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 二月も終わりに差し掛かる頃。ガタンゴトンと揺れる電車に僕は一人で乗っていた。

まだ早朝と呼んでいいような時間帯。それも人が乗り込んでくる都市部に向かう電車とは逆の方向に向かう電車だ。まだ周りを見る限り僕以外の乗客の姿は見えない。

静かに座席に腰掛けたまま、僕はもうクセになっている手帳を開く。

それに今日は大事な大事な適性入学試験の日。それも実技試験の日だ。

遅刻するわけには絶対に行かないし、実地会場もわざと遠くの軍学校を選んだから、はやる気持ちを抑えたまま、僕はゆっくりと余裕を持って目的地を目指す。


……そう。今日はとても大事な日なのだ。


この世界に超能力と呼ばれる力が現れてからはや数十年。時代は今までに無い新しい力、超能力の開発研究に費やされてきた。

それは新しいエネルギー産業として。また今までになかった軍事力としての力として。超能力は瞬く間にあらゆる産業で必要、いや必須なエネルギーとして認知され浸透していった。

超能力は今では大人から子供まで、基本的には誰でも扱える能力として幅広く知られている。僕自身も、とある特殊な力を使うことが出来る。

この世界ではいつの頃からか、超能力のことを『アーツ』と呼ぶようになっていた。

アーツの力は人によって様々だ。炎を扱う人も居れば、風の力を扱える人も居る。

アーツの力は早い人だと幼少の頃から現れ始め、それと同時にアーツの名前を閃くように覚えることが多い。例えば僕のアーツ名は『アクアマリン』と言う。

人の個性と同じように、人の数だけアーツの力は存在していると最近の研究結果では発表されている。

 そして政府はそんなアーツの力を専門的に開発、研究する軍事施設を作った。これを一般的にはArts・Task・Force。通称ATF軍と呼ばれ、今現在、この国の主流軍事部隊として活躍している。

……僕はその前身機関に当たる軍事学校。ATF軍事教育学園。通称、『学園』に入学するための最後の試験に今日、挑むことになっている。

入学のプロセスはわりと難しい。筆記試験。適性検査。そして実技試験の三種目をクリアした人だけが、学園に入学することが出来る。

僕はその筆記試験と適性検査は突破することが出来た。まぁ適性の方は基本的には最低限のアーツの兆候が見られたらクリア出来ると言われているからそれほど難しくはなかったけど。

問題は今日行われる実技試験だ。なんでも担当する試験官によって試験内容が全く異なる事態になるらしい。

そのため、実技試験だけは一年のうちに何度か挑戦する権利を受験生には与えられている。僕は今日が一回目の挑戦だ。

どんな試験なのか気にはなる。が、それは実際に試験会場について試験官から指示があるまで分からないのが実技試験と言うことになっている。

電車は試験会場に向けてゆっくりと向かっている。最初は僕一人しか乗っていなかった電車にポツポツと人が乗ってくるのが分かる。

恐らく僕と同じ受験生なのだろう。こんな時間に山奥の方角に向かう電車に乗る人なのだから。

実技試験には一つだけ注意書きが添えられていた。曰く、『アーツの力を最大限使える装備で挑むこと』だ。

服装じゃなくて『装備』だ。これはアーツの力が人によっては全く異なるためにこんな注意書きがされているのだと僕は思う。

例えばナイフの強度を上げる能力を持っている人がいたとすると、その対象物であるナイフがなければ試験を受けても能力を披露することが実技試験なのに出来ないことになる。

実際に電車に乗ってくる人を眺めていたら、それぞれ思い思いの格好をしている。

服装も自由だと聞いていたけど、確かに皆一様に動きやすそうな服装を選んで着ている姿が伺える。

僕は事情もあって中学の制服姿だからちょっと浮いているようだ。やっぱり数少ない私服で来ればよかったのかもしれない。

パタンと開いていた手帳を閉じる。僕の調子は悪くない。どんな試験だとしてもきっと突破することが出来る。

そう自分に言い聞かせながら、僕は静かに目を閉じる。

僕はなんとしても学園に入学したいという事情がある。そのためには僕に出来ることを最大限生かして、実技試験を突破出来ればいいのだと思う。

あと駅をいくつか通過すれば、目的地の試験会場の最寄り駅に辿り着く。

そんな時だった。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

車両の後ろの方で一心に謝る女の子の姿が目に入ったのだった。

「なんだ? お前さんが俺様にぶつかったのが悪いって言ってんだぞ? もしそれで今日の実技試験に落ちたらどう責任を取ってくれるんだ?」

にやにやと大柄の男の子を中心に取り巻きの男の子が合計三人で一人の女の子を取り囲んでいる。

「本当にごめんなさい。ついちょっとボーッとしてしまって……」

女の子はとても怯えているようだ。こちらから見ていて可哀想なくらい萎縮している。

「あぁ? 聞こえねーな? もう一回ちゃんと謝ってみろよ? それとも土下座でもしてみるか?」

三人の男の子はクックックと、とても嫌な感じの笑い方をしている。

女の子は今にも泣きだしそうな顔になっている。

……正直。気分は乗らないけど、見過ごすわけにもいかないか。

「お前ら。それくらいにしておけよ」

僕が仲裁に入る。席を立ち、男の子達と女の子の間に立ちふさがるように移動する。

「あぁ? どっかの制服姿の僕ちゃんが俺様達に何のようだ? 今日が学園の実技試験の日ってわかってんのか?」

こいつらは実技試験への不安をただ因縁をつけて解消したいだけだと思う。

間に入った瞬間。ターゲットが僕に移り変わるのが分かった。

「もう十分、謝っているだろ。そこまでからむ必要はないはずだ」

チラッと女の子の方を盗み見るが、少し安堵したような表情を浮かべている。

けど、まだ問題が解消したわけではないけど。

「あぁ? お前には全く関係がないだろ? それともあれか? お前さんがこの女の子の彼氏だとでも言うのか?」

ニタニタ笑い。正直、吐き気がする。

間に立ちふさがりながら考えていた。ちょっとしたいざこざだ。実技試験会場に到着すればすぐにでも解消されるだろう。

もうすぐ最寄り駅には辿り着く。それまで時間を稼げばいい。

「弱い犬ほどよく吠える……」

とそんなことを考えていたら、男達の向こう側の座席に腰掛けていた男の子がそう呟いた。

「あぁ? 今、なんて言った? 俺様が弱い犬だと?」

一瞬で男の子達が後ろに振り向く。その隙に女の子の手を取り、強引に男の子達から距離を取る。

「もう一度言おうか? 弱い犬ほどよく吠えるって言ったんだよ」

随分と小柄な男の子だ。相手の男の子はわりと大柄なのに全く動じることなくそう言い放った。

「てめぇ……俺様を馬鹿にしてタダで済むと思うなよ?」

そのまま大柄な男の子は真っ直ぐ小柄な男の子に殴りかかる。

そこからは不思議な光景だった。

小柄な男の子が飛んでくるパンチを軽く避けたかと思うと、そのままスルッと大柄の男の子の背後に回り込み、簡単に相手の左腕を捻り上げてしまったのだ。

「いたたたた……」

思わずうめき声を上げる大柄な男の子。

「ふん。やはり弱い犬じゃないか。これしきすら避けれないなんて」

距離を取っていた残り二人の男の子もその様子を見て、小柄な男の子に飛びかかる。

「雑魚が調子に乗ってるんじゃねーよ」

それをいとも簡単に避け、小柄な男の子は電車の逆側に移動した。

なんだ? あの男の子。まるで後ろに目がついているような動きだったぞ。

それと同時に電車は最寄り駅に到着した。

扉が開き、そのまま小柄な男の子は先に出ていった。

残された人は唖然としたままだ。僕も不思議な光景を目の当たりにしたような複雑な感覚に陥る。

「ッチ……行くぞ。お前ら」

そのまま肩を大きく震わせながら、大柄な男の子と取り巻きは降りていった。

僕もそのあとに続く。

「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございました」

電車を降りた所で女の子からお礼の言葉を受ける。そしてまだ手を握ったままだったのを思い出して慌てて手を離す。

「別にいいよ。ちょっと目に余った行為だっただけだから」

そう言って、僕は試験会場に歩いていこうとする。まだ時間には結構、余裕があるはずだけど、試験会場に早く到着することに問題はない。

「ま、待ってください! よかったら一緒についていっていいですか? またからまれるかもしれないので……」

と、今にも泣きそうな顔の女の子に追いすがられる。

ここで初めて女の子を真っ直ぐ見た。

とても可愛いらしい子である。すっきりした顔立ち。長い髪を左右でおさげのように縛っており、小さなツインテールみたいになっている。

「別にいいよ。それくらいなら」

可愛い女の子に頼まれて、僕もちょっと得意げになってしまった。もうすぐ実技試験だというのに……緊張感が無い。

「あ、ありがとうございます! 私の名前は南坂ミナミサカ リンっていいます」

改まったように自己紹介。

東雲シノノメ リョウだよ」

それに僕も返す。それを聞いて彼女がニコッと笑った。

……これが彼女との最初の出会いだった。


「それにしても山道だよね」

もはや山奥と言っていいような道を南坂さんと二人で歩く。

目的地である試験会場はこの先の廃村だ。そこならば辺りを気にすることがなく好きなだけアーツの力を使うことが出来るから、こんな場所が試験会場となっているのだろう。

僕は彼女のペースに合わせながら、ゆっくりと目的地を目指して歩いて行く。

彼女もだんだんと僕に慣れてきたのか、最初は戸惑いながらおずおずとした感じだったのが少しずつ積極的になってきているのがわかる。

「東雲君も試験を受けるんだよね……私も受けるのだけど。ちょっと不安なんだ」

基本的に僕は生返事である。彼女が間をもたせようと話しかけてきてくれるので楽なもんだ。

「アーツの実技試験。私一回目は上手く力を見せれなくて、落ちちゃったからさ」

しょぼんとした様子の彼女である。そうかもう試験が二度目の人もいるのか。

「試験ってどんな感じだった?」

既に一度、受けたのだったら聞いておいた方がいい。

「東雲君は一回目? 試験は私が受けた前回のは一人一人アーツの力を試験官に見せる試験だったよ」

ふむ。アーツの力か。そりゃ実技試験だもんね。

「私の力ってちょっと独特で、その時は場所との相性も悪くてあんまり力を発揮できなかったんだ。今回はどうだろう……」

試験内容はまだわからない。だから彼女も一応、念のためか自身の能力については何も言わなかった。

もしかしたら受験生同士で能力をぶつけあう可能性もある。手札を温存するのは賢いやり方だ。

話し方や素振りを見ている限り、彼女は馬鹿では無いらしい。それくらいは雰囲気で分かる。

まだ出会ったばかりだ。そんなにすぐに相手を信用することはやはり出来無いと思う。僕もそんなことは出来無いし。

「あ、何か見えてきたね」

山奥の廃村だろう。ボロボロになった建物が見えてくる。

そしてその前にはたくさんの大人達と受験生の姿が見えた。

「あれ? 前、私が受けた時。あんなに大人は居なかったのに。どうしてだろう?」

少し嫌な予感がした。大人達の姿は遠目には衛生士の姿をしているように見えたのだ。

「今回の試験はもしかしたらケガ人が出るのかも知れないね」

思ったことが口に出る。確かに試験の内容次第ではケガをする可能性があることは十分にありうるとは考えていたけど。

「あ、救急車も見えるよ。やっぱり試験に備えてるのかな……前はあんな設備なかったもん」

しょぼんとした彼女と共にもう目の前にまで迫った試験会場にまで歩いて行く。

見渡す限り受験生の数は全部で二十人ほどだ。思っていたよりも少数だった。僕の受験番号が六十一のため、もっとたくさんの人を同時に見るのだと思ったけど。

「あ、さっきの男の子。私。ちょっとお礼言ってくるね!」

そう言って南坂さんは先に歩いて行った。

その間に僕は情報を収集する。

目の前には五階建てぐらいの大きな建物があり、その前には救急医療チームのような大人達が控えている。

その前の広場のような場所に受験生は集まっているようだ。

見渡す限り、制服姿は僕一人だ。皆、動きやすいような服装をしている。これは僕だけ目立つな。

刀のような物からどうみてもハンマーのような物まで様々な武器を背負っている人が居る。実技試験だ。やっぱりそれ相応のアーツを見せる必要があるのだろう。

僕の能力は……ちょっと特殊な能力だ。基本的にとても珍しいと言われる区分の能力である。

それに武器は必要がないため持ってきてはいない。さっきの南坂さんも武器はもってなかったな。

遠目で南坂さんがさっきの小柄な男の子に頭を下げている姿が見える。

小柄な男の子は腰に大ぶりのナイフをぶら下げていた。と言うことは武器を扱う系統のアーツ使いなのだろう。

しばらくして南坂さんが戻ってくる。

「お礼を言ってきたよ。でも不思議な感じ。なんだか後ろの方の会話は上の空みたいな感じだった」

ちょっとふくれっ面である。それを言いたいがために僕の元にまで戻ってきたようだ。

「なんだろう……空気が少しピリピリしてるね。あんまり良くない感じ」

試験前の独特な空気だった。確かに周りの空気が張り裂けそうになっているのは感じていた。

そのまましばらく南坂さんが話す言葉に相槌を打っていた。

流石は女の子だ。試験前だっていうのに話題が尽きないし、よく喋る余裕があるな。

いや、逆に話していた方が安心出来るのかも知れない。ただ沈黙でじっとしている方が僕にとっても精神的には厳しかったのかもと少し思った。

……そうして試験開始の時間が訪れた。


広場のようになっている場所の前は少し段になっていて、広場全体が見渡せるような高台があった。そこに一人の女性が歩いて行く。

「あーあー。テステス。マイクおっけーね。受験生諸君。私がこの度の試験官だ。以後、私の指示だけを必ず守りなさい」

女性はまず最初にそう言った。

ちょっと不思議な言い回しである。私の指示だけを必ず守れ?

