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雨はやさしく噓をつく 第二部  作者: 黒崎 優依音
第十二章 雪灯りの戴冠
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◆2:Voices that Herald Spring



「では――この国の記録に、こう記そう。


 ここに第一王女の名を記し、セレスティア・エル・ランス・リアギスと定む」




その瞬間、冬の光が玉座の間を包んだ。


雪が一筋、風に乗って差し込む光の中を舞う。


まるで祝福の花びらのように。




紫のドレスが光を受けて揺れる。


雪灯りのような柔らかな輝きが、玉座の間に満ちていった。




イリアスが小さく笑いながら、アリオンの肩を叩いた。


「どうだ、俺のドレスと名の見立て、完璧だろ」


「いや、名付けはセレスの功績だ。兄上の手柄じゃありません」


「そこは譲ってくれよ」


「譲れません」


「お前、結婚してから頑固になったよな」




(……やっぱり後ろの温度だけ、春だな)


ミスティアスは小さくため息をついたが、どこか笑いを堪えていた。






玉座の階段を降りるとき、王がミスティアスに目を向ける。


「シェイ様の息子よ。お前がここまで娘を守ってくれたこと、感謝する」




「……いえ。俺はただ、彼女の選んだ道を支えたかっただけです」




その答えに、王が微かに笑う。


「まっすぐだな。


 ……シェイ様というよりは、君の義父ルアルク・ノア・アストレイドを見ているようだ」




その言葉に、ミスティアスは苦笑いを返した。




ちらりと背後を振り返ると、名指しされ、顔を赤くして照れている義父の姿。




(……確かに、俺は父さんほど器用じゃないし、不器用さは似ているのかもしれない)




