リコルダーレ
別に私はどうでもよかった。締まりきっていない蛇口も、いつものあるはずの場所に置かれていない化粧水も。ただ自分の母親が洗面所で生きるのを拒んでいるような顔で私を見るから、私は洗面台の中に吸い込まれてしまいそうになった。
母と二人で住んでいるこの部屋、二人で稼いでる金、母は私が対象者をこの世から消した時にだけ見せる笑顔がある。子供の頃にし忘れていたのだろう、この純粋無垢な笑顔の裏に、私は愛を感じられない。
今日は小論文対策があるからその後に仕事して帰るねと伝え家を出る。言い方ひとつで命取りになるのはこの17年間でよく知っている。
その日の対象者は帽子にマスクをしていて顔がよく見えなかった。とても助かる。私は人を殺めるのが好きじゃないから。刺す、1秒経つ、死んだ。この針は危ない所から支給されている針なんだろうが何が塗ってあるのだろうか。
殺人鬼として家に帰ると一人きりの家族がいない。洗面台にもいない。首を傾げていると呼び鈴がなった。母かと思ったが違うようだ。「仕事」関係の人かと思いドアを開けると給料を持った男が立っていた。受け取ろうとするが違和感に気づく。私はこの男を知っている、直感が告げる、脳内で警戒音がなる。私は馴染みがあるはずの、だが初めて聞いたような言葉を聞いた。私の名前を呼び「久しぶり」と。思い出す、私には父がいた事を。そして今日の対象者はネグレクトを拗らせた自己破産した女だと書類に書いていたことを。私に母を殺させ借金をチャラにし私はこれからお父さんのために金を稼ぐ優しい娘になるんだろう。
その時私は、自分の地頭の良さが父親譲りだったことを知った。