それに金髪によく見れば碧眼である。今回の試験官は外国の人? そのわりには日本語が上手だけど。

「では早速だけど、私の後ろについてきてね。受験生諸君」

そう言ってマイクをスタンドに置くと、女性は軽く段から飛び降り、スタスタと目の前の建物の中に入っていった。

慌てたように受験生がその後に続く。

僕と南坂さんは受験生の後ろの方について列に加わる。

古い建物の中に入るとまずは階段を登っていくようだ。そのまま二階に向かう。

が、その途中でどうやら先頭を歩く受験生が止まってしまったようだ。

「おい! 止まってるんじゃねーぞ?」

「違う。試験官の姿が見えなくなったんだ」

怒声が響き渡る。早速、受験生が混乱している様子が見られる。

試験官の姿が見えなくなった? あとをついてこいって言ったのに?

とりあえず、受験生の列は二階まで登って行き、そのまま二階に広がるように立ち止まり始めた。

確かに試験官の姿は見えなくなっている。

しかし立てかけられた横のパネルに大きく『受験生はこちら』と書かれたプレートが掛かっている。

そしてその先にはエレベーターのような設備があった。

二階から三階に上がる階段もある。が、誰もそちらの方には向かおうとはしなかった。となると試験官は二階に入った瞬間に姿が見えなくなった……と言うことかな。

しばらく二階で受験生はあの試験官を待つことになった。が、いつまでまっても試験官の姿が見えない。

もしかしたら……もう試験は始まっているのかも知れない。そうふと思った。

「おいおいおい。ここで待っててもしょうがないだろ? 俺様は行くぞ。そのエレベーターに乗ればいいんだろ?」

電車の中でからんできた大柄の男の子が我先にエレベーターに乗り込んだ。

それに釣られるように半数以上の人がエレベーターに乗り込む。

「東雲君。私達も乗らなきゃ」

「待って。様子を見た方がいい」

僕と同じ判断の人も数人居る。何かがおかしい。あのエレベーターみたいな装置に違和感を感じる。

「おい乗ったぞ? どうやって上に向かうんだ?」

戸惑う声が聞こえる。

「あちゃー……キミ達。私の発言をちゃんと聞いてた?」

と何処からか声が聞こえてくる。

のとほぼ同時にあの小柄な男の子がエレベーターの中から飛び出してきた。

えっと思う間も無く、エレベーターの中に煙が広がっていく。

そして爆竹のような物が中で爆発する音が聞こえた。

バババババと激しい音を立てながら火花が散る。って普通にまだ十五人近く乗ったままなのに。

「まずはエレベーターに乗ったキミ達は減点イチ。わざわざ最初に私の指示に従えって言ったのに」

ケラケラと笑いながら窓から試験官の女性が飛び込んでくる。

「残ったキミ達の判断は正しい。でもプラス得点にはならないけどね!」

まだエレベーターの中で爆竹の音が響いている。あれじゃ火傷を負うぞ?

慌てたようにエレベーターの手前に居た受験生から一斉に飛び出してくる。

一通り、エレベーターに乗り込んだ人が飛び出してきたのを確認してから試験官の女性は改めて説明を開始する。

「私が今回の試験の監督。第八陸軍部隊所属のルディア・クロイツである。アーツ名は『クロウション・レディ』だ」

そう女性が宣言して何処からか持ってきた大鎌を目の前にドンッと置く。

「この会場は別の場所に居る他の試験官にもモニターされている。私かそのモニターを見ている試験官が合格を出せば実技試験はクリアとなる」

そう言われて初めて気がついた。部屋の隅の方に監視カメラが設置されている。

「前もって宣言しておくが、私の試験突破率は一桁台だ。今までたくさんの受験生が居たが、たとえ成績優秀でも数人しか受からない。特に私の指示すら守れない連中は一発で落ちるぞ」

ニヤニヤと笑いながら試験官の女性はそう宣言する。

「さて、試験をこれから始めるのだが……まずその前に確認しなければならないことがある。試験番号六十一番。東雲 涼。前に来い。それと誰でもいいからさっきの爆竹で火傷を負った者も先着で一人、前に出ろ!」

僕の名前が呼び出される。これは……

「東雲君大丈夫なの?」

そう呟く南坂さんを手で制する。

そのまま僕は試験官の前まで歩いて行く。

「お、俺様が出るぜ! 見ろよ。腕にこんな火傷を負っちまった」

電車でからんできた大柄な男の子が我先に列から飛び出してきた。

「ふむ……お前が東雲 涼か。私の元にレポートが届いている。もう何をすべきか分かるよな?」

そういう意味か。

「なんなんだよ? お前が東雲か? なんでお前だけ特別扱いなんだよ?」

大柄な男の子や他の受験生は、僕が前に呼ばれた意味が分からないようだ。

「その火傷した腕を前に出して」

僕の指示に従ってもらう。渋々、男の子は腕を前に出した。

これは簡単なことだった。たぶんエレベーターに爆竹を仕掛けたのもこのための事前準備。

……僕の能力を見せろってこと。

右手を前に突き出して、火傷に近づける。

「発動。『アクアマリン』」

瞬間、青白い光が火傷の傷を覆い始める。

そして一瞬で火傷の傷は元通りに治った。

受験生のざわめきが聞こえる。試験官の女性はものすごく珍しそうに僕のことを見ている。

そう。僕の能力は簡単に言ってしまえばケガを治療する力。約百万人に一人という、とても珍しい能力なのだ。

「……確かに。見届けた。傷を治す力。十分だ。東雲 涼。ルディア・クロイツの名の元に実技試験を合格とする」

え、と僕自身も驚いた。まさか能力を軽く見せるだけで合格するなんて。

「な、なんでだよ? こんな傷を治す能力なだけだろ? そんな能力よりよっぽど俺様の……」

「黙れガキが。治癒の力を使える能力者がいかに貴重な存在なのかわかってないんだろ? 今軍部では最重要課題の一つに上げられているぐらいだ。能力を見せただけで十分、こんな試験ぐらいクリアして当然なんだよ」

チラリと大鎌を男の子に向ける。

「これは前座だ。彼はアーツの才能のみで試験を突破した。が、他の者はすべて同じとはいえない。私が直々に相手をしてその能力を判断する」

試験官が大鎌を背負い直す。とても切れ味がよさそうだ。

「ケガをしたくない奴は今すぐ帰れ。別に試験は今日だけではない。他の日程で挑めばいい。が、こんなところで逃げ出すような奴が試験を突破出来るとも思わないがな」

クックックと喉を鳴らして試験官の女性が笑っている。

「さっきの爆竹でケガをした奴は外に医療チームが居る。不自由がある奴はそこで治療を受けるがいい。それくらいの猶予はやろう。あとの奴は今から正式に試験開始とする。私にアーツの力を魅せつけてみろ」

大鎌を受験生に向ける。しかし誰も動き出そうとしなかった。

「東雲君は下がって少し見学しているといい。そしてそこのお前。もう帰っていいぞ。どうせ大したこともないだろう?」

言われたとおりに僕は後方に下がる。

試験官の横で大柄な男の子がプルプルと震えている。

「お、俺様が……こんな理由で帰れだと? ふざけんな。まだ力すら見せてねーだろうが!」

大声を張り上げ試験官に殴りかかろうとする。

「威勢だけはいいな。しかし私はちゃんと言ったぞ? アーツの力を見せろとな。ただ殴り掛かってくるだけか?」

そのまま軽くバックステップをしてパンチをやり過ごし、距離を取る。

「お前が一番槍をやってくれるならそれはそれでいい。もしかしたら合格する可能性もあるかも知れないぞ?」

試験官は心底馬鹿にしたようにそう呟いた。

「やってやる! 見ろ! 俺様の能力。バーン・トゥルーパー!」

大柄な男の子は右手を前に突き出して、そう自分のアーツ名を唱えた。

瞬間。炎が蛇のように渦を巻いて真っ直ぐ試験官に突き進んでいく。

「ほぉ。威力だけは十分だな」

それをいとも簡単に炎を大鎌で切り裂く試験官。

「な、に?」

そのまま男の子の懐にまで潜り込まれて、大鎌から一閃が放たれる。

ブシャという音の後に血が飛び散るのが見えた。

受験生から悲鳴が上がる。同時に男の子は後ろに倒れこむ。

胸を大鎌で縦に一閃、切り裂かれたようだ。慌てて僕も駆け寄る。

「ま、運が悪かったな。他の試験官ならもしかしたら合格していたかもしれない。その傷じゃもう今回は無理だ。諦めな」

男の子を抱えて安全な距離まで移動する。胸を切り裂かれた傷口がどんどんと広がっていく。これはもしかして……

「東雲君。何をやっている? そんな奴はもう無視していいぞ? 外に医療班も居る」

キッと試験官を睨みつける。

「腐食の能力ですか? それじゃ簡単に治療なんて出来ないじゃないですか!」

確かアーツ名を言っていた。クロウション・レディと。クロウションとは腐食という意味だ。

「ほう。アーツ名と傷口を見てすぐに特定したか。なかなか頭はまわるようだな」

試験官がピッと大鎌を振るい、付着した血を吹き飛ばす。

「誰か! 五分……いや三分でいい。時間を稼いでほしい。その間に治すから」

腐食の解析にどうしてもそれくらいの時間は欲しかった。

しかし受験生は今の一幕を見たからか、誰も自分から名乗り出ようという人は居なかった。

「まぁ人間そんなもんだ。別に私は強制はしないぞ? 試験は今日だけではない。他の日程で挑んでもいいわけだからな」

また試験管の女性はクックックと喉を鳴らして笑っている。

その姿に少しカチンときた。どうにかしたいと思ったのだ。

「ん? 挑戦者か?」

僕の目の前を先程の小柄な男の子が歩いて行く。

「武器は使用してもいいのか?」

小柄な男の子が腰から一振りのナイフを取り出してそう呟く。

「こっちが大鎌を使ってる以上、好きにしたらいい。私に攻撃を当てれるとは思わないがな」

チャキリと大鎌を構え直す。

「三分だな。それくらいの時間は俺が稼ごう。ただし稼げた場合は十分の猶予が欲しい」

ナイフを向けたまま試験官にそう告げる。十分の猶予?

「クックック……お前。なかなか面白いな。一人では無理だと踏んで受験生で協力して私をどうにかしようって算段か。それもいいな。わかった。三分間、もし私の攻撃を凌げたら認めてやろう」

高らかに笑いながら試験官はそう呟いた。

「約束だぞ。おい東雲といったか。三分以内にそいつを治せ」

「もうやっている。頼むよ!」

僕は両手を傷口に当て、腐食の解析に既に取り掛かっている。

腐食のパターンさえわかればあとは傷を押さえるだけだ。最初に止血はしているからもう命に別状は無いけど、急いだほうがいいことに変わりはない、

「先に聞いておこう。受験番号と名前は?」

大鎌を構えながら試験官がそう呟く。

「番号二十三番。小中コナカ レンだ」

ナイフをカチャリと構えながら、そう呟いた。連君か。

「では行くぞ!」

真っ直ぐに連君は突っ込んでいく。

「お前。恐怖心は無いのか? 馬鹿の一つ覚えに私に向かって直進するとは」

迎え撃つ試験官は大鎌を構えて迎撃の姿勢だ。

突っ込んでくる連君を捉えて、大鎌で真っ二つにするのか?

その迎撃姿勢を見ても、連君は真っ直ぐに突っ込んでいく。

そして大鎌が振るわれる。また血が飛び散るのかと一瞬ヒヤリとした。

が、大鎌の射程ギリギリで連君が急ブレーキを掛けて、大鎌の一振りをやり過ごす。

嘘だろ? って思った。さっきの一幕を見ただけであの大鎌の射程を掴んだのか?

