もある。地上世界に生きる種族、とりわけ人間のなかから、我ら真騎士の列に迎え入れるべき英雄を選定する、という任務がそれだ」

「せんせい、しつもんがありまーす」


 とつとつと、ようやくという感じで語りはじめたラッテガルトの話を腰を早々と折ってくれたのは、誰あろう、やはりイズマだった。


「なんだ」

「地上で暮らす種族は人間以外にも多々あって、それぞれに英雄と呼ばれるべきほどの傑物はいるんだけど、どうして乙女たちのお求めは人間限定なの?」

 不機嫌丸出しのラッテガルトの声色を意に介した様子すらなく、イズマは聞いた。

「人間だけが、まだ、わたしたち真騎士が救い上げることのできる美質を備えている、というのが真騎士の乙女として叩き込まれてきた教えだ」

「それって他の種族には、その美質が──あー、真の英雄としての資質がないってこと?」


 イズマの問いには悪意は感じられない。純粋な溢れんばかりの好奇心。

 エルマのほうは、イズマのしでかすことならなんでも受け入れてしまうのだろう。イズマの膝の上で体温を堪能する小猫のようにうっとりと瞳を細めている。


「わたしも、そう思っていた……貴様らに会うまでは。認めるのは小癪こしゃくだが、たしかに貴様たちにその美質が備わっていないとは……わたしには思えん。

 捕らわれた姉を圧倒的戦力を持つ敵陣に乗り込んで救出しようとする勇気、愛する娘の人生に対して責任を全うしようとする覚悟、“神”に挑みこれを組み伏せるほどの実力と胆力、そして、異形に堕ちた同胞を討ち滅ぼすことなく、その心残りを解いて救ってみせた慈愛の深さ──どれも、賛嘆すべきものだ。真騎士の審議法廷に立ったとして、恥ずべきところのない美質のありようだ」

「あれ? デレですか?」

「デ、デレとはなんだ!」


 イズマのいらぬツッコミに、ラッテガルトはまごまごとなる。


「褒めたそばからこれか! そういうところは直したほうが良いぞ!」

「それは難しいかなー。でも、ボクちんやエルマの行動に、その美質とやらは感じられたってことでしょ? ありがたいねえ」


 えっ、うん、まあ、たしかに。面と向かって言われ、ラッテガルトはなぜか赤面する。


「だから──わたしも実はわからなくなってしまっているのだ。その選定の基準が」

「なぜ、人間に限るのか──か。なるほど真騎士の教義には別の真意があるんじゃないかと、ラッテは思うわけだね」


 イズマの問いは、ラッテガルトの胸の内を的確に言い表していた。

 だが、それ以上に愛称で呼ばれたことが響いた。

 ジン、と頭の芯が甘くしびれるように感じて、ラッテガルトは取り乱してしまう。


「前から気になっていたのがっ、貴様、わたしを馴れ馴れしく愛称で呼ぶなっ」

「やー、こうしておくほうが早く打ち解けるかな、と」


 ああいえばこういう。喉の奥を不満げに鳴らして、ラッテガルトは話に戻った。


「思い当たる節といえば、聖柩:〈アーク〉──転生の儀に用いる《フォーカス》か」


 聖柩:〈アーク〉──その単語の登場に一瞬、イズマの眼光が鋭くなった。

 まともにそれを受けたラッテガルトの背筋に電流が走った。


「聖柩:〈アーク〉? それって、いちおう訊くけど、柩のカタチしてたりする?」

「いかにも」 

「転生の儀って、まさかそこに人間の英雄を突っ込むの?」

「よく、知っているな。そのなかで男たちは真騎士として生まれ変わる──転生を果たすのだ」


 ふうん、とイズマは曖昧でうろんげな受け答えをした。


「いままで、他種族を試したことないのかな?」

「どういう意味だ?」

「ん、いや、たしかに人間にこだわる理由がありそうだな、と思ってね。ま、いいや。ごめんごめん、また話の腰を折りましたね?」


 イズマはなにごとか独り合点すると先を促した。


「貴様が聞きたいというから説明したというのに。だいたい、その名を口にすることさえ、ほんとうは厳しく禁じられている秘儀なのだからな。それを貴様らだから特別にだな……」


 ぶつくさいいながらも、ラッテガルトは話を本筋に戻した。

 ブリュンフロイデ──堕ちた乙女の物語に、だ。


「年頃を迎えた真騎士の乙女たちが騎行を行い、その遠征のさなかにヒトの英雄を見初めるというのは話したな? ブリュンフロイデもやはり、そうして、ひとりの英雄を見いだした。三度目の騎行のときだったという。

