1-2
午後は研究棟二階のあの観測所に各自、アーツの力を最大限発揮出来る装備を持って集合するように午前中の最後に連絡があった。
やっぱり武器を持ってきている人もチラホラいる。こればかりは難しい問題だ。単純に戦力としては今回のクラス戦では数えることが出来無いのかもしれない。
「まず各々のアーツの測定を始めるのですが、東雲君。君は既に測定を終えていると聞いています。一番最初に見本を見せてもらえませんか?」
そう坂上先生に尋ねられ願ってもないことに、僕から測定することになった。
ちなみに実際の測定はいつの間にかやってきた槇下さんが行うようだ。ちゃっかりもうAクラスとEクラスの勝負の噂を聞きつけてEクラスの戦力を見定めようとしてるな。
観測所の広場に降りていき治癒の能力を発動させる。
「アクアマリン。発動!」
ただし今度はかなり手加減をしておく。
「あれ? Bー280。ちょっと……いや、なんでもない。もうこちらに戻ってきていいよ」
僕が測定で手を抜いたことを一発で見ぬかれた。だがどうやら槇下さんは見逃してくれるようだ。まさに悪魔の契約だった。その代わりにEクラスの戦力を把握するのを見逃せってことだろう。
急いで二階に戻り槇下さんの横に陣取り、コンシェルジュを展開する。
「東雲君。わりと本気だね」
槇下さんがボソッと小声で僕にだけ聞こえるように呟かれる。
頷き返しメモを取る用意だ。
「今みたいにあそこに立って能力を発動してください。名簿順に名前を呼ばれた者から測定を始めます!」
そして一人目がスタートした。
最初の数人は大したことがなかった。数値も百ちょっとでそこまで高くも無い。
それぞれアーツの名前と特徴を一人ずつメモに取る。
一つの目安として僕の戦闘用能力の数値が参考になる。大体百後半から二百前後あれば戦力として機能するだろうと僕は予め予想している。
「次、神島 晶」
次は女の子だ。さてどんな能力やら。
「アイス・シールド!」
女の子はアーツ名を唱えると目の前にかなり巨大な氷の盾を展開した。
「Bー258。青系の能力者としてはそれなりね」
やっと一人目。戦力になりそうな人が出てきた。メモにチェックを入れる。神島 晶さんか。
槇下さんは生徒の数値を読み上げるのと同時にボソッと独り言のように感想も述べる。
ちなみに全部メモを取っている。数値については三月の間に一通りの講義を槇下さんから受けたが全部を把握しているわけじゃないから結構ありがたい。
「次、小中 連」
連君がツカツカと広場の中央に歩いて行く。
「ああ。例の問題児か」
ボソッと本当に独り言のように槇下さんがそう漏らした。あとでこれは意味を尋ねよう。
「どうした? アーツ名を述べて能力を発動しなさい!」
教師が尋ねる。
「いや、もうその子は能力を発動してる。常時発動型ね。Wー246。常時発動型にしては異常に高い数値」
Wは確かホワイトの略。常時発動型の能力や色に関係が無い不思議な系統の能力が分類されることが多い色だったはずだ。
フンッと測定を終え連君がこちらに戻ってくる。やっぱり主席候補だったのだからそれなりにアーツの力も強いはずだ。
「次、西条 タケル」
連君と入れ替わり、タケル君が広場に向かう。
「バーン・トゥルーパー!」
炎の蛇が渦を巻きながら出現する。
「Rー302。一年で三百を超えるのはなかなか珍しいよ」
メモを取る。Rはレッド。赤系の能力者で見た目のまま炎を扱う人の色だ。やっぱりタケル君もかなり戦力になりそうだ。
「次、佐藤 大輔」
測定はつつがなく進行していく。最初に見本も見せたから皆もやり方は分かっているからスムーズなもんだ。
終わった人も今のところ、連君を除いて皆、ここに残って他の人の能力を見ようとしている。やっぱり他人の能力は興味があるものか。
連君だけはさっさと帰ってしまった。ブレないというか流石である。
「次、橘 京子」
それからしばらくはやっぱり百前後の能力者が続く。というか一般的な数値はどうやら百がまず一つの目安のようだ。
「次、橋下 直哉」
それに武器を持っている能力者もわりといる。クラス全体の割合から言えば二割強ぐらいの人が武器を持ってきている。
その人達にもチェックを入れる。今回のクラス戦に参加は難しいかも知れないけど、武器の使用が解禁された以後はどうなるかわからない。
「次、北都 纏」
次は纏さんだ。風の弓矢はどれくらいの数値なのか。
「エアレイド!」
まるで弾丸のように風を撃ち放つ。
「Gー230。緑系ね。数値的にもそれなり」
やっぱりあの試験を受けた時の僕達はかなり運がよかったのかも知れない。皆、少なくとも二百は超えてくる。
「次、南坂 凛」
纏さんと入れ替わり凛さんが広場に降りる。
「あの……これって手加減しなくていいんですか?」
ここで初めて質問が出た。
「しなくていいよ。全力で能力を発動したらいい。そんなヤワな作りにはなってないから」
槇下さんが笑いながら答える。
……ちょっと待って。確か凛さんの能力って。
「じゃ、遠慮無く。グラビティ・モス!」
その瞬間。ズンッとこちらにまで能力の余波が届いた。
「っちょ……BLー392。珍しい黒系の能力に数値もちょっと凄いわね」
黒系の能力はそれ自体が特殊な色だったはずだ。例えば重力や相手の能力を吸収してしまうような能力が当てはまるとの説明だった。
予想以上に凛さんの数値が高かった。今のところ僕を除けばトップである。
「最後、美作 ハル(ミマサカ ハル)」
凛さんと入れ替わり最後の一人の女の子が広場に降りる。なんだかここからでも分かるくらいに元気一杯な子だ。
「クレアヴォイスン!」
あれ? どうやら能力を発動したようだけど、全く変化が見られない。これは初めてだ。
「ふむ……Wー241。数値的にはそこそこ。何か能力が発動しているみたいね」
ここからでは全く能力の内容が分からない。一応リストにはチェックを入れておく。
「以上で全員です。各自、以後必要になるため、自分の数値と記号を覚えておくように」
その先生の言葉を最後に解散となった。
ふむ……気になる能力者は何人か居た。あとで接触を図ろうと思う。
一通り皆が帰るのを槇下さんの隣で待っていた。いくつか質問があったからだ。
「東雲君、わりと本気だね。全員の能力はメモれた?」
最後の一人が部屋を後にしたのを確認してから槇下さんの方から僕に話しかけてくる。
「メモは全部取りましたよ。でも戦力として数えれそうなのは十人いませんね」
結構、残念な点だ。しかしまだ学園に入学したばかりだからむしろアーツの能力が高い人の方が珍しいのかもしれない。
「面白いのも中にはいるじゃない。特に南坂 凛だったかな。アレは化けるよ。今の段階で黒の能力。さらに数値は392なんてかなり凄い。一年では恐らくトップクラス」
それは僕も思った。ちなみに数値的に三百を超えたのはタケル君と凛さんの二人だけだ。
「で、連君の時ですけど。何故、問題児なんて言ったんです?」
この質問をしたかったから残っていた。
「ああそれか。あの子は筆記と実技では学年トップの成績だったの。で、本来だったら主席になる手筈だったんだけど、めんどくさいの一言で一蹴してくれてね。おかげで仕事が増えたの」
槇下さんにしては珍しくちょっと愚痴っぽく漏らす。
「数値も常時発動型の能力者で246でしょ? 常時発動型は前にも説明したけど、その性質上、数値が低く出ることが多いの。その中で彼はかなり高い数値を記録している。まぁ本人の素行に結構問題があるみたいだけどね」
片付けをしながらそう説明してくれる。
なるほど。連君はどうやら本人に問題が多くあるみたいだ。これは少し頭が痛い。
「私的にはEクラスの戦力が大体把握出来たからクラス戦が楽しみだよ。まだAクラスの方は見てないから何とも言えないけど、今の段階だとそんなに一方的な展開にはならないと予想してる」
ちょっと不思議に思う。なんで直接関わりの無い教員の槇下さんがこんなに積極的なのだろうか?
「もしかして結構なお金が動きます?」
その言葉を発した瞬間。ピタリと槇下さんの動きが止まった。
「東雲君。本当に妙な所で頭がまわるよね。その通り。教師間で金銭のやり取りが行われるの。どっちが勝つかトトカルチョが開かれる予定」
やっぱりこのダメ教師。生徒を賭け事の対象にしていたか。
呆れと共にため息が漏れる。
「なによそのため息は! いいじゃない! こんな学術都市に住み込みで働いてたら賭博なんて娯楽はなかなか無いの! 私だってたまには息抜きしたいもん!」
語尾がどんどん幼くなっていく。焦ると出る槇下先生の可愛いクセだ。
コンシェルジュのリスト画面を再度開く。とりあえずチェックをつけた生徒には直接、僕が話をした方がいいな。
「べ、別に法律で悪いって定められていることじゃないもんね。だからセーフだもん。いいじゃん。大人たちの数少ない楽しみなんだもん。だから事務方にはチクらないでね」
ハイハイといって流しておく。先程の台詞は聞かなかったことにしよう。
「私だって立場的には結構微妙なのよ? どっちが勝つか上手くバランスを取らなきゃ賭けにならないし。春香ちゃんがいるから東雲君の能力は恐らくAクラスに筒抜けだしね。だからちょっとだけ解説を添えたでしょ?」
っていうか賭け事の親なのか。槇下さん。
「まぁそれとは関係なく指導教員の方の勉強は進めるけどね。私的にはクラス戦は盛り上げてくれればそれでいい」
ここは真面目な顔をして槇下さんが話す。
「で、本音は?」
「賭けが成立してクラス戦が始まったら私的には確実にプラス」
欲が丸出しである。この裏表のなさが槇下さんの良い所かもしれないけどさ。
「まぁそういうわけだから頑張ってくれたまえ。協力はAクラスの様子を見てから考えるわ。あまりにバランスが悪かったら介入するから!」
まとめられる。まぁ槇下さんの存在はイレギュラーと覚えておこう。
確かに僕が一番、気楽に相談が出来る相手だけど、まさか賭け事の親をやってるとは思わなかった。
……この日はこれで荷物をまとめて引き上げた。今日は指導教員の授業の方はなかった。
次の日から僕は積極的に動くことにした。
まずはチェックをつけた生徒に接触すること。
名簿の上から順番に会いに行くつもりで、まず初めに神島 晶さんに会いに行くことにした。
神島さんは都合がいいことに、凛さんと纏さんと同じ部屋。さらによくお昼も一緒に行動しているみたいだった。
ので実に簡単に接触することが出来た。
「神島 晶さん? ちょっと話があるんだけど」
お昼休みを狙って特攻する。
「これはこれは。クラス代表の東雲君じゃないか。私に何か用でもあるのか?」
わりと大げさな反応だ。
神島さんはどちらかと言うとボーイッシュな感じの女の子だ。短い髪にハッキリとした顔立ち。可愛いより格好良いって言葉がよく似合う。美人さんでもある。
「うん。君のこと。少し興味があって」
その台詞を発した瞬間。神島さんだけでなく凛さんと纏さんの動きも止まった。
「え、な、なに。ちょっと。ねぇ」
「そ、そうだよ。涼君。いきなり過ぎるよ」
二人の慌てっぷりを不思議に思った。
「クラス戦のことについてだよ。一人一人戦力になるか尋ねることにしてるんだ」
その発言を付け加えたらあからさまにほっとした様子の凛さんの姿が目に入った。どういう意味だ?
「そういう意味か。まぁ東雲君があの時、メモを取っていたのは確認している」
あ、意外だ。よく見ていたな。
「私の能力についてならいくらでも説明しよう。それがクラス戦で役に立つならな」
実にやりやすい。神島さんはこっちの意図をわずかな情報から推測してる。
「うん。じゃいくつか質問するよ」
それから神島さんにいくつか質問をぶつける。どれくらいの大きさの氷まで出せるのかとか。持続時間はどれくらいなのかとか。
「私の氷は一度出したら私の意思で消すまでは現実に溶けて消えるまでその場に残ったままだ。大きさはそうだな……そこまで正確に計ったことはないが二十メートル四方ぐらいの大きさまでなら自由に出せると思うぞ」
コンシェルジュを開いてメモを取る。なかなか凄い能力だ。氷の塊で二十メートル四方って相当大きいぞ?
