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■第二十六夜:伝達

         ※


「いま、これを、読んでいるだれか。

 キミが、このメッセージを読んでいるということは、わたしは死んだか、死んだも同然か、そのいずれかだろう。

 だから、まず謝罪させてくれ。

 すまなかった。

 きっと、わたしの《ねがい》が贖いようのない迷惑を、キミたちにかけてしまっているはずだからだ。

 

 だが、そうと知りながら、そうなるであろうと予感しながら、それでも、わたしはいまから書き記す。

 君たちの時間にあっては『書き記した』と表現すべきだろうか。

 結果が出ているはずだ。

 

 そして、キミがこのメッセージを読んでいるのなら、それは失敗以上のなにかを招いているだろう。

 だから、これはすべて、わたしのわがまま、わたしの責任だ。


 オルデヒア、ノンナ、ロシュカメイア──わたしは三人の妻を、〈ログ・ソリタリ〉によって奪われた。

 間接的に、あるいは直接的に。

 それは彼女らの《意志》ゆえだった、とキミたちは言うかもしれない。

 あるいは、わたしが、その《ねがい》を叶えてやらなかったからだと指弾するかもしれない。

 

 たぶん、どちらも正解だ。

 それでも、彼女たちを庇わせてくれ。夫として。いまだに、ずっと愛している男として。

 そして、言い訳させてほしい。

 愛ゆえに、わたしは彼女たちを夜魔にしなかったのだと。


 わたしは、あの日以来、ずっと忌まわしき〈ログ・ソリタリ〉について考え続けてきた。

 あれはなにか。

 そして、あれら──インクルード・ビーストたちは、その因子は、どこから来るのか。


 〈ログ・ソリタリ〉は“庭園”に繋がっている──そう予測はできる。


 しかし、断言できない。

 だから、わたしは確かめることにした。

 

 もし〈ログ・ソリタリ〉を『インクルード・ビーストを生み出すための装置である』とは見なさずに『“庭園”と接続するポータル』と仮定したならば、どうだろうか、と考えたのだ。


 危険な発想だとはわかっている。

 許されざる禁忌に属している、とも。

 ずいぶん悩んだ。もしかしたらヒトの一生に値するほどの時間だ。


 それでも、やはり、行くことにした。

 行きて、帰りて……だれか後に続く者のために、わたしの体験を綴ろう。

 この世界の秘密を。


 ……いや、格好をつけるのはやめにしよう。

 本音を言う。

 疲れたのだ。わたしは。

 もう、愛する妻たちの場所へ、逝かせてくれ。


 だが、簡単に楽になれるとは思っていない。

 許されることも永遠にないだろう。


 だからこそ安全装置として、この手記にメッセージを残す。

 もしかしたら、わたしではなくなってしまったあとのわたしが、この手記によって、だれかをわたしと同じ道へ引き込むかもしれぬから。

 

 疑え、手記を。しかし、吟味して読み解いてくれ。真実も、少なからず含まれている。

 そしてもし、わたしが『帰還者であることを告げずに』──キミにこの手記を渡したなら、そのわたしはキミの敵だ。


 その敵にこのメッセージが見つからぬよう、わたしは記憶を消去する。


 ロシュカメイアには会っただろうか?

 向こう側から帰ってきてしまったわたしの妻の似姿。

 わたしは私の槍:〈ロサ・インビエルノ〉で、彼女を刺し貫いて──永遠にした。

 調べるために。この国の呪わしき歴史の病根を断とうとして。

 

 そこで知った。

 

 彼女の血液は、少量で記憶を消し去る効果があるのだ。

 まるで、わたしを記憶の牢獄から救ってくれる。

 そんな麻薬めいた《ちから》を、彼女の血は秘めている。

 それは投薬量によって遡行する時間を変えられる。

 うまく、手記に関する記憶を消してくれるだろう。


 彼女は過去の記憶に苦しむわたしを助けようとして……“庭園”からそれを持ち帰ってくれた。

 自らの肉体を容器にして。

 わたしをこの苦痛に満ちた牢獄から、解き放ってくれようとしたのだ。


 だが、結局、わたしは、逃げられなかった。

 いや、そうではない。

 彼女たちを、忘れられなかったのだ。


 許しは乞わない。

 

