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サイド 綾大路視点3


 サイド 綾大路視点3


 動画が世に出て、まる一日も経っていなかった。

 だが、再生数はすでに2億を超えている。


 ――『協会幹部、高校生に風俗紹介!!』

 ――『ダンジョン怪物、協会本部を蹂躙!!!』


 いくつもの派手なタイトルがつけられ、切り抜かれ、拡散されていく。

 私が、あのガキに札束を投げつけている場面。

 アイドルの秘密の風俗がどうこう言っている場面。

 そして、モンスターに這いつくばらされ、無様に命乞いをしている場面。


 私の恥部をすべて、あますことなく――

 あの日の一部始終が、一時間近い動画として、まるで映画のようにきれいに編集されたうえ、ありとあらゆる言語に翻訳され、世界中に流されていた。


 これが炎上か……ここまで心が疲弊するものだとは……体験するまで思ってもみなかった……


 私は今、審問会の待合室で、その動画をスマホで眺めながら座っていた。

 何度目かの再生を止め、画面を伏せる。

 冷房が効きすぎているのか、それとも別の理由か、指先の感覚がない。

 手のひらに、じわりと汗がにじんでいた。


綾大路あやのおおじ……入りなさい」


 ――名前を呼ばれ、私は立ち上がる。

 死刑囚の気持ちが、なんとなく分かった気がした。


 重い両開きの扉をくぐると、

 円形に並んだ席に、協会の最高幹部たちが腰かけていた。

 照明を絞った室内、その中央だけが、やけに明るく照らされている。

 誰一人、口を開かない。

 その沈黙だけで、すでに何かを断じられているような気がした。


 日本支部長という肩書きも、この場では末端の職員でしかない。

 視線が、一斉にこちらへ向いた。


綾大路藤明あやのおおじとうめい


 議長席の老人が、抑揚のない声で私の名を呼んだ。


「このとんでもない失態の責任、どう取るつもりかね?」


「議長……こ、これは、あの砦とかいう少年の……非常に悪質ないやがらせでして――」


「いやがらせをされるような態度をとったことが、問題だとは思わないのかね?」


 言葉に詰まる。

 ダメだ、この流れは……

 この空気感では……何を言っても無意味……


 老人は、右手で眉間をおさえながら、


「まさか、モンスターが、ダンジョンの外に出てくるとは……これは、由々しき事態だ。人類史上、最大……未曾有みぞうの大災害と断言していいだろう。こうなった以上、時空ヶ丘2年B組は、これまで以上に丁重に扱わなければいけない」


 それは確かにそうだ。

 何も間違ってはいない。

 暁宮ジュリアは、人類の宝だ。

 彼女はこの星の女王であり女神。


「……砦という少年は、確かに、レベルこそ低いのかもしれない。しかし、指揮官として、クラスメイトたちから信頼されている様子だった。その砦を、君は侮辱した。これが、非常に大きな問題であるということは……いくらなんでも理解できていよう?」


「ぶ、侮辱したつもりは……むしろ、特権を与えたつもりでした。砦トウシは、本当に弱い人間で、指揮官として多少有能だとしても、肉体の方は『協会が定める基準』を満たしておらず……しかし、それでも、私は彼にB級の称号や上級国民の――」


「言い訳はいい。私も動画を見ている。君の態度はひどすぎた」


 一言で切り捨てられる。


 何を言っても、聞いてもらえない。

 積み上げてきた経歴も、これまでの実績も、ここでは何の意味も持たない。


「君には、もちろん、ペナルティを受けてもらう」


 ペナルティ……

 これはもう仕方ない……

 問題は……その内容……

 どうか、ボーナスカットぐらいで……


「罰は甘んじて受けます。し、しかし、どうか左遷させんだけは! それだけは、どうか……私は、人生のすべてをかけて、今のポジションを掴み取ったのです。ですので、どうか……どうか……」


 情けない声が出ているのは、自分でもわかった。

 だが、止められなかった。


「日本の公務員じゃあるまいし。そんな、ぬるい処分などあたえるか」


「……へ」


 ――ぬるい?

 左遷が、ぬるい?

 サラリーマンにとっての死刑に等しいんだぞ……


「今後、支払われる報酬は最低賃金のみ。ボーナスもなし。これ以上の昇進もなし。優秀な部下が育った時点で役職を交代し――死ぬまで、新しい支部長の付き人をしてもらう」


 息が、止まった。

 肺の細胞が死んでしまったのかと錯覚した。


「有給休暇を含む福利厚生も、すべて停止。退職も、認めない」


「……私に……奴隷になれ……と?」


「そう言っている」


 築き上げてきた地位も、これから手にするはずだった栄誉も、指の間から音もなくこぼれ落ちていく。


「は……はは……ははははは……」


 乾いた笑いしか出てこなかった。

 グニャリと視界のすべてがゆがむ。


 映画や漫画で、この手の表現は見たことはあるが……

 まさか、本当にゆがむとは……


「――と、本来であれば、問答無用で奴隷処分にするところだが」


「……へ?」


 議長は、手元の書類に目を落としながら、続けた。


「暁宮ジュリアから、言伝を預かっている」


 ――暁宮ジュリア。

 人類最強の美少女。

 この星で最も偉大な天使。


「そのまま伝える。『今後、前線の痛みを知る指揮官になるのであれば、ボーナスカットと給料半分の罰で構わない』――以上だ」


 ……理解が、追いつかなかった。


 じわりと、熱いものが込み上げてくる。

 私は今日、神を知った。

 暁宮ジュリア……


 彼女こそ無上の天使……

 この世界を救う救世主……

 そして、私の……神……


 これだけ大勢の上司の前だというのに、

 不覚にも、私は――


「うぅ……ぅうう……」


 おさな子のように、ぼろぼろと涙をこぼしてしまった。



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― 新着の感想 ―
冒頭から落ちぶれっぷりが鮮やかすぎて最高!
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