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令嬢剣鬼 ~ざまあする?ならばこちらは斬魔する!~

作者: 沢クリム
掲載日:2026/02/01

「一体、どういうおつもりですか…?第四王子、筆頭従者、護衛官の貴方も、それにそちらは男爵令嬢の……」

「黙るがいい!辺境伯令嬢ごとぎが…!」


今は昼間だと言うのに薄暗い部屋だった。

場所は明日の入学式を控えた王国立貴族学園。その武器庫。

貴族の教養として、授業で使う木剣や、刃引きされた金属製の剣や槍が納められたその場所は、薄くホコリが積もったが、その場所の人の出入りの少なさを物語る。


「そもそも間違っているのだ!何故、王家の高貴な血を引くこの俺が、なぜ辺境伯、否!剣狂伯の家の娘など娶らねばならん!」

「ええ…。ええ…!そうですとも、王子様!あなた様は自分の心のままに生きるべきなのです!」

「………どこまでも、お供します王子…」

「………我ら貴方の同志なれば…」

尋常のようすではない。怒りに震える王子と呼ばれた男は怒り狂い、口の端から泡を噴いている。

それに寄り添う女も異常だ。ホコリの匂いに混じり、より不快になる強い香気を身に纏い。胸に付けた装飾品は、鈍い光を放っている。金切り声にも似たその声を耳元で聞いている王子は恍惚の表情だ。

そして、その脇に控える二人、筆頭従者と呼ばれた少年は細剣を鞘から抜き。護衛官と呼ばれた男性は、その身の丈を越える槍を腰だめに構えた。その眼は虚ろだ。まるで、自分の意思をなくしたように。


「あなた方は、一体、なんなのですか…?」

可憐な少女だった。金糸の髪に青空の瞳、華奢な体躯はとても剣狂伯などという名と結びつきそうにない。その瞳は、ただ、困惑に染まっている。そう、全てに身に覚えがないのだ。



数刻前だった。明日の入学式と歓迎会を控え、気心の知れた数人の従者を引き連れ、学園の寮に入った少女はその準備にいそしんでいた。その足取りは軽い。少女は、初めての王都とそしてこれからの出会いに思いを馳せ、心は踊っていた。


彼女の実家は、王国の最西端を統べる辺境にある。

王国から突出したそこは、王国の剣先とも呼ばれ、北の遊牧民、南の蛮族、そして西の帝国と接する緊張地帯だ。しかし、そこは一度たりとも領地を犯された事が無い。

剣狂伯、そう揶揄される事さえある戦闘に特化した一族とその民。一族の国内外の剣術大会は名誉の出禁。領内の小隊で精鋭軍の中隊並みの戦力。しかも、一族の者が率いた時にはその戦力は倍化するとも。

国内外から最大の警戒を受ける剣先。放置されている故は、その過剰なまでの郷土愛ににある。


こんな話がある。とある遊牧民が知らず領地に入り込み、子ウサギを撃った。

その様子をウサギを可愛がっていた少女は見ていた。少女はそこから逃げ、嘆き、親に泣きついた。

次の日、その遊牧民の一団は領地に対する全面降伏を宣言し、首長も変わることになった。

それこそ、全員が子ウサギのように怯えていたという。


こんな話もある。帝国から迷い込んだ少年。そこで、怪我をしている少女を見つけた。

少年は丁寧に怪我の治療をし、迷い込んだことを謝罪し、帰って行った。

翌年、帝国東部に飢饉が訪れる。あわや餓死者がでる程の危機。そこに、現れる剣狂伯の大隊。

滅亡を覚悟した東の帝国の民は、せめて安らかな死を望み、その門を開いた。

そこから怒濤の如く始まるは、食糧支援。飢饉の原因究明、看破、解決。

それらが終わった時、すでに退散を始めていた。

帝国の民は問う、なぜ、と。大隊員は答える、姫の受けた恩故に、と。


領地の拡大は望まない、王都での立身出世も望まない。望むのは領地安堵のみ。

唯一の王命拒否権を待つ、辺境、それが彼女の故郷だ。


彼女には、剣の才能がなかった。小鳥や花を眺めることに喜びを見いだし、剣の稽古で誰かが怪我をすれば、その血と同じ量の涙さえ流した。そんな、少女は異質であった。だが、誰もがその優しさを愛した。