「ついでだし。凛さんと纏さんにも質問いい?」
「ついでとは失礼な! まぁ私達も協力はするよ」
ふむ。それはかなり助かる。もう二人とも戦力に数えているからね。
「じゃ先に凛さん。重力の力だけど縦だけでなく例えば横とか向きを変えて発動することが出来たりする?」
これは戦略的に結構、重要なことだ。
「え、なんで分かるの? 私、見せたっけ? 確かに重力波だけどちゃんと向きも変えて発動出来るよ」
メモを取る。よかった。これで戦略の幅が広がる。間違いなく凛さんの能力も今回のクラス戦では必須になると僕は予想している。
「ちなみに重力波ってアーツの力にも作用する?」
「なんで分かるの? アーツの力にも作用するよ。私に飛んできた相手のアーツに対してそれを叩き落とすような能力の使い方したことがあるもん」
予想通りである。しっかりとメモを取る。
「次、纏さん。エアレイドってどれくらい連射出来るの?」
「それは計測したことがあるわよ。威力を考えなくていいなら分間百発は撃てるわ」
ふむ。なかなか高速で連打出来るのね。
「人を吹き飛ばす程度の威力を持たせるとしたらどれくらいになる?」
「うーん……やったことがないからわからないけど。たぶん半分ぐらいになるかな。威力重視ってあまりしたことがないの」
ふむ。コンシェルジュのメモを更新する。
「出来ればクラス戦の一週間前ぐらいまでに三人とも、もうちょっと自分の能力について調べておいてほしいな。昨日行ったあの研究棟の部屋に行ってアーツのテストがしたいって言えば、開いていたらたぶん無条件で貸してくれるから」
恐らく槇下さんも邪魔はしないだろう。
「結構本気だよね。やっぱり対Aクラス戦で勝とうと思ってる?」
凛さんから質問が出る。
「そりゃね。一応、クラス代表として皆の能力を把握する絶好の機会でもあるし」
神島さんと連絡先を交換しながらそう呟く。
僕はこの一月の間に、最低でもクラスの全員と一度は話をするつもりだった。ついでに連絡先も入手しておきたい。
「まぁ私達に出来ることは協力するぞ。何かあったらまた言ってきてくれ」
そう神島さんにまとめられる。これでこの三人はチェック済みに出来た。
この日の午後から本格的なアーツの実習に入ることになった。研究棟のあの観測所の広場に全員が降りる。
「まずアーツの戦闘における基本戦術となるシールドの技能を皆さんには習得してもらいます」
坂上先生が皆の前に進み出てそう言った。
つまるところそのまま盾だな。相手のアーツに対する防御方法をまず最初に勉強することになっているようだ。そうじゃないとアーツを使った戦いなんて危なすぎるし。
「まず私が見本を見せます。このように手を前に付き出して、アーツを発動するようにして盾のイメージを持ちます」
生徒も坂上先生の動きを見ながら真似をする。
「そして体内にあるエネルギーを一気に放出するイメージで発動します。シールド!」
その説明と共に一気に先生の前方を覆うように白い盾が展開された。
おおーっと生徒から歓声が上がる。
「このようにしてシールドの技能は発動します。クラス戦に参加する最低条件はこのシールドが使えること。もしくはアーツが防御系の能力であることですから、皆さん頑張ってください」
そして生徒が見よう見まねで真似をする。
が、やはり初日だからだろう。一度目で出せる人は……誰も居ないと思ったら神島さんが成功した。
シールドの色は青だった。どうやらその人の系統の色が盾の特色として出るようだ。
「素晴らしい。その調子です。あとは確実に盾を出せるようになれば課題はクリアです」
先生が褒めている。神島さんが少し照れているのが印象的だった。
ちなみにまだ周りに隠しているけど、僕は普通に出せる。というか僕の能力の中に全く同じ防御能力があった。これがアーツを用いた戦闘の基礎につながっているとは思わなかったけど。
皆、四苦八苦しながらシールドを出そうとしている。だがこの日は他に成功者はいなかった。
神島さんが成功したのは比較的アーツの能力がシールドに似ていたからだろうと思う。僕も似たようなことをしていたから出せるわけでやっぱり練習のようなモノが必要なのだろう。
シールドが出せるようになるのは四月の月間目標だ。まだ時間はある。焦る必要は無い。
たぶん皆もアーツの放出のタイミングさえ掴めば簡単にシールドは習得出来るだろう。
「これがアーツを用いた戦闘の基礎になります。シールドのように一瞬である程度の量の力を放出する技術は他にもいくつかの派生があります。皆さん色々とチャレンジしてみてください」
そういって今日の授業がまとめられる。これから四月の間は毎日のように実習がある。
まず最低限、アーツを使った戦闘が出来る事前準備としてシールドの習得をどうやら学園単位で推奨しているようであった。そのため、実習の時間は先生が三人に増えて生徒に助言をしてまわっていた。
四月の間にこのシールドを何人習得出来るかがクラス戦のまず一つの大きな鍵となりそうだ。たぶん主力となる人達とプラスアルファで数人。全体から見ると半分くらいの人は習得してほしいと思う。
実習が終わったので、この日はそのまま槇下さんの部屋に向かう。
毎週水曜日と土曜日に四月は指導教員の授業を行うことになっている。といっても半分くらいは雑談や雑用で終わるけど。
部屋に入ると、とても悪い顔をした槇下さんとものすごく戸惑っている神楽坂さんの姿が見えた。
「ねぇねぇ。教えてよ。いいじゃない。別に減るものじゃないんだし」
槇下さんがニタニタと笑いながら神楽坂さんに迫っている。
「ダメなものはダメです!」
「春香ちゃんのけちー!」
言い争いがかなり低レベルだ。それにどうやら槇下さんの方が神楽坂さんにからんでいるようだ。
「あ、東雲君が来たか。聞いてよ。春香ちゃんさ。東雲君の能力をAクラスでもうバラした? って聞いたら、教えられませんって頑なに私に教えてくれないの」
この人は……全く懲りないな。
「神楽坂さん。別にAクラスに僕のことを教えてもいいよ。こっちは僕の能力をAクラスの全員が知っているモノだと思って行動するから」
手前の席に腰掛ける。全く意図せず心理戦の始まりである。
神楽坂さんはちょっと驚いたような顔を浮かべている。
どうやら彼女の中で僕の能力をバラすということは揺れ動いている内容のようだ。僕の能力をAクラスにバラすということは僕を裏切ることになるし。かといって折角持っている情報をAクラスに伝えないのも背徳行為となる。
「僕のことなら気にする必要は無いよ。だって勝負でしょ? そんな相手のことなんてわざわざ考えなくていいよ」
ちなみに僕的には僕の能力をバラされようがバラされまいが、どちらにしても全く問題は無い。
そもそも単純にバラされた程度で簡単に対策ができるような能力でもないのだ。それならば相手が僕の能力を知っている方がむしろ戦いやすいとも言える。
「おーおー。だいぶ東雲君は自信があるみたいだね。ちょっと意外」
本当に少し驚いたような顔を僕に向け槇下さんはそう呟いた。
「神楽坂さん。基本的にはクラスのことを考えて行動したらいいよ。僕との繋がりは一種のイレギュラーな存在だし」
心理戦終わり。これで仮に僕の能力が出回ったとしてもそれはそれで対策が取れる。
むしろ今までの雰囲気だと、まだ神楽坂さんは僕の能力をAクラスでバラしていないような気がする。
「ふむ……東雲君のが数段上手だったか。じゃ、まぁいいや。今日の授業を始めるよー」
ガラガラと槇下さんがホワイトボードを持ってきて今日の授業が始まる。
「何度か今までの説明に出ているアーツの相関図というのをここに書きます」
線をピーッと引きながらいくつかの塊に区切っていく。
そしてそれぞれの塊に赤、青、緑、白、黒、銀と六種類の色を書き込む。
「前々から説明している通り、能力者の大半はこの六種類の系統に分類されます。ここでは銀が初めて出てきたかな。銀というのは主に金属や武器を強化するような能力者が当てはまる色ね」
ペンでキューッと線を引いていく。
「もう他の色の特色は頭に入ってるよね。基本的に前に書いた三色。赤、青、緑の方が人が多くて、後ろに書いた三色、白、黒、銀の方が人数が少ないよ」
ふむ。Eクラスの測定の時を思い出すが、白は連君と美作さんの二人。黒は凛さんだけ。銀が意外と多くて五人ぐらいだった。だけど全部足しても三十人中八人だ。確かに少ない。
「ま、これは本当にざっくり分けた時の区分だけどね。例えば青や緑には二人のような治癒術系の能力者がいるけど、それは普通に後者の三色より貴重な存在だし、それぞれの色でよくある能力となかなか居ない能力があるよ」
それも何度か説明があった。能力自体が貴重なパターンだな。
「基本的に個人の系統の色が変化することはすごく稀にしかないよ。最初が青だったらその人は普通は死ぬまで青の能力者ってことになる」
ふむ。色の系統は変わらないか。
「また一人の人間が複数の系統の能力を持つことも結構珍しいね。でもこれはいくつか例があるかな。主に複合型って言われるパターンがあるよ。この学園にもそれなりに探せばいると思う」
例えば赤と青を同時に持っている人がいるとすると、炎と水を同時に使えるのだろうか? なかなかロマンあふれる能力だ。
「基本的に皆が受けたあの測定検査では本人がその時一番扱える色が出るの。だから確実ではないよ。もしかすると才能は別の色を示す可能性がある」
だけど今の段階で本人が扱える能力は基本的にその本人が最初に目覚めた能力である場合が多い。つまり素質にあった色である場合がほとんどだ……との説明も受けたな。
「以上が相関図の簡単な説明。ここまでで質問ある?」
神楽坂さんが手を挙げる。
「ハイ! 春香ちゃん」
「複合型って具体的にはどんなタイプの人が居るんですか?」
確かに珍しいタイプとの説明だが、恐らく僕達がクラス戦などで一番遭遇する可能性が高いと考えられる。
「複合型その物の数が少ないけど……あえて言うならば銀に他の色が付くパターンかな。銀の能力者の半分くらいは複合能力者になる可能性があるよ。まぁ銀自体もそこまで数は多くないのだけど」
メモっておく。Eクラスにも銀の能力者は居るし。
「大体理解が出来たかな? これは結構基本的なことだから早く覚えちゃってね」
コンシェルジュにメモを書いておく。Eクラスのデータを取った時に色の測定を間近で見たから、もう大体頭の中には入っている。
「今日はここまで。で、少し改まって話があります」
今日の授業はあっさりと終わった。少しずつ進めていくのかな。それに改まって話ってなんだろう?
「で、結構、重要なことなんだけど、急遽私の出張が決まりました。大体三週間。四月の最終週には帰ってくるけど、しょうがないからその間、指導教員の授業は中止にするね」
槇下さんはちょっとバツが悪そうに頭を掻いている。
「ちょっと今回のはイレギュラーなんだけど、どうしても外せなくてね。まぁ帰ってきたらもっとパワーアップして授業を再開するから許して!」
神楽坂さんと顔を見合わせる。
まぁ急な出張じゃ授業はどうしようもないか。中止を受け入れる。
むしろ前向きに考えるとクラス戦までに時間が出来たのだ。今の間にEクラスの生徒に接触すればいい。
「で、なんで急いで今日の授業を終わらせたかというと、実は今日からが出張なのです。本当にゴメン! いつか埋め合わせするから許してね!」
そういってさぁさぁと席をたたされ廊下に出される。
「じゃ、またね。再開するときはコンシェルジュに連絡入れるから!」
槇下さんはカチャリと鍵を掛けたあと、部屋からはドタンバタンと凄い音が響きだした。
部屋の前で立ち尽くす二人。いやいつものことだけど慌ただしいな。
「何処かでご飯食べてから帰ろっか?」
「うん。そうする」
と、決められたような自然な流れでこの日は神楽坂さんと一緒にご飯を食べてから帰宅した。
次の日、僕は授業のため講堂を目指して歩いていた。
大体、授業の流れがわかってきた。午前中は座学。午後からは実習という流れがほとんどなのである。
座学については一般的な基礎科目や教養科目。それにアーツについて専門に学ぶ授業などがある。一年次の間はすべての科目が必修であり、二年次に入ると選択制の授業が増えるとの説明が最初にあった。
午後の実習は四月度の間は毎日のようにシールドの習得を目指すことになるようだ。もう既に神島さんのような習得が出来ている人が居るけど、出来た人はまだ習得出来ていない人にコツを教えたり、のんびりしていたりする。
基本的にそんなに授業は厳しくない。まだ四月ってのもあるけど、授業の内容について行くことはさほど問題ではなかった。
座学の間は基本的に全部コンシェルジュがノートや教科書の代わりになる。クラス全員がコンシェルジュを展開している絵はなかなかに爽快だ。
それにコンシェルジュを用いた授業はすごく便利だけど、こっそり別の操作をしていても教師はなかなか気が付かないから実はサボり放題でもある。
座学を受ける講堂はクラス単位で決まっている。だから基本的には毎日同じ講堂に皆が集合することになり、それと同じく各自の座席もなんとなく決まっていった。
コンシェルジュを教室の前に設置された端末にかざした後で、いつもの後ろの方の席に腰掛ける。僕の周りを取り囲むようにタケル君、纏さん、凛さんの座席がある。今日はどうやら僕が一番乗りのようだ。
授業を受けるとコンシェルジュにルピスが貯まる。そのルピスを使って買い物や食事を行うが今のところ、授業を受けるだけで十分な量のルピスが手に入っている。
「コンシェルジュ。今の僕が持っているルピスってどのくらい?」
「はい。現在で1580ルピスです」
「げ、お前なんでそんなに多いんだよ?」
タケル君が現れた。おはようと挨拶を交わす。タケル君には特別奨学生だからと説明しておく。
思っていたよりもルピスが貯まっている。一ルピスが百円の価値だからもう十五万円分ほどの価値が僕のコンシェルジュにはあるみたいだ。
これはどうやら三月度の特別講義の分が含まれるな……と想像する。あの指導教員の槇下さんの講義やアーツの測定でもルピスはちゃんとコンシェルジュに振り込まれていたようである。
一段落がしたら、教務課から認可を貰って孤児院の方に送金するつもりだった。ただ生活する分には普通に授業を受けるだけで十分だし。
「おはよう……二人とも」
ちょっと眠たげな様子で凛さんがやってきた。あれ? いつもなら纏さんと一緒なのになんで一人なんだろう?
