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■第二十二夜:篝火(かがりび)

 

 城門を守るのは、ここ一月で顔見知りになった兵士たち。

 だがその顔は、一様にこわばっていた。


 事件でも起きているのだろうか? シオンは思う。


 しかし、ここでもシオンは《チャーム》を振わねばならない。

 なにか……相手を誘引し、狂わせる因子を自分が振りまいていること、そのように改変されてしまっていることを、シオンは認めざるをえない。

 

 私室には通されたが──待たされた。

 これはなにかの罰なのではないかとシオンは震えた。

 いつ、三度目の暴走が起るかわからなかった。


 ここで、もし、そんなことになったら……恐ろしい想像が鎌首をもたげる。

 負の《フォーカス》:〈ジャグリ・ジャグラ〉の暴走には間隔があった。

 つねに、あの暴力にさらされているわけではない。

 おそらく一日のうちで、あの暴虐に尊厳を踏みにじられる時間はそれほど長くはない。

 

 しかし、それは〈ジャグリ・ジャグラ〉による改変にあらかじめ組み込まれた残忍な仕様に過ぎない。

 その餌食となったものは正気の時間の間に、己の肉体がどうなってしまったのかを思い知らされる。

 取り返しのつかない堕落と退廃の烙印に苛まれる。

 そうやって〈ジャグリ・ジャグラ〉は相手が自分自身の羞恥と罪の意識で、心を折ってしまうように迫る。


 先鋭化した嗅覚が、部屋に染みついたユガの体臭を濃密にシオンに知覚させた。

 それだけで、シオンは強く顔を男の胸板に押し付けられている気持ちになる。

 まるで拷問だった。

 ぎゅっと、スカートの上で両手を握りしめる。


 ノックがされたことさえ気がつかなかった。


 かちゃかちゃ、とちいさく茶器の音がした。近くに温もりを感じた。

 タイツに包まれた足から発される高い体温。

 シオンの肌は、それを捉えてしまうほど、すでに高まっていた。


 耐えるようにうつむいていた顔を上げると給仕服の少年がいた。


「ベスパール」

 シオンは彼を憶えていた。

 アシュレとシオンの関係に、憧れを隠そうともしなかった純真で、見どころのある子だった。

 そのベスパールが気遣わし気にシオンを見上げている。

 ひざまずき、声をかけてきた。

 

「シオンさま……お加減がすぐれないのですか? お待ちください、ユガさまはいま、重要な会議をなさっておられます。一大事なのです。決してシオンさまを軽んじられてのことではありません。わたしは、言いつけで、その会議を抜け出してまいりました」


 ベスパールの献身は純粋な好意からだった。

 だから、シオンも油断した。

 そっ、と膝を触れられた。

 あっ、とシオンは声を出してしまった。

 誤魔化しようがないほどに感じて。

 衣服の上からなのに焼きごてを押し付けられたかのように熱く。

 

「シオン……さま?」

 ベスパールが熱に侵されたように潤んだ瞳を向けてきた。

 掌からシオンを想う心が流れ込んでくる。

 気がつけばいつの間にか膝を割られ、ベスパールの華奢な身体が捩じ込まれてきた。

 

「だ、だめだっ、ベスパールッ、いけない、い、いけない」

 震えながらシオンがベスパールの頭を押し戻そうとした。柔らかな頭髪の感触。


「シオンさま、あの……ボクでは……お力になれませんか?」

 シオンの弱々しい拒絶に対して、ベスパールのそれはその思慕の力を体現するように若々しく、強いバネのように弾力があった。

 シオンの手を自らの頬に導き──それから手の甲に口づけされた。

 くらり、とシオンは意識が揺らぐのを感じる。少年の開いた手が太股に触れていることを意識する。

 陥落しろ、と肉体が命じていた。

 この方こそ、いや、この方も、お前の“あたらしい主人”だと、シオンの肉体が訴えていた。

 

