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■第四夜:かしましいこと


 イズマは子細を説明するとは言ったが、三人はいったん場所を移すことで一致した。

 事情説明や詳しい自己紹介をしているヒマはない。

 戦力を整え直した暗殺者たちの再襲撃、ないし波状攻撃が容易に予想されたからだ。

 重要なことだけを確認し、移動する。

 

「でも……エルマの身体には刻印が……これがあるかぎり、必ず見つけられてしまいます──置いていってくださいまし」


 復調したイズマに己のカラダに刻まれた三蟲の呪いを見せ、エルマがすがった。

 イズマはそんなエルマの頭をかいぐってやりながら、落ち着いた声で言う。


「それは、ボクちんに一計があるんだよ。任せてくれる?」

「それは……はい。でも」


 呪いと謀略にかけて、イズマは変態だが天才だ。

 とっぴもない常識外れのやり方で状況をひっくり返してしまう。

 エルマの言葉尻にある反論は、もちろん、そこを疑ったものではない。

 

 ただ、そのためならイズマ自身の命さえ囮のように扱う男なのだということを、エルマは身をもって体験してしまった。

 もし、こんどイズマが自分のためにそんな危ない橋を渡ろうとしたら──そう考えるとエルマは震えが止まらなくなってしまうのだ。

 狂うほどに愛した、いや、ほんとうに愛に狂ったからこそ、もし・・を想像して、恐怖する。


「エルマ、シダラの大空洞──その結界はまだ生きているんだよね?」

 けれどもイズマの声はあくまで軽い。

 過去の記憶を遡りながらエルマに問いかける。

 そして、その問いかけだけでイズマがなにを考えているのか察知できるほどに、エルマは聡明で、またイズマという男を理解していた。

 まさか、と。

「! はい、ですけど、危険ですッ。イズマさまがご存知だった頃の、我が神:〈イビサス〉の修験場とはもう違うのです。シダラの大空洞はいまや“狂える老博士”どもの実験場──新たな神を生み出すための蟲毒の壺なのです」

 イズマが不在の間に起こった変化をエルマが端的に説明する。

「神さまを造る、ね。なるほど、そんなことやってんのか。こりゃあ、エレとエルマのこと抜きにしたって、一発殴りに行かなきゃならんね。ボクちん的には」

「驚かれ……ないんですか?」


 イズマの鷹揚な態度に虚を突かれた表情で、エルマが聞き直した。

 ぺらり、とイズマが返す。


「“狂える老博士”どもの名前を聞いたときから、だいたい予想はあったんだ。“究極的存在”を生み出そうっていうのが奴らの教義ドグマでしょ。この地に居城を構える土蜘蛛の氏族:ベッサリオンの一族が抱えていた問題にぴったり合致するからね。“狂える老博士”どもは実験場と実験体と雑用を兼ねる人的資産、ベッサリオンの一族はその成果としての神さまか──うまいこといくわきゃないのにね」

「はい。ですから大空洞内は、危険きわまりないバケモノどもの蠢く魔窟です。それなのに──」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね。いくら巣窟だっつっても、パンパンのミッチミチに詰まってんじゃねえっしょ?」


 なにか不穏な手つきをイズマはした。こう、なにかパン生地のごときものを揉みしだくがごときジェスチャーである。

 もしかすると、一部不適切な表現を作り出すことで見通せない空間モザイクを作り出す異能の類いかもしれない。


「そ、それはそうです。でも、けれども、エルマひとりを見捨ててくだされば、イズマさまは労せず──」

「ボクちんにそんなことができるとでも思っているの?」


 この可愛いコを置いてなんていけません。

 イズマにそう言われ抱き寄せられれば、エルマに反論などできるはずがない。

 大事にしてもらえている。想っていただけている。

 それだけで凍えていた心が溶かされていくのがわかるのだ。

 よしよし、とイズマはエルマの頭をまた撫でてやる。


「お取り込みのところ済まないのだが──話が見えん」


 不機嫌丸出しの声でラッテガルトが言った。

 こちらは離れて──疑心暗鬼になってしまったネコのように身を屈めている。

 はるか北方にあるという霧の島:アヴァロンから舞い降りたとたんに襲撃を受け、尊厳を踏みにじられかけたのだから当然だろう。

 そもそも眼前にいる男女は殲滅すべく命を受けた対象、土蜘蛛なのである。

 いや、それよりももしかしたら、握手を求め差し出した手にイズマが行った口づけに最大の原因があったのかもしれないが、それは誰にもわからないことだ。

 ラッテガルト本人にさえ、いまはまだ、だ。

 

