第三話 魔法店の訪問客
ウィットが店を出てから約三十分。
ようやく体力が回復したすみれは店内に陳列されている商品を見ていた。
勝手に触って何かあっても困るので基本的には手を触れないようにしているが、ここにある商品はどれも総じて興味深いものばかりだ。
すみれは店に入った時から気になっていたほうきの近くへと言ってみる。
ほうきには“空飛ぶかもしれないホウキ 1,200,000srd”と書かれていて、こちらの相場はわからないながらも数字の大きさから高価なモノなのだろうなと感じる。
ただ、それだけ出したところであくまでも空を飛ぶ“かもしれない”ホウキだというあたり少し笑いそうになる。
ほかにも“薬草詰め合わせ(時価)”や“たぶんこれで完璧なはず。魔女入門セット(仮・お値段は店員とご相談ください)”など様々な商品が並んでいる。
それぞれの価値はこちらの通貨がどの程度の価値を持っているかわからないためよくわからないが、どれもかなり大きな数字が値段として付けられている。
それを見る限り、この世界……というよりも、この国では“srd”と呼ばれる通貨が使われているらしい。
陳列棚の下にある隙間に落ちていた銀貨にも“100srd”と書かれていたのでこれは間違いないだろう。
そんな風にして店内を見て回っていると、カランカランカランという鈴の音がなって、扉が開いた。
ウィットが帰ってきたのかと思って扉の方へと向かうが、そこに立っていたのはウィットとはまた違う少女だった。
全身黒装束で頭の黒い帽子をかぶったピンクの髪の少女はすみれの姿を見て小さく首をかしげる。
「あれ? ウィットさんは? というか、あなた……まさか! ウィットさんの隠し子!?」
「えっいや、ちが……」
「かわいい! 超かわいい! ものすごくかわいい! とにかくかわいい! お持ち帰りしてもいいかしら? はぁでも、ウィットさんの隠し子何だろうなぁ。お持ち帰りしたら怒られるかな?」
何だこいつ。
すみれが最初に抱いた感想はその一言に尽きる。
続いて、得体も知れない彼女に対して恐怖と身の危険を感じ始める。
とにかく逃れないとまずい。
すみれは目の前の少女から離れようとするが、がっちりとつかまれているせいで離れることはかなわなかった。
「離して!」
「いや! こんなかわいい娘がウィットさんの隠し子だなんてもったいないわ! そうだ! 私の養子になりなさい!」
抱きしめる力がさらに強くなる。
いよいよ意識を失うかと思ったとたん、急に彼女の力が緩んだ。
「誰に隠し子がいるって? そもそも、私はあんたと違って相手がいないんだけど」
うずくまって頭を抱える少女の後ろ……右手でげんこつを作り立っているウィットの姿が天使にすら見えた。
とにかく、すみれは命の危機を脱したらしい。
「ちょっと! いきなり何をするのよ! 殴ることはないでしょ殴ることは! それもグーだし! どういうつもり!」
「黙れ変態! そいつは単なる行き倒れだ。私が拾ったからここに置いている」
ウィットの言葉を聞いた少女は勢いよく立ち上がる。
「だったら、私が拾ったっていいじゃない! むしろ、私があんなことやそんなことまで面倒を見てあげるわ」
「あげなくてもいいわよ。とにかく、この子はうちにおくの。あなたのところに置いておくほど心配なことはないわ」
ウィットはそういいながらすみれのそばに移動して、そっと抱き寄せる。
「とにかく、この子はうちにおく」
「ふん。やっぱり、寂しいんじゃないの? そんなんだったら町に住めばいいじゃない」
「そういうことは関係ない。用事がないならさっさと帰ってくれ」
「はいはい。帰りますよ」
少女は心底残念そうな表情を浮かべながら扉の方へと歩いていく。
今一度、すみれの方を見た彼女は名残惜しそうに店から出ていった。
「私の知り合いがすまなかった。あいつのことはまぁ気を付けてくれ」
ウィットはそういうと、入り口のわきに置いてあった薬草をもって店の奥の方へと入っていった。