第八話 魔法について
ピンク髪の少女が前に来店してから来て早くも一週間が経とうとしている。
正直な話、心の底では早く元の世界に帰って元通りの生活をしたいと思っているのだが、そうしたときに体が元に戻っていないなんて事態に直面してしまうと、それこそ生活できなくなってしまうので真っ先に体を元に戻すことを最優先事項に据え置いている。とは言っても、一日の大半はウィットの店のカウンターに肘をついてボーと店の外を眺めているだけで今のところ接客は一回もしていないような気がする。
話を戻すと、体を元に戻す方法については“早く大人になりたい”などとそれらしい理由をつけて、そういった類の魔法がないかウィットに探りを入れたりして見たのだが、そんな魔法は知らないという返答が返ってきた。もう少し言えば、大人を子供にする魔法もないそうだ。
ここにきて分かったことといえば、この世界における魔法の発動方法とこの店の構造ぐらいである。
まず、魔法の方から話をすると、この世界の魔法は基本的に何かしらの道具を媒介として発動することが多いようでその代表例がまさにピンク髪の少女が作っている魔法のほうきである。なお、彼女の名前については彼女がおいていったほうきに“ラフィーカ”とサインがされていたのでそれが名前なのだろう。ウィットにも確認したので問題ない。
「すみれ、客は来てる?」
そんなとき、店の奥にある研究室にいるウィットから声がかかる。
今のところ入り口から入ってくる人はいなかったので見回す必要もないのだが、念のために店内を見た後に返答をする。
「大丈夫。いないよ」
「ありがとう」
ウィットがちゃんと返事を受け取ったのを確認すると、すみれは再び先の思考へと戻る。
どうやら、この世界においてもっとも使われる媒体は魔導書だそうだ。どういうわけか、この店にはおいていないのだが、魔導書にはいくつもの魔法が記されていて、それに魔力を込めることによって魔法を発動させることができるらしい。よくファンタジーやなんかであるような呪文を唱えて魔法を発動するなどということはないようだ。ただし、媒介なしで魔法を発動させることもできなくはない。それにはかなりの技術と魔力が必要となるそうなのでそれをできる人は滅多にいないそうだが……
この辺りの知識については店番として最低限の魔法は知っていなければならないというウィットの考えからほぼ一夜漬けで叩き込まれた付け焼き刃の知識だが、これのおかげで魔法について考える機会があるというのもまた事実である。
欲を言えばもう少し魔法について学びたいのだが、彼女は常に研究で忙しいので店に客が来ない間(つまり、ほぼ一日中)家にある魔法に関する本を読むのみである。もっとも、その内容がほとんど理解できないので初心者向けの本はないかとウィットに尋ねたところ“そんなものは当の昔に捨てた”という返答が返ってきたので理解できないだけで実になっていないのが現状である。
そう考えて、改めてすみれは自身の横にある魔法のほうきについて書かれている本へと視線を移す。
しおりが挟んであるページを開いて続きを読んでみるが、この世界において魔力の放出だったり制御だったりといったあたりは呼吸するのと大差ないらしく、解説本には当たり前のように魔力をどういう方向にそうさして、ここに流して……のような書き方がされている。
それを読んですみれは改めてため息をついて本を閉じる。
結局、魔法のほうきで自在に空を飛ぶこともできず、それ以外の魔法も今のところはからっきしだ。最低限の魔法ぐらいは習得できないとこの世界では暮らしていけないだろう。
すれれがそのことを考えて、小さく息を吐いたとき、店の扉にかけられている鈴が客の来店を告げた。