■第十夜:運命(さだめ)に抗って
「お楽しみデシタネ」
いつの間に上がったのだろうか、イズマが小屋のわらに腰かけ、雑炊をすすっていた。
ノーマンが作ったのだというそれは、粒の砕けた古い雑穀と乾燥させたキノコでを材料にしたという、粗末だが心のこもったものである。
イゴ村の食糧事情をかんがみれば、手をつけるのをためらうほど貴重な食事だったが、燃料にいたるまで、すべてが自身の持ち込みであるとノーマンは言う。
アシュレは、そうであればと頂くことにした。
返礼に、わずかばかりだが岩塩とハード・チーズを差し出せば、深々と頭を下げられた。
「いや、ほんに、ノーマン様には助けられております」
村の長とその付添が数名、食事に同席している。
先ほどの戦闘で指揮をとっていた人々だった。
口々に助太刀の礼を言われた。
「ノーマン様らグレーテル派に続いて法王庁の聖騎士様まで来てくださったとなれば、こりゃあ、イグナーシュの夜明けは近こうございますな」
グラン様のお導きに違いない、と長は言う。
どこからか雑穀で作ったどぶろくが現れた。
どんな環境にあっても人間というのは、楽しみを生み出さずにはいられないということなのだろう。
アシュレは、イゴ村の人々の逞しさを心強く思う。
ただ、前祝いということで、と手渡された粗末な杯をアシュレは丁寧に断った。
ユーニスのことが胸につかえて、さすがに酒は飲めない。
困惑した様子の長たちを引き取ったのはノーマンだった。
急ぎの旅であること、治療と休息が必要であることなどを説きながら村人たちを小屋の外に出し、とりなした。
「まずは、少しお腹に入れたらどうですかね」
その様子に頓着せず、イズマが椀をよそってくれた。
「たいしたもんじゃないけど、悪かない」
尊大な態度が板につきすぎていて、アシュレは諌めるタイミングを逃してしまった。
イズマの食いっぷりがあまりに見事だったせいもある。
ぜんぜん、ぜんぜんたいしたことないっすワ、と言いながら見ている間におかわりするさまは理屈抜きで見事としかいうほかない。
「事情説明のわりには、ずいぶん水音激しいもんでしたケド。ナニしてたのかなー」
イズマの揶揄に、盗み聞きか、とシオンは冷たい視線を返した。
「洗ってもらってた服、乾いてたから届けにいっただけでー」
いままでならしおれてみせるほどの視線を浴びても、しれっとして、イズマは言う。仲間はずれにされて、明らかに拗ねていた。
「ユーニスちゃんって、美人なんでしょ? アシュレのカノジョ? それなのにまずいんじゃないかなー、カノジョほっといて別のナオンとふたりっきりで温泉はいってたりしちゃー。それって浮気じゃねーかナー」
告げ口しよー、っと。まるで子供のようにイズマが言った。
「浮気などではない。本気だ」
そこへシオンが断言し、イズマが固まる。
じわり、とイズマの瞳に涙が溜まり、シオンに向き直った。
効果は絶大である。
「しょ、しょんなー」
「子供じみた嫌がらせをいますぐ止めんと、本気でアシュレを愛するぞ。そうなれば浮気ではないのだから、しかたあるまい? ただ、そうなったら、貴様は関係ないな。わたしとユーニス殿の問題だからして」
一瞬にして涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったイズマの顔が、役者顔負けの速度で友好的になる。
アシュレの口から自動的に乾いた笑いが漏れた。
そこへ、村長たちを見送ったノーマンが入ってきて、アシュレの傷を手当てをしはじめた。
こうなると、このまま話を続けてよいものか、アシュレは躊躇せざるをえない。
なにしろ、アシュレたちの敵対者はグラン王、そのヒトということになる。
この村の成立を考えれば、ここでこれから先の計画を練ることは難しいように思われた。
だが、ノーマンはそんなアシュレの胸中を先回りして言った。
「お話を続けてください。カテル病院騎士団の一人が、期せずして伺った話を他言するようなまねはいたしません。ご安心を」
カテル病院騎士と聞いてその場の全員が色めき立った。
あの奮戦ぶりから予測はしていたが、やはり、ノーマンはただの修道僧などではなかったのである。