しかし僕らの姿を見かけるとシャキリと一旦、姿勢を正した。
「涼君! あのね。一つ聞いてもいいかな?」
急に改まって僕に質問があるようだ。なんだろう?
「昨日の夜。一緒にご飯を食べてた可愛い女の子は一体、誰なのかな?」
バンッと机に手をつきながら質問される。
そっか。皆は知らないよね。
「……彼女も、僕と同じ。もう一人の特別奨学生だよ」
「どういう意味かな? それがなんでご飯を一緒に食べてたのかな?」
凛さんが食いついてくる。その様子をタケル君はニヤニヤと眺めている。
「Aクラスの神楽坂 春香さん。僕と同じ治癒術が使える子だよ。だから特別奨学生で一緒に講義を受けている」
「なっ? お前以外にも治癒術が使える奴がいるのかよ。治癒術ってかなりレアな能力なんだろ?」
二人とも大変驚いた様子だ。
「そ、それとご飯を一緒に食べることはまた違うんじゃないかな?」
しかし凛さんの質問の目的は少し違うみたいである。どういうことだろう?
「もう別に説明してもいっか」
特別奨学生という名で僕が学園から特別扱いをされていることはもうバレているのだ。問題はないだろう。
「あら……珍しく早く一人で起きたと思ったらもう来てたの? 凛」
その途中で纏さんもやってきた。
皆が揃った所で僕は皆よりも一足早く学園に来ていたことを説明する。
「なるほど……だからあの日、あんな所でのんびりしてたのね」
「特別扱いは知ってたが、それで寮も一人別なのか」
纏さんにタケル君はそれぞれ納得しているようである。
しかし凛さんだけはまだ納得がいかないようだ。どんどんふくれっ面になりつつある。
「だから彼女とはもう三月の間からずっと同じ検査や講義を受けてるよ。それで結構仲良くなった。対Aクラス戦で戦うのがちょっとつらい」
いくらクラス戦が授業の延長線上とはいえ、神楽坂さんと戦うのは少し抵抗がある。それは向こうもたぶん同じだろう。
「ふーん……だから一緒に二人っきりでご飯を食べるような仲なんだ」
ますますふくれっ面の凛さん。どうすれば収まるのだろう。
「凛。諦めなさい。過去は変えられないわよ?」
その様子に途中で纏さんも気がついたようだ。苦笑いをしている。
「しっかしAクラスにも治癒術が使える奴がいるのか。クラス戦には影響は無いのか?」
タケル君から質問がくる。
「彼女自身に戦闘系の能力はないと思うよ。それよりも僕のことが向こうで知られることの方が問題かなぁ……」
まぁ大局から見れば僕一人の能力が知られる程度のことなんて些細なことかもしれないけど。
そのままあとは教師が来るまで雑談となった。ちなみに凛さんはその後もずっとふくれっ面であった。
しばらくすると教師がやってきてこの日の授業が開始された。
「今日はアーツの歴史について説明したいと思います」
教師が教壇に立ちながら今日の授業が始まった。アーツの歴史についてか。
「アーツは公式には今から六十三年前。北欧のとある女の子が初めにその力を顕現させたと言われています」
コンシェルジュを開きながらメモを取る。これは僕もなんとなくは聞いたことがあった。
「最初の彼女の力は念動力と呼ばれる、空間に対して力を作用させる力だったと言われています」
昔はポルターガイストと呼ばれるような力だったらしい。力が及ぶ範囲の空間にある物に対して衝撃を与えることが出来る能力のことだ。系統で言うと白に分類される能力だったはず。
「その後、世界では急速に超能力……以後はアーツと呼ばれる力を持つ子供たちが生まれ始めます。君達の世代が今は第六世代と呼ばれていることはもう知っている人も多いでしょう」
大体、十年単位で世代は区切られている。僕達は最初にアーツの力が見つかってから六十年以上が経過したから今の子供達は第六世代と呼ばれている。
「この国で学園の仕組みが出来たのは第三世代の時代に入ってからです。学園のような仕組みは今では世界各地に存在しています。我が学園も交換留学生の形で海外の生徒を招き入れることがあります」
最初の十数年はアーツの力は忌み嫌われていたと聞いたことがある。新しい力に人間側がまず始めは拒否反応を示したのだ。
今ではそんなこともなくなったけど。ほとんどの人がアーツの力を使うことが出来るし。
「ある境界を超えるとアーツの力は瞬く間に世界に浸透していきました。具体的には第一世代の子供たちが社会に出た頃からアーツに関する人間の理解が変わってきたのです」
その頃からどんどんとアーツに関する法律や仕組みが出来始めた。拒否反応から新しく理解する段階に移り変わって行ったのである。
「そしてアーツがその後どうなったのかは今、現在の通りですね。この国ではATF軍を中心に軍事利用からエネルギー産業としてまで幅広くアーツの力は利用されています」
もはやこの世界の仕組みにアーツの力は必須だと思われる。それくらいにはアーツという力は日常的な物になった。
「今、現在の最新のアーツについての研究テーマはアーツの力が親から子に遺伝するのかという物があります。この研究が進めば将来、生まれてくる子供達に特定のアーツを持たせることが可能になるのではないかと言われています」
そこで気になったのでコンシェルジュで調べ物をする。こんな使い方も出来るからコンシェルジュは便利である。
……どうやら遺伝する可能性があるのは親の持つ系統の色を子供が何割かの確率で引き継ぐことがあるようだ。能力そのものを引き継ぐ可能性もあるにはあるようだが、確率はかなり低いとの注釈があった。
それに子供が全く別の新しいアーツを顕現することも多いとのことである。むしろ育った環境で習得するアーツが変化する場合の方が多いらしい。まだこの件については正式な法則が見つかっていないとのことだ。
僕の母親も僕と同じ、青色の能力者だったのかなとふと思った。それを確かめる術はもう無いけど。
教壇で先生の授業が続いている。それをボーッと聞いていた。
アーツの遺伝についての研究は最先端の学問のようだ。
何故かと言うと結局は僕の治癒術のような貴重で強力な能力者の複製に繋がってくるからだ。
治癒術の能力者は約百万人に一人の割合だと言われている。なのにその能力は非常に価値が高く、様々な分野で要求される能力でもある。
そんな能力者を多数生み出すことがこの学問の研究が進めば可能になるかも知れないのだ。そりゃ最先端の学問になるよね。
ただ僕はアーツの遺伝に関する研究は神の領域に踏み込む技術のような気がするのだ。
……確かに。たくさんの人がもし治癒術を使えればこの世界はもっと住み良い世界になるのかも知れない。
でもそのかわりに何かとても大事な物を人間は失ってしまうのでは無いかという漠然とした不安を思ったのだ。
……考えすぎか。僕みたいなただの一学生があれこれ言えるような問題でもない。
「以上でアーツの歴史についての授業を終わります。この科目はテストがありますので各自予習と復習を忘れないように」
チャイムの音と共に教師が教室から出ていった。
この日の授業はあとは特に何事もなく進んでいった。
暇な授業の間は僕はコンシェルジュを使ってクラス戦のことを考えている。
……授業中にコンシェルジュを使って別のことをするのに少しずつ抵抗がなくなりつつある。これはちょっといけないことかも知れない。
そしてお昼になったのでタケル君とご飯を食べに行く。
最近のお気に入りは学園内にある食堂のパン屋さんだ。お昼前に合わせて焼き上がるのかホッカホカでまだ出来立てのパンが食べられる。
「にしてもお前もなかなか大変だな……」
食事の途中でボソッとタケル君が呟いた。
「何が?」
「いやわかんねーんなら何も言えねぇな。ただいつかきっと泣きを見るぞ?」
ニヤニヤと笑いながらである。
「……それよりも聞きたいことがあるんだった」
この機会にタケル君の能力についても聞いておこう。
「ふむ。俺様のアーツについてか……どう説明すればいいか迷うぜ」
「例えばさ。あの炎ってどれくらいの大きさまで出せるの?」
炎の蛇と表現するのがぴったり似合うような能力である。とぐろをまいた炎が蛇のような姿に見える。
「そうだなぁ……そんな意識はしたことは無いが、大体三メートルぐらいにはなる。ただ燃費が悪いから連発してるとすぐに息切れしてくるのが欠点であり課題って中学の頃、セミナーで言われたことがあるぜ」
コンシェルジュでメモを取る。燃費が悪いというのは予め聞いておいてよかった。もしもに備えることが出来る。
タケル君はこのEクラスでアーツの数値的には三番手だ。その力はクラス戦できっと必要になる。
「まぁその前にシールドを習得しなきゃいけねーがな。あれなかなか難しいよな」
ふむ。まぁでもきっとタケル君ならばシールドは習得出来るだろう。
……この日も午後から実習であった。
が、まだ神島さん以外にシールドを出せた人は居ない。それぞれ皆、真剣に取り組んではいるのだが、やはり難しいのだろう。
僕はそんなクラスメイトのことをゆっくり眺めていた。
真剣に取り組んでいる人が多いのだけど、明らかに手を抜いている人や遊んでいる人も中には居る。
例えば連君は手を抜いている代表だ。どこかに意識が飛んでいっているような感じで気を抜いている様子が見ていてよくわかる。
まぁまだ四月始めだ。こればっかりは仕方がないことなのかもしれない。
……この日はそのまま実習が終わった。まだ神島さんの他にシールドが使える生徒は居ない。ちょっとだけ先行きが不安な気持ちだ。
夜。衣笠の街の方に出る。
ほとんど一人暮らしのような生活だけど、自炊する気にはならなかったので、夜はよく衣笠の街の食事処を巡っていた。
衣笠の街の方でも問題なくコンシェルジュは使える。お金については心配する必要は無い。
三月の間から夜はよく外に食べに出ているので結構、色々なお店を巡っている。食事はわりと楽しみであったりもする。ただほとんど僕一人というのが欠点だけど。
その点は寮生活の皆が羨ましく思う。が、これは特別に個室を与えられている側から見ればかなり贅沢な悩みか。
……夜の公園をのんびりと歩いていたら、
「あれ? 涼君。なんでこんな所に居るの?」
とジャージ姿の凛さんに声を掛けられた。
「晩御飯は外で済ますことにしているの。そっちこそ何でこんな時間に?」
まだそんなに遅い時間では無いが、女の子が出歩くのは大丈夫なのだろうか?
「私はいつもの日課のウォーキングだよ。私のアーツって使い方次第だとかなり楽が出来ちゃう力で、ついつい頼っちゃうから意識的に運動することにしてるの」
意外と言えば意外か。どんな風にあの重力に頼るのだろう?