「ほう。流石にあの一幕の後に出てくるだけのことはあるな。だがいつまでそれが続くのかな?」

そのまま連君はナイフを構えて飛びかかる。ガキンという大きな音を立ててナイフと大鎌がぶつかり合う。

その間に僕は腐食のパターンを解析しはじめた。

アーツには個人個人に特色がある。それはまるで絵の具のパレットのように人により様々な色をしている。

今回の腐食は例えるなら銀色だ。深く鈍く光る銀。まずはその銀色を僕の能力で取り除く作業から入る必要がある。

パターン解析が終わり、続いて傷を治すために改めて能力を発動させる。

その間にも大鎌対ナイフの攻防は続いていた。

ガキンガキンと空中で大鎌とナイフがぶつかり合う音が聞こえる。

「お前……もしかして。いやよそう。能力をバラすのはルール違反だな」

 大鎌の試験官の方が距離を取る。

不思議だ。大鎌とナイフなのにほぼ互角の戦いをしているように見える。

と言うかナイフの連君の動きが只者じゃない。相当な鍛錬を積んでいるのが一目で分かる。

僕は傷を治すために能力を使いっぱなしにする。ひどい傷だったが、決して治せないレベルではない。

僕の能力はいわば人間の治癒能力を高める能力と傷そのものを治療する能力の二つの側面を持っている。

だから一度治療を始めれば加速度的に傷口はふさがっていく。治療される本人の回復力も高めるわけになるからだ。

傷口を塞ぎ終わった。あとは意識が戻れば終了だ。そして制限時間の三分が迫りつつある。

大鎌をヒラリとバックステップで躱しながら、一歩前に突っ込みナイフでの鋭い突きを放つ。

試験官がものすごくやりにくそうに戦っている様子が伺える。なんだろう? 何かを警戒しているような素振りだ。

そしてその間に三分が過ぎた。

「クックック。やるな。三分を凌ぎ切ったか。いいだろう。十分の猶予をやる。その間に私を倒せる算段を考えるのだな」

そう試験官は呟くと窓から外に飛び出していった。

そして十分の猶予が僕達に与えられた。


「今からあの試験官と戦闘をする意思がある者だけここに集まれ」

そう受験生に向けて呟くと僕の側に来て連君は腰を下ろした。

「こいつは使えるのか?」

指差しながらそう尋ねてくる。

「意識さえ戻れば……だけど十分だと賭けになる」

「いや。もう戻ってるぜ。済まねぇ。ヘマしてさらに助けられるとは」

そう言って大柄の男の子が起き上がる。これには少し驚いた。いくら治療がスムーズにいったからとはいえ、意識の方には僕の治癒術は効果が無いのに。

と言うことはあれだけの傷を負っておきながら意識だけはギリギリで保っていたと言うことになる。

「やるぜ。俺様も。協力させてくれ。西条 タケル(サイジョウ タケル)。能力は炎を操る『バーン・トゥルーパー』という能力だ」

炎使いか。見てたけど瞬間火力は凄いと思う。大鎌で一閃にされたけど。

おずおずと南坂さんともう一人。女の子が僕達の側にまでやってくる。

もう一人の女の子は見るからに優等生っぽい雰囲気を醸し出している。短く綺麗に切り揃えられた髪にメガネもかけているし。とても真面目そうな外見だ。

「私達も協力するわ。私の名前は北都ホクト マトイ。アーツ名は『エアレイド』。この様に風の弓矢を作り出して撃ち出す能力よ」

目の前で能力を発動して見せる。

まず風の弓が作られて、そこから真っ直ぐに風で出来た矢が撃ち出されるのが見て分かった。風の矢が壁にぶつかりめり込む。それなりに威力もありそうだ。

「わ、私は南坂 凛です。能力は『グラビティ・モス』。重力をコントロールする能力です」

そう言って軽く能力を発動させたようだ。ズシンと僕の両肩に重みが掛かるのが分かる。

これで僕を含めても五人か。

他の受験生に動く気配はなかった。つまりこの五人……いや僕は戦う気がないから四人であの試験官をギャフンと言わせなければいけない。

「僕も名乗っておこうか。東雲 涼。能力名『アクアマリン』。見ての通り治癒の能力使いだよ」

一応、名乗っておく。能力については今はこの説明でいいだろう。

「最後はアンタよ。能力を説明しなさい。じゃないと作戦も立てれないわよ?」

北都さんがそう呟く。残ったのは連君だ。

「お前らにわざわざ明かす必要は無い。それよりも俺がタイマンであの試験官にいかに有利な状況で戦えるか。それを考えろ」

ムスッとした態度である。でも恐らく……

「たぶんだけど少し先の未来が見える能力でしょ?」

そう呟く。僕の勘が告げていた。

電車の中での出来事。爆竹を読んでエレベーターから飛び出してきたこと。そして極めつけがさっきの大鎌との戦闘だ。

それを聞いて、連君は少し驚いた表情を浮かべた。

「気づいたのか? そうだ。俺の能力は先読みの力。『サンサーラ・アイズ』。相手の動きの数秒先が見える能力だ」

やっぱりか。じゃないとあんな急に大鎌なんて相手にして戦えるわけがない。常時発動型のアーツだろうなとは思った。

「炎に風に重力に先読みに治癒か。これであの試験官にどうやって戦う?」

西条 タケル……タケル君がそう呟く。

考える。もう残り時間は五分もない。

「南坂さん。重力ってどのくらいの威力があるの?」

質問をぶつける。実はもう僕の頭の中には一連の流れが出来ている。

「うん。今は調子がいいから。壊れかけのこの建物を潰すぐらいの威力は出せるよ」

十分だ。予想よりもかなり強い能力なのかもしれない。

「タケル君の能力。炎って予め指定範囲に仕掛けることは出来る?」

もう一つ質問。

「出来る。予め用意が必要だけどな」

よし。これで問題はオールクリアだ。

「皆、聞いて。軽く作戦を考えた。僕の指示に従って欲しい」


約束通りに十分後。試験官は戻ってきた。

「準備は出来たか? 私を驚かせるぐらいのことはしてくれよ?」

そう言って先ほどの場所にまで戻ってくる。

第一条件クリア。試験官が指定の場所に着くこと。まぁこれは予想通りだが。

北都さんと南坂さんの二人が前に出る。

「お? 次は女子が相手か? よし受けて立つぞ」

二人が構える。さぁ作戦開始だ。

「エアレイド!」

まず北都さんが真っ直ぐに風の矢を放つ。

連続して放たれた風の矢は真っ直ぐに試験官を目指して飛んでいく。

「ほお。風の弓矢か。なかなか面白いがイマイチ威力が足りないな」

それを大鎌で簡単に捌き切られる。ここまでは想定の範囲内。

風の矢は目くらましだ。本命を狙う。

「グラビティ・モス!」

南坂さんが能力を発動させる。

「ぬお……重力使いか。珍しいな。しかし縦に重力を掛けた所で意味はあまり無いぞ?」

その間にも風の矢は続けて撃ち続けてもらっている。それを捌きながらもまだまだ試験官は余裕を見せる。

その次の瞬間、ピシッという音が響いた。

「なっ! 上か!」

天井がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。グラビティ・モスはこのために使ってもらった。

「ッチ!」

試験官は大鎌を大きく振り回しながら崩れてきた天井と風の矢をやり過ごす。

その隙を狙うかのように先読みの力を発動させた連君が上から降ってくる。

重力で加速したまま真っ直ぐにナイフを試験官に突きつける。

「ッチ! まだ甘い! 躱せばいいだけ!」

後ろにバックステップを取られ、ナイフを避けられる。第二条件クリア。

「セット・イン。炎の嵐よ。吹き上げろ!」

そして指定されたポイントに試験官が入った瞬間に地面から爆炎が吹き上げる。

「なっ……こんな短時間で」

流石に足元からの爆炎は防ぎきれないようだ。確実に命中する。

しかし相手はやっぱりプロだ。慌てずにダメージを受けてもすぐにその炎から飛び出してくる。

第三条件クリア。これで仕留める。

先読みの能力でその逃げる方向に先回りした連君がトドメを指す。

「終わりだ」

試験官の右肩口に深々とナイフが突き刺さる。

さらにこちらは試験官を四方向から囲むように位置を取る。一気に形勢が傾いた。

「クックック……アッハッハ! 面白いわ。アンタ達。たった十分の制限時間の中で私にダメージを与えた。その若い才能!」

その様子を見て、試験官は大きく笑い始めた。

「合格よ。今の四人。私にダメージを与えることが出来た受験生は久しぶりだ。ルディア・クロイツの名のもとに、以下の四人も合格とする」

肩のナイフを引き抜き、連君に投げて返す。

これで……なんとか一矢報いることが出来た。


試験官の右肩の傷を僕の能力で治療する。

「で、モニターで見てる奴から連絡があったんだが、あの作戦を立てたのは君か?」

その途中で話を僕に振られた。

「ええ。といっても場当たり的な物ですけど」

ほとんど作戦を考える時間は無かった。だから思いついた物を上手く組み合わせてそれがカチリと嵌っただけだ。

「いや十分さ。正直、驚いている。治癒の能力者が指揮官の才能を秘めているというのはなかなか面白いぞ」

クックックと怪しく笑いながらそう呟かれる。

「戦術的な治癒能力者の運用。これは今までの軍部の考え方に一石を投じる新たな手法だ。その才能の片鱗を見れたのは好都合だったよ」

戦術的な運用か。そんなことまで普段、考えたことはなかった。

僕の治癒の能力はかなり貴重で重要だと言う事実は今までの人生で散々思い知らされている。

約百万人に一人。そしてあらゆる分野で応用することが出来る力。特に軍や医療分野では僕の能力は神にも例えられる時があった。

……だから地元からわざと遠い軍学校を選んだ。もう地元ではまともに動くことが出来無いくらい有名になってしまっていたからだ。

しかし、それでもやはり僕の能力のことは軍には知れ渡っていた。やはり僕の存在にはそれなりの責任がいつまでもつきまとうことになるらしい。

「複雑な顔をしているな。なんとなく考えている内容は分かるよ。身近に似たような奴がいるからな」

そんな僕の思惑を受け取ったのだろうか。試験官はそんな風に呟いた。

「まぁ学園に進学すれば、自ずと道が見えてくるだろうよ。そのための学園という組織だ。すべて利用してやればいい」

クックックとまた悪そうに笑っている。

肩の治療を終える。試験官はグルグルと肩を回し、傷が治ったかどうかの確認をしている。

「十分だ。ありがとう。流石だな」

壁に立てかけてあった大鎌を手に取る。

「さて……私は一応、規則だから残りの生徒も見てくる。まぁ目ぼしいのはもういないだろうがな」

振り向き直し、僕に餞別の言葉を向ける。

「まぁこれは私が言うことではないのだろうが。折角、学園に合格したんだ。楽しめ。利用しろ。そして自分の道を見つけろ。そうして今の私がある。お前もそんな学園生の一人になるんだ」

ニヤニヤと。教官はとても悪い顔をしている。

「軍部でもお前のことは相当、話題になっていた。高速治癒の能力者はかなり貴重な存在だからな。だから気をつけろ。学園の方でも同じく話題になっているはずだ」

胸に刻む。今までと用心することは変わらない。

「ま、それだけだ。それじゃあな。一期一会だ。また機会があればいいな」

そう言って僕の頭をポンポンと軽く叩いて試験官は階段を登っていった。

案外、この人は思慮深い人なのかも知れない。初めて会った僕のことをそれなりに気にかけてくれている。

ルディア・クロイツさん……だったか。覚えておこう。一期一会な出会いかもしれないけど。


建物の外に出たのはもうお昼手前であった。

ここから係の人に案内されて別の建物の一室に通される。

合格者はそれぞれ個別に話を聞いているはずだ。僕は試験官の肩の治療があったから最後に回してもらった。

合格者は学園に入学が決まったけど、いくつかの決まりごとや条件がある。その説明を今から受けることになるようだ。

一つの部屋に通され、席に腰掛ける。年配の男性が資料を前に説明を始めてくれる。

まずは学園生は全員。無条件で寮生活となるということだ。

僕は地元から遠く離れた学園を選んだ。そのため手続きが少し複雑で大変である。

が、これはどうにでもなることだろう。別に不満は無い。

次に学園に掛かる費用についてのことだ。

なんと基本的にはすべて無料である。学園内で使える通貨で基本的にはやり取りをするため、食費も家賃も現金では掛からないらしい。むしろアーツの研究に対価が発生するため、お金の代わりになるものを受け取ることになるでしょうと教えられた。