カテル病院騎士団とはファルーシュの内海に浮かぶ孤島・カテルに城塞を築く戦闘集団であり、対岸の地で勢力を拡大する異教・アラムの教主たちをして「毒蛇の牙」と震え上がらせた西方世界最強の独立騎士団であった。
西方諸侯の三男坊や、門弟が所属するカテル騎士団には毎年多額の寄付金が寄せられ、その資金源となっていた。
また、彼らは最前線で戦う騎士であるだけでなく、優れた治療技術を持ち、聖地巡礼を行う人々を無償で助ける慈善事業者でもある。
聞き及ぶところによれば、その施療院の技術・設備は本国:法王庁付属病院をはるかに凌ぐという。
先だっての戦闘で彼が見せた戦闘能力の高さを思い出し、アシュレは納得した。
そして、彼も《スピンドル》能力者であると知った。
小さく目礼し、ノーマンは無言でアシュレの傷を清潔な布で拭う。小さな錆や刃の破片が残っていないか確かめていく。
驚いたことに、異教徒や人類の仇敵との戦いを第一義とする宗教騎士団の男であるのに、夜魔の娘と土蜘蛛の男を眼前にしても、ノーマンという男の行いに揺らぎは見えない。
偏見や差別という概念自体が、ノーマンには端から備わっていないようだった。
「問題は……ないのですか?」
「生死が表裏一体である戦場で、小さな差異に拘泥するということがいかに危険かは、皆さんのほうがご存知だと思いますが」
必要最低限の受け答えをするノーマンは、なるほどたしかに宗教騎士団の男だった。寡黙で、己の信念は行動で実証する。
アシュレは頷き、ノーマンを信じると決めた。
それから口を開いた。
作戦会議と、これからの方針を決めなければならなかった。
「グランの居所は?」
「奴は墓所にいる。それは間違いない。〈パラグラム〉はものが大きすぎて墓所からは動かせぬ。そして、いまや墓所は奈落の底、穴のなかだ。イズマ、占術の結果は間違いなかろうな」
「いままで外したことなんてないでしょー。保証しますよ。ただねー、おふたりがいちゃついてたロスタイムがねー」
「愛する、と言ったはずだが」
「も、もうしわけございませぬッ」
恥も外聞もなく頭を下げるイズマに、アシュレは静かな憐憫の情を抱いた。
「だいたい、ゲヘナから呼んだ炎は退いたのか」
「弱まってはいますが……まだ、あと一刻は燃えてる予定です」
シオンの質問にイズマはしゅん、となってしまう。
「責めているわけではない。あの技の行使は戦術的にも仕方がなかった」
「ほんと?」
奇妙な角度で面を上げたイズマは笑顔だった。
なにがほんとうの感情なのか、わからなくなるような変わり身の素早さである。
「だが、墓所へは近づけぬ……か。少なくともあと一刻あまりは」
「人助けが常に自身の望む結果を招くとは限らない、ということですかね」
イズマの軽口に、アシュレは心臓の真上を靴底で踏まれたような痛みを憶えた。
「教訓はあとにせよ」
アシュレの胸中を思いやるシオンの気づかいに、珍しくイズマが抗弁した。
「熱さが喉元過ぎてから叱っても、子供は育ちませんヨ、姫」
イズマの口調は相変わらず軽かったが、その諌言はもっともだとアシュレは思う。
この事態を招いたのはアシュレ自身なのだ。
それに、イズマは必要以上に状況の悪化を言い立てているわけではない。
悪い想像はいくらだってできる状況だった。
それを口にすることでアシュレの焦燥を煽ることは容易なはずだ。
だが、イズマはそうしなかった。
悪戯に傷口を責めて相手を苦しめる輩とは違う。
イズマなりに気をつかってくれているのだ。
「炎が収まるまでは、どうにもなりません。焦ることには意味がない。ここは墓所へ着いたあとのことを考えましょう」
沈痛な面持ちでアシュレは告げる。
シオンが頷き、イズマが頭を掻いた。まいったね、という表情。
まずは戦力の把握からだった。
「グランの能力は?」
「基礎的な不死者の特徴――超回復能力と不滅性に加え、奴はその肉体に獰悪な病魔の群れを巣くわせ衣服として纏っている。触れただけで肉体を蝕む猛毒の着衣だ」
「それは……黒い霧のようなもの?」
よく知っておるな。感心するシオンにアシュレは答える。
「ボクの隊を襲った奴だ」
グランに対する怒りが、ふつふつと湧き上がる。
自身のなかにあった降臨王への憧憬が、明確な敵対心へと変わっていくのをアシュレは感じていた。