「あ、ご飯まだなら何処かに食べに行く?」
思いついたので誘ってみる。
「え、本当? 行く! ちょっと待ってて。着替えてくる!」
その言葉を聞いた瞬間。脱兎のごとく凛さんは走っていった。それにもう朝のように怒ってはいないようである。
この日はそのまま凛さんと食事に行った。
次の日の凛さんはもう怒っていなかった。一件落着である。
……学園生活も二週目に入る。
実習では引き続きシールドを出す訓練が続けられている。が、やはり難しいのだろう。なかなか二番手になる人が現れなかった。
流石に心配になってきたので、僕も助言に入る。
「凛さん。重力の力だけど、自分を中心に丸い円を描くイメージを持って発動させてみて」
僕のアドバイスをハテナマークを顔に浮かべたまま凛さんは実行する。
そうするとブォンと音を立てて円状の物体に凛さんは包まれた。
「お、南坂さん。かなりいい線行ってますねー。それをもっと簡単に出せるようになれば課題はクリアですよ」
教員から褒められる。凛さんは複雑な顔をしていた。
「ねぇ涼君。今更なんだけどさ。もしかしてシールドってあんな風に盾の形をしてなくてもいいの?」
「うん。その通り。ようは自分の身を守れればいいからね」
予め教師に確認は取ってある。
それを聞いて凛さんは明らかに楽な顔つきになった。
「なーんだ。そういうことなのか。私、てっきりあんな風に盾みたいなのを出さなきゃいけないとずっと思ってたんだけど。そういう意味か」
次はちょっと真剣な顔をして能力を発動させる。凛さんを中心にした黒い円だ。
「こういうことでしょ? 身を守るって意味だったらこれでも十分じゃない?」
「素晴らしい。南坂さん。それもシールドの一つの形ですよ。その調子です」
二人目の成功者は凛さんだ。どうやら皆、盾の形にこだわりすぎているようだ。
シールドの基本は自分の身を守ることが出来ればいい。つまり防御の形は様々だ。僕の場合も円を中心とした防御膜を作ることになる。
凛さんの防御の形を見て、円のような形で身を守るパターンもありだと生徒が理解したら一気に他に三人、シールドの条件を満たした。調子がいい。
「どう纏ちゃん出来そう?」
「難しいわね。私の能力ってそんな平べったく伸ばすようなことをほとんどしたことがなかったから」
纏さんはより本質に近づいていた。
このシールドって技術だけど、極めれば恐らく流動的に形を変えるような盾に繋がることになると思う。
ようはアーツの力をもっと細かく制御することに繋がってくることになると思うのだ。
「今回のシールドの件で一番、難しいのはその力の放出のタイミングとその量。今はタイミングの方は自分で調整が出来るから、問題になるのは量の方。ある程度まとまった量を一気に放出するイメージを持つことが大事だよ」
僕も助言を続ける。そうだ。このシールドという技術はアーツの力の放出が出来れば誰でも習得は出来ると思うのだ。
「イメージは僕の場合は自分の中に円をイメージする。次にその円を大きくふくらませるようなイメージで一気に力を流し込む。それでシールドを形成する」
説明しながら実際に目の前でやってみせる。
最初は小さなエネルギーを胸の辺りに溜めておきながら、それを一気に自分の周囲一メートルぐらいにまで広げる。
「シールド! こんな感じ」
「おお。東雲君。完璧なシールドですね。流石は特別奨学生です」
近くで見ていた先生に褒められる。
「いとも簡単にやってくれるわね……うーん。やっぱりその一気に力を流し込むっていうのがちょっと難しいかな。そんな風にアーツを捉えたことなんてなかったわ」
こればかりは経験も関係してくる。明らかにシールドの能力に向いている人とそうでない人がいるのは見ていて意外とわかる。
纏さんはきっと後者だ。でも頭は良いからコツさえ掴めばすぐに扱えるようになると思うのだけど。
こうして実習の時間は過ぎていく。少しずつだけどシールドを扱えるようになる人が増えてきている。いい傾向だ。
そして僕はクラスの人と、とりあえず話をすることを始めていた。
毎日、昼休みと放課後に人を探して接触を図る。
名簿順にチェックを入れた人から会っていたら、とある女の子の所で詰まってしまった。
美作 ハルである。彼女は謎だ。授業中は普通にいるのだけど、気がついたら連君と同じく何処かに飛び出していく。
そのため、なかなか個人的に話をすることが出来なかった。捕まえることが出来無いのだ。昼休みも放課後も探してみても見つからない。何処にいるのかさっぱり分からなかった。
そのため、彼女は後回しにして今度はチェックを入れていない人にも先に会うことにした。
手始めに片っ端から男子に声を掛けていく。
わりとこれはスムーズにいった。話をしてみるとやっぱり男子は皆、クラス戦に興味がある人が多くて僕の話に食いついてくる。
二週目の段階で、男子は連君を除いた残り全員と一度は会話と連絡先を交換することが出来た。上出来である。
二週目半ばぐらいでシールドの技能が扱える人は全部で五人と僕だ。このペースで行けばやっぱり全体で十五人ぐらいはクラス戦に参加することになるだろう。
この段階でEクラスについては大体戦力の把握が出来てきている。悪くはないペースだ。
となってくると、気になるのはやっぱりAクラスの戦力である。でも槇下さんが出張中の今、これを調べる術は今のところ存在しない。
相手のことを知ることは大事なことだけど、今はそれよりも足元を固める方が大事なのかも知れない。
そう思って、毎日の実習をこなしていった。
……四月の三週目。来週に入るとついにクラス戦の対戦フィールドが発表される。
既にコンシェルジュに連絡が届いていて、五月一日の午後三時から対Aクラスとの模擬訓練……いやクラス戦を始めるということが決まった。
今のところ、大体クラスの男子には連君を除いて一度は話をすることが出来た。アーツについても本人の口からより詳しい内容を聞くことも出来ている。
問題は連君とも話をしないと行けないのだけど、彼は最近は授業すらサボっていることが多い。ある意味、美作 ハルよりも接触が難しい状態になっていると思う。
よって彼だけは最後にまわすことにして、この週から今度はどんどんクラスの女の子に声を掛けていくことにした。
流石に女の子に声を掛けるのは少し緊張した。が、そんなことも言ってられないので、どんどん声を掛けていく。
女子は比較的、クラス戦についてはそこまで興味を持っている人は少なかった。だが、話をすれば協力はしてくれる。
このEクラスで今のところ問題児は連君ぐらいであとの皆は声を掛けたら協力してくれている。これはクラス代表としてはとてもありがたいことだ。
そしてちょっとした出来事が起こったのも三週目のことだった。
公園のベンチでダラーッとする。恒例の息抜きタイムだった。
コンシェルジュを開きながら戦力について少し考える。悪くはないけど前に出て戦えるだろう人は全部で五、六人って所だ。ちょっと厳しいような感じは受ける。
その時だった。背後の茂みがゴソゴソと動くのが感じられた。
僕がコンシェルジュを開いているのをまるで後ろから覗きこむような行為をしている奴が僕の背後にいるのだ。
慌ててコンシェルジュを閉じて、後ろを振り返る。が、その時には既に気配が消えていた。
なんだろう。もしかしてAクラスの偵察部隊? しかし相手も初めてのクラス戦でそこまでやるか普通?
辺りを警戒する。久しぶりだ。こんな風に自分の身を守ることを考えないといけないことは。
そして気がついた。独特な気配だ。今まで気が付かなかったけど、誰かに見られている。
何気ないふりをしながらベンチから立ち上がり歩き始める。
……やっぱり。誰か居るな。それもそこそこ偵察が得意な奴だ。
建物の方に向かって歩きだす。視線の主も僕をつけてきているのが分かる。
この感覚からどうやら視線の主は結構、前から僕のことをつけているようだ。ここに来てからそういうことに対して注意を払うことがなかったから気が付かなかった。
突然、そのまま建物のかどを曲がる。
そしてそのまま壁に張り付き気配を消す。
視線の主が少し慌てたように僕のことを追いかけ始める。タッタッタと小走りになる音が聞こえた。
そのタイミングで、僕をつけていた人物の目の前に飛び出す。
「ひゃぁ!」
慌てたようにその相手は軽く悲鳴を上げ、逃げようとするのをがっちりと抑えこむ。
「あわわわわ。出来心だったんです。そんなストーカーみたいな行為を決して楽しんでたわけじゃないですよ?」
僕をつけていた主が必死で弁明を始める。その姿をよく見てみたら……
「って美作 ハル!」
「はい! 美作は美作ですよ?」
威勢よく返事をする。逆にこっちの力が抜けた。こいつ何が面白くて僕をつけてたんだろう。
「ついにバレちゃったのです。目標はクラス戦の一週間前ぐらいまで張り付くことだったのですけど。いやー東雲君。なかなか油断ならないですね」
テヘッと笑いながら美作はそう呟いた。
「お前。何の目的があって、僕をつけていた?」
全くこいつに反省が見られないのでちょっとイラッとした。
「つけていたわけじゃないのです。様子を伺っていたと言って欲しいのです。美作は美作なりに考えて動いていたのですよ?」
そう言いながらエッヘンと胸を張る。こいつが何を言いたいのかよくわからない。
「案外、東雲君の後をつけるのは楽しくてちょっと目的から脱線していたのは認めるのです。美作が協力するのにふさわしいかどうか見ていたのですよ?」
どういう意味だろう?
「美作は美作なりにクラス戦のことを考えていたのです。それで東雲君に協力出来ないかなって思ったのですけど、タダで協力するのはつまらないので、ルールを決めて遊んでいたのです」
ルール? こいつもこいつでなかなかいい性格をしている感じがする。
「美作のことに東雲君が気がついたら協力することに決めていたのです。あちゃー。美作の負けなのです。今回の行動はちょっと大胆すぎたのです」
「話が見えない。協力するってどういうこと?」
こいつが何を考えているのか今ひとつわからない。
「東雲君。美作のアーツの力は知らないですよね? クラスの皆のことを調べてるみたいですけど」
確かに。今のところEクラスで唯一、美作の能力だけが詳細不明だった。
「Bー480。そう言えばわかるんじゃないですか?」
美作はニヤニヤと笑いながらそんなことを呟いた。
待って。Bー480ってまだ皆が入学前の僕の測定結果だ。何故、こいつがそのことを知っている? 誰にも話したことはなかったし、再度の測定の時は手を抜いたのに。
「美作は色々知っているのです。例えば水天。格好良い名前ですよね」
これには本気で驚いた。その技は僕はこの学園に来てから測定の時にまだ一度しか見せていない。
「アーツ名。クレアヴォイスン……もしかして千里眼か?」
コンシェルジュを開き確認する。
こいつは学園に入る前に僕のことを予め見ていたとしか思えない発言をしている。
「流石、東雲君なのです。その通り! 美作の能力は千里眼なのです」
エッヘンとまた胸を張る。
「だから言ったのです。美作は美作なりにクラス戦のことを考えていたと。で、見つかっちゃったから協力はするのです。知りたくないですか? Aクラスの戦力のことを」
ニヤニヤと笑いながら美作はそう告げる。
こいつは油断できないぞ。ヘラヘラしている態度とは裏腹にかなり頭が切れる。
「ま、バレちゃったのですからガンガン協力するのです。とりあえずコンシェルジュで連絡先を交換するのです」
ピッという音の後に美作と連絡先を交換した。
「Aクラスのこと。話すのですよ? ここじゃあれなので公園のベンチに戻るのです」
そういって先を歩き始めた。その後ろをついていく。
「お前。Aクラスのことを千里眼で覗き見したのか?」
「そうですよ。いつもというわけにはいかないですけど、それなりに調査は出来ているのです」
鼻歌まじりに僕の前を歩く。公園のベンチにまで戻ってきた。
「よっと。まず何から話すのですか……あ、Aクラスで今シールドが使える人は今日の段階で八人なのです。そんなにEクラスと差があるわけじゃないですよ」
こいつ。わりと本気で調べていたな。僕が一番欲しかった情報をいきなり答えた。
「Aクラスの人はクラス戦のことを舐めきっているのです。何でもAクラスは選ばれた人達のクラスらしいので、下のクラスのEクラスに負けることは絶対ないってよく言っているのですよ」
ちょっと怒ったようにそう告げる。実際にはAクラスとEクラスの間に戦力的な差はないとコンシェルジュが答えている。だからただの噂レベルだろう。
「Aクラスの代表は篠宮 彩華。能力名はプロミネンス・ルビィ。値はRー402。爆炎を操る能力者なのです」
美作はコンシェルジュを開いてどんどんと情報を垂れ流してくれる。慌てて僕もコンシェルジュを開いてメモを取る。
「Aクラスで数値が三百を超えた生徒は彼女だけです。そういう意味でも戦力的な差っていうのはAクラスとEクラスには実はないのです。むしろEクラスの方が面白い能力を持った人達がいると美作は思うのですよ」
ふと考えこむ。美作の能力は使える。それもこっちがかなり有利に物事を運ぶことができる。
「こんな所ですかね。何か聞きたいことはあるのですか?」
ここは聞いておくべきだろう。
「まずはお前自身のことだ。千里眼の能力についての情報が欲しい」
「お安い御用なのです。美作の千里眼はその名の通り、現実には見ることが出来無い遠くの出来事を把握する能力なのです。美作が能力を発動すると、まるで幽体離脱したような状態になって、色々な所に意識だけで行けるのです」
だから白の能力で、あの検査の時、遠目では本体や周りに何も変化が見られなかったのか。
「美作は春休みがとてもヒマだったのでよくこの街のことを下調べしてたのです。その途中で東雲君と神楽坂さんのことを発見したのです」
それで僕の能力を予め知っていたということか。と言うことは美作の能力はかなり遠くの場所まで見ることが出来るようだ。
「美作の能力は全く戦闘向きじゃないのです。シールドは実は使えるのですけど、戦闘は怖いのできっと後方待機ぐらいしか出来ないのです」
いや、それでも十分だ。こいつの能力がEクラスで一番脅威になる力かもしれない。
「大体、お前の能力は分かった。僕のことをつけまわしたバツだ。クラス戦までの間、協力してくれ」
「最初からそのつもりなのです。まぁよろしくです。東雲君!」
右手を差し出されたので僕もそれに答える。
正直、かなり予想外なタイミングでAクラスの戦力が把握出来た。
それに美作の能力はかなり恐ろしい。これ情報戦になったら最強クラスの力じゃないか?