「ならぬ、だめだ、ならぬ、ベスパール、お願いだ」

 シオンの懇願は少年の性急な要求に油を注ぐだけだ。

 気がつけば背もたれに追いつめられる格好になり、紅潮したベスパールの頬が胸乳に埋められるのを拒めない。

 ベスパールの無意識が、シオンのなかの“陥落の烙印”を嗅ぎ取っていた。


「なにをしているッ!」

 荒々しくベスパールが引きはがされた。頬を張る音。

 気がつけば ベスパールは地面に伏している。泣いている。謝罪を繰り返しながらも、身体を起こせずにいる。


 ユガディールだった。

 

「貴女も、いったいどういうことか。いま、我々を取り巻く情勢は非常に緊迫したものだ。そのおりもおり、堂々と貴女は《チャーム》を使い乗り込んできた。わたしに、それがわからないと思うのか! そのうえ……わたしの近習までたぶらかすとは……説明してもらうぞ」


 ベスパール、下がれッ、いいわけは後で聞く。鋭く一括すると恥じ入る少年をユガは下がらせた。

 立たなければならない、とシオンは思った。

 せめて居住まいを正し、ユガに陳情の意を伝えなければ。

 立ちがあった途端に、頬を張られた。

 

「なぜ〈アステラス〉を頂いたまま市中を歩いたのかッ。これがなにを示すもので、どのような意味があるかを貴女はご存知のはずだ。だから、せめて国内にいる間は、と替わりの品を贈らせてもらった。配慮してくださっていると、信じていたのだ!」


 宝冠:〈アステラス〉をもぎ取られた。

 ぞくん、とまた身体が粟立った。ベスパールに着けられた火が、全身に燃え移ったように。

 ユガに張られた頬が……たまらなく熱い。


「あ、アシュレが帰ってこないのだ」

 やっとそれだけ、絞り出すように言えた。

 必死に自分自身の内側にはぜそうになる要求と闘いながら、それでもシオンはアシュレのことを考えていた。

 ユガの表情は硬質で厳しさばかりを感じさせる。

「どれくらい?」

「半日、いや、朝からだから──」

「どこか、別の宿にでもいるのではないか」


 無遠慮に揶揄やゆされた。シオンはカッとなる。


「ちがう、そんなはずがないっ、あ、アシュレが、わたしを置いていくことなど……ありえないッ!」

「婚約者であったならそうであったかもだ。だが、貴女は彼にとってのなにものでもないッ!」


 激しく切り返された。

 シオンは言葉を失う。乱暴に左手を掴まれた。


「アシュレダウの薬指にはめられた指輪は別の女のためのもの──別の愛のためのものだッ!」

「そなたを騙していたことなら、謝罪する。だが、だが、わたしにはアシュレが必要なのだ」

 

 電流が走る抜けるように、シオンの肉体はユガを感じる。

 朦朧とする意識のなかで、それでもシオンは言葉を続けた。

 ずくずく、と疼く身体の芯を《意志》の力でねじ伏せる。

 

「だが、アシュレダウが本心、貴女を必要としていたかどうか……それはわかるまい!」

 シオンザフィル、とユガがシオンの胸をついて言った。

「端的に言おう。貴女は見捨てられたのだ。理由はわからない。しかし、それはいまになっても帰還せず、連絡もよこさない彼の行動から明らかではないか!」

「繰り言だッ、嘘だッ、そんなはずがないッ、事情があるのだ、なにか、どうしようもない事情が!」


 どんな事情だね? ユガディールが詰め寄った。

 もちろんシオンに答えることなどできない。

 できるのなら……ユガへの嘆願も違うカタチだっただろう。

 ユガディールの目が細まった。


「貴女の言葉を聞いて、ますます確信したよ。なるほど、彼は貴女になにも告げていなかったのだな? 貴女は、なにひとつ知らされていなかったのだろう? 

