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キミドリちゃんの好物

 キミドリちゃん、はあたしの友人兼ペット兼精神安定剤みたいなものだ。

 幼いころからずっと一緒にいるともだち。

 羽がきれいな黄緑だからキミドリちゃん。


 キミドリちゃんは、ちゃん付けで呼ばないと返事をしてくれない。なかなか賢いと思う。


 そんなキミドリちゃんはたぶん、メジロ。

 たぶん、とつくのはメジロにしては長生きだし、いまだにぴんぴんしているから。

 今は、メジロは飼っちゃいけないみたいだけど、あたしが生まれたときは登録さえすればメジロもペットとして飼ってよかった。うちのキミドリちゃんはあたしが生まれた年にうちにきたからあたしと同い年。今年、20歳になる。メジロの平均寿命は7~8年くらいらしいから、それからすればすごい長生きだ。もしかしたらメジロだとあたしたちが思っているだけでメジロではないのかもしれない。

 それでもそんなに長生きしている鳥は珍しいと思うけど。




 先日まであたしは両親とキミドリちゃんと一緒に暮らしていたのだけれど、このたび、一人暮らしをすることになった。

 キミドリちゃんはどうする?と聞いたら、

 「チーチーチュルチュルー」と鳴いたから、これは一緒に来たいってことだと勝手に解釈して晴れてあたしとキミドリちゃんはいっしょに生活することになったのだった。






 キミドリちゃんのいいところは鳥だってこと。

 うちのキミドリちゃんは本当にかしこいから足環はつけているけれど、それ以外はなんにもつけていない。一応寝るとき用の鳥かごが家にはぶら下がっているけれど、キミドリちゃんはトイレと、寝るときと、水を飲むときくらいしか鳥かごには入らない。普段は自由に家のなかを飛び回っている。


 歩くわけじゃないから散歩というのとはちょっと違うのかもしれないけれど、あたしが外を歩くとき、 キミドリちゃんは気分が乗れば一緒についてくる。

 キミドリちゃんの意外な好物を見つけたのは、いつもの通り、あたしが散歩にでかけてそれにキミドリちゃんがついてきた日のことだった。




 その日は休日だったから、ちょっとだけおしゃれして、一人暮らしを始めた街をぶらぶらあてもなく歩くつもりだった。

 とはいえ、まったく知らない街ではない。ここにはあたしが通う大学もあるから。

 スーパーとかも一応どこにあるかは知っていた。友だちとかとパーティーするときにスーパーで買い物したことがあるのだ。だから一人暮らしに必要な情報はちゃんと知ってる。


 だからぶらぶらするのは暇つぶしの意味も兼ねているのだ。それに最近ちょっと太ったかなと思うし。

 別にあたしはぽっちゃりというわけでもなく、どちらかといえば、痩せているほうだとは思うけれど、気を抜くとすぐに太るのには変わりがないわけで。ここんとこ、ストレスを理由に夜、甘いものを食べたりしてたのがいけなかったんだろう。


 そこで趣味と実益を兼ねた散歩、というやつだ。


 出かけるときに、キミドリちゃんはどうする?と聞いたら、

 「チーチュルー」という返事が返ってきた。


 そしてあたしの肩に止まって、もう一度、

 「チーチュルー」と鳴いた。出発進行、という合図だ。








 ふらふら歩いていたら、お昼の時間になっていた。

 このままいちど家に帰ってもいいけれど、いい匂いが辺りに立ち込めている。

 いい匂いにつられるように歩いていくと、こぢんまりとしたカフェらしきものがあった。


 ドアを開けて中に入ると、当然のようにキミドリちゃんも入ってくる。

 キミドリちゃんは小さな羽をぱたぱたさせながら、飾り棚にちょこんと止まった。








 メニューをみたらどうやらここは民家風カフェらしかった。

 とりあえずランチセットを頼む。


 上品な感じの初老の女性が運んできてくれたお盆の上には小鉢が三つとごはん、それからふわふわのオムレツが乗っていた。

 小鉢のなかみは高野豆腐とオクラ、それから里芋のあんかけで、どれも素朴だけれどおいしそう。

 早速、いただきます、とあいさつをしてからお箸を動かした。












 どれもやさしい味がしておいしかったのだけれど、ここの素晴らしいところはそれだけじゃなかった。

 ご飯を食べ終わったのを見計らって、デザートとお茶を出してくれたのだ。

 デザートは牛乳カン、お茶は黒豆茶だった。

 飾り棚でおとなしくしていたキミドリちゃんは、そこで急にあたしが座っていたテーブルにやってきて、あたしの二の腕をつんつん、とくちばしでつついた。

 小さなくちばしだけど馬鹿にしちゃいけない。

 先っぽはとがっているからこれが案外痛いのだ。


 キミドリちゃんの方を見ると、キミドリちゃんの視線は黒豆茶の入った湯呑にくぎ付けだった。

 飲みたいのだろうか。湯呑を少し持ち上げるとキミドリちゃんのちいさなちいさな頭が動く。

 キミドリちゃんの頭が上下に動くのを見るのは、可愛くて和むのだけれど、あまり湯呑を上下に動かしてキミドリちゃんの頭を上下に動かすわけにはいかない。あたしがそんなことして和んでるなんて知ったら、ちいさな鋭いくちばしであちこちをつんつんされるのは間違いない。