特に僕のような治癒術使いは研究対象としてかなり重要かつ現場でも優遇される能力のため、学園生の間はお金のことは心配しなくていいでしょうと注釈を付けられた。

これは……予め分かっていたことだ。だからこそ僕は学園に通いたかった。むしろ稼ぐつもりでいる。

次に少し気が早いが、学園を卒業した後の進路についての話だった。

学園生の進路は大きくは三通りの進路がある。まず一つ目はそのまま研究者として学園に残る道。もう一つはATF軍に所属する場合。そして最後が教師になることだ。

能力者のうち、多くの人が思春期にアーツの力が目覚める場合が多い。そのため生徒間でアーツを用いたトラブルといったことが日常的に問題になる。

だから学校の教師という仕事に就くためには最低でも学園を卒業後、数年間専門の勉強とアーツの訓練を受ける必要がある。

僕の場合はアーツの能力次第でさらに選択肢が増えることになるでしょうと教えられた。

これは僕が学園で生活をしながら探す道だ。決めるのは僕自身だと深く覚えておく。

最後に学園に入学する前に一度、学園側の人間と面談を行う必要があるらしい。

実技試験はその内容のため、主に現場に出ている軍部が受け持つことが多い。今回の試験も軍所属の試験官だった。

そのため、学園側の教師と予め面談を行う必要がある……と説明された。まぁ納得は出来る理由だ。

その日時を決めたら今日の話は終了だった。大体全部で一時間ぐらいの話であった。

話を終え帰宅の許可が降りたので建物から外に出る。

「あ、やっと出てきた。東雲君!」

すると南坂さんが僕の姿を見つけ駆け寄ってきた。どうやら僕のことを待っていたようである。

「どうしても一言。お礼が言いたくて。待ってたの。本当にありがとう。私もこれで学園に通うことができるから」

ニコニコと笑っている。笑顔がよく似合う子だ。

「別に大したことはしていないよ。皆、それぞれ実力で試験を突破したのだから」

ただ僕は指示を出しただけだ。本当に大したことはしていない。

「それでも……たぶん。東雲君が居なかったら私はまたきっと落ちちゃってたから」

テヘヘと南坂さんが笑う。やっぱり可愛いな。

「帰ろっ! これで四月から同じ学園生になったよね?」

足取りは軽く。僕の前を歩く。

そう。僕達は無事に試験を突破出来たのだ。

これで四月からは学園に通うことが出来るのだ。当初の目標は達成した。

でも本当に大事なのはこれからである。

人生の大きな選択をしたけど、そこから先は僕自身が決めることだ。

でも……今くらいは少し浮かれてもいいだろうなと。前を元気に歩く南坂さんの姿を見ながらそう思ったのだ。



地元に帰ってきたのはもう夜も遅い時間だった。

試験会場は地元から見ると県を三つほどまたぐ位置にあった。かなり遠い距離である。

そのまま実家となる孤児院の方に帰ってくる。

僕はアーツの能力が特殊なこともあって、今は孤児院の出身だった。そして今、ここの孤児院では最年長にあたる。

「あ、涼にぃ。おかえり。試験、どうだった?」

孤児院のドアをくぐると妹分であるサクラがまだ起きていた。

「もう夜も遅いのに何してるの? 試験は受かったよ」

「何って涼にぃを待ってたんじゃない。流石にチビ達は寝たけど。って受かったの? 本当!」

サクラはまるで自分のことのように喜んでくれる。

「ああ。春から学園生だよ」

「そっか……涼にぃも卒業か」

学園生になるということはここの孤児院を出ていくことになる。

が、僕はこの孤児院にかなりの恩があるから、頑張って孤児院の経営を助ける手立てを考えているから完全に接点が切れるわけではないけど。

「僕が卒業したら、次の最年長はお前だぞ。サクラ」

サクラとは一つ違いである。

「うん。それはいいんだけど……私も学園を目指そうかなぁ。噂では稼げるってよく聞くし」

一般的な噂では学園生はかなりお金が稼げるとの話である。

今日の説明でもそう話は聞いていた。まぁそもそも学園生活に掛かる費用が無料ってだけでも十分に魅力的ではある。

「でもお前。まだアーツの力が顕現してないだろ? 今日の実技試験はアーツの力が使えなかったら突破なんて無理だったぞ?」

そうなのだ。サクラはこの年齢にしては珍しくまだアーツの力が現れていない。

才能だけはあるらしい……のだが、本人もマイペースなのか無理にその力を叩き起こそうとはしないみたいだった。

「うん。そうなんだけどね。私も選択肢の一つとして持っておいた方がいいかなーって思うの」

ま、夢を持つのは自由だ。

ちなみに学園生になるのはコネか実力がなければかなり難しいと言われている。やはりこの年頃の皆が学園を目指すからだ。

「涼にぃ。先にお風呂。その間にご飯用意するよ」

サクラが席を立ち、台所に移動する。

「頼む」

任せなさい! とサクラが台所に消えた。

孤児院での生活は僕は嫌いではなかった。

助け合いが基本である。それに年長者がチビ達の面倒や家事をすることが多いから自然とそういったスキルが身についてくるし。

今日の疲れを癒すべく。少しゆったりとお風呂に入る。

のんびりと湯船に浸かる。今日は試験そのものよりも移動時間が長すぎて疲れた。

次は学園そのものに三月に入ってから向かうことになる。学園側の人と面談だ。日時は三月始めを指定された。

この孤児院にいるのも恐らくあと一月ちょっとである。ここは結構長い間、僕を住まわせてくれたな。

無事に学園生になるまで僕が生活することが出来ている。それは何気に大事でとても凄いことでもあった。

右手を湯船から軽く持ち上げアーツを発動させる。青い光が右手に集中する。

この特殊なアーツの力のおかげで、僕は色々と面倒な事に巻き込まれる場合が多かった。そういう問題から僕を守ってくれる場所に流れ着いたのは、幸運だった。

この孤児院は僕にとって安心できる大事な場所だ。

……少し長めにお風呂に入った後、サクラが用意してくれた晩御飯を食べる。

サクラは無駄話! と言いながら僕の遅めの夕食に付き合ってくれた。

サクラは妹分でとてもよく出来た子である。しっかりしているし、分別もある。次の年長者を任せてもきっと大丈夫だと安心出来る。

ご飯を食べ終えたら自室に戻った。ベッドの上に寝転がる。

無事に試験を突破することが出来た。

その嬉しさというのが、家に帰ってきてベッドに寝転がったらようやく実感出来た。

やっぱり緊張か何かをずっとしていたみたいであった。その糸が切れると一気に眠くなる。今日はそのままもう休むことにした。

そうして、僕の短い春休みが始まった。


春休みの間は基本的に平和である。

朝早くに起きて、チビ達の面倒を見て。家事などを片付ける。もう毎日の日課だ。

そして春休みの間に一度、行っておきたい場所があった。

……今は亡き母のお墓である。


街が一望出来る高台に母のお墓はあった。

まずは綺麗に掃除をして、線香を供える。

そして無事に学園生になれたことを報告する。

母が亡くなってからもう十年近い。

まだ僕が完全に能力に目覚める前に、過労で倒れてしまいそのまま亡くなったと聞いている。僕自身は詳しいことを覚えていなかった。

その後、色々あったけど最終的には身寄りが無くなった僕は施設や孤児院を点々として、今の孤児院に落ち着いた。

その途中でアーツの力に目覚めたから大変であった。多くの大人が僕のことを利用しようと企み、そしてそのたびに様々なことに巻き込まれた。

……だから、それに比べると今は平和である。こうしてのんびりと母の墓前に報告出来るくらいには。

しっかりと母に報告を済ませておく。学園生になればここに来ることはしばらく難しいような気がしているのだ。

一通り報告が終わったら、街に戻る。

寮生活に必要な物資……といっても大きな物を買うお金は無いから細々としたものだけど、それを買い揃える。

明日。僕は学園に向かうことになっている。

と言っても最初は面談だけとのことだ。ただ話をするだけだと聞いているからそんなに心配はしていない。

しばらく街をアテもなくブラブラとしていた。あんまりこんな風に街を見て回ることは少なかった。おかげでいい気晴らしにはなった。

夜。孤児院に戻りこの孤児院の経営者であるマザーにこれまでの経緯を報告する。

「そうかい。わかったよ。寮生活か……」

マザーは僕の話を聞き終えるとそう呟いた。

「一応、ここの規則で成人するまでの間は、部屋はそのままにしておくからいつでも帰ってきな」

マザーは軽く胸をドンッと叩く。

帰る場所があるというのはとても心強い。

「経営に協力してくれるのは確かに助かるんだけど、決して無理はしないでおくれよ。それで涼自身が倒れたら元も子もないからね」

頷き返す。僕は僕に出来る範囲で協力すればいいと思う。

話を終え、部屋に戻る途中でサクラに出会った。

「あ、マザーに報告? 明日だっけ? 一度、学園に向かうのって」

お風呂上りだろう。体から湯気がのぼっている。

「そうだよ。まぁまだあと一月ぐらいはここにお世話になるよ」

学園の入寮自体は三月の終わり頃だと聞いている。それまではまだこの孤児院にお世話になる。

「それなんだけどさ。なんというか……これ涼にぃに伝えるか悩んだんだけど」

改まったようにサクラが話始める。

「なんだかね。夢を見たの。涼にぃが明日、遠くに行ってしまうような変な夢」

頭に手を当て、悩んだようにサクラがそう告げる。

「明日は面談だけだから夜遅くには戻ってくるぞ?」

「って言ってたよね。でも不思議なの。何故かしばらく涼にぃには会えなくなる気がするって思うの」

女の子の勘だろうか? しかしそう告げるサクラ自身もあまりピンとはきていないようだ。

「まぁ考えても仕方がないけど! 念のため涼にぃ気をつけてね!」

そう言ってサクラは自室に戻っていった。

僕も自室に戻る。明日の準備を軽く済ませておく。やっぱり朝は明日も早い。

電気を消し、ベッドに寝転がる。

学園側との面談。一体、何を話すのだろうか。学園自体にはもう合格しているからそんなに難しい話ではないと思うのだけど。

まぁそれも明日になったら分かることか。

そして僕は眠りについた。明日も平和な一日でありますようにと願いながら。



次の日。僕はまた朝早くから電車に揺られていた。

今度は都心部である学園を目指すことになる。

学術支援都市。『衣笠』

僕が通うことを決めた学園がある都市の名前のことである。

街そのものが学園を中心とした組織的な街づくりとなっていると聞いたことがある。まぁ具体的にどういう意味なのかは分からないけど、衣笠の名前は学術の専門都市として有名ではあった。

電車に揺られること数時間。僕は無事に衣笠にまでたどり着いた。流石に迷わなかったな。

まず面談を受ける場所は学園本部で話を聞いてくれとのことだったので、まずは学園を目指す。駅で衣笠の地図を暗記する。

……それにしても凄い街だ。

僕が居た街は比較的、田舎だったからその違いに圧倒される。

まず人の数が違う。行き交う人がかなりたくさんいる。ボーッとしていたら巻き込まれそうだ。

それに気になるのは行き交う人のほとんどがどちらかの手に白い腕時計のような物を付けていることだ。なんだろう? あれ。

それに向けて何か指で操作していたり、まるでテレビ電話のように話をしている人も居る。そして何故、多くの人が同じようなデバイスを身に着けているのだろうか。

街並みはとても近代的だ。駅の周辺は背の高いビルが立ち並び、学園に向かうにつれてどちらかと言うと西洋風の建物が増えていく。

しばらく歩くと学園が見えてきた。駅からそれほど遠くはなかった。

衣笠の中心に位置する学園は西洋的な建物の雰囲気がある。それに学園自体の敷地もかなり広い。地図を見た限りだとその広さは衣笠の街の約六割を占めるほどだ。

その建物の中を歩いて行く。今は授業中なのか歩いている人は少なく静かなものだ。

僕はまず学生課と呼ばれる場所に行き、今日の面談を受ける手順を聞きに行く。

学生課の建物を探すのはそんなに手間取らなかった。チラホラと学園の内部に地図のような物が置いてあったし、建物自体もわかりやすい位置にあった。

受付の人に話しかけ、面談に来たことを告げる。

「学園予備生の方ですね。名前を確認します」

事務手続きをいくつか終えた後、僕は一人の男性に連れられて建物の内部に入っていく。

そしてとある部屋の前で立ち止まった。

部屋の前には椅子がいくつか置いてある。つまり僕以外にも今日、面談を受ける人がいるってことか。

「しばらくお待ちを。用意が出来たら呼びますので」

椅子に腰掛け、少し時間を潰す。そこで部屋の名前が目に入った。

なんと理事長室となっているではないか。ちょっとまって……そんな偉い人と面談するのか。

しばらくすると部屋の中から扉が開き、中に入るように言われた。

「東雲 涼君ですか?」

中には秘書らしき人と、とても優しそうなおばあさんが居た。きっとこの人がこの学園の理事長か。

「はい。そうです」

返事をしておく。何を話すのだろうか?

 「ふむ……」

と、理事長はいきなりなんだか考えこむような仕草を見せた。どういうことだ?

「私は今の職についてからもうかれこれ五十年ぐらいが過ぎるの。だから一目、顔を見れば大体その子がどのような人生を歩んできたのかわかるのだけど……」

静かにゆったりと理事長さんが語り始める。

「貴方の目に宿っている光は随分と鋭いわね。それなりに苦労をしてきたのかしら?」

指を組み、そう告げられる。

その話し方から僕自身のことを予め調べてあるわけではなさそうだなと感じた。

「あ、ほら。何か考えてる。そんなに気を張らなくてもいいですよ」

軽く笑いながら一言。凄い。一発で見破られた。この人の前では隠し事はたぶん出来ないな。

「手元の資料を見ると……ふむ。貴方が例の治癒術の能力者ですか。それはとても頼もしいことです」

資料をトントンと机の上で整理する。

「我々学園側は貴方のような才能あふれる人材を歓迎します。ぜひこの学園で三年間学んで立派な大人になってくださいね」

理事長は優しく微笑みながらそう呟かれた。

「めい。彼に資料を」

めい……恐らく秘書の名前だろう。そう呼ばれた秘書さんは僕にいくつかの資料を渡してくれる。

「学術都市、衣笠に関する資料とこの学園に関する資料です。正式に入学するまでに一度、目を通しておいてくださいね」

いわゆるパンフレットという物だろう。大きくこの学園が写真に写っている。

「追って事務方から連絡があると思います。以後はその指示に従ってください」

ふむ。面談というか顔を見るだけのような気がするな。今のところ。

「あ、君はちょっと事情が違うのでした。ごめんなさい。もう一つ面談を受けてもらう手筈になってるの」

申し訳なさそうに理事長から告げられる。でもまぁまだ午前中だしそんなに時間も掛からないだろう。

「事務員が案内してくれるわ。それに従って行動してください。私との面談は以上で終わりです」

思っていたよりも随分、あっさりと面談は終わった。

そのまま一礼をしてから理事長室を後にする。

外には事務員が既に待機していて、僕を次の場所にまで案内してくれるようであった。

「君が東雲君かね?」

その道中で事務員に声を掛けられた。

「この学園でも君のことは話題になっているよ」

やっぱりか……上の人達には僕の能力は相当、魅力的に見えるように思われる。

「そして特例で一年時から指導教員が君には付くことになった。今からその指導教員の所にまで案内する」

指導教員か。僕だけ特別扱いされるのは多少、不服だが仕方がない。

「まぁ……それが。先に言っておくが、その指導教員というのがな。ちょっと特殊な人で」

ものすごく言いにくそうに事務員は説明を続ける。

「まぁなんというか。かなり独特な人なのだ。だから何を言われても気にしないようにしてくれ」

そして苦笑いである。よっぽどの奇人のようだな。そこまで言われると逆に気になる。

建物をいくつか通り抜けて、奥に見えたひときわ大きな建物の中に入っていく。

そのまま受付にたどり着き、「槇下先生を」と事務員は告げた。

「私はここまでだ。後は指示に従って、槇下先生と面談をしてくれ」

一礼を返す。事務員の方はそのまま戻っていった。

「槇下先生の研究室は二ーA号室になります。右手の階段を登ってすぐの所です」

受付で説明を受け、そのまま槇下先生の部屋に向かう。

どんな先生なのだろうか。事務員があんな風に表現するくらいだからよっぽどな人なのだろう。

二ーAの前までたどり着き、ノックをしてから部屋に入ろうとした。

「おっそーーーーーい!」

そうしたら、いきなり雷のような声とスパコーンと言う音と共に紙コップがおでこ目掛けて飛んできた。

反射的に紙コップを避ける。なんだ? 何が起きた?