ふと、セレスティアがこちらを向いた。


瞳に、強く澄んだ光が宿っている。


そして――ゆっくりと、言葉を紡いだ。




「……お父様。


 お願いがあります」




「なんだ?」




「私、この人と……この国を共に歩みたい。


 王女としてではなく、一人の女として生きたいのです」




王の目がわずかに見開かれる。


次の瞬間、場の空気が一気に変わった。




セレスティアはまっすぐミスティアスを見つめ、微笑む。


「――あなたに、“女として見て”もらえて……よかった」




玉座の間が凍りついた。




「……はい?」


「ちょっ、セレス!?!?!?」




ミスティアスの顔が一瞬で真っ赤になる。


兄たちの間から、イリアスが盛大にむせ、アリオンが頭を抱えた。


「セレスティア、それは誤解を生む表現だ!」


「おいおい、王の前だぞ!?」




王の目が点になり、王妃がハンカチで口を押さえる。


ルアルクは「……今なんと?」と半笑いになり、ユリカが「うわー」と頭を抱えた。




ミスティアスは覚悟を決めるように前に出た。


膝をつき、深く頭を垂れる。




「……陛下。


 彼女を“女”として受け止めた責任を取らせてください。


 ――俺に、彼女と結婚する権利をください」




静寂。


雪が、音もなく降る。




王はしばしミスティアスを見つめ、それから静かに頷いた。


「……まだ十七か」




「はい。ですが、もう後には引けません」




「ならば、こうしよう。


 お前が十八になった暁には、国民の前で“セレスティア王女の婚約者”として発表する」




ミスティアスが顔を上げ、息を呑む。


セレスティアが微笑んだ。




「……ありがとうございます、お父様」




「覚悟を示した若者に、春は早い方がいい」




笑いが広がる。


イリアスが拍手し、アリオンが苦笑しながら続く。


ユリカはハラハラした様子でミスティアスの肩に手を置き、ルアルクは立派になって、と涙をこぼしながら「……シェイさん、見てますか」と空を仰いだ。




その瞬間、天窓の外から一筋の光が差し込んだ。


雪が風に乗り、光の粒のように舞い落ちる。






セレスが静かに一歩前に出た。


紫の裾が光を掬い、アメジストの瞳に冬の陽がひと雫落ちる。




「お父様。


 ……実は、もうひとつ、渡したいものがあります」




懐から取り出したのは、一通の封書。


白い蝋の封印には、――ナーバ家の紋章。




「これは、シェイフィル・ラファリス・ナーバ様からの、お手紙です」




王がわずかに目を見開く。


「……シェイ様、から?」




セレスは頷き、両手で封書を捧げる。


「“もしこの子が選ぶ時が来たら、陛下に渡してください”と」




王が封を開く。


淡い香がふっと広がり、達筆な文字が現れる。




『陛下へ。


 お久しぶりです。


 私のことを“静かな厄介者”と呼んでいた頃から、もう十数年でしょうか。




 こうしてまた手紙を差し出せることを、勝手にご縁の続きだと思っています。




 さて、本題です。


 この手紙を託したのは、私の息子ミスティアス・ディアンヌ・ナーバと、


 貴国のセレスタン殿下――いえ、もしかするとそのころには“王女”かもしれませんね。




 この二人が出会い、互いを選ぶ日が来たなら、どうかその選択を祝福してやってください。




 私は彼に、“人の意志を支える覚悟”を教えました。


 陛下もきっと、“子を信じる覚悟”をすでにお持ちでしょう。




 父というのは、不思議なものですね。


 手放す勇気と、信じる強さの間で、いつも迷う。


 ……でも、子どもは親の迷いなんてお構いなしに、勝手に幸せになっていくものです。




 それが一番、いい形だと思いませんか?




 ――陛下もお疲れでしょう。


 息子もいいですが、娘って、やっぱりいいですよ。


 可愛いし、優しいし、話を聞いてくれる。


 たまに叱られるのも、悪くないです。


 うちの娘、最高ですよ?




 どうか、そちらの娘さんも、たくさん笑わせてあげてください。




 シェイフィル・ラファリス・ナーバ


 追伸:お休み、今度こそ“仕事”として予定に入れてくださいね。』




手紙を読み終えた王は、思わず笑いを漏らした。


「……ふっ……はは……あの方は、本当に……」




王が封書を胸に抱き、ゆっくりと目を閉じた。


「……まったく。最後の最後まで、やりたい放題だな。


 ふふ……人たらしめ」




その声に、思わずルアルクが吹き出した。


「陛下、それ、あの人が聞いたら喜びますよ」


「ええ。間違いなく、満面の笑みでしょうね」


ユリカが頷きながら笑う。




王妃は静かに微笑んだ。


「……不思議な方ですね。


 読むたびに、胸がほどけていくような気がします」




ルビィが小さく息を吐く。


「手紙なのに、そこに立って笑っているようだ」


エルが頷いた。


「ええ。


 きっと今ごろ、“僕の言葉、ちゃんと効いてるでしょ?”って笑ってます」




イリアスが半ば呆れたように笑いながら、


「“娘っていいですよ”のくだりは、記録しておきますね。


 陛下の宝物として」


「兄上……あの方、絶対に笑って見てますよ」


アリオンが苦笑をこぼす。




ミスティアスは何も言わなかった。


ただ、静かに手を合わせ、空を見上げるように目を細める。




(……父さん、見てたよな?)


(俺、ちゃんと選んだよ)