 お漬物用に、と置かれていた小皿に湯呑に入っていた黒豆茶を少し注いであげる。

 黒豆茶って小鳥にあげていいもんだろうか、と少し悩んだけれど、黒豆だし、イソフラボンだし、きっと悪くはないだろう。それにキミドリちゃんが自分で飲みたいと言ったのだから、大丈夫なはず。



 キミドリちゃんはじっとお皿を見つめ、それからちろちろ、と黒豆茶を飲んだ。

「チーチーチュルチュルー」

 キミドリちゃんは実にご機嫌だ。

 びっくりしていたのはむしろ、他のお客さんだとかこのお店の店員さんだとか。

 犬とか猫とかならふつう、お店の中には入れないでください、とか言えるんだろうけど、何せ鳥。

 しかも小さなメジロなのだ。


 キミドリちゃんって本当にお得だよね、と思うのはこんなとき。小さなメジロを見て怖がる人はあまりいないし、近づくと逃げるとでも思われているらしく、誰も何も言わないし、寄ってこないのだ。

 だからキミドリちゃんは好きなように行動できる。

 キミドリちゃんはかしこい子だからきっとそんなことだってわかっているはずなのだ。

 


 小皿に入れた黒豆茶にキミドリちゃんは大変満足したらしい。

 もう一度、

 「チーチーチュルチュルー」と鳴いてからぱたぱたとまた飾り棚へ。

 どうやらあたしが自分の分の黒豆茶を飲むまでは待っていてくれるらしい。それとも他に要望でもあるのか。




 キミドリちゃんの要望はそれからすぐ、わかることとなった。

 レジのところに黒豆茶が売ってあったのだ。

 あたしが自分の黒豆茶を堪能し終わって、ほっと一息ついてから、立ち上がるのを見計らってキミドリちゃんはパタパタと羽を動かして、ちょこん、と黒豆茶が並んでいる籠にとまって見せた。

 しかも小首をかしげている。

 なんて賢しい!かわいらしいと自分でわかっているのだ、このキミドリちゃんは。キミドリちゃんは鳥のくせに全然鳥頭なんかではないのだ。外側はメジロだけどきっと中身は別のものでできてるんだと思う。


 あたしがお金といっしょに黒豆茶のパックを一つ差し出すと、キミドリちゃんは当然、だとでもいうかのように「チュルー」と一声鳴いた。誰だ、この小鳥をこんなに甘やかして育てたのは!と内心憤慨してみせるけれど、うちの家族でキミドリちゃんに厳しい人間なんていないのだ。がっかりする。だって可愛いんだもん。仕方がない。いくら中身が鳥頭じゃなくて計算高い小鳥であっても可愛いものは、可愛い。ほんと、どうしようもない。

 下手したら、あたしがいちばんキミドリちゃんに甘いのかもしれない。




「ありがとうございました。また、いらしてくださいね、かわいらしい小鳥さんと一緒に」

 カフェを出るとき、そんな一言までもらってしまった。店員さんのひとことに返事を返したのは勿論、キミドリちゃんだ。

 ひときわ可愛く、「チーチーチュルチュルー」と鳴いてみせた。そしてパタパタと飛んで行ってしまった。

「あらあら、大丈夫なんですか」

「はい。気まぐれな小鳥なので。夕方になったら自力で帰ってきますよ」

「まあまあ、かわいらしい上に頭もいいのねぇ」

「そうですねぇ」

 だから困るんです、とは口に出せないまま苦笑していると、店員さんはでもまたうちにいらしてくださいね、今度は小鳥さんにも何か用意しておきますから、と言って見送ってくれた。なんともまあありがたいことだ。





 こうして、このカフェはあたしとキミドリちゃんの行きつけになり、このカフェを通していろんな人と知り合うことになるのだけれど、それはまた別のおはなし。








 これはキミドリちゃんとあたしが過ごした日々のものがたり。

 黒豆茶が好きだという少しどころかものすごく変わったメジロが起こす数々の騒動はまだ始まったばかり。




調子に乗って連載を始めました。一話完結でなるべく終わるような話になると思います。あまり更新できないかもしれませんが、のんびりお付き合いくださいませ。

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