「む? 避けたわね? お主。なかなかやるようじゃの……」

目の前にはフッフッフとプラスチックで出来たバットを片手に構え、不適に笑っている子供が居た。

「はぁ? 子供?」

「子供じゃない! 槇下マキシタ カナデ先生様だ!」

右足から鋭いローキックが飛んできた。地味に痛い。

どう頑張っても中学生ぐらいにしか見えない女の子が白衣を着てエッヘンと胸を張りながら威張っている。

 胸のプレートには確かに槇下と書かれている。

「フッフッフ。君が東雲君だな! まぁとりあえず部屋の中に入るがいい!」

そういって部屋の中に案内される。

すると中には既に先客が居た。こちらも女の子である。

大和撫子と言う言葉がよく似合う子だ。長く黒い髪。整った顔。とても可愛い女の子である。僕と同い年ぐらいかな?

「そこのソファに腰掛けて。面談と説明を始めるから。っていうか来るのが遅い! もう彼女を一時間近く待たせたわよ!」

彼女を待たせた……と言うことは席に腰掛けている女の子は僕と同じ立場の人間なのか。

「やっと揃った所でまずは自己紹介から始めます。私が槇下 奏先生。貴方達の指導教員となった先生様です!」

エッヘンと全く無い胸を張りながらそう槇下さんが説明を続ける。

「次、春香ちゃん。どうぞ」

隣の女性に話が振られる。

神楽坂カグラザカ 春香ハルカです。アーツ名は『セイレーン・ボイス』。対象の軽い傷を治す能力です」

おどおどとした様子で説明を続ける。

これには正直、かなり驚いた。今まで生きてきて初めて自分と同じ治癒術が使える能力者と出会ったからだ。

「次。東雲君!」

話を振られたので自己紹介と自身の能力を軽く説明する。

すると神楽坂さんも相当、驚いたようだ。まさか同じ治癒系の能力者が居るなんて思ってもいなかったようだ。僕も同じだけど。

「そうそう。君たち二人の共通項は来年度のこの学園の新入生かつ二人とも治癒系の能力者であること! これはとても大事なことだから私が指導教員として付くことになりました」

いえーいぱちぱち! と槇下さんが手を打ち鳴らしている。

「指導教員が付くのは普通は三年次から。優秀な生徒で二年次。一年次に付く場合は特例の時のみだから君たちは既にもう特例扱いなのだ」

説明を続けられる。やっぱりそういうシステムが学園にあるのだな。

「君たちは今日から私の部下だ! 私の指示には従ってもらうよ! いやー召使いが出来たのは大変嬉しいな!」

この先生……今ボソッと何を言った?

「まぁ説明を続けるね。君たちは指導教員である私の元でアーツの力をしばらくは測定することになるの。私の専門はアーツ全般だから何か疑問とかがあったらすぐ答えられるよ!」

見た目のわりにはもしかして凄い先生なのか? この人。どう見てもよくて中学生ぐらいにしか見えないのだけど。

「で、これが新入生に与えられるアイテム。その名は『コンシェルジュ』っていうの!」

目の前に二つ。あの白い腕時計のような物を出される。

「来年度用のをかっぱらってきたから最新版だよ。とにかくまずはそれを腕につけて」

言われるがままにとりあえず右手に装着する。

「腕輪認証を始めます。オーナー登録を開始します」

うわ。腕時計が喋った。

「驚いてる驚いてる。それは何でも出来る魔法の腕時計だから頑張って使いこなしてね。頑丈だしそう簡単には壊れないし」

腕時計の部分から光が溢れだして目の前にディスプレイが表示される。

「オーナー登録を認証しました。登録名を入力してください」

指示に従い自分の名前を入力する。

「東雲様。初期設定が完了しました。以後、お見知りおきを」

腕時計が喋ってる……なんだこれ。最新鋭の機械か?

「ちなみにそれ一つで電話。メール。ウェブサーチ。ショッピングなどなどが全部こなせるよ。予め特別に五百ルピス振り込んでおいたから自由に使ってね」

コンシェルジュって確か総合案内人みたいな意味だっけ? 街中で行き交う人が手につけていたのはこれか。

それに五百ルピス? 通貨のことだろうか。

「まぁ詳しい使い方はヘルプを見てね。あ、でも最初に連絡先の交換だけしておくよ。まず向い合ってコンシェルジュを合わせるの」

神楽坂さんと向き合い、コンシェルジュの位置をあわせくっつける。

ピッという音の後に画面が飛び出してきて、

「電話帳に神楽坂さんを登録しました」

と読み上げられた。かなり便利である。

「ついでに私も……これで二人ともいつでも呼び出せるようになったね。ちなみにそのコンシェルジュは基本的にはこの衣笠でしか使えないから注意してね」

さっきからちょっと不思議な言い回しだ。衣笠でしか使えないのにいつでも呼び出せる?

まだ僕は学園に正式には入学していないのに……ちょっと嫌な予感がする。

「あ、そうそう。言い忘れてたけど。君達が住む物件も、もう押さえたから。今日からそこに住んでね。コンシェルジュにそれぞれデータを送るよ」

そう言うと槇下さんは素早く手でコンシェルジュを操作する。

「槇下さんからデータを受信しました」

コンシェルジュがちゃんと告げてくれる。

「ってちょっとまってください。今日から?」

引っかかったことを尋ね返す。

「うん。今日から。君達は特別待遇だから入学にはちょっと早いけど、もう明日から通常営業だよ?」

何、当たり前のことを聞いているの? みたいな感じで返された。

サクラが予感したことは正しかった。もう今日から学園生になるようだ。

「まぁ今日は流石に私も鬼じゃないからこの衣笠の街を探索する時間をあげる! でも明日からはちゃんと時間通りにここに来て私のざつよ……こほん。能力の測定とかするからね!」

唖然とする。どう言えばいいのかわからない。

それは隣の神楽坂さんも同じようだ。

「まぁまぁ。ちゃんと週に一度は休みをあげるし。学園生活に支障が出ない程度にこきつか……こほん。にするからそんなに心配しなくても大丈夫だよ!」

激しく不安である。この人。たぶんだけど油断ならないぞ。

「ま、今日はこんな感じかな! でも君たちも自分以外の治癒系能力者って興味が実はあるでしょ? それが学園が正式に始まる前に見れるんだから文句は聞かないよ!」

それは……事実である。僕は彼女の能力をこの目でとても見てみたいと思う。

それはきっと彼女も同じだろう。

「まぁまずは確保したアパートに行ってね。鍵はそのコンシェルジュを使えばいいから。あと買い物も全部そのコンシェルジュで出来るから当面の心配は何も無いよ!」

万能だな。この腕時計。あとでじっくり調べてみよう。

「じゃ、今日のところは解散! 私、会議があるからこの部屋閉めちゃうよ。また明日。ここに十時に集合ね!」

そう言ってさっさと出た出たと部屋から追い出された。

部屋の前で神楽坂さんと二人呆然とする。

「えっと……改めてになるけど、よろしくね神楽坂さん」

右手を差し出す。それに彼女も応えてくれた。同じ治癒系能力者としては彼女と仲良くしておいた方がいいという打算が働く。

「よろしくお願いします。東雲君。じゃ、私は先にアパートを見に行くから……」

僕もそう思っていた所だ。神楽坂さんに別れを告げ、建物の外で二手に分かれる。

四苦八苦しながらコンシェルジュを操作して住所の地図を呼び出す。どうやらここから徒歩十分ぐらいの場所にあの先生はアパートを借りたようだ。

とりあえずアパートに向かう。

到着して驚いたが結構広い。一人暮らし用のワンルームのマンションのような感じだ。それに家具も備え付けのようであった。確かに生活する分にはあと食事をどうにかするぐらいですぐにでもなんとかなりそうだ。

少ない荷物をアパートにおいてから、この街。衣笠を見ておくことにした。


衣笠の街はかなり大きい。

まずは軽く腹ごしらえと近くにあったカフェに入って昼食を取った。

支払いもコンシェルジュで出来るらしいと聞いていたが、レジで端末にコンシェルジュを当てるだけで食事の精算が済んでしまった。これは非常に便利である。

流石に学術都市の名前が示す通り、どちらかと言えばオフィス街よりも落ち着いた街並みで自然に溢れていた。

さらに大きな図書館が三つもあるらしい。これも全部コンシェルジュを使えば貸し借りが出来ると図書館の受付で話を聞いた。

一通り。ぐるっと街を見て回ったあとで公園のベンチで休憩する。

コンシェルジュを呼び出し、色々確かめてみる。ヘルプを読んだらどうやら音声で質問も出来るし、何よりヘルプそのものがかなり充実していてこれを扱う上では不便はなさそうだった。

ソフトクリーム屋さんがあったので、思わず買う。値段を見たら一ルピスと書かれていた。

大体一ルピスが百円ぐらいの価値かな……とお昼に食べた食事とあわせて想像する。

最初に五百ルピスが振り込まれてあったのでわりとルピスについては潤沢にある。

「コンシェルジュ。ルピスの獲得方法は?」

「はい。ルピスの獲得方法は学園での授業を受けた場合。アーツの研究に協力した場合。学術都市、衣笠でアルバイトをした場合などに獲得することが出来ます」

この通りだ。かなり便利である。

大体、今のでわかった。ここで生活する分には支障は全くなさそうだ。普通に学園生として過ごしていればルピスは少しずつ溜まっていく物みたいだし。

「ルピスを現金に変えることは出来る?」

「出来ます。ただしその場合は教務課の認可が必要となります」

ふむ。こちらは認可がいるがどうやらそんなに難しいことではなさそうだ。

大きく背を伸ばす。新しい環境で僕は今日から過ごすことになる。

でも不思議と不安はあまり無かった。すぐに慣れるだろうという気もする。

それに新しいことに挑戦することにすごくワクワクしている自分が居る。

僕はこの環境で何処まで出来るのだろうか。

それに僕のアーツについても詳しく調べることが出来るのだ。それも楽しみではある。

本格的に僕のアーツについて調べたことはまだ一度も無かった。珍しさと能力ゆえにその力を利用することばかりを求められていたけど。

きっと期待……されているのだろう。だが、それを今のところ直接、プレッシャーとして感じた点はない。

僕は僕らしく振る舞える気がするのだ。それはとても嬉しいことだ。

そのまましばらくベンチの上で休んでいた。

木漏れ日が気持ちいい。涼しくて思わず寝そうになってしまう。

気がつけば二時間ほどウトウトとしていたようであった。辺りは夕暮れ時になっている。

そのままアパートの近くにあったスーパーで簡単な夕食を買って部屋に戻った。

夕食を食べながら色々と考える。というかまず孤児院に連絡しなきゃ。

「コンシェルジュ。衣笠の外部に電話って出来る?」

「出来ます。ただし三分で一ルピスの通信費が掛かります」

出来るなら安心だ。連絡はいつでも取れる。

夕食を食べ終えた後で孤児院に連絡を入れる。

電話口にはサクラが出た。今日の経緯を説明してもう学園生になったことを伝える。

「やっぱり……私の勘が当たったね。うん。こっちは大丈夫だよ。涼にぃがいなくても頑張るから」

サクラはちょっとがっかりしたような口調でそう告げる。

「そっちは任せたぞ」

「うん。任された。涼にぃは安心して学園生活を満喫してきてね」

あとは諸注意だけして連絡を終えた。

ベッドの上に寝転がる。

今日一日で大分、僕の環境が変わった。まさかいきなり学園生活が始まるとは思ってもいなかったけど。

ふわぁとあくびが出る。流石に色々あって疲れたな。

そのまま今日はもう休むことにした。明日から本格的に学園生としての生活が始まるのを楽しみにしながら眠りについた。



次の日。約束通り十時に槇下さんの研究室に向かう。

「おっそーーーい!」

またしても雷のような声と紙コップが飛んできた。予想出来たので今度は手で受け止める。

「ぬ……まさか受け止められるとは思わなかった。やっぱりお主。なかなかやりおるの」

槇下さんである。一応、十時よりちょっと前に来たのだけどな。

「男の子たるもの女の子を待たせるな! もう春香ちゃんは来てるよ?」

座席には既に神楽坂さんが腰掛けていた。

「まぁ揃ったから移動しよっか。私の後ろについてきて!」

そう言うと部屋を出て、建物を奥に歩いて行く。

二階のどうやら端っこに研究室があり、さらに奥に何かがあるようだ。

「さ、着いたよ。ここが第一観測所。アーツの能力を調べる場合はこっちで作業するから」

建物の一階部分をぶちぬいた構造のかなり広い空間に案内される。これ槇下先生の管理下なのだろうか?