セレスティアがその隣で、そっと微笑む。


紫の瞳がやわらかく揺れ、風に乗って光が一筋、彼女の頬をなでた。




その瞬間、天窓の外で風が鳴った。


雪がひとひら舞い落ち、光の中で静かに溶けていく。




まるで――


シェイフィル・ラファリス・ナーバという名の人が、


「よくやったな」と、どこか遠くで肩を叩いているようだった。




ルアルクが空を見上げ、ユリカと目を合わせる。


二人は同時に笑って、小さく頷いた。




王もまた封書を掲げ、穏やかに言葉を紡ぐ。


「……ありがとう。


 そして、私たちはあなたの教えどおり、生きていきます」




雪灯りの中、誰もが静かに笑っていた。


そこには涙ではなく、確かに“生き続ける人のあたたかさ”があった。




ミスティアスは隣に立つセレスティアの手を取り、静かに囁いた。


「……これが、俺たちの“春”ですね」




彼女は頷き、微笑んだ。




「ええ。


 あなたが名をくれたこの春を、ずっと忘れない」




光が二人を包み、玉座の間に祝福の鐘が鳴り響いた。




――雪灯りの戴冠。


その日、王女セレスティアが誕生し、ひとつの恋が、初夏の約束へと静かに灯り始めた。






幕間 雪解けの控室




戴冠式が終わり、玉座の間の灯がひとつずつ落ちていった。


控室には、まだ雪の匂いが残っている。


王妃は長椅子に腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。


指先は冷たく、火の残り香が遠い。




扉が、そっと叩かれる。


「……お入りなさい」




静かに扉が開き、入ってきたのは一人の女性だった。


王妃よりわずかに若く、第二王子と同じ青髪と、それに合わせた上品な青紫のドレスをまとっている。


側妃――ラシェル。




王妃はその顔を見て、ほんの一瞬だけ眉を寄せた。


「……あなたが来るなんて、珍しいわね」




ラシェルは深く一礼した。


「陛下の御前ではお話できませんでした。


 どうしても……お詫びを申し上げたくて」




「お詫び?」


王妃は静かにカップを置く。


「あなたが、私に?」




「はい。


 三十五年――同じ王の傍らで、私たちはずっと“比べられる女”でした。


 あの方を慕う気持ちは同じだったのに、私は、殿下を苦しめる鏡のような存在になってしまいました」




王妃はゆっくりと目を伏せた。


「……あなたに悪意がなかったことくらい、わかっていたわ。


 でも、それこそが”敗北の証”だった。


 “あの頃の私”は、それを受け止められなかったの。


 十五年、子ができなかった私にとって、あなたの笑顔は“敗北”そのものに見えた」




ラシェルの唇が震えた。


「……あの頃、殿下がどんな思いで夜を過ごされていたか、私には想像もできませんでした。


 陛下から“正妃殿下を支えよ”と告げられた時、


 私はただ嬉しくて……憧れていた人の力になれるのだと思っていました。


 でも、知らぬうちに――あなたの誇りを奪っていたのですね」




王妃は小さく息を吐き、火の明かりに照らされた横顔が柔らかく緩んだ。


「奪われたと思っていたのは、私の方。


 本当は、あなたに“寄り添われていた”のかもしれない。


 ただ、認めるのが怖かったのよ。


 あの方の隣に、私と違う形の愛があることが」




沈黙。


二人の間で、薪がぱちりと音を立てた。




ラシェルが涙をこぼしながら、かすかに笑う。


「……あの方――セレスティア殿下が“赦し”を選んだのは、きっとあなたがそうできる人だと信じていたからです」




王妃は頬に手を添え、瞼を閉じた。


「昔の私なら、あなたのその言葉も嫌味にしか聞こえなかったわね。


 でも今は……ただありがとう。


 あなたがいてくれたから、陛下は孤独に沈まなかった。


 あなたがいたから、私は王妃でいられた」




ラシェルが息を呑む。


そして、長い年月の氷がゆっくりと解けていくように、二人は目を合わせた。




窓の外では、雪がやんでいた。


雲の切れ間から差す光が、白い庭を照らす。




「……ようやく、冬が終わったのね」


王妃の言葉に、ラシェルが静かに頷いた。




「はい。長い、三十五年の冬でした」




二人の視線が重なる。


その先に、春の気配があった。






幕間 二 春を告げる声




sideミスティアス




戴冠式が終わり、城の喧噪を抜けて――


「名前のない家」に戻ったとき、ミスティアスはようやく胸の奥で息をついた。




外はまだ雪の名残が白く残っていたが、玄関の上ではツバメが巣を作り始めていた。




(……春だ)