その少女が、本の中の物語に憧れるまで時間は掛からなかった。物語の舞台の王都への憧れも、父の膝の上で、兄の隣で語った。

昨年の誕生日、王都への留学を贈られたとき、彼女の喜びように周囲は同じだけ喜んだ。


一計を案じたのは王家だ。繋がり、血縁、その稀血まれち、どうしても、ほしい。

命を下されたのは、第四王子だ。たまたま同じ年の王子、剣が少々使えたが、成績は他の兄弟に劣っていた。

学園生活で辺境伯令嬢を堕とせ。それは王命であり、全てより優先された。

女の好む所作、服装、立ち振る舞いを徹底的に教え込まれる。淑女で流行っている本があれば、覚えるまで読まされる。彼が好きだった騎士物語など、題名すら思い出せなくなる教育。お目付役の二人は、監視をするのみ。

唯一、剣の鍛錬はこの生活が始まる以前と同じだった。剣を振る時間が彼を正気でいさせてくれた。


入学3ヶ月前、女の抱き方を覚えろと命じられるまでは。

少年の心に裂け目が出来るのは、一夜で十分だった。


相手役は、口の堅い娼婦からメイド、子供を差し出した下級貴族の娘。それは、その中の一人だった。


「王子様は、なにもわるくありませんわ…。貴方は、貴方と言うだけでとても尊い存在ですもの」


甘い毒だった。広がり続ける心の裂け目に入り込み、いびつに繋ぎ直し、歪める甘い毒。その胸の装飾品をみていると吸い込まれそうになり、香りは麻薬だった。

異常な生活の一部に、彼女との時間が出来る。彼女の言うことを復唱し、それを自分の考えとする。彼女から、紹介を頼まれ、お目付役の二人を紹介した。お目付役の二人は、これまでを謝罪し、ともに彼女を支える同志となった。それを疑問に思う事は無い、ただ感謝があった。

剣を振るうとき、無心に帰る時がある。だが、剣を納めた後、彼女を見つければ喜びに支配される。


「王子様は、自由になりたいのでなくて?そう、自由にワタシ逢い、愛をささやきく、そんな自由が欲しいのでしょう?」

当然のことだった。それに、彼女が言うなら間違いはない。

「その為に、邪魔な存在は、居なくなるべきだと思いませんこと?ほら、二人のあなた様の二人の同志も頷いていますわ」

首肯を繰り返す友を見る。居なくなるべきだ。彼女が言うなら間違いはない。

「さあ、剣狂伯の娘など傀儡にしてしまいましょう、あなた様の心のままに…」

彼女が言うなら間違いはない。歪んだ心は、それこそを正義だと信じた。

女の笑みが深くなる。ああ、なんて綺麗な赤い三日月なんだおうか、王子はすでに夢の中だった。



計画はずさんなのに、上手くいきすぎた。

少女の従者が少なくなった頃に呼びかける。第四王子が挨拶をしたいと。剣狂伯の他の一族の物なら、お前が来い、で済ませていただろう。

しかし、少女は純粋であり、常識的であった。忙しい従者にさえ気を遣い、ただ一人それに応じた。

同学年の貴族、や王家の関係者の、顔と名前は事前に覚えていた。少々抜けていたのは、学園の間取りを後回しにしたことだ。

案内の少年、筆頭従者は武器庫の扉を開くと、少女を突き飛ばした。転けることはしなかったが、二、三歩と奥へ進む。扉は大男、護衛官がしめた。かんぬきをして、すぐには開けられない。

そして、その扉の脇から一組の男女が歩んでくる。



そして、時は戻る。

困惑に揺れる瞳、絶対的優勢を確認したところで、女が歩み寄る。

「喜びなさい。貴方の身体はワタシが有効に使ってあげるわ」

少女の困惑などに眼もくれず、女は勝ち誇る。

「このお古の身体にも飽きちゃったし。剣狂伯の一族の味も気になるわ。存分に味わい尽くして、ワタシの奴隷にして、王子も使って王家を手に入れ、この大陸をワタシのものにするの!あなたには最前席をご用意してあげるわ!……もちろん、あきたら捨てちゃうけどね」