 よろしい、特別に聞かせてさしあげよう。これは我がトラントリムとその連合国にとって非常に重大な、軍事上の機密だ」

 

 ユガディールは身体の向きを変え、ゴブレットにワインを注ぐ。

 荒っぽい、いつにないやり方だった。

 乱暴にあおり、口元を手の甲で拭いながら、戦場にいるような振る舞いで言った。

 

「今日、正午を迎えるよりも早く、連合国:イシドアからトラントリムへと向かう小戦隊とそれに随伴する輜重隊、そして寄宿舎へと戻る子供たち……総勢二〇〇名ほどの集団が、孤立主義者の襲撃を受けた。

 二頭のインクルード・ビースト、数十名の孤立主義者が目撃されている。

 小戦隊を含む二〇〇名のほとんどが命を失った。

 襲撃と、それに続いた雪崩のためだ。

 いま、イシドア方面に抜ける街道沿い:ガレリ峠付近は通行できない。吹雪のため行方不明者の捜索どころか、復旧もままならない」

 

 なお、その際、とユガは続けた。


「さいわいにも生き残ったイシドア騎士数名からの報告によれば、複数の《フォーカス》で武装した所属不明の騎士ひとりが峠の下に陣取ったとある。

 その後、威嚇行動を取ったため、これを排除せんとしたが、イシドア騎士二名を落馬させ隊を狙撃。

 後につづいた雪崩は、その騎士の振るった異能──まるで天の霹靂が地に降りたかのような轟音を発したそうだ──によって引き起こされたのだろうと考えられる」

 

 ようやく人心地ついたのか、シオンにもワインをついで、自らも注ぎ直しながらユガは続けた。

 

「その後、孤立主義者たちの集団は、イシドアの責任者を誘拐。その際、件の騎士が孤立主義者のリーダー格と見られる人物と接触し、立ち去るのが目撃された」


 心当たりが、ないか。ユガはワインを手渡す。

 シオンの手は、震えて、震えて、うまく受け取れない。


「うそ、嘘だ」

「わたしは部下の報告を信じる。信じなければ国は成り立たない」

 ユガはふたたび、自らの杯をあおった。

「加えて……君たちは、どうやら少し以前に流浪の民ジェダと接触を持っている。ギルギシュテン城の近傍で。ずいぶんと親しい間柄のようだったと、宿の主人たちが話してくれたよ」


 それは、だれかね? ユガの口調は落ち着きを取り戻してきていたが、それが逆にシオンを追いつめる。

 シオンは……答えられない。

 ふうむ、とユガはため息をついて杯を離した。

 

「それでは、もうひとつ……アシュレダウはキミには明かさない自分だけの時間を持っていなかったか? 特に最近……」

「それは、遠乗りで……」

「目的は?」

「どういう、意味、だ?」

「遠乗りの目的だよ。彼は、どこへ、なにをしに? 誰と会い、なにを企んだ?」

「疑うのか、アシュレをッ?!」


 シオンの言葉をユガは目をつむって受け流した。


「先に謀ったのは君たちのほうだ。それでいて疑心暗鬼になるなというなら、筋が違う」

 悪いが、調べさせてもらった。ユガは続ける。

 

「君たちと親しくしていた客人は、食事中も脚甲を外さなかったそうだな。

 知っているか、つい四ヶ月前、ファルーシュの海で快挙があった。

 なんとあのフラーマの漂流寺院を打ち破った男がいるそうだ。

 その男はアラム・ラーに自らの両脚を捧げ、替わりに授かった純白の脚甲の力で持って、フラーマを征伐したという」

 