 人間たちがアラムと呼ぶ地──荒野と砂漠、岩山、そして、その内側にエメラルドのように美しい緑地を抱いた土地に赴いたときのことだ。乙女:ブリュンフロイデは、そのアラムの地の王に英雄としての美質を見いだした」


 その男こそ、オズマドラ帝国現皇帝:オズマヒム・イムラベートル。


「イムラベートル? オズマドラ? それって娘、っじゃないや、現在の皇子がアスカリアっていいません?」

「よく、知っているな。ほう、社会情勢に通じてもいるのか」


 あわわわ、となぜか慌てるイズマに、褒めたはずのラッテガルトは怪訝な顔をする。


「どうした? なにかあるのか?」

「な、なんでもありましぇん」

 どーぞどーぞ、お話を続けてくださいませ、と話の腰を三度折ったことを平身低頭、イズマが謝る。

 おかしなやつだ、とラッテガルトは呟き、それでもイズマがきちんと謝罪したからだろう話に戻った。

 相対するイズマと言えばひっきりなしに汗を拭いている。エルマが訝しむくらいだ。


 ──アシュレくん、なんかマズイ感じの展開になっちゃってますよおおお。


 イズマは我が身を棚に上げて、アシュレとアスカリアの関係を心配した。

 王家の指輪をアシュレはアスカリアのハンカチーフとともに贈られていた。

 それは端的に言えばプロポーズで、心を捧げられたという意味だ。

 皇子(女性なのだが)が王族の証たる指輪を与えるとは、もう、どうしようもなく覚悟を固めたということだ。

 

 そのアスカリアの父:オズマヒムと真騎士の乙女:ブリュンフロイデが関係があったとなれば、これは──いろいろな意味でややこしくなりそうな展開だった。


 そして、このときのイズマは知るよしもないのだが、これよりしばらく後、遠くトラントリムの地で騎士:アシュレはそのオズマドラ皇子:アスカリアと再会し、共闘することとなる。

 これを運命の悪戯と片づけてよいものかどうか。

 判断は保留とさせてもらう。


 ラッテガルトは続ける。

「オズマヒムは総人口にして数千万を優に超える超大国:オズマドラを治める器だ。そして、戦上手であっただけではない。敵方にさえ“東方の騎士”と謳われ慕われるほどの徳の高さを持ち合わせるまごうことなき英雄であった。だからこそブリュンフロイデは彼を、真騎士の列に迎え入れようとしたのだ。オズマヒムはその栄誉を慎んで受けるべきだった。ところが──」


 オズマヒムは真騎士への転生を拒んだ。

 そればかりではない。

 ブリュンフロイデのその優しさ、純真さにつけ込み、己が奴隷、玩具としたのだ。

 ブリュンフロイデが、それを拒まなかったのは、ひとえに心からオズマヒムを愛していたからだ。

 

「ブリュンフロイデはこうして真騎士の乙女の資格を奪われた。黄金の足枷を嵌められ、首には愛玩動物のように首輪と鎖が打たれたという。それだけでも許しがたい蛮行だ。だが、オズマヒムはさらに愚かでおぞましい手段でブリュンフロイデを穢したのだ」


 わかるか? とラッテガルトがイズマを睨んだ。


「オズマドラ帝国では皇帝の妻の地位は奴隷とされるのが慣例だと聞いたことはあったけど……」

「グロテスクな発想だ。女を所有物と見なすとは。そうは思わんか?」

「んー、たしかにボクちんは自由な女性が好きですよー。《意志》があるっていうのかなー」

「そうだろう。そうあるべきだ。それが正義というものだ」

「でも、エルマは完全に、エルマの《意志》でイズマさまの所有物ですから」

「…………」


 ごろにゃん、という擬声語が聞こえそうなくらいエルマは甘えてイズマに首筋をすりつけた。

 イズマもラッテガルトも閉口する。

 イズマはなにかを誤魔化そうとして。

 ラッテガルトは射殺すような視線を飛ばしながら。

 こほん、と咳払いがあった。

 

「オズマヒムは己の更なる栄達と帝国の栄光のために、真騎士の乙女の血を利用しようと考えた。つまり、己はヒトの身のままでありながら、真騎士の乙女に己が子を孕ませようと画策したのだ。なんという邪悪、醜悪だろうか。呪われろ! むろん、そのような望みが成就するはずもない」