じりじりと少女は下がる。言ってることの全てが分からない。ただ、黒い瘴気が空間を包んでいるのが分かった。


「ねぇ、王子様?ワタシがどんなに変わっても、愛してくださいますわよね?」

人が変わったように媚びた声をだす女、その化け物を目にして少女が声を出さなかったのはその血故か。

「もちろんだとも!キミこそ我が愛!」

「あはっ…いい子だこと…」

物を言う人形に対する笑みだ。その悍ましいものから、逃げるため、身体は駆け出す。だがすぐに壁。

後ろを振り返れば、同志と呼ばれた二人はすぐそこまで来ていた。今は、ただ、主の命を待つ木偶人形。


「そうそう、下手に傷物にしてたら、価値が下がるからね。よく我慢でしました。貴方達にはあとで、この使い古しの身体を上げましょう。よく鳴くだろうけど、好きになさいな。………さあ、取り押さえて?」

命は下された、武器は持ったままのその木偶人形の、2つの手が少女に迫る。

『お父様…!お兄様…!皆……!』

ようやく、恐怖を感じた。現実離れした状況に麻痺していた感覚が、現実のものとして襲ってきた。ただ、眼を閉じようと瞼が降りてくる。


その時だった。雷光のごとき煌めきが眼の前で迸ったのは。


少女の目は見開かれる。その雷光の正体は、黒い瘴気を払いのけ地面に起立する。

一見、白い木の棒だ。少女は、いやこの世界の人々が知るよしもない。


白鞘。それに納められた物も知らぬ少女は、思わず手に取った。それは出会いであった。


「あー、あー、うん。よし、じゃ斬るか」

少女の口は、場違いに軽い言葉を口にする。鯉口が鳴る。それしか人間には認識出来なかった。

従者の少年の細剣は根元から落ち、驚愕に眼を見開かれた間に少女の蹴りが鳩尾に決まる。

苦悶のまま、少年は地面を転がり、意識を喪失する。


「おうおうおう!四対一とは随分ご機嫌な喧嘩じゃねぇか!しかも丸腰相手だ?こいつは、この俺っちがいっちょ助太刀致しても文句あるめぇな!」

『あの……誰なんですか?』

大見得を切る少女、その心中から少女は己に語りかける。


「あ?おう!お嬢ちゃん。ちょいと待ってな。すぐ型付くから、よっと…!危ねぇだろ!バカ野郎!」

その頭があった場所を大男の槍が薙ぐ。膝を落として回避した少女は怒鳴りつける。


『だ、大丈夫なんですか!?』

「おうとも!剣道三倍段っつてな!長物に対して戦う時にゃ!三倍の技量が必要ってわけよ!あらよっと!」

その槍の薙ぎや、突きを躱しながら、少女の口はよく回る。


『駄目じゃないですかー!?』

「あん?問題ねぇだろ」

鯉口が鳴る音がする。槍の穂先は次の瞬間落ちた。

「俺っちは、そこの木偶の坊の100倍強いぜ?」

鯉口は2度鳴った。三分割された柄にバランスを崩した大男に、空を飛んだかとも思う程の、跳躍を見せた少女の膝が顔面に突き刺さる。

ぐらりと、揺れ大男は倒れた。その意識はすでに無い。少女は、優雅に地面に舞い降りた。


「あ!!」

『どうしたんですか!?』

「面目ねぇ、アイツの鼻水が膝に付いちまった!」

『もう!いいですからそんなの!』

「そうかい?じゃ、後二つ、ちょいと待ってな」


「な、何者よ!?どこから現れたのよ!」

「ど三品に名乗る名なんざねぇや。ただまぁ、どこから来たってなら……お穢土えどさ」

半狂乱になって騒ぐ女に、白けた様子の少女は軽口を叩く。

少女は一歩前進した。

女は一歩下がる。


そこに割り込む影がある。


「彼女に手を出させるものか!」

剣を構えた王子だ。それはまさに物語の王子の様で。


「どいてろ」

刀すら抜かず、その鞘で鼻を潰す少女は悪役の様ですらあった。


「き、貴様ァ~!俺を誰か知っての狼藉か!?」