うまく活用が出来ればかなり有利になる。正直、思ってもみなかった能力だった。
……そんな新しい出会いが三週目に起きた。
実習の方は流石に三週目になってくるとさらにポツポツとシールドを発動出来る人が増えてきた。
大きくは二つのタイプに分かれる。先生が見せたように目の前に盾を出すタイプと凛さんのように自分を中心に円のように防御膜を張るタイプだ。
「うぉっしゃー! やっと出来たぞ!」
タケル君が雄叫びを上げる。どうやら後者のタイプでシールドの展開に成功したようだ。真っ赤な色の円が見える。
「おめでとう。西条君。次はそれをもっと早く展開出来るように訓練すること」
坂上先生もそんな様子を微笑ましく見ていた。
「纏ちゃんどんな感じ?」
僕が戦力に数えている人であとシールドが使えるようになって欲しいのは纏さんと連君だ。
恐らくだけど、連君はシールドがもう使える。わざわざ見せる必要がないから実習中は手を抜いているだけだと思う。
「うーん。上手く言えないんだけど。どうもそのシールドってイメージが出来ないのよね」
結構、悩んでいるようだ。何かアドバイスができないかな。
「纒ちゃんがエアレイドの能力使う時ってさ。風の矢を作るでしょ? あれをプチッて潰して盾みたいにするのはどう?」
凛さんが突拍子もないことを言う。ただしその発想は悪くはないと思う。
「うーん。私。そんな矢を作るぞ! みたいに意識して矢を生み出したこともないのよね。コントロールはするのだけど」
と言いつつエアレイドの能力を発動して弓と矢を展開する。
「これを潰す感じ? こうかな……」
矢の形がグニャリと潰れ平べったくなる。
「あ、なんだか防御の能力っぽいよ」
そこでふと纏さんが何かに気がついたようだ。
「あ、これってこういうことかも」
すると弓の外側にまるでカバーで覆ったように盾らしき物が展開される。
そのまま人が居ない方向を確認してエアレイドの力を発動させる。
「うん。弓自体には問題はないみたい。あとはこれが盾と認められるかだけど」
「せんせーこれ見て下さい!」
つかつかと先生がやってくる。
「ほう……一体型ですか。それも盾の形ですよ。十分展開出来ているようですね」
盾の新しいタイプだ。僕も初めて見る形だ。
「北都さんも合格ですね。一体型は攻撃と防御が同時に行えるタイプですから強力ですよ」
「やったー! 纏ちゃんも合格した!」
これで……最低限のスタートラインは整った。あとはここからどこまで行けるかだ。
……四月も最終週に入った。
コンシェルジュに対Aクラス戦の対戦フィールドの場所と地図が送られてきた。
地図を見る限りだと、中央にある程度の広さの広場があり、それぞれの拠点が向かい合う形だ。さらに北と南に東西に別れた各拠点と繋がった細い通路があるようだ。
頭の中に地図を入れる。が、これは現物を一度見に行った方がいいだろうと思う。実際に目で見ると地図で見るのとは違った印象を受けるかもしれない。
そして授業を受けに講堂に向かった時、また篠宮さんと神楽坂さんが現れた。
「ついにクラス戦まで一週間を切りましたわよ。Eクラスの皆さん。覚悟はよろしいでしょうか?」
オーホッホッホと高らかに笑いながら篠宮さんが登場する。
「対戦フィールドも告知されたので、正式に宣戦布告に参りましたわ」
そう言って講堂の前方。連君の側まで向かう。
「小中 連氏。正式に貴方に決闘を申し込みますわ。ちょうど都合よく中央が広場になっているフィールドですからそこで勝負と言うことにいたしましょう」
「……いいだろう。受けて立つ」
この連君の発言から、シールドが使えることはほぼ間違いないと判断する。
これでシールドが使えなくてクラス戦に参加出来ませんとか格好悪すぎるもんね。
「あとはクラス代表の方。どなたですか?」
呼ばれたので前に進み出る。
「僕だよ。何か?」
「いえ、私達は正々堂々と戦うことを誓うというだけですわ。Aクラスは真正面から貴方達を叩き潰すことでしょう」
ちょっとイラッときた。どれだけ上から目線なんだろう。
「それだけですわ! それでは一週間後に。春香、戻りますわよ」
そのまま篠宮さんが優雅に立ち去った。神楽坂さんがその後ろを頭を下げて回っている。
「派手に宣言してくれたな。こっちの実力も知らないくせに」
パンッと両手をタケル君が鳴らした。
「皆。やってやろうぜ。俺達にも十分勝機あるんだろ? なぁ涼?」
「うん。正直そんな絶望するような差はないよ」
断言する。美作からの情報で向こうの方が、今現在シールドが使える人数は多いけれどそれでも数人の差しかない。
「皆。聞いたか! 勝つぞ。クラス戦」
あの篠宮さんの派手なパフォーマンスのおかげでEクラスの士気は高まった。
いい感じではある。皆のやる気のボルテージが高まってきている。
フィールドも公開された。シールドが使える人も増えてきた。あとは僕が勝てる戦略を考えるだけだ。
初めてのクラス戦。それがもう間近に迫ってきていることを実感した。
午後の実習で今週からシールドが使える人は実際にシールドを使った防御の訓練を行うことになった。
「まず東雲君。見本を見せてください」
指示を出されたので、シールドを展開する。
相手は纏さんだ。エアレイドを弱い威力で撃ち出してまずは防御の感覚になれること。
「行くわよ。エアレイド!」
弱めの風の矢が飛んでくる。が、僕のシールドを貫通することなく、シールドにぶつかった瞬間に消えていく。
「これが防御です。次は手筈通りにお願いします」
纏さんが頷き、今度はエアレイドの威力を最大にする。
対して僕はシールドの防御力を最低にする。
つまり結果は僕のシールドを纏さんのエアレイドが貫通して潰してしまう。
「このようにアーツの能力に差がある場合、シールドでは防げない可能性があるので注意が必要です。では一列に並んでまずはシールドで実際に攻撃を防いでみましょう」
シールドが使える人が列になって、纏さんのエアレイドを受ける。
それを少し離れた所で僕は見ていた。
どうやら今、列に加わっているのは十一人。それに僕と美作と連君を加えた計十四人が今の段階でシールドを使えるようだ。たぶん今週中にあと数人増えるだろう。
美作からの情報だとAクラスは昨日の段階で十八人がシールドを使えるらしい。人数的には負けている。
が、質では恐らくこっちが勝っていると思う。そこまで詳細なデータは流石の美作でも調べきれないみたいだから何とも言えないけど。
皆、手加減しているとはいえ纏さんのエアレイドを上手く防いでいる。実際に戦闘になってすぐに防御のシールドが展開出来れば文句なしだ。
そのためには慣れる必要がある。そういう意味では防御の訓練は重要だ。いざ本番で練習したことがちゃんと出せればいいけど。
そのまま。この日は皆の動きを見守っていた。
「アーロハーオーエー」
久しぶりに槇下さんに呼び出されたと思ったらアロハシャツを着て手をヒラヒラさせていた。この人、一体どこに出張に行ってきたのだろう?
「帰ってきたよ! 今日から私も色々な意味で忙しいの。まずは今クラス戦ってどんな感じ?」
目をキラキラさせながら質問される。
「もう今からの情報流出は致命傷になりかねないので話しませんよ?」
同様に神楽坂さんも頷いている。
「ふむ……まぁ仕方ないか。実は出張帰りで仕事が山積みなのです。今日の勉強会は中止にして私の仕事の方を手伝ってね!」
またしても例の如く机に紙の資料が並べられる。
それを黙々と分類する。こうみえて槇下さんって恐ろしく忙しい人のようだ。
「二人ともさ。今まで当たり前すぎてスルーしてたけど。シールドって使えるよね?」
ふと思い出したようにそう槇下さんから尋ねられる。
「なんですか。今更」
「いや、そういう基礎的なものをふっ飛ばして色々教えてたから今更、忘れてたのをどうしようかなーって思ってさ」
確かに。槇下さんからはシールドのことは一切教えられていない。
「ま、クラス戦が始まったら分かるか。楽しみだなぁ。あと一週間!」
槇下さんはご機嫌だ。カレンダーに印が付けてある。賭け事の親としては大変興味があるのだろう。
「ちなみに今までの学園の歴史で、五月早々に一年生でクラス戦が起きたことってあるんですか?」
実は結構、気になってた点だ。新入生でまだ学園に慣れる必要があるこの時期にいきなりクラス戦みたいな大きな出来事を普通は起こすとは考えにくい。
「私の知っている限りだと正直、数えるほどしかないよ。大体、武器解禁辺りから毎年活発になるかなー。上級生も今はゴタゴタしてちょっと忙しい時期だからね」
槇下さんはふと考えたようにそう述べる。
「まぁだからこそおもし……こほん。さぁ無駄口叩かないでさっさと資料を整理する!」
この日は資料を整理するだけで終わってしまった。
夜、コンシェルジュに着信があり、美作からAクラスの生徒が今日、対戦フィールドを下見していた。という情報が入る。
それを確認した上で、僕は皆に明日、対戦フィールドの下見に行くことを連絡し始めた。
「思っていたよりも狭いな。この通路。これくらいの広さだと俺様の能力で埋め尽くせるぞ?」
北側の通路を前にタケル君がそう呟く。
普通の廊下より狭い感じだ。やっぱり実際に見てみると雰囲気が違う。
一応、連絡のつけようが無い連君を除いてシールドが使える人全員に声を掛けたら皆ついてきた。
「主戦は今回は中央が決闘場所みたいになるんだろ? だったらこの北と南の通路が重要になるってことだよな?」
普通に考えればそうである。中央は一対一の決闘が行われるわけだから、人数の大半は北と南の通路に向かうことになる。
恐らく大将は前に出る必要は無い。拠点でどっしりと構えるのが王道な戦略だろう。
「まぁ予め見ておくのはよかったわね。結構、地図で見たイメージとは違う」
纏さんがそう呟く。それは皆、感じているようだ。それぞれ珍しそうに地図と見比べたりしている。
「で、涼。作戦はもう考えてあるのかよ?」
タケル君から質問が飛ぶ。
「大体は考えてあるけど、やっぱり最終的には連君のことがあるからまだ確定してない」
そうなのだ。この段階になっても連君と連絡が取れていないのだ。これは結構、僕も頭を悩ましている。
彼はタイマンにしか興味がないようだ。最近は授業にも出てこないから本当に捕まえようがない。
「あいつか……クラス戦自体にはあまり興味が無さそうだからな。でもタイマンでAクラスの代表と勝負するんだろ?」
「その手筈。予想だけど相手は大将を別に用意すると思う。篠宮さんが大将ってのはちょっとリスクが高すぎるから」
勝手にタイマンを申し込んでおきながら負けてさらにクラス戦も敗北というのはたぶん無いだろう。
一通り、対戦フィールドをぐるりと一周する。中央の広場はそこそこ広いが、全体としてみたら意外と狭い。
頭の中で戦略を組み立てる。さてどうやって戦おうかな。
北と南の通路が重要になるのは間違いがない。しかしそれは前提条件として中央から敵が攻めてこないという条件がいる。
あちらは決闘を申し込んだ側だ。流石に決闘中は中央特攻はしてこないと思うけど、それは連君が決闘を受けた場合の話だ。
もし連君が早々に倒されるなんて事態になったらたぶん相手は中央から攻めてくるだろう。だから連君の存在は今回、かなり重要である。
「まぁ連君にはどうにかして話をつけるよ。戦略も当日まで考える」
もう一週間を切っている。早く連君を捕まえなければならない。
「下見はこれくらいで大丈夫かな。皆、帰ろう」
皆を引き連れて帰る。
実際に戦闘フィールドを見ることでクラス戦の実感が湧いてきた。もうあと五日後だ。
大体、戦力的な物はもう出揃った感がある。
あとは戦略だ。それは僕自身にかかっている。
アパートに戻りベッドの上で戦略を考える。
が、やっぱりどうしても先に連君と一度話をする必要があると思うのだ。
「コンシェルジュ。連絡先を交換してない特定の人物の現在位置を調べる方法とかある?」
「個人のプライバシーに関わるため、その機能はロックされています」
ダメ元でコンセルジュに聞いてみたらやっぱりダメだった。
「ちなみにそのロックって外せる?」
「ロックを外すにはクラス代表以上の権限が必要です」
ってあれ? もしかして行けるのか?