「そなたの槍の――〈シヴニール〉というのか――光条は効くのか」
「散らすことはできる」
先刻の戦闘内容を思い出しアシュレは言った。〈シヴニール〉で活路を開き、アシュレは包囲を脱したのだ。
手応えのようなものはなかったが、効かないのではなく爆発的な増殖能力に威力・戦力が追いつかなかっただけのことだと、観察していて思った。
「本体が物理的実体を持つものなら、間違いなく効くはずだよ」
「では、黒霧への対処は〈シヴニール〉がもっとも効果的だな。どうも手応えのない相手には〈ローズ・アブソリュート〉は効率が悪い」
「至近距離からの《エンゼル・ハイロゥ》なら再生するヒマも与えず一掃できる」
「憶えたての技を過信するでない。逸るあまりに見境いなく放つでないぞ。あんなものに巻き込まれたら黒焦げでは済まぬ。〈シヴニール〉の加護がなければ使い手さえ危うくする大技だ。……そういえば、そなた、咳込んでいたではないか」
「あ、あれは……たしかにそうだけど、次はもっとうまくやるさ。イズマさんにコツを教授してもらったし」
「そなたの危機に、いつもわたしが隣りにいてやれるとは限らんのだぞ」
「まるで恋人同士の会話にしか聞こえませんがー」
つまらなそうに頬に手をつきイズマが指摘する。
半開きの目がふたりを見ていた。
アシュレは赤面し、その様子にシオンが動揺した。
「イズマッ、茶々を入れるでないッ。それにアシュレッ、なぜ、そこで赤くなるッ。そなた、それではまるで二人の間にやましいところがあるようではないか!」
はあ、とイズマが溜息をつき、ふたりをたしなめた。
「戦力分析がどうのと、仰っていましたけどね、おふたりさん。いま我々が考えないといけないのは正面戦力のことではなく、人質救出という厄介事を、あのグラン相手に成し遂げなけりゃあならんということですよ。
軍事的規模で見れば奴は万を超える軍勢を従える王。
戦力だけ見ても生前の比じゃない。これって、どこかの軍事大国の遠征規模ですよ?」
長い指を眼前にかざしてイズマは言った。
「対するこちらは、馬と羊を入れても頭数は五。正面衝突したら踏み潰されるだけです」
べええ、とどこかで羊の声がした。
「では、どうするのだ?」
「奇手しかないでしょう」
「単身で忍び込む、とか」
アシュレの提案に、大胆すぎる、とシオンが睨む。
悪かない、とイズマがアシュレに視線を流した。
当然キミがやるんだよね、その役は。そういう目だった。
アシュレは背筋を伸ばして応じた。当然だと。
さすが聖騎士、とイズマは芝居がかった仕草で感心してみせた。
「混乱に乗じることができれば、むしろ単独行動のほうが可能性は高いかも」
「せめてふたりは必要であろう」
だれが背中を護るのか。シオンは食い下がった。
「万超えの軍団相手に、混乱を作る役はだれがするんで?」
う、とシオンが言葉に詰まる。
なるほど戦略的・戦術的面ではイズマの独壇場だった。
真偽のほどは不明だが、かつて王だったというのは、あながち嘘ではないかもしれない。
「因縁のある姫が復讐戦に出てきたとなれば、グランだって動きますよ」
「陽動、というわけですね」
「アシュレくんは難しい言葉を知ってるね。囮とか釣り餌とかとも言う」
失敗すると食われる役さ。茶目っ気たっぷりにイズマが言った。
「だが、釣りをするのに餌は外せないさ」
「貴様はどうする気だ」
主導権を奪われて面白くないのか、ふてくされた態度でシオンが指摘する。
「もちろん、姫のおそばを離れるもんですか。羊もね」
愛の僕ですから、と笑顔でイズマは言った。
言葉づかいが間違っている気がしたが、アシュレは指摘するのをやめた。
時間がなかったのだ。
「お願いできますか?」
囮の役を。真剣にアシュレは言った。ヒュー、とイズマが口笛を吹く。
「いちばんあぶないのは、キミなんだよ、アシュレくん」
「でも」
「でも、これはボクのせいだから、とかって思ってんの?」
呆れ半分、感心半分という様子で、イズマが首を左右に傾げて見せた。
「思い上がらないでもらいたいね。こっちにはこっちの事情があんの。いくら美人だからって、見ず知らずの男の恋人のために命張るほど、ボクぁ甘かないし頭悪かあないんですよ」
だいたい眼前に見るまで美人かどうかなんてわからんでしょ?
