究極の手加減と王立魔法学園への誘い
パッカーン、と雲海まで真っ二つに割れた空から、穏やかな日差しが降り注いでいる。
地形ごとSランク魔獣と呼ばれる犬?を両断した俺は、鞘を腰に収めながらリリアーナと名乗った公爵令嬢に向き直った。
「え、あ、あの……ジン、様でよろしいでしょうか……?」
「様はいらないよ。ただのジンでいい。それより、怪我はない?」
「は、はい! 私は無事です。ジン様のおかげで……本当に、命を救っていただきありがとうございます!ですか…その護衛たちが…」
少女は、泥で汚れたドレスの裾を気にすることもなく、深く、それこそ地面に額がつく勢いで頭を下げた。こりゃいいところのお嬢さんって感じかな。
護衛の騎士たちは気絶している人やかなり重傷である人がいる。
「少しいいかな。傷をよく見せてほしい」
俺は気を集め、護衛たちに注いで行く。傷口がどんどん小さくなっていく。気とは精神や生命の力そのものであり、気を注げばその人自身の気も活性化され、傷を回復させることも可能である。
「ジン様は、僧侶や聖女様のような方々が使われる聖魔法も使えるんですね!!」
聖魔法か。異世界って感じだなぁ。
「実はこれ魔法じゃないんだ。『気』を送って傷を治してる」
「『キ』?あまり聞いたことありませんね。極東の島国の何かでしょうか。その鞘も極東の武器に似ていますし」
この世界にも日本みたいな島があるのか。
「まあ…そんな感じかな」
素早く全員の傷を回復させたので、全員無事だったようだ。
「申し遅れました。私、リリアーナ・フォン・アルジェントと申します。この度は私と護衛たちの命を救ってくださりありがとうございます」
再び上品にあいさつをする彼女。
「ジン様、どうか私に恩返しをさせてください。」
リリアーナが恩返しなら何でもすると言ってくるではないか。
「じゃあ、とりあえず、人がいる街まで案内してもらえるかな。1000年……いや、ずっと山奥で修行してたから、今の世間のことがさっぱり分からなくてさ」
「そういうことでしたら、ぜひ私に案内させてください! この森を抜けた先に、王都がございますわ!」
こうして俺は、リリアーナたちと共に王都へと向かうことになった。
◇ ◇ ◇
「おお……すげえ。色んな人が、普通に歩いてる……!」
王都の門をくぐった俺は、思わず子供心丸出しで声を上げてしまった。
石畳の通り、活気のある市場、行き交う人々。人以外の種族もたくさんいる。
誰もブラックホールの中心で座禅を組んでいないし、100倍の重力下でスクワットもしていない。平和だ。最高だ。1000年待った光景だ。
「ふふっ。ジン様は本当に、ずっと俗世から離れていらっしゃったのですね」
「ああ。俺のいた環境じゃ、空気を吸うだけでも気を抜いたら消滅しかねなかったからな」
「……空気を吸うだけで消滅……? 一体どのような魔境で……」
リリアーナが引きつった笑いを浮かべているが、事実だから仕方がない。
そんな彼女は街の色んなところを紹介してくれた。冒険者ギルドから、出店、市場、王宮など、異世界を堪能できた。そして、それから案内してくれたのは、王都の中心にそびえ立つ、城のように巨大で荘厳な建造物だった。
「ここは?」
「『王立魔法学園』ですわ。貴族から平民まで、優れた魔力を持つ若者が集い、魔法と世界の常識を学ぶ最高学府……実は私、ここの生徒会長を務めさせていただいておりますの」
「へえ、すごいな。魔法学園かぁ……」
その立派な校舎を見上げた瞬間。
俺の脳裏に、出発前のナユタ師匠の言葉が鮮明に蘇った。
『ジンよ。お主への理人になるための必要なルールはただ一つ。人や魔族、魔人を絶対に殺してはならぬ。理を知るために、生を奪ってしまってはその先が見えぬからの。まあ、加減を覚えよということじゃ。』
(……そうだ。俺は理人になるための『最後の修行』に来たんだ)
先ほどの魔獣討伐でも、俺なりに手加減をしたつもりだったが、結果的に地形が変わってしまった。魔獣は一応セーフだよな。
しかし、もしこの力で、街の不良や魔族と喧嘩にでもなったら?
ちょっと小突いただけで、相手は宇宙の塵になってしまうかもしれない。
俺に必要なのは、この世界の「人間の耐久値」や「魔法の基準」、つまり『世界の常識』を知り、それに合わせて自分の力を極限まで抑え込む技術——超・手加減だ。
「……なぁ、リリアーナ、魔獣討伐の件、口外禁止で頼む。俺、さっきみたいにちょっと力を入れただけで周りをぶっ壊しちゃうからさ。絶対に相手を殺さないための『加減』を知るために旅してるんだ。」
幸い真っ二つにしたところはリリアーナしか見ていない。
「もちろんですわ。護衛にも口外しないようにとても強く言っておきます。なによりジン様の強さを知っているのは私だけで十分です!」
俺の言葉を聞いたリリアーナは、それからパァァッと顔を輝かせた。
「そうですわ! ジン様もこの王立魔法学園に入学されてはいかがでしょうか!?理を知るのにも役に立つのではないでしょうか?」
確かに異世界で学園生活というのも旅の一環として考えればとても学びになりそうだ。だが…
「でも俺、さっきから言おうと思ってたんだけど、魔力はゼロなんだよな……」
1000年鍛え上げたのは己の生命力と魂を圧縮した『気』であって、現世の魔法とは全くの別物だ。魔力など欠片も持っていない。
「大丈夫です!」
リリアーナは両手を強く握りしめ、自信満々に断言した。
「ジン様のあの規格外のお力があれば、実技試験なんて手加減ありでも首席間違いなしですわ! 魔力ゼロの状態でSランクの魔獣を地形ごと両断する『究極の物理(?)』……学園の歴史がひっくり返ります!」
「いや、目立ちたいわけじゃないんだけど……」
『気』を物理の一言で片付けられた気もするが、まあいいか。
世界の理を極め、究極の「手加減」をマスターする。
そのための第一歩として、俺は王立魔法学園の門を叩くことになるのもありかもと考えるジンであった。