「あ、まず部屋に入ったらコンシェルジュを壁の端末にかざしておいて。それがこの部屋に来たことの証になるから」

そう言われて、端末にコンシェルジュをかざす。

ピッという音がなりどうやら認識されたようだ。出席管理をコレで行うのかな。

「今の行為はこの学園では基本行為だから忘れないようにね。じゃないとルピスも振り込まれないから」

納得する。そうかルピスの管理も行うのか。

「じゃ、早速だけど。アーツの力を見せてもらおうか。まず春香ちゃんから。下の階に降りてあの広場の中央に行ってね。私はここからマイクで指示を出すから」

神楽坂さんが一階に降りていく。僕はここから見学することにした。

「東雲君もよく見ておきなよ。他人の治癒術能力者なんてきっと初めてでしょ?」

彼女をガラス越しに見下ろす。中央まで歩いて行く姿が見える。

「じゃ、セイレーン・ボイスの力を発動させてみて。対象がいないとやりにくいかも知れないけどそこは根性でカバーしてね」

そういうと槇下さんは何やら色々とレバーを操作し始めた。

と、同時にとても綺麗な歌声が聞こえてきた。

なんというか。神秘的で癒されるような音色だ。神楽坂さんが広場の中央で歌っている。

「Gー213……広範囲の治癒術タイプだと十分な数値。もういいよ!」

どうやら何かアーツの能力を計測しているみたいだった。Gー213とはどういう意味だろう。

「説明は後にするから先に次。東雲君のデータも取っちゃうよ。ハイ降りる!」

そう言われて神楽坂さんとバトンタッチである。僕が広場の中央に歩いて行く。

「東雲君の能力は資料によるとイマイチ不透明な部分が多いから、自分が一番効率がいいと思う治癒術を発動してみて!」

マイク越しに槇下さんからの指示が入る。

「アクアマリン。発動!」

右手を前に付き出して、出来る限り高速で治癒する場合のイメージを持つ。

青い光が右手に集中する。高速治癒の時にたまに見える光だ。

「え、ちょっと凄い……まさかBー480って何よこれ。ウソでしょ? 一年に入学前の段階でこんな数字が出せるの?」

あの槇下さんが非常に動揺している声が聞こえる。Bー480か。どういう意味だろう。

「こほん。まぁ戻ってきて。軽く説明するから」

二階部分にあたる観測所らしき所に戻る。

そしてとりあえずは席に座るよう促される。

「えっとまず数値の説明からするね。春香ちゃんがGー213。これはアーツの能力でいうと緑系統の能力で213というのがアーツの力強さの値になります」

ふむ。Gはグリーンって意味かな。

「系統はまた学園が始まったら授業で勉強するけど、アーツには相関図みたいなのがあって、アーツの能力っていうのはほとんどの場合、決められたどれかに分類されるの。それが春香ちゃんの場合は緑系だったわけ。東雲君はBだからブルーの能力系統に分類されるってことね」

僕はアーツを色分けすると青になるのか。

なんとなく分かる。僕の能力は水をベースにしている節がある。

「で、次が数値。アーツそのモノの力強さによってこの数値が大きくなるの。春香ちゃんの場合、セイレーン・ボイスは広範囲に届く能力だから東雲君と比べるとやっぱり低い。それでも213って数値はかなり立派な数値なんだけどね」

ふむ……数値が力強さか。でも比べる対象が今のところ二人だからイマイチ強さが分からない。

「ちなみに治癒術ってくくりで見ると、広範囲タイプは200もあれば即戦力レベル。狭い範囲の場合だと300超えれば十分かなぁ」

ちょっとまって……僕の能力って480って出たよね。

「だからかなり驚いているの。480なんて数値は普通じゃ出せないよ。これは調査がとても楽しみな能力だね」

ニヤニヤと槇下さんが笑っている。まるで面白いおもちゃを見つけたような目だ。

「東雲君。君はもしかしたら治癒術以外にもその能力が使えるでしょ? それもどちらかと言えば戦闘系の能力として」

グサリと僕の核心に迫る質問をされる。まさか初日で見破られるとは思わなかった。

「数値は能力の熟練度も表すの。能力に対して触れる機会や考える時間が長ければ長いほど数値は大きな値を示しやすくなる……と研究では結果が出ているわ。だから間違いなく東雲君は何か特殊な事情があるはずなの」

沈黙する。言われればその通りだ。

僕は実技試験では見せなかったけど、確かに戦闘用の能力をそれもいくつか持っている。

「フッフッフ。その顔だとズバリ図星みたいね。ちなみに隠し事はダメだよ。もし隠してても私は気がつくからね! ちゃんとすべての能力を見せること!」

中学生みたいな見た目に惑わされるけどこの人は恐らく天才だ。それもかなり凄い人だと思う。だから指導教員になったのかも知れない。

「ちなみに今の段階だと私の手元には東雲君は高速治癒系の能力者としかデータは無いからね。本当は他にもあるんでしょ? お姉さんに言ってみな?」

……ここまでバレちゃ仕方ないか。

諦めて僕が持っている手札を説明する。

最初はふむふむと聞いていたが、後半になるにつれだんだんと驚いたような顔に槇下さんがなっていく。

「凄いね。その歳でそれだけの能力を持っているの? そりゃ480ぐらい出てもおかしくない熟練度になるわね」

僕の説明を聞き終え、納得したようだ。

「凄いです。私はセイレーン・ボイスしか能力が無いのに」

一緒に聞いていた神楽坂さんも驚いているみたい。

そうなのだ。普通はアーツの名前が示す能力を一つ持っているのが一般的なのだ。

僕の場合はそれがいくつも枝分かれするように能力が変化するというかなり特殊な状況なのだけど。

「アーツの能力名に対して技能が一つというのは別におかしくはないよ。むしろそれが普通。それをこの学園生活の中でアーツの幅を広げたり、もしくはアーツ名が新しく上書きされたりするのがこの学園の目的だったりするのだけど……まさか入学前からそこまでの力を持っているとはね」

槇下さんはふむ……と考えこんでしまった。

「まぁでもしばらくは能力の測定よ。それが終わったら新しい能力の開発や今の能力の持続時間の延長のような訓練を行う予定だったんだけど、ちょっと変えた方がいいかも知れないね。少なくとも二人ともこっちが予想していた以上の数値は叩き出しているから」

槇下さんはコンシェルジュを操作しながらそう呟く。どうやらさっき取れたデータを入力しているようだ。

「今日は東雲君についてきっかりやろうか。まだまだ能力隠し持ってるんだからそれの測定をするよ」

そして僕の能力の測定が行われた。


僕はいくつかの隠し玉というわけではないけど、確かに戦闘用の能力を持っている。

まずはそれの数値を検証することになった。

「ふむ……これで全部? まぁ戦闘面は妥当っちゃ妥当な範囲の数値ね。それでも新入生って見れば優秀な範囲だけど」

大体、数値が百後半から二百前半ぐらいの範囲に治癒術以外の能力はおさまった。それも全部、頭文字はBである。

「こっちに戻ってきていいよ。今データをリスト化するから」

観測所に戻る。流石に能力の連投は疲れた。

「おつかれー。流石に疲労が見えるね。まぁリスト化出来たよ。コンシェルジュに送るね」

ピッと音がして、リスト化された僕の能力と数値一覧がコンシェルジュに表示される。

「共通するのは全部頭文字がBってこと。これは東雲君自体が青系の能力者ってことなんだけど。やっぱり自覚ある?」

「僕の能力のベースは水です。それが青に繋がっている気はします」

僕の能力には必ず水のイメージがついてくる。これは僕の能力全てに言えることだ。

「ふむ。やっぱり水か。まぁ見てた限り水そのものを扱う技術もあったからね。まず間違いないね」

ふむふむと話を聞きながら槇下さんがコンシェルジュを操作する。

「まぁよくもその歳でここまで能力を極めたもんだ。即、実戦投入されても問題なく戦えるレベルの能力者ってのは学生じゃそうはいないよ? それの練習みたいなことを学生の間に行うんだからね」

気になる発言だ。学生の間に実戦投入の練習を行う?

「まぁ学園生活が始まったら自然と分かるよ。今は自分の能力を把握することに力を注いだ方が何かとお得だよ」

確かにそれは言える。他人よりかなり先を行くことになるけど。

「春香ちゃんも都合よくケガ人を見つけたらもう一回、改めて測定するからね。春香ちゃんの能力は確か本番の方が数値が上がるって報告書にはあったから」

残りはずっと見ていただけの神楽坂さんが頷く。

神楽坂さんも能力自体は僕と同じく、貴重な治癒の能力なのだ。実際に治療している所を見てみたくは思う。あの歌で治すのだろうか?

「今日はこれくらいでいいかなー。結構、データも取れたし。私的には満足。これは楽しみだ。最初は指導教員なんて面倒なことやりたくなかったけど、受けてよかったわ」

槇下さんはニッシッシとかなり悪い顔をしている。流石、研究者だな。

……これでこの日は解散となった。夕方前には全てが終わった。


ここからしばらく。三月の間は僕は槇下さんの研究棟に入り浸ることになる。

僕の能力の測定はまだまだ種類がある。例えば持続時間の測定や瞬間火力の測定。検査項目は複数あるのに、それを能力別に調べようなんてことをするからとんでもなく時間が掛かる。

神楽坂さんも僕と同じ検査を受けていた。例えば持続時間の検査では神楽坂さんの方が僕よりもスタミナがあることが判明したりしてなかなか面白く、検査は有意義であった。

三月も終わりに近づくにつれて、大体の検査が終わっていった。槇下さんいわく入学前までに一通りの検査を終わらせるつもりだとの話だった。

……そして。他の生徒がこの衣笠の街に来る日がやってきた。


三月の最終週になると、自然と街に人が増えてきた。今日から新入生の入寮が始まるとの話だ。

新入生は実はものすごくわかりやすい。何故かというとコンシェルジュを身に着けていないからだ。どうやら授業が始まった時に配られる代物らしいのだ。

逆に言えばコンシェルジュを付けている人は上級生かこの街で働いている人ってことになるのだけど、確かにこれがあればものすごく便利だ。僕も基本的にはずっと身に着けている。

今日は週に一度の休日だったので、のんびりと街を散策していた。わりと新入生の姿を見かける。

新入生は学年で大体百五十人前後。計五クラスに分類されるらしい。

ちなみにもう僕と神楽坂さんには連絡があって、神楽坂さんはAクラス。僕はEクラスという分類だった。

公園のベンチで一休みする。ここが最近のお気に入りスポットだった。

しばらくボーッとしていた。こうゆったりと時間が流れることが昔から好きだった。

すると向かいの道で久々に見る顔を見つけた。向こうも僕に気がついてこちらに向かってくる。

「えっと確か北都 纏さんだっけ?」

「そうよ。よく覚えてたわね。東雲君。こんな所でのんびりしているってことはもう入寮は済んだの?」

北都 纏さんだ。風の弓使いさん。

僕はベンチでだらーっとしていたからか不思議そうにそう尋ねてきた。

「もう終わってるよ。北都さんも?」

「ちょっと休憩に外に出たの。相部屋で今は部屋がごちゃごちゃしてるから。それに纏でいいわよ。北都って呼ばれるのあまり好きじゃないし」

そう言って隣のベンチに腰掛ける。

これは後から知った話だけど、基本的に一年の間は寮生活といっても相部屋が基本なようだ。それも確か四人一組。

僕や神楽坂さんみたいに一年の段階で個室がもらえるのはかなり優遇されているらしい。と言うかしていると槇下さんが言っていた。このことはしばらくは黙っておこう。

「あ、そうそう。南坂さんと同じ部屋になったわよ。たぶんあの感じだとクラスも一緒になるわね」

ほう。南坂さんか。もう一月は会ってないが元気そうで何よりだ。

正式なクラス発表はもう少し後になるらしいから今は黙っておこう。秘密が多いな。

あの時の五人は一人を除いて最後には妙な連帯感が生まれていた。だから纏さんもこうして僕を見かけたら声を掛けてくれたのだろう。

それは少し嬉しいことだ。同じクラスだといいなと思う。

「ふぅ。流石に一日で入寮は疲れるわ。荷物も結構あったし」

軽く首を回しながらそう呟く。やっぱり纏さんも女の子か。荷物がほとんどなかった僕とは違い色々と荷物を運びこんだのだろう。

一度、孤児院の方に荷物を取りに帰ろうかと思ったけど、この衣笠の街で大体の物は手に入るし、さほど孤児院に僕の私物もなかったので結局は戻っていない。神楽坂さんは一度、実家に戻ったと言っていた。