 わたしはもう行くことを決めたのだから」


 読み進めるうちにアシュレは手の震えを止められなくなった。

 信念を貫いた男に対する敬意が、その震えを、全身に伝えた。

 愛した女たちへの想い、虚無に心を食われながら、それでもなお後に続く者たちに“なにものか”を残そうとした。

 自らすら欺いて。


 そして、その男は遺言したのだ。


 オマエの前にいる、わたしは“敵”だと。

 あの装置:〈ログ・ソリタリ〉に飲み込まれ、帰還したすでにユガではない・・・・・・・・・なにか・・・なのだ、と。

 これまでアシュレたちが見てきたユガディールとは、忘れぬ姿見・・・・・の演じる虚像なのだ、と。

 いつか、あのイグナーシュの暗い夜、同じく巨大な《フォーカス》であった〈パラグラム〉の底で出会った降臨王:グランがそうであったように。

 

 理屈は違っても──同じく影──《投影プロジェクタイル》なのだ、と。

 

 そうして、ほんとうはもう失われてしまった男──騎士としてのユガから残された火が、己に燃え移るのをアシュレは、はっきりと視た。

 腕を伝わり胸中に燃え広がった炎が自らを灼く痛みに震えていたのだ。

 

 わたしを、どうか、滅してくれというメッセージを、たしかに受け取って。


「この記述さえ、罠だと疑うことはできるが」

 同じく、メモを黙読しおえたアスカが指摘する。

「確かめるさ。本人に。シオンも、必ずそこいる」

 手帳をしまうアシュレの瞳に迷いはなかった。


「それに、迷っているような時間が、ボクらにはない。あの女神像:ロシュカメイアが、ほんとうは彫像などではなく、〈ログ・ソリタリ〉に取り込まれ、作り替えられ、送り返されたユガの妻そのものなのだとしたら、そして、その肉体を容器にして、記憶を消し去る血を持ち帰ったのだとしたら……《ねがい》を実現させて帰ってきたのだとしたら──」

 アシュレはそこで言葉を切り、大きく息を吸った。

「ユガディールは……その身にどんな《ねがい》を宿して帰還しただろうか」

「《ねがい》を……宿して帰還……“庭園”から、か」

 強ばった声でアスカは言う。こくり、とアシュレは首肯した。

「そして、ボクの不在を、シオンはユガに埋めてもらうしかない。おぞましき負の《フォーカス》:〈ジャグリ・ジャグラ〉のマスターとして。なにより、夜魔の性である血の渇きを、癒してもらうために。だからいま、シオンはユガの掌中にある」

 ボクが衰弱していたのだから……それはきっととてつもない負担をシオンにかけていただろう。噛みしめるようにアシュレは言った。

 だが、その瞳には罪の意識からくる精神の動揺は認められない。

「ボクは、シオンを取り返す。ユガを演じるだれでもないだれか・・・・・・・・・・、から」


「では、わたしも同道しよう」

 言いながらアスカは罪人に課せられる手枷を差し出した。

 重くぶ厚い樫材。首も同時に固定する板状のものだ。

 

「?」

「バーカ、オマエは共犯者として疑われているんだ。相手の首領を拘束したとでもいわなきゃ、門扉を潜れるものか」

「通用するかな?」

「ほとほとバカだな、通用しなかったらそのときはなんて、決まっているだろうが。やることはひとつだ」


 なるほど、とアシュレは笑い、アスカに従った。

 

「ん、なんだ、食ってかかってくるかと思ったが?」

「できれば、トラントリムの一般人には戦争をふっかけたくないだけだよ」

 つまり一般人以外には、最初からそのつもりなのだとアシュレは言っているのだ。


「オマエ……少し変わったか?」

「そうかもしれない」

 それで、これはここではめるの? アシュレは手枷をなれた手つきで確かめながら言った。

 その冷静さに、アスカはぞくり、と寒気ではないものが背中に走るのを感じて、慌てて馬に飛び乗った。


「バカッ、途中からで充分だッ、いらん誤解を招いてどうするッ!」


 だよね、とアシュレは笑った。

 とくん、とその笑顔にアスカの胸は高鳴ってしまう。

 

 アシュレの微笑みに、精悍さと支配者としての資質のようなものを見出してしまって。

 

 なんだよ、なんだよ、わたしにへんな趣味があるみたいじゃないか。

 アスカは怒りで戸惑いを誤魔化した。





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