「一年Eクラス代表。東雲 涼。代表者権限でそのロックを外して!」
「認可が降りました。以後、人物の位置検索の機能をアンロックします」
行けた。これで連君の居場所が分かる。
今日はもう遅いから明日、早速使ってみよう。やっと連君と話をすることができるよ。
翌日。初めて授業をサボった。
じゃないと連君を捕まえることが出来なさそうだったからだ。
連君はどうやら南西にある小高い丘の上にいるみたいだった。学園の外である。
「やっと見つけた。連君!」
「誰だ? こんなところまでついてきた奴は」
連君は僕の声を聞いて、かなり驚いた様子だ。
「クラス戦の話をする必要があるから。ちょっと裏ワザを使って位置を特定させてもらった」
「ッチ……コンシェルジュか」
やっぱり頭の回転は速い。一瞬で状況を理解したみたいだ。
「なんだ? 特に俺は話すことなど無いが?」
「そうだけどクラス単位で見たら話をしておかないとダメなの」
連君の隣に腰を降ろす。
「最初に今の段階で僕が立ててる作戦を説明するね」
まずは先に作戦を説明する。
連君は半分、上の空で聞いている。本当に自分のことしか興味はないのか。
「で、以上のことから中央での決闘が今回はかなり大事なことになるんだけど……」
少し言いよどむ。さぁここからが連君との勝負だ。
「ああ? なんだその言い方。俺が負けるとでも?」
クックックと喉を鳴らして笑っている。
「でもあのナイフ無しでしょ。相手の篠宮さんに勝てる自信はあるの?」
「愚問だな。接近戦には自信がある。俺の先読みの力は絶対だ」
そう。それが今回の問題点。
連君は先読みの力を過信しすぎている。
「分かった。そこまで言い切るなら中央の決闘は任せるよ。ただし条件がある」
連君の表情がピクリと動く。
「五分以内に勝負がつかなかったら僕が介入する。また五分以内でも、もし負けが確定したらその場で決闘の負けを認めて素直に僕の指示に従ってもらう」
僕が決闘に介入した時点で連君の負けが決まる。
「……いいだろう。五分以内に片付ければいいだけだろ? それよりもただの治癒術使いが決闘を申し込んでくるような奴相手に通用すると……」
その瞬間。連君は僕から大きく距離を取った。
「凄いね。先読みの力って僕が考えただけでも分かるのか」
ほんの少しの動作で僕が能力を使用する兆候を捉えて、連君は距離を取った。
「……お前。何者だ?」
「僕のことは心配しなくていいよ。今見せた通り、戦闘用の能力もあるから。連君は決闘のことだけを考えてくれればいい」
パンパンと服を叩きながら立ち上がる。
これで連君に話はつけた。条件を出してあっさり通るとは思ってなかったからちょっと意外ではある。
「ただし約束は守ってもらう。五分だよ。それ以上は待てない」
「……いいだろう。認めてやる。その五分以内にケリをつければ問題は無い」
言質が取れた。これで本格的に作戦を考えることが出来る。
そのまま僕は丘を後にする。これで大体の事柄が出揃った。あとは僕の作戦次第だ。
夜。一人ベッドの上で作戦を立てる。
美作からの情報と僕が集めた皆のデータをコンシェルジュに展開しながら作戦を考える。
頭の中には大体もう戦略のイメージはある。相手も同じ新入生だ。それほど強力な能力者は恐らくあの学年主席。篠宮 彩華さん以外はAクラスもEクラスも似たような物だろう。
問題は篠宮 彩華。連君がタイマンを張る相手だ。
美作からのデータを開く。能力はRー402。赤系で僕と同じで一年の入学したばかりの今の段階で数値が四百台に乗った生徒だ。流石は学年主席である。
この段階で恐らくだけど、僕は連君には勝ち目がないと思っている。というか勝てない前提で作戦を立てている。
先読みの能力は確かに強い。相手の先の動きを見れるというのは一対一では無敵のように感じるだろう。
ただそれは人対人のケンカレベルでの話だ。それが相手が戦車レベルの能力者だとしたら話は変わってくる。
相手は僕と同じ四百台の生徒なんだ。絶対に能力的に複数の能力を持っていて、さらに広域に攻撃出来るような能力をも秘めていると考えられる。
絶対に避けられない攻撃に対して先読みの力は無力なのだ。相手の能力がそんな戦車の爆撃レベルの能力だとしたら、今の連君だと勝負にならないと考えられる。
だから作戦プランは最悪のケースを考えて作ることにする。連君が負ける場合だ。もし篠宮さんに勝てればそのまま中央から相手本陣を攻めればいい。
問題は負けた場合だ。逆に相手からこちらの本陣を攻められることになる。
コンシェルジュが便利すぎて存在を忘れていたお気に入りの手帳を取り出してメモを書く。
データが相手だとやっぱり味気ない。最後の詰めだけは紙に実際に書いて確認する方がいい。
……戦略は大体出来た。あとは実際にクラス戦が始まってからが勝負となる。
ボスンとベッドに沈み込む。もうあまりクラス戦まで時間はない。僕に出来ることは大体終わったような気がする。
静かに目を閉じる。この一月。それなりに出来ることをこなして頑張った。あとは結果を取りに行くだけだ。
……そうして。三日後。クラス戦の日が訪れた。
朝日が差し込むので目が覚める。クラス戦当日だ。
あれからさらにシールドが使えるようになった人が二人いて、全部で合計十六人がクラス戦に参加することになった。
美作の情報では相手は二十人らしい。ちょっと人数が足りないのが悔しいがそこは質で補っていくしかない。
今日の午後三時からクラス戦が行われる。そのためか今日の授業は全部休校扱いで、午後二時半までに対戦フィールドのアリーナに集合することになっている。
胸がドクンドクンと高鳴っているのが分かる。僕でも流石に緊張する。
僕の力が何処まで通用するのか楽しみではある。ワクワクとドキドキが入り混じったような複雑な感情がふつふつと湧いてくる。
時間が来るまで、部屋の中を落ち着きがなく歩きまわったり、ベッドに腰掛け戦略の最終チェックをしていたりした。
僕の調子は悪くは無い。そこそこの体調でクラス戦に挑むことが出来る。緊張でちょっとだけ睡眠時間が短かったけどまぁ大丈夫な範囲だ。
お昼過ぎになったのを確認してから、クラス戦が行われるアリーナに出発した。
集合時間ギリギリの二時半の手前にアリーナに到着する。どうやら僕が最後だったようだ。
「あ、やっと涼君が来た」
凛さんに声を掛けられる。凛さんは今回の作戦で重要な役割の片翼を担っている。
「ついに始まるな。クラス戦」
後ろからタケル君にも声を掛けられる。もう片翼を担うのがこのタケル君だ。
「出来ることは全部した。後は勝つだけだよ」
そう自分に言い聞かせるように呟く。
凛さんもタケル君もそれは分かっているようだ。頷き返してくれる。
二時半になると恐らく進行役の教師がやってきた。
「はいはーい。チェック係の槇下です。今から私にシールドの技能を見せて、それからこの端末にコンシェルジュをくっつけた人からアリーナに入場してもらいます」
「どんどん入場していって。拠点に集まっておいて。全員が入場したのを確認したら僕も入って作戦を説明する」
僕は最後に入るつもりだった。その方が最終的な確認も出来るし。
僕の発言を聞いた人から順次、槇下さんにシールドを見せアリーナに入場していく。
「美作。入ったら作戦通り頼む」
「了解なのです。では先に行くのです!」
この中で美作だけには先に指示を出してある。あとは中に入ってからの三十分のブリーフィング時間で十分作戦は説明出来る。
どんどん吸い込まれるように皆がアリーナに入場していく。僕は最終確認の意味も込めて人数を数えていた。
「ハイ。十五人目入りまーす。さて、残ったのは東雲君だけだよ。ちゃっちゃと手続きする!」
シールドの技能を発動して見せ、コンシェルジュを端末にかざす。
「おお。やっぱり普通に使えるよねシールド。そりゃ指揮官がいないと話にならないもんね。初めてのクラス戦。楽しんでおいで」
そう言われ背中を押される。さぁいよいよ始まるぞ。
アリーナに入場すると、拠点となる場所に円のようにクラスの皆が待機していた。その中心に僕が向かう。
「今から三十分のブリーフィング時間ののち、クラス戦を開始します」
アナウンスが響き渡る。さて、ここからがスタートだ。
「皆、聞いてくれ。作戦を説明する」
僕が考えた作戦を皆に説明を始める。
まずは人数を大きく三つのグループに分けた。
まず一組目。凛さんと纏さんを中心に他五名の計七名のチーム。基本的にアーツの能力が飛び道具の生徒を中心に集めた組だ。
次、二組目。タケル君と神島さんのコンビに他四名の計六名のチーム。タケル君を中心にそれをサポート出来そうな人を集めた組である。
最後、三組目。僕と連君と美作の三人のチーム。これは残り物だ。
「まず一組目。凛さんと纏さんを中心に南の通路を封鎖することを目的として向かってもらいます。凛さんの重力波に纏さんの風の弓矢を中心に遠距離攻撃で相手を妨害して通路を通れなくすることが目的となります」
南の通路はこの組で封鎖してもらう。
「次に二組目。タケル君と神島さんの二人を中心に北の通路を封鎖してもらいます。基本はタケル君の炎。危なくなったら神島さんの氷で通路そのものを塞いでしまって、これも相手の進行を妨害することが目的です」
北の通路はこの組で封鎖してもらう。
「北も南も。目的は通路の封鎖と制圧。相手がこちらの本陣になだれ込んでこないようにするのが目的です」
ここで大事なのは時間を稼ぐことだ。そのための人員配置である。
「最後に中央。決闘を申し込まれた連君に大将である僕。そして戦闘能力が無いオトリとして本陣に残る美作の三人」
美作は戦闘能力がないので本陣で待機してもらう形になる。
「中央で連君には一対一の決闘を受けてもらいます。そして相手の篠宮さんを倒してもらう。その後、中央から相手本陣を攻めて勝利をもぎ取ります」
少しざわめきが広がる。それもそうだ。この作戦の段階では連君の勝利が絶対条件になっている。
「ちょ、本当にそれでいいのかよ。もし連が負けた場合はどうするんだ?」
タケル君が皆を代表して質問する。
「始める前から負けた相談か? 俺が負けるとでも思っているのか?」
対して連君はかなり挑発的に発言をした。この段階でも連君は勝てると踏んでいるらしい。
「そのために僕が居る。連君が相手にならない場合は僕が篠宮さんの相手をする」
少し言い方がきついが仕方がない。
もし連君が負けた場合は僕自身が篠宮さんと戦うことになる。それは想定の範囲内だ。
「重要なのは南北の攻防。できるだけ時間を稼いで相手の動きを引きつけて欲しい。その間に中央を制圧して相手の本陣を落とすのが今回の作戦です」
だから連君に与えた時間はたったの五分だ。出来ればもっと短くしたいぐらいである。
「南は纏さん。北はタケル君が現場での指揮をお願いします。僕は中央に残るから北と南には直接指示は出せないから」
頷きが返ってくる。
そこでビクンと美作が動いた。
「戻ってきたのです! 相手の作戦はこちらと同じで北と南に同数の兵力を配置。中央は篠宮さんが単独で乗り込んでくるようです。そして本陣には大将の女の子。神楽坂さんと三人の兵を残すみたいです」
美作には昨日の段階で既に作戦を説明してある。そして反則スレスレだがこのブリーフィングの時間に能力を発動してもらい相手の戦力の分布を調べてもらう手筈になっていた。