纏さんは隣で大きく背を伸ばしている。本当にただ息抜きに外に出てきた感じだった。

「ま、学園が始まったらよろしくね。東雲君。君はちょっと特別な人のように感じるから」

その発言に少しヒヤリとする。たぶん纏さんは治癒術のことを指して言ったのだろうけど。もう既に学園生らしい生活をしてますとは言い出しにくいよ。

「戻るわ。私が仕切らなきゃダメな面子っぽかったからね」

タンッとベンチから立ち上がりながらそう呟く。

確かに南坂さんは周りにすぐ流されそうだし。そんな人が集まってたいたらまとめる人がいないと大変なことになりそうだ。

「またね。東雲君」

そういって纏さんは先に戻っていった。その後ろ姿を見送る。

「コンシェルジュ。今の段階で新入生のクラス名簿って手に入る?」

「東雲様のご自分のクラスの分でしたら入手は可能です」

「じゃ、入手して表示して」

すぐにリストが僕の目の前に表示された。

スクロールしながら名前を確認する。

やっぱりというかちょっとした予感みたいな物だったのだけど、どうやらEクラスには纏さん。南坂さん。タケル君。そして無愛想な連君のあの試験を一緒に受けた四人が僕と同じEクラスに振り分けられているようだ。

ついこの間、槇下さんがかなり悪そうな顔で何かを企んでいたのはたぶんこのことだったのだろうと一人納得する。あの人の権力が少し怖い。

「コンシェルジュ。クラス分けって何か槇下さんが不正を働いた?」

「その質問にはロックが掛けられています。基本的にクラス分けは同じ試験を受けた人同士が固まりやすく、また学年主席は必ずAクラスに分類される規則があります」

槇下さん。それじゃ答えを言っているも同然だよ。

まぁこれは実は結構うれしいことだ。最初から知った顔が同じクラスに居るのは安心出来る。

当面は僕のことは内緒にしておこうと思った。色々と話すと面倒なことになりそうな気はする。

あとは休日をダラダラと過ごす。こういう日があってもいい。最近は槇下さんと神楽坂さんの二人としか顔を合わせていないけど、たまには一人でのんびりする時間も欲しかった。

この一月で神楽坂さんとはかなり親密になった。というかならざるを得なかった。かなり長時間、同じ空間にいたから自然とよく話すようになっていた。

しかしクラスは別だった。何でも治癒術能力者は別々のクラスに振り分ける方がいいとの学園の判断があったらしい。でもまぁ指導教員の授業で結局はよく顔を合わすことになりそうだけど。

んーっと大きく背を伸ばす。今日は一日。結構リフレッシュ出来た気がする。

もうすぐ本格的な授業が始まる。どんな物なのかとても楽しみである。

この日はあとはスーパーで夕食の買い物をして帰宅した。


その日から二日後に正式にクラス発表がされた。

僕のコンシェルジュに連絡が入る。もう知っていたけど改めてリストに目を通す。

一クラスちょうど三十人だ。わりと少数かもしれない。

入学式がまず明日に行われ、その後。各講堂で学園に関する説明会。そしてその次の日から授業が始まる。

ちなみに私服登校だ。学園指定の物はこのコンシェルジュぐらいであとは基本的に自由だった。

春休みの間にガッツリとアーツの検査と簡単な基礎の勉強を行ったから四月の間は週に二日程度にまで指導教員の授業を減らすと今日、口頭で槇下さんから説明があった。

「まぁどうしても学園に慣れる必要があるからね。そのために二人を一月早く入学させたんだけど」

という風に槇下さんは言っていた。確かにこのペースだとかなり厳しかったからこれは嬉しいことだ。

ちなみに僕の検査は今日の段階で一通りのデータが出揃ったらしい。

かなり詳細なデータが僕のコンシェルジュにも転送されてある。まだ数値の意味とかイマイチ分からない物も多いけど。

まぁ明日からは学園生として楽しめばいい。他の人よりだいぶ先を行っている気はするけど、それは十分僕に取ってはメリットである。

……そうして、入学式の日が訪れた。


入学式当日。いつもより少し早く目が覚めた。

生徒は体育館のような施設に集合しまずは入学式だ。いそいそと向かう。

場所は予めコンシェルジュで調べておいた。新入生の皆は立て看板みたいな物で案内されているようだ。だから特に迷う心配は無い。

その途中で声を掛けられた。

「おい! 東雲! お前やっぱり居たか!」

西条 タケル……君である。確か。

「いやー探したぞ。けどお前新入生用の寮に名前がなかったが、どーなってるんだ?」

あ、確かに。僕は別にアパートを借りているからそっちから探そうとすると見つからないか。

「まぁ色々事情があってね」

適当に濁しておく。そのうちバレるだろうけど。

「まぁいいか。俺もお前のおかげでこの学園に通えるようになったみたいなモンだからな。クラスも同じだし。よろしく頼むぜ!」

右手を差し出されるのに応える。やっぱり知っている顔があるのは心強い。

「ん? なんだ? その右手につけてる白い腕時計みたいなの」

わりと目ざといな。タケル君。

「たぶん入学式の後で配布されるよ。わけあって先に手に入れただけだし」

これも適当に濁しておく。危ない。どんどんウソというわけではないけど言葉を濁していかなきゃ何処かで壊れるぞこれ。

そのままタケル君と共に体育館に向かった。

入学式は普通の学校と変わらなかった。

正直、退屈である。色々なお偉いさん方のお話が延々と続くだけだし。

流石に入学式でコンシェルジュを使うと目立つから自重していた。使えれば時間を潰すことなんて簡単なのに。

「えー。続きまして、新入生代表の挨拶。篠宮シノミヤ 彩華アヤカ

ハイ! という威勢のいい声の後、一人の女の子が歩いて行く。

その時、あれ? と不思議に思った。右手にコンシェルジュを付けているのだ。

僕と神楽坂さんしかまだ新入生では持っている人はいないと思ったけど、他にも持っている人がいたのか。

「入学生代表。篠宮 彩華です」

スラスラと挨拶が続いていく。よく響く綺麗な声だ。

たぶんだけど彼女が学年主席なのだろう。だから予めコンシェルジュも用意されていたのかな?

入学生代表の挨拶は短くしかし印象に残る内容でスパッと終わった。むしろ清々しいくらいだ。もし彼女が考えたのなら主席らしく相当に頭が良さそうだ。

あとはまたお偉いさんのお話が続く。特にそれ以降に新しい収穫はなかった。

計二時間半ぐらい掛かってやっと入学式が終わった。それからはクラス単位で講堂に集合して説明会らしい。

「やっと見つけた! おーい東雲君!」

講堂に向かうため、歩いていた僕とタケル君の姿を見つけた南坂さんと纏さんが駆け寄ってくる。

「同じクラスだね! よかったよ。試験で一緒だった五人全員が同じクラスだなんて偶然そうそう無いよ?」

駆け寄ってきてニコッと笑う。久しぶりの笑顔だった。

「よろしくね。私のことだから何かと迷惑を掛けると思うけどっ!」

そのまま四人で講堂を目指す。

久しぶりに南坂さんの顔を見たらやっぱり安心した。

僕の中であの実技試験は結構、重要なポイントだったようだ。それは他の皆も同じようだった。

自然と話が弾む。まだ入学式が終わったばっかりだというのに不思議な感じだ。

「あとは小中君が居ればいいんだけどね……さっき声を掛けたらそのまま先に行っちゃったの」

しょぼんとしながら南坂さんが呟く。やっぱり連君は相変わらず無愛想なままのようだ。

指定された講堂に辿り着く。そのまま適当に四人で固まって座席に腰掛ける。

しばらくすると教員らしき人が入ってきた。

「一年Eクラス担当の坂上です。私がこのクラスの担当教員です。何かあれば私の方にまでよろしくお願いします」

三十代ぐらいの男の先生である。どことなく頼りなさそうである。

「まずは重要な配布物があります。各自、前に取りに来るように」

箱いっぱいに詰められたコンシェルジュが見えた。まず最初に配布するのか。

「ホントだ。涼が言った通り最初に配布されるな」

「ってあれ? なんで涼はもう持ってるのよ?」

ヤバイ。適当に誤魔化しておく。

「まぁまぁ。早く受け取ってきなよ」

皆を促しておく。なんとか誤魔化せたかな?

「えー。一人一つ。受け取ったらまずは腕に装着してオーナー登録を行なってください」

それぞれコンシェルジュを受け取って各自、腕に装備する。僕はそのまま皆が初期設定をしているのを見ていた。

「これはこの学園生活を行う上でとても重要となる物で、名前をコンシェルジュといいます。各自、この衣笠の中に居る限りは出来る限り身に着けておくことが望ましいです」

先生が説明を続ける。

「っておい。なんでそんな重要なモンをお前、先に持ってたんだよ?」

タケル君から突っ込みが入るがまぁまぁと誤魔化しておく。

「そして教師側から二点。皆さんに重要な説明があります」

コホンと咳払いを一つ。なんだろう? 重要な説明って。

「一つ目。このクラスには東雲 涼君という高度な治癒術を扱える生徒が居ます。東雲君。起立してください」

そう言われ渋々立ち上がる。なんだ?

「彼は特別奨学生です。一年の段階から特別に教員が付き個別の指導に当たります。そのため、一般の授業などを抜け出すことが多々あると思いますが、予め理解をお願いします」

ざわざわとクラス中にざわめきが広がっていく。

……きっと槇下さんの仕業だな。絶対初日にバラすって決めてたぞあの人。

「それがまず一点。東雲君。着席してください。もう一点は、小中 連君。前に来てください」

そういわれ前の方に座っていた連君が露骨に嫌そうに前に出る。

「えー。彼がこのクラスの代表です。皆、何かあれば彼を中心に取り組んでください」

かなり意外だった。あの人付き合いが大嫌いな感じの連君がクラス代表だって?

「それでは小中君。代表として一言挨拶をお願いします」

そのまま連君と先生が場所を入れ替わる。

「現クラス代表の小中 連だ。まず最初の仕事だ。クラス代表の全仕事を東雲 涼に譲渡して俺はクラス代表の任を降りる」

ちょっ……待って。いきなりブチかましてくれたな。

たぶん他の人の名前が分からないから適当に直前に呼ばれた僕の名前を持ちだしたな。

「苦情は一切受け付けない。これからはその特別奨学生の東雲に聞け。以上だ」

それだけ言い切ると連君はそのまま講堂を出ていった。

唖然とする一同。しかし坂上先生だけは予め予想していたようだ。

「えー。もし小中君がクラス代表の任を降りた場合、東雲君に兼任してもらうように学生課から指示がありました。ので東雲君。クラス代表もお願いしますね」

……やってくれたな。槇下先生っ! 絶対あの先生の仕業だ。

ウヒャヒャヒャヒャと笑っている姿が簡単に想像出来る。まさかここまで手を回しているとは思わなかった。

「では簡単なコンシェルジュの使い方の説明に入ります。一度しか説明しないので確実に覚えてください」

そして何事もなかったかのように坂上先生はコンシェルジュの基本的な使い方を説明しだした。

最初は遊び半分で聞いていた皆も、後半になると一様に真剣な表情でコンシェルジュを操作しはじめた。

まぁこれはここでの生活に必須だ。僕はもう説明をすべて理解出来たので流して聞いておく。

「以上がコンシェルジュの簡単な説明となります。さらに詳しくは付属のヘルプか音声入力による検索を利用してください。以上で今日の授業を終わります。各自、解散してください」