大抵ハズレなんだそういう前フリは。腹が立つ。
昔日の経験がものをいうのだろうか。
苦味走った表情でイズマは言った。
「紙はあるか。羊皮紙でもよいが」
ペンとインクも。シオンが言い、イズマがすぐに応じた。
取り出されたのは、立派な羊皮紙である。
なにの皮なのかアシュレは想像して、すこし恐くなった。
「なにに使うんで?」
「墓所の見取り図だ」
シオンは紙面にペンを走らせた。
その筆捌きを見てアシュレは確信した。
夜魔の一族は記憶を忘れることができないのではないかというあの直感は、間違いないことだと。
「十年前のものだが、深部の改装はできんはずだ」
アシュレはシオンの物言いと眼前に描かれつつある図面を見ておかしなことに気がついた。
墓所のある区画から奥がありえないほど整然としていたからだ。
これって、と声が出た。
「気づいたか。これこそがイグナーシュの遺産――〈パラグラム〉だ」
アシュレはシオンの言葉に愕然となった。
動かせぬ、とのシオンの言に漠然と大きいものなのだろうという予測はたてていたが、まさか建造物そのものがそうだとは思いもよらなかった。
「進入経路はいくつかあるが、潜入は戦端が開かれた後のほうがよいであろう」
図面をよく見て検討だけはしておくことだ。シオンは言う。
「〈パラグラム〉の通路、幅が狭いな。〈シヴニール〉は使えない。外で数発掃射、使い捨て、という感じだね。生きて帰っても聖騎士は辞めなきゃならないな。下手すると縛り首かも」
迷いのない口調でアシュレは言った。
会心の出来の冗談だったつもりだが、シオンはくすりとも笑わなかった。
イズマだけが、ウケている。
「ただの鋼では不死者を滅するのは困難だぞ」
そなた、武具はどうするのだ。シオンが指摘した。
「盾を使う。お目にかけてないけどバラージェ家の家宝のうちの、もうひとつも持ってきているんだ。〈ブランヴェル〉。最高の盾だよ」
アシュレは言い、一度部屋を辞した。
案内に手当てを終えたノーマンが付き添ってくれた。
辺りはすっかり闇で、家々から夕餉の灯と煙が漏れている。
村の防壁側だけが夕焼けのように赤く、ごうごうと恐ろしい音がしていた。
火勢が引くにはまだ当分、時間が必要だろう。
アシュレは馬屋に赴き、ウェポンラックから盾を降ろした。
カイトシールド。上端の半分が切りかかれ窓になっている。重量は通常のものの半分以下しかない。外縁が薄く刃のようになっており、白兵時はここを使う。
シールド・コンバットは騎士の戦闘技術のなかでもっとも基礎的なものだ。
もちろんアシュレも嫌になるほど練習したし、習熟していた。
「どうだろう」
アシュレは、焚火の光を浴びて鈍く輝くそれをふたりに披露した。
「〈シヴニール〉のような超常的攻撃能力はないけれど、逆に強力な力場を盾の表面に作り出せるから」
「限定的空間なら刃に対して圧倒的に有利か。なるほど、これと〈シヴニール〉は対の品なのだな。本来の運用ではこれで〈シヴニール〉からの逆流や余波を防ぐものなのだ。高速機動中の馬上掃射は変則的スタイルだということか」
「骸骨野郎には効くんじゃないすかね」
「その上で、ボクは甲冑をつけません。つまり、盾だけを携えて潜入します」
「潜入というより、突入だね、そりゃあ」
じゃあ、これも持っていくといい。
イズマは己の荷物からいくつかの薬品と貴石を差し出した。
錬金術絡みの代物である。