「真騎士と人間は姿形はよく似ていても、まったく別の生き物だからね」

「だからこそ、我々は人間に真騎士への転生を促すのだ」

「まあ、理屈は通っているよね。そうでないときちんと血が受け継がれないわけだし」

「そのとおりだ。そして、ブリュンフロイデは転生を勧めたはずだ。そうして、正しい交わりのもと、オズマヒムとの子をを望んだはずだ。純血の真騎士としての、だ。それなのに」


 ヤツはこともあろうに最悪の手段に訴えた──。

 そこまで言って、ラッテガルトは口をつぐんだ。

 感情の昂ぶりで胸がつかえてしまうのだろう。

 悔し涙が目尻に溜まっていた。

 身内の恥をさらすことになる──誇り高い真騎士の乙女には耐えがたい所業だった。

 

「──それが“狂える老博士”どもと関係がある、とラッテは言うんだね?」


 その苦痛を察して、イズマが言った。

 ラッテガルトはイズマを見た。

 燃えるような怒りがその瞳を輝かせている。

 イズマへ向けられたものではない。

 いまだ姿の見えぬ“狂える老博士”どもへの憤怒だ。


「オズマヒムは、その《ねがい》の成就と引き換えにブリュンフロイデを献体として差し出した」

 その結果として、普通ならありえぬはずの受胎が引き起こされた。

「許されざる異種混成の技、か──なるほどなあ」

「ブリュンフロイデは──“スミレの騎士”は穢された」


 イズマはむーん、と唸った。

 恐ろしい想像が鎌首をもたげたのだ。


「じゃあ、アスカリア皇子っていうのは──」

「真騎士の乙女と人間との許されざる混血児──あるいは」

「ラッテ、それ以上はいけない」


 ラッテガルトがなにを言わんとしているのか、イズマは察し先回りして止めた。

 その想像はたしかにあってしかるべきことだ。

 だが、あまりにおぞましく、そして他者が勝手に詮索することは許されないことだったからだ。

 つまり、ラッテガルトの言わんとしていたことはこうだ。

 

 オズマドラの皇子:アスカリア・ザラ・イムラベートルは真騎士と人間の混血児である保証はどこにもない──真騎士と得体の知れぬバケモノの混血児ではないのか、と。

 なるほど“狂える老博士”どもの掲げる理念を鑑みればありうることだった。


「それで、アナタは“狂える老博士”どもを滅ぼそうとしていらっしゃるのですのね?」

 イズマの胸にすがりついたまま、エルマが言った。

「でも、わたくしにはあなた方の転生の秘儀──聖柩:〈アーク〉となにが違うのか、わかりませんの」


 目を逸らし遠くを見て言うエルマを、ラッテガルトが弾かれるようにして立ち上がり睨みつけた。


「なんだと……貴様……もういっぺん言ってみろ!」

「ヒトを書き換えようっていう発想、同じじゃありませんこと、と申し上げているんですの」


 ヒュ、とエルマの細い喉元にいつ構えたものかラッテガルトの槍:〈スヴェンニール〉が突きつけられた。

 

「言葉を選べ。オマエは土蜘蛛としては見どころのある娘だ。だが、それ以上、我が一族を侮辱するなら容赦しない」

「ラッテ、落ち着きなさいな。それとも、あれですの? 名誉ある真騎士の乙女は己の都合の悪いことを吹聴する相手は、たとえ無抵抗の女子供であっても、武器で脅して、最悪殺して口を封じるような、手段を選ばぬ者たちですの?」


 くっ、とラッテガルトがうめき、穂先が揺れた。

 

「わたくし、正直あなた方、真騎士が掲げる正義とやらにはまったく賛同できませんの。種の違いももちろんあるでしょう。己の野心や野望のため、真騎士の乙女に我が子を孕ませようとした──そういう個人的な欲望のほうがまだ理由としてしっくり来ますの。

 でも、真騎士の乙女、それも最高の“スミレの騎士”と謳われたほどの女性が、そうやすやすと男の言いなりになるかしら? 相手がただ野心のためだけに己を道具にしようとしていることを見抜けなかったりするかしら? どうもアナタの視点って片手落ちなんですの」

「片手落ち? どういう、意味だ?」


 狼狽するラッテガルトの穂先を片手で軽くいなしながら、エルマは続けた。

 

「女を甘く見るな、って話ですわ。好いてもいない男の、そんな要求、呑むわけないんじゃありませんこと? わたくしならそんなにイヤなら噛みちぎったり、もいだりしてやりますわ。それがだめなら、一〇〇〇年呪う」