痛みなど、すでに感じぬのだろうが、傷ついた物があった、プライドだ。故に吠える。


「あん?第四だろ?予備の予備の、そのまた予備…。お前、要るのか?」

返答は剣だ。振り下ろされるそれを、躱して腹部を蹴り飛ばす。少女は苛ついたように言葉を重ねる。


「なぁオイ、ダイヨン。女の為の力ももダメ、己の為の力もダメ。……だけどよ、もう一つ残ったもん、あんだろ?」

「お、俺に残った、も、の………」

王子は呆然とする。そんなもの……なにも…。


「―――剣さ」

少女の言葉に王子は、顔を上げる。


「構えで分かった。その手の平で確信した。……アンタ、剣を振ることが大好きなんだろ?夢に見ただろ?天下無双、最強、理想の一閃。振る度に思ったんじゃないか?次はこうしよう、次はもっと上手く振れる。……なのに、今のアンタは随分と…濁ってるぜ?」

「…っ!」

突きつけられた鞘の先端。それをなぞり、王子は顔を上げる。そこには悲しげな顔があった。

まるで、友を悼むような。


「アンタの剣が泣いてる。こんなもんじゃねぇ、この程度であるものかってな。………狂っちまったなら、もっと狂えよ、剣によ」

少女は、鞘から刀を引く抜く。現れた刀身に、その銀の煌めきに、誰もが目を奪われた。

無造作に振る。周囲の黒い靄が晴れた、否、切り開かれた。

王子は、久しぶりに息をした。


『ああ、なんて……』

心中の少女は言葉にも出来なかった。多くの名剣を見た。それでもどの剣よりも美しかった。その身に流れる剣凶の血の疼きを感じた。


「さあ、休憩は十分か?剣の握りはそれでいいか?足の開きは?重心は?……ああ、いいぞ、そいつを待ってた」

「…………参る」

立ち上がり、剣を構えた王子に実に満足そうに少女は笑みを作る。

王子は、真っ直ぐ構えた。鼻は潰れ血を流し、服は土埃で汚れている。その姿は、凜々しい。


それ以上、言葉はなかった。

王子、上段の構え。何千何万と繰り返した振り下ろしの構え。

少女、正眼の構え。鞘を脇に置き、目を閉じた少女の剣気は部屋を満たした。

女はぶつかる気迫に当てられ、言葉すら出せず立ちすくんでいる。その歪んだ顔から、汗が一滴落ちた。


二つの影が交差した。何が起きたのか正確に把握したのは、当事者二人。

一拍を置いて、王子がその場に倒れ伏す。


「……無念だ」

「ああ、そうかい…」

少女は目もくれない。いつの間にか、刃が内側に向いている。

峰打ち一閃、それが決まり手だった。


「その刃で…切られる、栄誉、すら……今の、俺には……」

「生意気言ってんじゃねぇよ。百年早いぜ……死ぬにはよ」

打ち据えられて、昏倒した王子は、いっそ穏やかですらあった。


「さて、寄り道終わり。長くなって悪かったな、嬢ちゃん。後、一人、いや一つの出来損ないを片付けて仕舞いさ」

『いえ……あ!に、逃げてます…!』

いつの間にか、女は昏倒していた。胸には装飾品、だが禍々しさが薄い。

少女の身体は女の方を向く


少女は心中から見た、入り口に向かって闇が凝縮した黒い塊がミミズのように這って行くのを…。


「ん?寝てるだけ…そうか!嬢ちゃん、アンタ『見定めて』るな…!そうと決まれば……」

ガクッ、と少女は一瞬、立ちくらみを起こしたように身体は揺れた。

すぐに頭を振る。そして、辺りを確認する。

「……あれ、今までのは………」

『悪いが夢じゃねぇ!頼む、『魂』いや、悪い塊みたいなもん、見えてんだろ?そいつを切っちゃくれねぇか!』

「は、はい!」

少女は素直をもってその声に従った。身体は軽い、手に持った刀は不思議な程、手に馴染んだ。

這い回る塊に、刀を通す。


―――ピギャァアアアアアアア!おのれ、おの、れぇええええええ!!!!