「……予想通り。北か南のどちらか一方を攻める作戦で来た場合は戦力の配置換えを行うつもりだったけど、同数なら今のまま行きます。連君。大事なことだから、相手の大将は女の子ということを覚えておいてね」
ギリギリで作戦を切り替える可能性があった。だが相手は北と南に同数を配置してくれるなら今の配置がベストだ。
「それじゃ全員配置について。クラス戦。勝ちに行くよ!」
掛け声を掛け一気に士気を高める。
「まもなく五分前です。各員、配置に移動してください」
全員が移動し始め、配置につく。
今回のクラス戦の始まりだ。
「まもなくクラス戦を開始します。カウント三、二、一。スタート!」
それと同時に怒声のような唸り声が響いてくる。
ついに始まった。クラス戦。連君が中央広場に向けて歩いて行く。
……さぁあとは皆の力次第だ。
北部 連絡通路。
「バリケードもっと持って来い! 次の一撃でもっと前に出るぞ! バーン・トゥルーパー!」
炎の蛇が狭い通路を真っ直ぐに突き抜ける。
相手も炎の蛇に驚いて苦戦しているようだ。その能力相手になかなか前に出てくる人は居ない。
「今だ。前に出るぞ!」
障害物となる予め通路にあった配置物を持った状態で前に出て、バリケードを構築する。
タケル君は指示を出しながら、相手の隙を見つけ、炎の蛇を叩きこむ。
「よし。ここを維持する。バリケードもっと持って来い!」
素早く後方でサポートにまわっている生徒に指示を出す。北側通路の中央まで押し返してから強固なバリケードを構築する。
「西条! 危ない!」
真っ直ぐ雷で出来た槍がタケル君目指して飛んでくる。それを神島さんが氷の盾を展開して受け止める。
「助かった! その調子でサポート頼むぜ」
そのまま右手を前に付き出し、さらに炎の蛇を呼び出す。
「お前ら前に出ろ! あの炎は強力な能力だが、連続しては使えないようだ! さらに恐らく燃費も悪いぞ! 頼む御堂筋!」
相手側の指示が聞こえる。
そして一人の男の子が前に出てくる。
「ふっはっはっはっは! 我が名は御堂筋 明彦! Aクラスの雷槍とは私のこ……」
「バーントゥルーパー!」
Aクラスの生徒が前に出て名乗りを始めた所を全く躊躇せずに炎の蛇を叩きこむ。
「っく……お前! 騎士道精神は無いのか! こちらが名乗る間ぐらい攻撃をやめるのがスジという物だろうが!」
炎の蛇で少し焦げた御堂筋君がそう叫ぶ。
「んなこと考えてられるか! クラス戦だぞ? 勝利に貪欲になって何が悪い!」
そのまま右手を前にしてさらに炎の蛇を呼び出す。
「ッチ! サンダー・スピア!」
それを迎撃するかの如く、雷の槍を御堂筋君が放つ。
通路の途中で炎の蛇と雷の槍がぶつかり合う。威力はほぼ互角だ。
「なかなかやるではないか! Eクラスの生徒よ! だがいつまでそれが続くかな!」
続けて雷の槍が投げられる。
それを炎の蛇で受けるのではなく、バリケードを利用して避ける。
「……俺の能力は確かに燃費が悪い。恐らくこのペースで連発していたら相手の言う通り十分も持たない! そうなったら神島。お前の能力でこの通路を封鎖するぞ!」
隙を見て炎の蛇を撃ち続ける。
「ほら見ろ! 炎がだんだんと小さくなっているぞ! 今だ。御堂筋の援護をしながら前に出て接近戦に持ち込め!」
相手側も素早く通路を直進し、炎を恐れずにタケル君に飛びかかってくる。
「危ない! アイス・シールド!」
その直前で氷の盾を神島さんが展開する。飛びかかってきた相手を押し返し、さらに通路にびっしりとはまるサイズの氷を展開する。
「く、くそ。なんだこれは? こいつら通路を完全に封鎖しやがった!」
「サンダー・スピア! なんと頑丈な氷だ。我の槍でも貫けぬか……」
ガンガンと氷を叩く音が聞こえる。
厚さが数メートル単位の分厚い氷の塊だ。そんなに簡単には壊すことは出来無い。
「っち! 北は放棄するぞ。数人残して南に移動する!」
「よし。俺達は少し下がって再度バリケードを構築するぞ! そのまま現状維持だ」
肩で息をしながらタケル君が指示を出す。
……北側での戦闘はそのまま膠着状態に移行した。タケル君達は下がり、さらに強固なバリケードを構築し、守りを固めた。
南部 連絡通路。
「一斉射撃用意!」
通路を真っ直ぐ向かってくる相手に向けて全員が能力の発動の準備を行う。
「凛! 能力を発動しなさい!」
「わかった纏ちゃん!」
通路から見て、相手側の進行方向に対して逆の方向になるように凛さんが重力波を発動させる。
「な、なんだ? 体が」
「う、後ろに引っ張られるぞ!」
相手は重力という珍しい能力に対して戸惑っている。
「総員。撃てっ!」
そこを嵐のように様々なアーツが飛んでいく。
「うわああああ……」
「む、無理だ。下がれっ。下がれっ!」
一気に相手の隊列が乱れる。そのまま後ろの方にまで吹っ飛ばされる。
「行けるわね! この調子で相手の動きを封じ込めましょう!」
「ちょっとかわいそうな気もするよ。完全に相手、蜂の巣じゃない」
能力を発動させながら相手を圧倒する。
「凛。その重力波ってどれくらい持久力があるの?」
「うーん。これってさ。つけたりきったりする方がつらいんだ。ただぶっ通しで発動するだけだったら三十分は余裕だと思う」
相手が隊列を整えてまた向かってくるのを右手を付き出して動きを止める。
「総員。撃てっ!」
またしても嵐のようなアーツの攻撃である。さらに数値が百程度の能力者の力でも重力で速度が加速されるために、結果として大変な威力になり相手に襲いかかる。
「む、無理だ。シールド系の能力者を呼んでこい! これじゃ突破出来ないぞ!」
相手がかなり動揺しているのが分かる。
「このまま突っ込む? もっと前まで今なら領域取れるよ?」
「いや、涼の指示だと北と南は時間稼ぎが目的だった。なら今のままでいいわ。ここで相手を迎撃し続けましょう」
南は蓋を明けてみれば圧倒的な展開である。
このまだ入学したばかりの段階では凛さんの重力波に対抗出来るような能力者がAクラスには存在しなかったのだ。
「ここはこのまま維持するわよ!」
纏さんが指示を飛ばす。
……南は圧倒的な展開のまま、Eクラスが占拠することになった。
中央広場。
「オーホッホッホ。小中 連。約束通り一対一の決闘を行いますわよ!」
中央の広場では篠宮さんと連君が距離を取った状態で向き合っていた。
「さっさと始めるぞ。悪いが時間は掛けれない」
「フンッ。それはこちらも同じですわ。さっさと貴方を倒して大将首を取りに行かせて貰いますわ」
両者が構えを取る。
「プロミネンス・ルビィ。発動しますわよ!」
篠宮さんを取り囲むように真っ赤に燃える炎の龍が出現する。その大きさはタケル君の炎の蛇と比べると一回り以上大きい。
「私に対して挑発した罪。その身を持って償いなさい!」
右手を連君に向けて伸ばす。それに合わせ勢いの乗った炎の龍が真っ直ぐに突っ込む。
「威勢だけはいいな。その減らず口。叩きのめしてやる」
対して連君はその炎の龍の動きを完全に見切り、真っ直ぐに突っ込んでいく。
「死ね!」
連君はトンッと目の前で軽く弾みをつけ、首筋を狩るように左足の蹴りが繰り出される。
「甘いですわ!」
蹴りを右手で防ぐように手を持ち上げたかと思うと、その右手から二匹目の炎の龍が吹き出してきた。
それを先読みの力で見たのか、直前で蹴りを止め、バックステップで距離を取る。
「貴方の能力は調査済みですわ。小中 連。サンサーラアイズ。先読みの能力」
トントンと軽く手を叩く。
「しかしそれがわかってしまえば大したことはありませんわ。ここに宣言しましょう。貴方はこれから先、私に触れることなど出来無いと!」
二匹の炎の龍が交差するように連君に襲いかかる。
「ッチ……」
それをギリギリの所で回避する。先読みの力がなければ一瞬で炎に飲まれていることだろう。
「フッフッフ。如何に先読みの力とはいえ、私の力から逃れることは出来ませんわよ」
対して篠宮さんは余裕である。笑いながら距離を詰めてくる。
「ホラッどうしたのかしら? もうギブアップ? 私はここよ? お得意の格闘術で倒してごらんなさいな?」
高らかに笑いながら連君を挑発する。
「図に乗るな!」
先読みの力を発動させた状態で炎の龍にわざとぶつかる。その直前でシールドの力を展開して一瞬、炎の龍の向きをそらして篠宮さんに突撃する。
「だから言ったでしょう! 甘いと!」
再度、右腕を振り上げる。さらに三匹目の炎の龍が出現し、連君を完全に取り囲む。
大きく後方に下がるが炎の龍が袖をかすめる。あと一瞬でも判断が遅ければ全身を飲み込まれていただろう。
「これで詰みですわ。私の三匹の龍の攻撃を防ぐ術は貴方にはありませんことよ!」
篠宮さんを取り囲むように三匹の炎の龍がひしめき合う。
「終わりですわ! なかなか楽しかったですわよ?」
右手を振り下ろす。三匹の龍が我先に連君を飲み込もうとする。
……ここまでか。
「ウォール!」
瞬間、巨大な水の壁が召喚され、炎の龍を真正面から受け止める。
「連君。そこまでだ。交代するよ!」
僕が篠宮さんと連君の間に乱入する。
「なっ! 正式な決闘を邪魔するとは貴方覚悟はよろしくて?」
一瞬で篠宮さんが怒りの表情になる。まぁそれは仕方がないことだ。
「決闘は連君の負けだ。連君。約束通り僕の指示に従ってもらうよ?」
後ろで悔しそうに息を飲む音が聞こえた。
「篠宮さん。僕がEクラスの大将だ。今から僕が連君の代わりに相手になる」
真正面から篠宮さんを見据える。
「フッフッフ。貴方、馬鹿ですの? 自ら大将ということをバラすなんて愚の骨頂ですわ」
「それは決闘を邪魔した僕なりの贖罪だ。でも安心して。クラス戦は負けるつもりは無いから」
ピクリと篠宮さんの表情が固まる。
「僕が篠宮さんを押さえる。その間に連君は中央を突破して相手の大将首を取ってきて!」
「私を押さえるですって? 愚かな。そんなことが出来ると思いに?」
連君は僕の指示を聞くと真っ直ぐに篠宮さんの後ろの通路に向かって走りだした。
「そんなことさせるわけがないでしょう? 炎の龍よ! 相手を包み込み燃やし尽くしなさい!」
そんな連君に向けて炎の龍が向けられる。
それに僕も真っ直ぐ突っ込む。連君にはきっと見えているはずだ。
「水天!」
僕を中心に高速で回転する水球を呼び出し、炎の龍に体当たりをする。
炎の龍が掻き消えたその隙に連君は後ろの通路に走りこむ。
「なっ……貴方、一体何者ですの? 私の龍をかき消すほどの能力者なんて」
篠宮さんは本気で驚いているようだ。
「名乗りぐらいしておこうか。Eクラス代表。東雲 涼だ!」
相手との距離を取りながら、そう言い放つ。
「……貴方が噂の治癒術使いですわね。そのわりには随分と戦い慣れしている様子ですけど」
再度、炎の龍を展開する。どうやら掻き消した程度じゃ意味は無いらしい。
「いいでしょう。私も本気で相手をして差し上げますわ!」
篠宮さんの髪の毛の色が真紅に変わる。召喚された炎の龍がさらに一回り大きくなる。
「行きなさい!」
両手が振り下ろされ、僕めがけて炎の龍が襲い掛かってくる。
「ウォール!」
真正面からその炎の龍を受け止める。が、僕の持っている水の壁じゃサイズの大きくなった炎の龍は受け止め切れないようだ。ウォールを貫通して僕の方にまで炎の龍が迫ってくる。