 オズマドラ帝国第一皇子──アスカリア・イムラベートル。

 違うというのか? ユガのハヤブサを思わせる瞳に射竦められ、シオンはごくり、とつばを飲み込んだ。

 なるほど、とユガは言った。納得した様子だった。

「オズマドラの教導部隊が背後にいるな──それも恐ろしく強力な」

 ユガはそれを見抜く。


「だとしたら、それを知りながら、アシュレダウはわたしに黙っていたのだな。

 わたしは、わたしだって本当に友情を感じていた。いや、それ以上だ。

 聡明で知的好奇心に溢れ、男としても騎士としても敬意に値する──そんなアシュレダウが、わたしの弟であってくれたなら。……そんな夢を見たよ」

「まってくれ、たしかにわたしはそなたを謀った。アシュレはわたしとは結婚しない。婚約の事実もない。だが、わたしはまぎれもなく、あの男のものだ!!」

「シオンザフィル──それは貴女の願望に過ぎない。恥を忍んで話したわたしの過去から、貴女はなにも学ばなかったのか? ヒトは裏切る。それも、愛ゆえだ」


 あれは……アシュレダウは学んだのだ。わたしの渡した手帳から。わたしの過去から……。

 貴女は学ばず、彼だけが学び取ったことがある。

 それは、歴史は繰り返すということだ。ユガは告げる。

 

「アシュレダウはいずれ、かならず、貴女を置いて去る。去らなければならない。なぜなら、狂ってしまうと知ったからだ。人生すら狂わせてしまうと知ったからだ。貴女を愛しすぎていてはいけないのだと。だから……離れることを選んだ」


 聡明なアシュレダウは、それを学んだ。繰り返してはならないと、学び取ったのだ。

 あなたへの高まりすぎた愛が、いずれもっと大きな災いを呼び込んでしまうことに気づいたのだ。

 

「そして、ヒトの輪のなかに還っていった。それで、よい。それで、よいのだ……隣にいても、ヒトとわたしたちは同じ時間を生きてはいけないのだ」

 結果として、たとえ敵対することになろうとも、それで……よい。ユガは言う。

 

「だからこそ、貴女もここへ来たのだろう?」

 絶望ゆえに、いや、絶望を言い渡して欲しくて。

 言いながらユガはシオンの手のなかのグラスを受け取った。

 途端に触れた場所から火花が走るように官能が伝わって、ワインが揺れ、床の敷物に滴る

 

 それが合図だった。 

 

 突然、ユガの右腕がシオンの頭髪を掴んだ。

 それはほとんど暴力で、シオンを捉えた。


「物分かりの悪いフリをして……よほど手応えたっぷりに手折って欲しいのか!」

 いいか、とユガは言った。口調が変わっていた。


「オマエは捨てられたのだ、シオンッ! そして、それを宣告してもらいに、ここへ来たッ!!」

 辛辣な物言いとは裏腹に、掴まれた頭髪から、アシュレとシオンとに裏切られたというユガの悲憤と、灼けつくようなシオンへの《愛》が流れ込んできた。

 それは白熱するプラズマのようにシオンの意識を灼く。

 

 ユガの腕に捕らえられ、シオンはがくがくと痙攣することしかできない。

 強力な《愛》の引力が抵抗する力を奪っていく。

 ユガの力強い指が、強引にシオンを翻弄するのを受け入れるしかない。


「おねがい、おねがいだ、ユガ、だめだ、ゆるしてくれ」

 シオンの嘆願はもはやうわ言のように、微かでしかない。

 

 ユガは自身の良心に訴えかけようとするシオンの言葉を、その声に震えて傷む己の心までも踏みにじるように、いっそう残酷に行動した。

 征服者となることを決断した。

  