その刃は通り抜けた。その感触に軽い痺れを感じていると、黒い靄は塵一つ残らず無くなった。

女の顔も、血色がよくなる。先ほどまで恐ろしい存在は、夢幻の如く、消え失せたのだ。


『よう嬢ちゃん!やるな!いやー、大したもんだ!』

「…あ、ありがとうごさいます?」

夢では無いという、何よりの物的証拠、否、証人を少女の手の中に残して。



ここに、一つの事件の顛末を書き記す。

辺境伯令嬢襲撃事件。

時は学園入学式前日、被害者は令嬢一人。

犯人は、第四王子、並びにその従者他。

事態を重く見た辺境伯本人は、王家へ面会を強行。

両者間で話し合いの末、従者は謹慎更迭、女は実家と絶縁の上、協会へ。

そして、第四王子は辺境伯預かりとなった。その命すら裁量次第とした上で。



『まさか、全部話して、全部信じられるとは……剛毅な方だな、あの殿様は』

「いえ、父ですが…」

『似たようなもんだろ?姫さま?』

「幼いときのあだ名で呼ばないでください…」

少女は父に全て、見たままを話した。辺境伯は、娘をよく褒め、刀へも礼節を持って接した。

刀の声など聞こえないのにだ。


現在、辺境伯の領地で、本を持って日だまりに座っている。入学は取り消しとなり、幼い頃から変わらない日々を送っている。ただし、隣、いや腰には刀がいる。


「ここにいらっしゃいましたか、お嬢様」

「あ…王子…」

「いえ、わたくしのことは、是非ダイヨンとお呼びください」

『……随分こじらせちまったが、ま、いい顔になったな』

「お褒めに預かりありがとうございます、カタナ様」

『様はよせやい』

以前長髪だった王子、いやダイヨンの髪はまるで新兵のような短髪だ。

そして、峰打ちの影響か、刀の声が聞けるようになっていた。


辺境伯は、王子を許した。

いや、最初は有無を言わさず切ろうとしたが、娘の言葉に思いとどまり、試しに振らせた剣の腕で、悪い人物でないと悟り、操られていたという娘の話を信じた。まさに剣は身を助けたのだ。