こればかりは、たとえ法王庁の門前町であるエクストラムでもおいそれと手に入れることはできない。
正真正銘・土蜘蛛の謹製品だった。
イズマはそのひとつひとつをつまみ上げ、丁寧に用法と効果を解説してくれた。
「やっぱり、ホントはいい人なんですよね。イズマさんって」
しみじみと言うアシュレに、イズマは心外そうな顔をした。
「いまごろ気づいたのッ? 遅い、遅いよ、アシュレくんッ! イズマの魅力に気づくのが遅すぎるッ! ……ホントは、って、じゃあ、いままでどう見えてたの?」
「……へんなひと?」
ひきっ、とイズマの顔が引きつった。
「じゃあ、いまは?」
「へんだけど……いいひと?」
返しなさいッ。イズマはアシュレの手から先ほどの品々を奪いかえそうとした。
くっくっくっ、と鳩が喉を鳴らすようにシオンが笑う。
「よろしいですか?」
そこにノーマンが姿を現した。そういえば、さきほど馬屋までアシュレを案内してくれたあと、ノーマンは姿を消していたのである。
「お話は、お済みになられましたか」
ノーマンの申し出の意味がわからず、一同は互いに顔を見合わせ、それから頷いた。
「グラン王の墓所へ赴かれるとか。しかも、急いでいらっしゃる」
間違いありませんか。
表情を変えず問うノーマンに、アシュレは緊張して答えた。
「はい。しかし、集落を護る炎が消え去るまでは動くに動けず」
「村長と交渉しましたところ、墓守だけに口伝された古い道があるそうで、事態が事態だけに特別に通過を許してくださるとのこと」
ニコリともせずに告げるノーマンにアシュレは心底驚かされた。
この男は自発的にアシュレたちを助けるため、陰ながら働いてくれていたのだ。
「しかし、どうやって村長を説得されたのです?」
「国を救うためグラン王の力を借りる必要があるのだ、と。アシュレダウさまは、そのための試練を受けるため法王庁から派遣されたのだと説明いたしました。これなら派手に暴れられても説明がつくでしょう」
こんどは驚きで一同が顔を見合わせた。
ノーマンのしたことは一種の詐欺ともいえたからだ。
方便、というには強弁が過ぎる。
「嘘をついたのかと問われれば、その通りですとしか言いようがありません。懺悔ならばすべてが終わったあとでいくらでもしましょう」
すべての真実を明らかにすることが、民に救いをもたらすとはかぎらない。
年若いアシュレには、にわかには納得しがたい論理である。
だが、ある側面ではあっても真理と信念を持って生きる男の強さに、アシュレは抗する言葉を持たなかった。
なにより、ノーマンはアシュレたちのために自ら汚れ役を買って出てくれたのである。
「すぐにでも出立できるよう取り計らいましたが?」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではありません。わたしたちはあなたがたに助けられた身です。恩を受けたならそれを返さねばヒトとしての示しがつきません。それに……ここだけの話、わたしは嘘をつくのが得意なんです」
ぺろり、と舌を見せてノーマンが言った。
あの巌のような顔のまま。
アシュレは目を丸くして驚いた。
ノーマンは冗談を言ったのだ。
よほど間抜けな面をしていたのだろう。ノーマンの顔がほころんだ。
笑うとなんとも人好きのするいい顔だった。
「生きていれば、またお話したい」
「ご武運を」
こうして、一行は墓守の道へと足を踏み入れたのだ。