「直にわたしを感じさせてやろう」

 もう、シオンは自力では立っていることさえできない。

 ユガの腕力に支えられ、かろうじて倒れずに済んでいるだけだ。

 そのユガの手がシオンの正装に潜り込む──そして、苦痛に歪んだ。


「まだ、まだ、あの男に操を立てようというのか」

 引き抜かれたユガの指から血が滴っていた。

 ゆっくりとだが、紙に描かれた一連の絵を逆回しにめくるように傷口に吸い込まれ、傷痕などなかったかのように再生する。


 ただの刃なら、瞬く間に復元されただろう。

 それがユガの手に傷を負わせたモノの由来を物語っていた。


「聖剣:〈ローズ・アブソリュート〉」

 ユガは言い、まだ濡れているその指先を味わった。

「だが……陥落する心の味がするぞ、シオン。オマエの心が融けかけている証拠だ」

 残酷にそう告げ、つややかな黒髪を乱暴に掴んだまま、シオンを引きずるようにして己が寝室へと向かう。


「いいだろう。オマエの望みは聞いてやる。アシュレダウの捜索を実行しよう。

 見つけ次第、わたしの眼前に連れてきて彼自身に申し開きさせよう。

 その上で、彼が無罪・冤罪だと判明したなら、名誉ある国外退去……武装したままのそれを許そう。

 しかし、かりに内通、密通、あるいは実際の襲撃に関与していたのならこれは国内の法に則り処罰する。

 そして……もし、敵対するというのならば、わたし自身が、この手で打ち取る」


 だが、と寝室のドアを開き、シオンを片腕で引きずり上げユガは宣告した。

 

「だが、オマエはだめだ、シオン。道理など関係ない。

 このユガディール・アルカディス・マズナブがその欲望によって、オマエ奪うのだ。

 夜魔の、上位の男が、どのように女を占領するのか、身を持って体験するがいい。

 もう二度と、アシュレダウのもとに帰ろうなどと、そんなことが許されると思えぬほど、貶めてやろう。

 そして尋問だ。

 あらゆること、どんなささいな秘密までも洗いざらい吐いてもらう。

 もはや、オマエには一生、個人としての自由など与えない。

 オマエはこれ以降、わたしの所有物としてだけ、そのためにだけ──生きるのだ。永劫に」

 

 叩きつけられた言葉が、シオンの心を強く鞭打つ。

 宣告されるたび、命じられるたび、鋭い刃で刻印されるように感じる。

 尖り切ってしまった感覚の先端に電流を流されるよう、シオンは責められてしまう。

 

 こわくて、うまく泣くこともできない。


 ユガの口から放たれる獰悪な言葉とは裏腹に、どうしようもないシオンへの想いが──愛慕があることがわかるのだ。

 想いだけで、これほど感じてしまうなんて。

 このまま、改変されてしまったら、わたしはおかしくなってしまうのではないか。シオンは思う。

 

 それなのに、拒めない。拒むことさえできない。

 全身が喜悦していた。

 奇妙な安心、安堵すら感じていた。 

 それは──あの暴虐な〈ジャグリ・ジャグラ〉の暴走を二度も味わったせいだと信じたい。

 

 この男に、この男の責任で、その手で、その《意志》で変えられてしまうことは「しあわせ」なのだ、とシオンの肉体が反応してしまっていた。

 濃密な秘密の日々がそれをシオンの肉体に馴致じゅんちしていたのだ。

 

 そして、荒々しく掴まれたままの頭髪から流れ込んでくるのは、圧倒的な《愛》だ。

 

 堰を切った想いの奔流にシオンは翻弄されることしかできない。

 それはもうすでに、シオンにはヴィジョンを伴って視える──幻視を起こさせる。

 

 その男は燃え盛る立ち枯れの森を背負っている。


 かつて抱いた理想、育てようとした未来──その廃虚としての死んだ森で、孤独のままそれを受け入れ、しかし責任を取って、朽ちようとしていた男の心に、篝火を投げ掛けた者がいるのだ。

 

 それは男に選択を突きつけた。

 ここで夢の残滓、抜け殻として朽ちるか。

 それともその身を捧げるか、を。

 

 だから、男はその燃焼に身を投じることを決めたのだ。

 やがてその火が我が身に燃え移ることさえ覚悟して、己に支払えるすべてを炎への供物として。

 これが最期だと覚悟して。


 篝火の名は──シオンザフィル。

  

 我が身を業火で焼かれても、男はそれを手に入れると決心したのだ。


 希望を折られ、風雪に朽ちてゆきながら、それでも人々を善導しようと戦い続けてきた男に燃焼を与えたもの──人々の理想たらねばならぬと己に課し続けてきた重い桎梏しっこくを解いたのは、ただ、シオンザフィルという女への想いだったのだ。

 

 そのためには、略奪者の汚名すら被ると、このときユガは決断したのだ。




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