 そして、こちらにも、エルマを撫でる手を止めず、イズマが説明した。


「まあ、要約すれば、エルマの肉体には探知の呪法が刻印されていて、それを誤魔化すのに、この岩山の内部にある大空洞に潜ろうってわけ。内部はむかしは神域として使われていた場所で、外部からの転移や走査の異能を完全に遮断する造りになっているのよ。まあいうと、このシダラのお山そのものが一〇〇〇年以上かけて強化された霊場・舞台装置だというわけ。強力な呪いに、別の呪いは上書きできないでしょ? その性質を逆手に取るのさ」


 霊場と言っても、中身はお聞きの通り、なんだかヤバそうな化け物どもが蠢く魔窟と化しているらしいんだけれども。あはあは、と緊張感皆無のイズマは笑いながら付け加えた。


「ボクらはそこを通って、敵の本拠に殴り込みをかけようってわけ」

 ところで。イズマは問う。

「エルマ。ボクちんはどれくらい眠ってたのかな?」

「七日、というところです。所くらましの異能で誤魔化してきたのですが、もう、触媒が尽きてしまって──」

「カテル島からの連戦だもんね、そりゃリソースも底をつくわ──エルマ、ホントに苦労をかけたね」

「いいえっ、いいえっ、もとはと言えばイズマさまを信じ切れなかったわたくしたちのせいで」


「殴り込みをかける、とはどういうことか」

 ふたりの世界を築かれるとラッテガルトはなぜかイライラしてしまう。

 棘のある声が出てしまった。

 

 それにもまったく動じずイズマが答える。

「このコ──エルマの姉が、奴らに捕まってんのさ。どうしても、助けなきゃならない」

「無謀な突撃だな。ここは土蜘蛛の暗殺者教団:シビリ・シュメリの総本山──は人類世界への攻撃拠点として築かれた橋頭堡きょうとうほなのだろう?」


 事前にシダラ山がいかなる場所であるのか真騎士の乙女として教えられてきたラッテガルトの言葉は辛辣だ。

 教団の規模は? 実質本位、単刀直入にラッテガルトは訊いた。


「少なく見積もっても数千人。戦闘能力を持つのは──それでも一〇〇〇名ぐらいはいるかな。《スピンドル》能力者だって……ボクちんの知るだけで確実にふたりはいるしね」

 イズマの軽薄だが中身のある解答に、ふん、と唸り、それに──とラッテガルトは指摘する。 

「それにこれまでの話だと、どういうわけか、わたしも勝手に同道することになってしまっているようだが」


 あれっ? とイズマが首を捻り。だから、と続けた。


「だからラッテは、逃げたほうがいいと思うヨ」

 イズマの何気ない提案に、ラッテガルトの眉がきりきりと吊り上がる。

 逃げたほうがいい、というイズマの物言いに、激しくカチンと来たのだ。

 

「わたしはな、この地に住まう邪教団の連中を滅するために天下ったのだ。汚らわしい邪神も土蜘蛛も、等しく塵に還してやる。それに、貴様! 愛称で呼ぶな! 勝手に!」

 頬が紅潮するのはラッテと愛称で呼ばれたからではないのだからな、とラッテガルトは断じる。心で。


「……〈イビサス〉さまの神気にすでにとりこにされてしまっているくせに」

 ぼそり、とエルマが呟いた。

 それは小声だったにも関わらず、はっきりとラッテガルトの耳に届いてしまう。

 いや、わざとそのように言霊を飛ばしたのかもしれない。

 巫女のとしての才能、その現われであろうか。


「な、ん……と言った、いまっ」

「いーえ、なーんにも。ただ、どんなに息巻いても、おひとりでは、ちょっと荷が重いんじゃありませんこと、って思っただけですの。廃れたりとはいえ土蜘蛛の神であった〈イビサス〉さま、それを我がものとされたイズマさま──別格のおふたりは差し置いても、そのざまでは、土蜘蛛の精鋭を相手取るなど、夢のまた夢。ついさっき、どんな目にあったのかお忘れですの?」