 魔女の顔になってエルマが言った。ラッテガルトが言葉につまる。


「でも、ホントに愛した男に望まれたなら、受け入れてしまうでしょうね。たとえばイズマさまが望まれたなら、エルマは喜んですべてを差し出してしまいますの」


 うっとりと瞳を閉じてエルマは言った。

 いまだラッテガルトが槍を構えていることなど、どこ吹く風だ。


「き、貴様になにがわかる!」

「わかってないのはアナタのほうですの。わたくしは、数十年間、おぞましい人体改変デバイスにして《フォーカス》である《ジャグリ・ジャグラ》によって、姉ともどもこの身を嬲られ続けましたの。

 ええ、おかげさまで、もうどこに出しても恥ずかしい淫花でございます。殿方の肌の温もりがなければ一週間と持ちません。狂ったようになってしまいます。だれかれとなく求めてしまう卑しい娘でございます。関係した殿方は一〇〇を下りません。愛玩奴隷。殿方のための玩具とは、わたくしのことでございますの。

 でも、それでもね、だからこそ、わかるんですの。愛していただいているかどうか。ほんとうに想っていただけているかどうか」


 この方になら、心まで穢されて堕とされてもかまわない、と想えるかどうか。そこではございませんの?

 エルマの表現は極端だったが、だからこそ届くものがあった。


「ラッテ、アナタ、まだ、だれかを本当に愛したこと、恋をしたことないんでしょう?」

 かあ、と頭に血が上るのが自分でもわかり、ラッテは狼狽する。

「な、な、な、なにを根拠に」

「隠さなくてもよろしいんですの。べつに恥じることではありませんの。ただ、己に経験のない、判断できない事案をだれかの、借り物の正義で語るやり方はよくありません、と申し上げているだけですの」


 わたくしが知りたいのは、真騎士:ラッテガルトではなく、友人としてのあなたがなぜ、どうしたいのか、を知りたいのですわ。


「友人としての……わたし」

「聞けば、ブリュンフロイデという方は真騎士の誇りとでも言うべき方だったはず。それなのにどうして、その名誉を穢したオズマヒムと“狂える老博士”どもの討伐にだれも出向きませんの? 屈辱は雪がねばなりませんのでしょう、あなた方の教義に乗っ取れば? それなのにどうして、ここにアナタひとりが派兵されましたの?」

「それは、それは……」


 エルマの的確な指摘に撃たれ、へたり、とラッテガルトは座り込んでしまう。

 言えなかった。

 母たちはなぜかブリュンフロイデのことを、その存在そのものをなかったことにしようとしているのだとは、とても。

 答えられないラッテガルトを見つめていたエルマが、ふと笑みを浮かべた。


「答えられなくとも良いんですの。ただ、わたしが聞きたいのは、あなたの心ですの。信じたいのは真騎士の正義じゃなくて、アナタの、ラッテガルトの《意志》ですの」


 たとえば、わたくしは姉を助けたくてこんな無謀を冒しています。一族郎党すべてを敵に回す無茶をです。そして、無茶と知りながらイズマさまはわたくしとともにいてくださいますの。

 言っている意味がわかりますか? エルマは問う。


「あなたは、どうなんですの?」

「わたし……わたしは……」


 その問いかけは、ラッテガルトの思考の死角を突いた。

 これまで真騎士の乙女としての規範によって己の行動を律し、意味付けてきたラッテガルトにとって己の心のありさま、その在り処、そして《意志》を問われることは──数少ない経験だった。

 もしかしたら、ずっとむかしブリュンフロイデが言わんとしていたことは、こういうことだったのかもしれないと、いまさら思えた。


「わたしは、ブリュンフロイデを弄んだ“狂える老博士”とオズマヒムが憎いのだ」

「ブリュンフロイデさんって方──あなたの?」

「姉だ。血は繋がっていなくとも、精神こころの」

「大事、なのですね?」

「そうだ。そうだ、わたしには」

「では、これは私怨。復讐ですのね?」


 エルマの穏やかな問いに、ラッテガルトは観念したように微笑んだ。言い訳のしようがないな、と。

 そして、それを認めることは己が真騎士の正道から外れるようで、恐かったのだといまさらながら理解した。

 そうか、わたしは恐れていたのだな、と。

 意気地のないことだ、と笑った。

 それから言った。


「そうだ。これは復讐だ。同時に、わたしがわたしを取り戻すための戦いでもある」

 胸の内から血を絞り出すような告白に、エルマがやっとラッテガルトを真正面から見た。

「そう、それを聞きたかったんですの」

 にこり、と笑った。


 いっぽうで、エルマへと向けられたラッテガルトの穂先に、イズマが内心ビビっていたことは内緒である。





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