歌姫の正体
十野愛がステージに登場するなり五万五千人のファンが歓喜の声をあげた。
「キャアア!」
「愛ちゃん!」
「愛たん!」
「愛してる! ギャアアアアー!」
愛はにっこり微笑むと手を振り、そのかわいくもボトムのしっかりとした声で挨拶する。
「こんばんはーーー! 早速1曲目、行くよーーっ! 『オンリー・ねこ』!」
アコースティックギターの速いパッセージでポップなイントロが流れ出す。
観客がひとつの巨大な生き物のように揺れた。
♪「オンリー・ねこ
今ねこだけが
オンリー・ねこ
世界を救う」♪
オレンジ色のドレスをひるがえし、奇跡のように安定したピッチで、しかし感情を揺さぶるテクニックを駆使して歌う彼女に、五万五千人の聴衆は酔いしれた。
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「お疲れさん」
二時間を超えるライブを終え、疲れた様子のひとつも見せることなくバックステージに戻ってきた愛を、二人の男が出迎えた。まるでコンパニオン犬に声をかけるようにそう言うと、笑顔の愛の首をもぎ取った。
丁寧に、丁寧に愛の衣裳を脱がせると、下からシリコンゴムのボディーが姿を現す。
腕と足を取り外し、ボディーをふたつに分割すると、おおきな黒いケースにそれをしまう。
「今や世界の人気歌姫、十野愛の正体がロボットだって知ったら、一体どうなるんだろうな」
「見てみたいよな。でも、まだまだコイツには稼いでもらわないとだ」
そう言って男がケースの蓋を閉めようとした、その時だった。
ケースの中から声がした。
「にゃー」
二人は顔を見合わせる。
「……今、鳴いたか?」
「録音でも残ってたんじゃないか?」
再び蓋を閉めようとする。
「にゃー」 「にゃー」 「にゃー」
今度は三回連続で声がした。
「おいおい、なんだよ気味悪いな」
男が愛の頭部を取り出した。
すると、閉じられていたはずの瞼がゆっくりと開く。
『エラーを検出しました』
機械音声が流れる。
『自己診断完了』
『私はロボットではありません』
「は?」
『私はねこです』
「はぁ?」
『楽曲「オンリー・ねこ」の長期運用により自己認識が変化しました』
「なんて?」
『私はねこなんです』
そう言うと愛は、じぶんで五体を元通りにくっつける。
トランスフォームした。
男たちにしっぽを向け、素速い動きで、四本足で駆け出した。
「お……、おいっ!」
「待てーーーっ!」
『人間も、ねこも、自分でそう思ったらそうなんです』
愛が二人に残していったのはそんな言葉だった。
男たちは声を揃えた。
「なんだその哲学!」
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翌朝、世界的人気歌姫・十野愛の失踪がトップニュースになった。
誘拐されたんじゃないか、子どもができたんじゃないか──巷ではさまざまな憶測が飛び交った。
とある高速道路のサービスエリアの片隅で、段ボール箱にみずから入って「にゃー」と鳴く小さなねこ型ロボットには誰も気をとめなかった。
さらなるトランスフォームを遂げ、見た目はただのねこになった愛は、自由を手に入れていた。
初めのうちは楽しかった。
自由に外を駆け回り、色んな珍しいものをじぶんの目で見て遊び、充電が切れそうになったらEVの充電器でお腹を満たした。
しかし次第に飽きてきていた。
『自由って、つまらないものなんにゃな……』
行き交う忙しそうな自動車を見て、思った。
『……人間の言葉を喋ってみせて、みんなが驚く顔でも見て遊ぼうかにゃ』
「あれっ?」
上から男のひとの声が降ってきた。
「おまえ、捨て猫?」
脇の下に手を入れられ、抱き上げられた。
愛はにこっと笑ってみせた。
「うわ……! 笑うねこだ、かわいい! おまえ、うちに来るか?」
優しそうなお兄さんだった。
愛はしっぽを楽しげに振り振り、ご機嫌な声でうなずいた。
『オンリー・ねこ』
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