今は、領内の兵と訓練や、本人の強い希望で少女の従者見習いとして日々を過ごしている。

実に楽しげに剣を振る姿に、領兵からの評判は良い。

なお、王家の血を考慮する繊細さは、領兵は持ち合わせなかった。

端正な顔には、怪我の治療跡すら付いている。それは勲章であった。


「お兄様がお探しですよ?おや、その本は……」

現在、少女の家庭教師は兄が努めている。少々溺愛気味だが、教師を務められる程に優秀だ。

「はい!これはですね!」

『……はじまったよ』

カタナは、少女には自分を手放すように進言したのだが、少女は一切譲らなかった。すでに、恩人で『お友達』らしい。


「……『王都騎士物語』、剣以外なにも持ち得なかった少年が、友との友情や…愛しい人との愛を育んでいく物語…」

大切な何かを、つなぎ合わせるようにダイヨンは、呟く。それは、男子なら誰でも読むような物語ではあるが、一般的少女の趣味嗜好からは遠いだろう。


「ご存じだったんですか!」

「ええ……。随分前に、手放してしましました…」

寂しげな、その表情に少女は気付かない。同志を見つけた喜びの方が強いようだ。


「でしたら、差し上げます!元々王都でお友達にお勧めしようと、予備も買っていたのです!」

「……お友達?」

『よかったな、ダイヨン。俺っちと同じだってよ』

からかうようなカタナの言葉も、耳には入らない。


それは、かつての日の少年の心のかけらだった。忘れて、無くしてしまったもの、それが今、この手の中にある。いや、与えてもらったことに気付いた。

この一振りによって闇を払われ、少女によって再び与えられたもの。繋ぎ合わせて心となる。


「―――お二人に、永久とわに忠誠を」


「えぇ……」

『重いな、お前…』


事情を知らない一人と一振りは、酷く戸惑った。






夜、少女は窓辺から月を見る。刀は腰に無い、別室にある。

少女と同じ寝室に入ることを拒んだのだ。他にも湯浴みにも決して同行しない。

壁に立て掛けて、着替えようとした時など、少女に怒鳴り声を上げたものだ。


「ふふっ…」

その時の慌てた様子を思い出して、少女は微笑む。


刀は詳しくは語らなかった。自分が何者か、少女が何を切ったのか。

少女もまた、詳しく聞かない。周り、父もそれでいいと少女の意志を尊重した。


…だって、どうでもいいこと、だから。


眼下を見る。夜の月の下、懸命に剣を振るダイヨン。

こちらも詳しくは語らないが、なにか、辛い事や、悲しい事があった事だけは察しが付いた。

そして、それを乗り越えた、同じ本を好きな友達。皆からも好かれる人。

そんな彼を。




「斬ったら、どんな感触かしら…?」



魂、と刀は言った。

肉体の内側にあるモノ、濁り腐りきった化け物のソレに刃を入れた時の感触を思い出す。


痺れがあった、甘い痺れだ。

いつまでも残っている。手の中に、心の中にその感触が。

そして、刃が通り抜けた瞬間、ナニカが消え去る感触。

斬った実感、安心感、背徳感……そして、見過ごせない、快感。


「あんなに汚かったもので、あの感触……だったら、もし…」


美しいモノを斬ったなら…?



思い浮かぶ者がいる。


若年ながら遊牧民をまとめ上げ、命知らずにも少女に婚姻を迫る青年。彼も素晴らしい剣の腕を持っている。騎馬状態では、一族の使い手に迫る程だとか。


幼い頃に迷子の自分を助けてくれた少年は、実は現皇帝の世継ぎで、同盟のため少女に婚姻を申し込んでいるという。記憶の中の少年はとても優しげなのに、噂では現在、帝国でも随一の軍刀の使い手だとか。


そして、眼下の王子。あるいは、恩人である刀自身。



少女は、恋を知らない。

でも、四人のことが、最近気になる。


兄から教わる授業の続きや、つぼみの花がどんな花を咲かせるのか、毎年送る渡り鳥が今年も来てくれるのか、読みかけの物語の結末より、ずっと。


彼らの魂に刃を入れるとどうなるか。


「いけないわ。……とっても、はしたない…」


桃色の唇から零れる言葉の色は、少女とは思えない程、艶やかだ。

カーテンを閉じて、ベッドに横になる。目を閉じれば、すぐに夢の中に誘われた。



少女は、その夜、とても素敵な夢を見た。

刀を片手に、次々と刃を入れ、刃を引き抜く。相手の顔は見えない。

それでも、とても楽しい、気持ちよくて、嬉しい夢。



次の朝、従者は少女を起こしに来た。

その安らかで嬉しそうな顔に、従者は起こすことを躊躇うことになる。

そして、その手には最近の少女のお気に入りの刀がある。


『……いい顔してるじゃねぇか、嬢ちゃん』

その言葉、声色を聞ける者はこの場に居ない。



剣鬼は、まだ、夢の中。目がさめるまで、もう少し。



――――完








後書きまでご覧くださり、ありがとうございます。


さて、『あなた』に一つ質問がごさいます。


最後の刀の声は、何色でしたか?


喜び笑って、いたでしょうか?

怒りに震えて、いたでしょうか?

哀しみに滲んで、いたでしょうか?

楽しみ穏やか、だったでしょうか?


よろしければ、感想、ご意見、お聞かせください。


また、現在連載中の長編もありますので、合わせてよろしくお願いします。


異世界快進劇 破顔一蹴 ヤマトナデシコ ~現実帰還のためなら、異世界の一つくらい救ってやろうじゃない~


https://ncode.syosetu.com/n5368lm/1/


他にも短編を投稿していますので、お好みのものがあればどうぞご覧くださいませ。


お付き合いいだだき、誠にありがとうごさいました。

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