そういって坂上先生は教室を出ていった。

僕の隣で南坂さんが見るからに混乱している。頭から煙が出そうな雰囲気である。

「ちょっと東雲君。コンシェルジュって何なの? あの教師。一方的に喋るばっかりでまともに何なのかとかわかんないよ!」

そしてその怒りの矛先がこちらに向く。

「まぁ大体分かったわ。これかなり便利な端末ね」

纏さんはほぼ一発で覚えたらしい。

「纏さん。じゃ、コンシェルジュを前に出して」

顔にハテナマークが浮かんでいる間に纏さんと僕のコンシェルジュをくっつける。

「なるほど。これで連絡先が交換が出来るわけか。一つ勉強になったわ」

感心している。こういう大事なことをあの教師は説明しなかったから少し気になった。

「って! それよりもなんで纏ちゃんのことを名前で呼んでるの!?」

と、少し反応が遅れて南坂さんが猛烈に噛み付いてきた。

「私がそう呼んでって言ったのよ。特に深い意味は無いわ」

纏さんが軽く流す。その間にタケル君と連絡先を交換する。

「ず、ずるいよ! じゃ私も名前で呼ぶもん。涼君って呼んでいいよね!」

何がずるいのだろうか。まぁ別に名前で呼ばれることに異存は無い。

「ハイハイ。それより凛。コンシェルジュを出しなさい。連絡先交換しとくわよ」

ピッと纏さんと南坂さんが連絡先を交換する。

「うお。これネットも見れるのか。超便利じゃんか。ハイテクだなぁ」

タケル君が横でもうネットの使い方を覚えている。速いな……僕はもっとコンシェルジュを使いこなすのには時間がかかったのに。

「涼君! 私達も連絡先交換しよっ!」

と南坂……いや凛さんにそう言われたのでコンシェルジュをくっつける。

「ちなみにこれ何処まで出来るの? あの教師は授業前に出席確認に使うぐらいしか言ってなかったけど」

纏さんが質問してくる。

「タケル君が使ってるみたいにネットを見たり、ショッピングや食事もこの街で使えるルピスって通貨を使って出来るよ。基本的にこれさえあれば何でも出来る」

そう質問に答える。

「コンシェルジュ。一般生徒は最初にいくらルピスが振り込まれるの?」

「一律百ルピスが振り込まれています。一ルピスが百円の価値があります」

僕のコンシェルジュから答えが返ってくる。

「今のが音声検索ね。なるほど。かなり便利じゃない」

纏さんはコンシェルジュの使い方をどんどん把握しているようだ。タケル君も、もう一人でどんどん先に進んでいる。

唯一、凛さんだけがコンシェルジュの操作法が分からずプチパニックになっているようだ。機械に弱いのかな。

「まぁ凛には私がゆっくり教えるわ。凛。今日は帰って部屋の片付けよ。まだ終わってないでしょ?」

そして混乱している凛さんを引きずるようにして纏さんと凛さんは先に帰宅した。

「俺もまだ寮の方がアレだから今日は素直に帰るわ。また明日な!」

と、タケル君も帰っていった。残された僕は研究棟を目指す。

研究棟に辿り着くともう既に槇下先生と神楽坂さんが先に来ていた。

「にっしっし。どうだい。東雲君。私からのプレゼントはどうだった?」

槇下さんがかなり悪い顔をしながらそう意地悪そうに尋ねてくる。

「効果抜群ですよ。よくもまぁ仕事を増やしてくれましたね……」

「まぁ特別奨学生がクラス代表を務めるのはそんなに変なことじゃない。さらに東雲君は一月の猶予があったんだからそれくらい我慢しろってこと!」

高らかに笑いながらそんなことを言われた。反撃できないのが悔しい。

「今日は残念だけど君達にこの書類を整理してもらいたいの。まぁいわば雑用。たまに私の召使いとして働いてもらうからよろしくね!」

そうして目の前にドンッと紙の束を置かれた。しょうがない。今日はこれを仕分けでもするのかな?

そのままこの日は雑用で一日が終わった。たまにはこういう日もあるよね。

疲れていたので部屋に戻ったらさっさと寝てしまった。明日から本格的な授業が開始される。


次の日。ついに学園生活の正式なスタートである。

しかし不思議なことに教科書類は一切受け取っていないのだ。授業で配布されるのかな。

と、思っていたら朝一にコンシェルジュに着信があった。教務課から教科書一覧が送られてきたのである。

どうやら普通の授業は全部このコンシェルジュを利用して授業を受けるみたいだ。何気に凄いと思う。

初日の今日は特別な時間割のため、予め講堂に集合することになっていた。

……そこで事件は起きた。


E組の講堂にたどり着いたら、何やら部屋がガヤガヤと騒がしかった。

とある生徒を中心に円陣のように人が群がっている。

気になったので僕もその中に加わる。その中心には連君とあの主席の女の子。それと神楽坂さんの姿が見えた。

神楽坂さんは僕の姿を見つけると一礼を返してくれた。しかし何故Aクラスの彼女らがEクラスの講堂に居るのだろうか?

「聞いていますの? 小中君。貴方のことですわよ?」

どうやら一方的にあの主席の女の子がからんでいるようだ。長い髪をはためかせながら、連君に質問をぶつけている。

「何故、入学生主席の座を放棄したのか、その理由をわざわざ私が尋ねに来たのですよ?」

えっ……連君が主席? そこまで優秀だったのか。周りに居る人もざわざわと話し声が聞こえるから驚いているようだ。

そんな風に尋ねる主席の女の子……えっと確か篠宮 彩華さんだったかな?

そんな彼女を見据えて連君は一言。

「ウザイ」

と、バッサリと斬り捨てた。

「キィー! 何です? その言い方。少しは礼節に準じるべきじゃないのです?」

それを聞いて篠宮さんはますますヒートアップした。

「別に俺が主席候補だったなんてお前にとってどうでもいいことだろう? 俺に関わるな。面倒な奴だな」

そう言って座席にうつぶせになる。完全に無視の形だ。

「彩華ちゃんやめようよ。ホラッこんなに人だかりが出来ちゃってるよ」

それを宥めるように神楽坂さんが間に入る。

が、プルプルと篠宮さんは怒りに震えているように見えた。

「……もう頭にきましたわ。ここにAクラス代表、篠宮 彩華が宣言します! 約一ヶ月後。クラス戦が開放された瞬間、AクラスはEクラスに対して宣戦布告を行います!」

それはクラスの皆に響き渡るように言い放った。なんだ? 宣戦布告?

「その場で小中 連! 貴方に一対一の勝負を申し込みますわ! それでどちらがより優れているかハッキリさせましょう!」

その言葉を聞いてピクリと連君が動いた。

「クックック。タイマンだと? それは面白いな。いいぞ。受けて立つ。一月後に泣かしてやるよ」

ちょっと待って……もう嫌な予感しかしない。勝手に話がどんどん進んでいる気がする。

「聞きましたわよ! Eクラスの皆さん。覚悟なさっておきなさい。クラス戦でボッコボコにしてさしあげますわ!」

そう言い残して篠宮さんは講堂を出ていった。慌てたように頭を下げながら神楽坂さんがその後を追いかける。

「これはこれは……早速大変な事態になりましたね」

と、入り口で騒動を見ていた教師……確か坂上先生がそのまま教室に入ってきた。

「せんせークラス戦って何ですか?」

生徒の誰かが質問する。

「今日はその説明もする予定でした。授業を始めましょうか」

そうして今日の授業が始まる。

「まず初めにアーツの力というのを一番効率よく伸ばす方法を知っていますか?」

教師が生徒に向けて質問する。

えっと確か、アーツの力を鍛えるにはアーツの力そのものを使用することが一番効率よく鍛えることに繋がっていたはずだ。

だから僕はかなりアーツの力が強い。幼少の頃からかなりの数、アーツを使い続けているからだ。そういった内容の声が生徒の方から上がる。

「そうです。アーツの力を鍛えるにはアーツの力そのものを使うのが一番効率良く鍛えることに繋がります」

コホンと先生が一つ咳払い。

「そのため、学園ではアーツを使用した模擬戦闘訓練を生徒間で行うことを推奨しています」

……いつだったか槇下さんが言っていた意味がようやく理解出来た。

模擬戦闘。つまりアーツの力を使った生徒間での戦闘訓練があるのか。

アーツの力を使った戦闘訓練なんてそれはもう戦争みたいなものだ。だから篠宮さんは宣戦布告と言ったのか。

「ただしこれには条件がありまして、参加するためには最低限、防御の力を持っていること。そして学園が定める指定の条件をクリアしなければなりません」

当然だ。生徒間で戦争だなんて危険過ぎる。

「学園が定めるルールは最初の一ヶ月は入学生は戦闘禁止。三ヶ月は武器の使用が禁止。そして半年は上位学年や下位学年への戦闘が禁止という条件があります」

なるほど。そういうわけか。

その台詞を聞いてピクリと連君が動いた。あれは動揺したな。

一ヶ月後に開かれるAクラスとの戦争ではまだ武器が使用禁止ってこと。つまり連君はあのナイフ無しで篠宮さんと戦わなければならないってことだ。

「一般的な防御……これも授業で最初の間は取り組みますが、シールドと呼ばれる技能、もしくは防御系のアーツの能力が使用出来無い生徒は訓練に参加する資格がありません」

これは……ちょっと大変なことになったかもしれないぞ。僕はたぶん基準を満たしているけど、Eクラス全体ではどれくらいの人が満たせるかはわからない。

「今日の午後から簡単なアーツの能力測定があります。まずはそこで各自のアーツを確認することになります」

最初に僕が槇下さんの元でやった奴かな。あの数値を測定する奴。あれを今日の午後、皆が受けることになるのか。

「ちなみにもし訓練に負けるとルピスに制限がかかるので日常生活に支障が出るかも知れません……ので、ぜひ真面目に取り組むことを推奨します」

だろうと思った。逆に勝てば報奨としてルピスが配布されるのだろう。それくらいの旨みがなかったらクラス間の戦闘訓練なんて多数の人数を巻き込むことを起こさないはずだ。

「さらに言えば我々教師はこの勝負ごと。クラス戦と呼ばれますが、それに関与しません。純粋に生徒間同士での勝負となります。のでクラス代表の東雲君。上手く全員をまとめあげてEクラスを勝利に導いてくださいね」

ほら来た……やっぱり僕に責任がのしかかるのか。これはわりとプレッシャーだぞ。

「では改めて。初日の今日は学園の成り立ちや歴史について午前中は勉強します」

教師が何やら説明を始めたが今の僕には上の空だ。

それよりもクラス戦とやらのことで頭が一杯になる。

「コンシェルジュ。クラス分けでAクラスやEクラスに能力の差みたいなのはあるの?」

「基本的にはありません。各クラスとも戦力が均一になるよう調整がされます。ただし学年主席だけは必ず毎年Aクラスに配属になります」

よかった。それを聞いて少しだけ安心した。

純粋に能力者としての差がAクラスやEクラスという分類であるわけではないのか。

ならば勝機はあるか。まだクラス戦の内容を詳しく知らないけど。

コンシェルジュを操作してヘルプを呼び出し、クラス戦の項目を読む。


・クラス戦とはクラス間同士の模擬戦闘訓練である

・決められたフィールドにて三十分間のブリーフィングの後、三十分間の模擬戦闘を行う。クラス戦は告知から二週間後に行われ、戦闘フィールドはクラス戦の一週間前に告知される

・各クラスは代表者(以下、大将)を一人決定する必要がある。大将はブリーフィングの時間に申請する必要がある

・戦闘は随時、戦闘フィールドの各地で行われ、大将となった人物を討ち取ったクラスの勝利となる

・大将が討ち取られず、制限時間の三十分を過ぎた場合は戦闘不能者の数が少ないクラスの勝利となる


ふむ。頭に情報を叩きこむ。

これならまだ何とか救いようがあるか。最悪、僕が自ら大将になって戦えば責任も負うことになるけどそう簡単に負けはしない。

それなりにこのクラス戦という行為はルールがしっかりと考えられている。例えばフィールドは一週間前に告知という点だ。

つまり一週間は戦略を練る時間があるのだ。如何に能力者を配置するのか。その人数はどうするのかといった作戦を考えることが出来る。

ちょっとワクワクしている自分がいるのが否定出来無い。これはなかなか面白いかも知れないぞ。

僕の能力を活かせる場面かも知れない。不謹慎だがこのクラス戦はわりと楽しいのかもと思っている。

でもそれには必要なことがいくつかある。

まずこのEクラス全員のアーツの能力を把握することだ。

全員。実技試験を突破してきているのだ。少なくともそれなりのアーツが使えるということである。

しかしアーツに武器を使用する人も中にはいるだろう。だから三十人全員が今から一ヶ月後、五月始めのクラス戦に参加出来るとは思わなかった。

……僕に出来ることはまずEクラスの中で力のある人物の特定だ。それにはまず全員と話をしたり能力を見たりする必要がある。

動くなら早い方がいい。この中で僕がアーツを知っているのはたった四人しか居ないのだから、今日の午後からもう考え始めた方がいい。

教師が教壇で授業を進めている間に、僕はコンシェルジュを操作してEクラスの人数分のデータを入力出来るリストを作っていた。

今日の午後から早速、情報収集だ。


「で、どうするよ? 涼。やっぱり真面目に取り組むのか?」

お昼ごはんをタケル君と一緒に取りながら、その最中に尋ねられた。

「授業中のお前。完全に授業無視してコンシェルジュをずっと操作してたじゃん。あれ、確実に何か別のことをしてただろ?」

バレてる。それもそうか。隣でずっとコンシェルジュを操作していたら怪しいか。

「そりゃやるからには勝ちたいよ? そのためにはEクラス全員の能力の把握。つまり戦力の把握が必要だけど」

パンを食べながらそう返す。

「やっぱりな……まぁやると思ったぜ。確かに楽しそうではあるよな。クラス戦とか。なかなか面白い名前だし」

ニヤリと笑う。どうやらタケル君も僕と同じ側の人間らしい。

「ま、俺様に出来ることがあったら言ってくれ。俺様の炎は戦力になるはずだからな」

うん。と頷き返す。あの炎を操る能力は絶対に今回の戦いで必要になるだろう。

というか少なくとも凛さん。纏さん。タケル君。それに連君はもう僕の中で戦力として数えている。

問題は連君がナイフ無しで何処まで出来るのかという点だけど。あの様子だと武道の心得がありそうではあった。

あとはさらにEクラスの中で戦力となる人物を探す必要がある。

今のままだと戦力が少なすぎる。最低でもあと数人は前で戦える能力者が欲しい。

それは今日の午後から調べればいい。

この一月の間に出来ることをやってみよう。

と、この時の僕は考えていた。


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