扉を開けると、パンとスープの匂い。


中では子どもたちが走り回っている。


一緒に帰ってきたユリカは、大きく息を吐きながらゆっくりと椅子に座った。




「式は無事に終わってよかったわね」


「ああ。……母さん、無理してない?」




「ええ、まだお腹も大きくないし、ルアルクの魔法も効いているから大丈夫よ。


 ファリスがようやく三ヶ月になったのに、今度はまたあなたの弟か妹が増えるんだから、静かにしていないとね」




「……ほんとに、落ち着こうよ母さん」


「何それ、ルアルクの台詞みたい」




奥の部屋からルアルクの苦笑いが聞こえた。


「否定できないね。……でも嬉しいよ、家族が増えるのは」




ミスティアスが頭をかき、セレスティアがふっと笑う。


「賑やかでいいですね。


 “家族”が増えるって、こういう感じなんですね」




ユリカが目を細める。


「そうよ。うるさくて、手間がかかって、でも、そのうるささがないと寂しいの」




子どもたちが“おかえりー!”と駆け寄ってくる。


リシェリアとフィリアも一緒に笑っていて、その後ろから、ファリースリー帝国皇太子ルビィとその婚約者エル、アクア・リアギス王国第二王子アリオンとその妃シトリンたちも姿を見せた。




「ご無沙汰しておりました。


 正式な挨拶は済ませたけれど、どうしても“本物の春”を見に来たくて」


エルが小さく笑いながら言う。




「“本物の春”?」とユリカが首を傾げる。


「はい。


 冷たい国の雪よりも、


 この家の中のほうがずっと温かいんです」


エルがかつてと変わらない笑顔を浮かべる。


2年前よりもずっと背も表情も大人びていたが、笑顔は変わらないことにミスティアスはほっとした。


「あと、お兄様に皆さんを紹介したかったんです!」


嬉しそうに、隣に立つ緋色の服の青年の腕に絡みつく。


表情がほとんど変わらない帝国の皇太子殿下だが、頬がほんの僅か緩んだ気がした。




「ルビィ・セナ・ノクティス・ファリースリーです。


 スティリオ・オルヴィス・デュオンより皆さまのことは聞いております。


 以前、妹……いえ、婚約者が大変お世話になりました」


彼にしては長い言葉を喋り終え、短く呼吸をして息を整える。




彼がちいさく続ける。




「……毒も陰もない空気。


 帝国には、まだ届かぬものだな」




アリオンが笑って肩をすくめる。


「義兄上、それを言うとまた側近が泣きますよ」


シトリンも苦笑を浮かべる。


「でも、私も同じ気持ちです。


 ここに来ると、やっと呼吸ができるような気がするの」




「それはね、ユリカの空気なのよ」


リリが微笑む。


「この人が笑っていると、家全体が春になるの」




「まぁ、照れるじゃない」


「実際、照れて赤くなってるよ」


ルアルクが茶化すと、ミスティアスがすかさず突っ込んだ。


「はいはい、そこ親ののろけタイム禁止!」




子どもたちがわぁっと笑う。


セレスティアもその中で小さく息をつき、ミスティアスの袖をそっと掴んだ。




「……ねぇ」


「ん?」


「あなたの家、やっぱりとても素敵ね」


「うるさいけどな」


「うるさいほうがいいわ。


 私、静かすぎる場所より、こういう“生きてる音”が好き」




ミスティアスが少し笑って、


「……なら、また来ればいい。


 初夏には、君は婚約者なんだから」




その言葉に、セレスティアが頬を染めて頷いた。




「え、ちょっとまって、婚約ってなに!?」


フィリアがその言葉を聞きとめ、リシェリアがまぁ!と頬を押さえ、子どもたちが結婚!結婚!!と大騒ぎ。




王族や皇族が招かれていても、この家の中は変わらなかった。




外では、雪解け水が陽光を受けてきらめいている。


その光が、ファリスの寝ている小さな手を照らした。




――冬は確かに終わった。


そして、この家にも新しい春が来ていた。





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