「不意さえ打たれなければ、あのような不覚はっ」

「不意を打つのが得意技なんですのよ? 土蜘蛛は」

「こらこら、エルマッ、だめだって」


 イズマが珍しく常識的な制止の言葉を口にする。


「いーえ、いくら旦那さまのお言葉でも、これだけはハッキリしておかなくちゃ。ラッテガルトさん、死んじゃいますもの。それに、どうせ、もう〈イビサス〉さま──つまり、その主たるイズマさまのモノになるわけですし、元、とはいえ巫女筆頭としてキチンと序列を叩き込んでおかなければ」

「どどど、どういう意味だ、それはっ」

「そのまんまの意味ですの。おっしゃられたでしょう、〈イビサス〉さまご自身が。快楽と残酷を司っているって。その方の神気──あの粒子は、御神体の構成要素でできていますの。本当はすべてを捧げた巫女だけが賜ることのできるもの。それを前渡しで賜われた栄誉に涙なさい」


 つまりッ?! とラッテガルトは食い下がった。

 アナタ、頭が弱いんですのね、とエルマがイケナイ感じに笑った。

 挑発するようにイズマの甲冑化したままの肉体にしなだれかかる。

 

「肺に突き立った粒子は、そこから血に、肉に潜り込み、逆らえなくしてしまいますの。〈イビサス〉さまにされたことはどのような仕打ちでも快楽と感じる肉体に──どんどんなっていきますわ。最終的には肉を、骨をちぎり取られることさえ。そして、これを取り除くことは、不・可・能♡」


 蒼白になったラッテガルトは、口元を押さえた。

 汚された汚された汚された。

 頭のなかでリフレインする言葉を止めようとするが上手くいかない。

 鳴りそうになった歯の根を食いしばって耐える。 


「そう……なのか」

 睨みつけるような、すがりつくような視線でイズマを見た。

「えっと……あくまで、現段階はということで……たぶん、なにかあると思うんデスケドネー、解決策ー」

 それに、あ、あ、あ、あくまで〈イビサス〉かその肉体を御してるボクちん限定、ですから──。


「あ、ボクちんが死んだら無効化されるわ」


 すううっ、とラッテガルトが息を飲み、槍を握りしめた。

 だが、刺すような視線を送ってきたのは、ラッテガルトではなくエルマのほうだった。


「ぜったいにさせませんからっ」

 その目に涙が溜まっていて、イズマは言葉を失う。

「安心しろ……エルマメイム。その男──イズマガルム──はわたしの命の恩人だ。恩を返す前に仇を為すなど、真騎士は決してしない。わたしの敵は邪神:〈イビサス〉だ」


 貴様がイズマガルムでいる間は──手出しせん。

 そうラッテガルトは言い、イズマとエルマのふたりに同道する旨を伝えてきた。


「利害は一致している。邪教団の殲滅はわたしの使命だ。それに……解決策を探るにも……恩も返さねばならんし」


 そう言ったラッテガルトは、まるでタックルするように抱きついてくるイズマを膝蹴りで迎撃しなければならなかった。


「わ、わかりあえたら……ふつう、ほ、抱擁でわ?」

「ふっ、ふっ、触れるなッ! なんだおまえわ!」


 なんなのだ、この男わ。とにかく男性経験のないラッテガルトではあるが、このマンがおかしいのだけはよくわかった。


「イズマさま……潰されるとわかっていても立ち向かう雄姿……ステキです」


 うっとりとした口調で言いながらイズマを助け起こすエルマもまた、完全におかしい。

 だが本人に問うたところで「そうだ」と答えるのが分かり切っているので、だれも突っ込めないのだ。

 なにしろ、ほんとうに狂っているのだ。

 愛に。


 つきあいきれん、とラッテガルトは思った。




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