「なかなか固い盾のようですわね。しかし私の力の前では無力ですことよ?」
危険だけど仕方がない。別の能力で黙らせることにする。
まず目の前に迫ってくる龍をターゲットとして補足して、能力の発動準備を一瞬で整える。
「勁!」
目の前に迫る龍に対して水平に両手を付き出し、能力を発動する。
龍の居た空間を震わせる一撃を放つ。
「ウソ!?」
炎の龍を掻き消す。勁は僕のもつ最大の攻撃術だ。空間を震わせて指定されたポイントに強力な衝撃波を叩きこむ技である。
炎の龍が掻き消えたそのスペースを真っ直ぐに篠宮さん目指して走りこむ。
「っく……たった一度、掻き消せたぐらいで安心しないことですわ!」
再度、炎の龍が召喚されるのとほぼ同時に篠宮さんの目の前にまできた。
「終わりだ!」
炎の龍に両手を焼かれながら、篠宮さんに向けて治癒術を発動する。
「なっ?」
勝負は一瞬でついた。篠宮さんは膝から崩れ落ちる。
「っく……貴方。一体、私に何をしましたの?」
その場に倒れこむもまだ動けるその精神力は素直に尊敬に値する。
「悪いけど治癒術を使わせてもらった。正常な臓器に対して過度な負担を掛けただけだよ。もうこのクラス戦の間ぐらいは立ち上がることもできないはずだ」
そのまま火傷を負った自分の両手を高速で回復させ始める。この傷だと僕もしばらくは動けないな。
……中央広場の勝負はついた。あとは連君の働き次第だ。
敵陣 拠点前。
連君が真っ直ぐに突っ込んでいく。
「中央を抜けて敵影が一。皆、神楽坂さんを守るぞ!」
神楽坂さんを囲むように三人の男の子が連君の突撃に備える。
「……雑魚が邪魔するな!」
真っ直ぐ突っ込み最初の男の子を垂直に蹴り飛ばし、次に迫ってきた男の子の服を掴み、最後の男の子にめがけてぶん投げる。
わずか数秒で三人の男の子を撃破した。
……そこで静かに透き通るような歌声が辺りに響き渡る。
「おお。力が湧いてくる! これがセイレーン・ボイスの力か!」
「!?」
倒されたはずの男の子達がまるでゾンビのように起き上がってくる。
「まさか……治癒術使いが他にもいるのか」
連君は一瞬で状況を把握する。
「ハッハッハ。こちらにはセイレーン・ボイスがある! 無駄な抵抗はやめるん」
威勢よく笑っていた戦闘の男の子の首を取ったかと思えばそのまま締めて意識を落とす。
「攻撃が効かないならば落とすまでだ」
残り二人の男の子も一瞬で意識を刈り取る。
「っく……」
神楽坂さんが距離を取ろうとする。
「遅い。悪いが眠ってもらうぞ」
一瞬で神楽坂さんの目の前にまで移動したかと思えば、みぞおちに右ストレートを叩きこむ。
ぐったりとその場に神楽坂さんが倒れこむ。
ピンポンパンポンとアナウンス音が流れ始める。
「Aクラスの大将が倒されました。よってAクラス対Eクラスのクラス戦はEクラスの勝利です」
これにて決着がついた。Eクラスの勝利である。
「各生徒は係員の指示に従い、速やかに戦闘を中止し、アリーナから退出してください。繰り返します。速やかに……」
「……完敗ですわ。私の能力が通用しない相手がいるなんて正直、思いませんでしたわ」
ぐったりとした様子で篠宮さんは僕に向けそう呟く。
戦闘が終わったので、両手を篠宮さんに向け、先程与えたショックを取り除く。
「貴方のことは高度な治癒術使いとしか聞いていませんでしたわ。春香が貴方のことについて何かを言おうとしてたのをちゃんと聞いておくべきでしたわね」
今回のクラス戦は確かに情報の差が明暗を分けたと言ってもいいだろう。
……美作の能力が強すぎる。あれは今後、確実にマークされる能力になるだろう。
「負けたのは油断があったから……ということを認めなければなりませんね」
美作もそのようなことを確か言っていたな。
「でもっ……今回は私達Aクラスの負けですが、個人戦自体は負けてませんわ」
確かに。連君がもし大将で一騎打ちだとしたらEクラスは負けていた。
「この借りは必ず返しますわ。首を洗って待っていなさい。東雲 涼!」
捨て台詞を吐いて、篠宮さんは係員に担がれながら外に運ばれていった。
流石は学年主席だ。アーツの力だけでなくプライドも一流なのだろう。
……僕もアリーナの外に向かう。
「涼君!」
外に出た瞬間。凛さんに飛びつかれた。さらに続けて皆が押し寄せてきて、もみくちゃにされた。
「ガッハッハ! 完璧に作戦が決まったな。 負けたあいつらの顔見てたら気分がいいぜ!」
タケル君も大きく笑っている。というか皆、笑顔だ。
その中心に僕が居ることが少し不思議な気分だった。
「このまま祝勝会にしようぜ! 確か勝利報酬でルピスも配布されるんだろ?」
そういえば確認してなかったけど、勝利報酬ってどれくらいのルピスが配布されるのだろう。
「おおっと。連。これは逃げるなよ? 大将を倒したのはお前だ。お前も今回の勝因の一つなんだからな」
さっさと帰ろうとしていた連君をガッチリとタケル君がホールドする。先読みの力で逃げれたはずなのに……と言うことはわざと捕まったのか。彼なりに思う所があるのかな?
そのまま皆で帰ることにした。
この日はお店を一つ借りきって、遅くまでワイワイと騒いでいた。
その最中。僕は頃合いを見計らい抜け出す。
夜風が気持ちいい。ちょっと頭を冷やしたかった。
こんな風に馬鹿騒ぎするのは初めての経験だ。それはとても楽しくて愛おしくて。ずっと続けばいいなと思った。
「……東雲 涼」
そんな僕に向けて、連君が声を掛ける。
僕がこっそり抜けだしたのを確認して、彼もついてきたようだ。
「……お前には助けられた借りがある。その礼を言いに来た」
わりと礼儀があるじゃないか。いつもの態度からは想像も出来無いほど殊勝だ。
「……一つ聞きたい。お前は一体何者なんだ?」
真正面から僕を見据えながらそうポツリと呟くように連君は言い放った。
そんな質問をいつかはされるだろうなと思っていた。
「僕は東雲 涼だよ。それ以上でも以下でも無い」
そしてその答えは随分前から用意してあった。
僕は僕だ。その事実は動かせないことである。
「……いいだろう。俺は俺の目線でお前のことを判断する」
そのまま連君は後ろを振り返らずに立ち去った。
今までの態度から見れば祝勝会に連れてこられただけでも進歩だろう。たぶん今の質問を僕にぶつけたかったから残っていただけかも知れないけど。
最初のクラス戦は無事に勝てた。でもこれがゴールではない。まだまだ学園生活は続くのだ。
でも……今だけは。そのことを忘れて騒ぐのもいいだろう。と、お店に戻りながらそう思った。
「いやー。凄かったね。クラス戦。この時期にしては大いに盛り上がったよ」
後日。槇下さんに、
「出張の埋め合わせも兼ねてこの街で一番、豪華なディナーに招待するよ!」
と、僕と神楽坂さんは、とても高そうな食事処に連れてこられた。クラス戦が終わってから槇下さんはかなり機嫌もいいので相当、儲かったらしい。
「東雲君は予想通り大活躍だったね。春香ちゃんは残念だったけど、まぁ次がきっとあるよ。また頑張ってね!」
もぐもぐとフルコースのディナーを食べながら槇下さんがそう話す。
「けど東雲君。元から注目されてる生徒だったけど、今回の一件で間違いなくまたさらに株が上がったよ。あのクラス戦は教師だけでなく上級生もかなりの人がモニターで見てたからね」
確かにかなり派手にやらかした気はする。
「ただの治癒術能力者ってだけでも凄いんだけど、それがかなり高い戦闘技術も見せたわけだからね。もう上級生の中には半年先を睨んで対策を練り始めた人とかいるんじゃないかなー」
それは随分、気が早いことだ。
「それに教師の間でも人気が出たよ。私に指導教員の役目を変わってくれって言ってきてる人もいるもん。まぁこんな美味しい手駒を私が手放すわけないけどね!」
槇下さんは相変わらずである。それがこの人の良さなんだなと思うことにする。
「まぁ何にしても二人ともお疲れ様。また明日からはちゃんと指導教員としての役目も果たすよ。しっかり私についてくることね!」
そういってまとめられる。
まぁ何があっても僕は僕だ。それは変わることが無い。
……ちなみにディナーはかなり美味しかった。値段は直接聞くことはなかったけど軽く槇下さんが漏らした言葉によると、
「私達の給料二ヶ月分ぐらい」
らしい。エリート研究者の槇下さんがどれくらい稼いでいるのかはわからないけど、恐ろしい金額だったようだ。
「そう。いいなぁ学園生活。とても楽しそう」
電話口でサクラがそう呟く。
クラス戦も終わり、一段落したのでルピスの換金化の許可を教務課から貰い、孤児院にまとめて送ったことと、最近の報告も兼ねて久しぶりに孤児院に電話を掛けた。
「まぁ実際、楽しいよ。充実してる」
心から学園に来てよかったと思える。確かに指導教員の授業もあるから忙しいけど、その分、毎日がとても充実している。
「私もアーツの力がちゃんと目覚めたらいいんだけどなぁ。こればっかりは才能だからまだ何とも言えないよね……」
話を聞くとまだサクラには明確なアーツの力が目覚めてないらしい。
齢が十五付近になってもアーツの力が目覚めないのは逆に珍しいことだ。それをサクラ自身も最近、気にし始めたと言っていた。
「学園を目指すなら少なくとも試験の半年前にはアーツの力が目覚めている必要があるぞ?」
サクラは学業面では全く問題はない。僕よりも優秀だから筆記試験は余裕で通るだろう。
だから問題は適性検査と実技試験だ。こればっかりはサクラ本人の頑張り次第ということになる。
「うん。最近、そういうセミナーにも通い始めたよ。私も目標は学園生になることだからね!」
サクラも目標として学園生になる道を選んだようだ。もしかしたら僕の後輩になるのかも知れない。
「まぁ無茶だけはするなよ。無鉄砲な所がサクラにはあるんだから」
「うん。わかってる。私は私にやれる範囲で頑張ってみるよ」
そうして後はまた少し諸注意を告げて通話を終えた。
ベッドに寝転がる。
クラス戦という大きな出来事が終わって、少しばかり燃え尽きてしまった感がある。
「まぁ楽しかったからな……」
独り言を呟く。思い返すと思わず顔に出てしまう。
実際、かなり楽しかった。クラス戦のための下準備も実際のクラス戦も。毎日が充実していて一日一日が輝いていたように思う。
ベッドの上で軽く背を伸ばす。
明日からはまたしばらく通常授業だ。流石に対Aクラス戦が終わってすぐに他のクラスが布告してくるようなことはまだなかった。
……学園生になって。僕は僕らしく振る舞えることが多くなった気がする。
確かに治癒術という特殊な力が使えることには変わりはない。けどだからといって特別、その力を利用しようとする人みたいなのはこの学園にはまだいない。
孤児院にいた時はその心配ばかりしていた。それから開放されただけでこんなに気楽になれるのかと拍子抜けしたぐらいだ。
……自分が自分らしく振る舞えるというのはとても大事なことである。そのことを改めて強く実感している。
ふわぁとあくびが漏れる。横になっていたらいい感じで眠気が襲ってきた。
また明日からも僕は学園生として生きていく。きっと明日からも毎日が輝いて見えるはずだ。
電気を消して今日はもう休むことにする。
それじゃ、おやすみなさい。きっと明日もいい一日でありますように。
1はここまで。作品はまだまだ続きます。
感想などもらえると嬉しいです。