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冷やし中華始めません

作者: でんでろ3

 夏休み。久しぶりの帰省。着いたのは昼時。昼飯、どうしようか? 丁度いい。大将の冷やし中華を食べよう。


 大将の店に着くと、

「冷やし中華始めません」

と書いてある大きな張り紙が目に入る。

「なんだぁ? こりゃあ?」

何やら店の中が騒がしい。

「なぁ、大将、機嫌直してくれよ」

「おらぁ、別に、気なんざ悪くしちゃいねぇ!」

「じゃあ、冷やし中華作ってくれよ」

「それとこれとは関係ねぇ。ただ、今年は、冷やし中華は、やらねぇことにしただけだ!」

店の中に入ると、懐かしい常連客の面々が、大将を取り囲んでいた。

「どうしたんだい、一体?」

「おぅ、三芳の坊主、帰ってきたのか」

「もう、坊主はやめてくれよ。それより、何の騒ぎなのさ」

「いや、この、ヤスの馬鹿たれが……」

「馬鹿ってなんだよ」

「テメェが、そうやって、反省の色が足らねぇから……」

「まぁまぁ、……で?」

「いや、大将が、今年、冷やし中華を始めるときに、張り紙に、『冷やし中崋始めました』って、『華』の字を、草かんむりと間違えて、山かんむりを書いちまったんだ」

「それを、ヤスのアホゥが大笑いするもんだから、大将、へそ曲げちまって……」

「おらぁ、別に、へそなんぞ、曲げてねぇ!」

「馬鹿の次は、アホゥかよ」

「君には、全ての罵詈雑言を捧げたいよ」

やれやれ、といった感じだな。

「それで、ヤスさんは、ちゃんと大将に謝ったんだね?」

一瞬、座がどよめく。

「ちゃんと、差し向かいで」

常連客皆が、ヤスさんの方を向く。

「いゃ、それは、そのぅ、どうだったか、なぁ?」

ヤスさんは、しどろもどろだ。

「謝って」

「いゃ、今更、謝っても……」

「けっ、今更、謝られても……」

ヤスさんと大将が、同時に言ったもんだから、2人は気まずげに黙った。

「ヤスさん、こういうのは、損得とか、無駄だから謝らないとかいうものじゃないでしょ」

ヤスさんは、チラチラとみんなの顔を見ていたが、大将に向き直ると、居住まいを正した。

「あー、ごほん、大将、あの、大将の間違い、大笑いして、ごめんなさい。間違いは誰にでもあるっていうのに、いけないことをしたと思います。本当に、ごめんなさい」

「ねぇ、大将、ヤスさんも謝ってるし……」

大将に、とりなすように、言ってみる。大将は、少しの間、居心地悪そうにもじもじしていたが、

「う、うるせぇ。それとこれとは関係ねぇつってんだろ! 今年は、冷やし中華は、作らねぇったら、作らねぇんだ!」

と言って、みんなを店から追い出してしまった。


 翌日、僕らは、一計を案じた。

 大将の奥さんに頼んで、夜中にこっそり店を開けてもらい、作戦に及んだ。


 大将が、仕込みに店に降りてくる30分前には、準備は終わっていた。

「なんでぃ、なんでぃ。サンディ、マンディ、チューズディ。おめぇら、他人の店で勝手に何やってやがる?」

「冷やし中華を作ってました」

「なにぃ?」

「大将が作らないなら、我々常連で味を再現しようかと思いまして」

「けっ、馬鹿言うんじゃねぇ。作ると食べるじゃ大違いょ。できるわけねぇ」

「そう思うなら、これを食べてみてください」

そう言って、我々常連客の作り上げた冷やし中華を、差し出した。

「ふんっ! なんだか、見た目はきれいじゃねぇか」

「まぁまぁ、食べてみてくださいよ」

椅子を勧め、箸を差し出す。

「ふんっ、どうせろくなもんじゃあ……。このチャーシュー、妙に粒々感があるんだけど」

「あぁ、それスパムです」

「……最近、パソコンによく届く、って、それとは、違うんだよな。この錦糸卵、やたらと歯ごたえあるな」

「あぁ、それ、たくあんです」

「……長屋の花見じゃあるまいし。麺の歯ごたえも、おかしくねえか?」

「あぁ、それ、こんにゃく麺です。カロリー控えめで」

「……控えりゃいいってもんじゃ、ねぇだろう。このキュウリ変わった模様してるな」

「あぁ、それ、スイカの皮です」

「……キリギリスだって、そんなもん食わねぇぞ。この椎茸、なんでこんなに粘っこいんだ?」

「あぁ、それは、チューインガムを煮たもので……」

「いい加減にしろーーーーーっ!」

大将は、箸をテーブルに叩き付けた。

「お前ら、冷やし中華を何だと思ってるんだ?」

「では、そんな僕たちに、冷やし中華の神髄を教えてください」

ここを先途と、常連客一同、深々と礼をして、声を合わせて、

「お願いします」

と言う。

大将は、といえば、

「お、ぉ、お、ぉぉ、お、ぉ、お、おう。わ、判った。そこまで、言うならしょうがねえ。作ってやる」

しどろもどろになりながらも承諾した。


 その日から、大将の店に、「冷やし中華始めました」の張り紙が張られた。

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