第7話 声を届ける人々
九月半ば。台風の爪痕がまだ色濃く残る街を取材で歩き回った数日後、美沙は編集部のデスクに呼ばれた。
「東條、次の取材はこれだ」
渡された資料の表紙には、見覚えのあるロゴマーク。丸い地球の中に伸びる無数の線が、人と人を結ぶように描かれていた。
未来共創ネットワーク――通称『みらネット』。
数年前に設立されたばかりの市民NPO。活動の目的は明快だった。
“市民の声を、もっと直接的に政治に届けること”。
「最近、やたらとニュースで見る団体ですね」
資料に目を走らせながら、美沙はつぶやいた。
「そうだ。与野党関係なく議員と接点を持ち、国会にも頻繁に顔を出してる。市民参加型の政治ってやつだな。
次号では彼らの活動を特集したい。東條、代表に話を聞いてこい」
編集長の指示は、いつもながらぶっきらぼうだったが、取材対象のスケールは大きい。美沙は小さく息を呑み、うなずいた。
東京・永田町の一角にある、ガラス張りの事務所。
カフェのような開放感のある空間に、若いスタッフがノートPCを広げ、市民から寄せられた意見をデータベースに入力していた。壁際にはホワイトボードが並び、「教育」「医療」「災害対策」と分野ごとの要望が色分けされて貼り出されている。
「政治はもっと、国民の声に近くあるべきだと思うんです」
そう語ったのは、みらネット代表の 安田翔一、四十代半ば。
穏やかな表情にスーツ姿。だがどこか研究者のような雰囲気をまとっていた。
「僕はもともとIT業界にいました。システムを通じて人の声を集め、形にする仕組みを作ってきた。政治にもそれが必要だと感じたんです。
この国は、高齢化や災害リスク、少子化……課題が山積みです。でも、市民一人ひとりが感じている困りごとが、政策に反映されるまでには時間がかかりすぎる。そこを短縮したいと思いました」
彼は美沙の視線を正面から受け止め、言葉を続けた。
「たとえば先月、子育て世帯からの“保育園での食物アレルギー対応が不十分だ”という声を受けて、僕たちは即座に自治体議員へ届けました。結果、厚労省の担当部署が検討会を開くことになったんです」
市民の声がそのまま国の施策につながる――。
編集部で調べた事例と、彼の話が重なっていくのを美沙は感じた。
取材の帰り、スタッフルームの片隅で、若いメンバーが電話を受けている様子を耳にした。
「はい……避難所での水不足ですね。記録に残して、担当議員にすぐ共有します」
別のスタッフは、SNSに投稿された災害時の声をまとめ、地図上にマッピングしていた。
「これなら、どの地域に何が足りないのか一目で分かる。議員に渡せば現場にすぐ動いてもらえる」
彼らの活動はまるで、市民と政治の間に架け橋を作る作業そのものだった。
その晩、編集部に戻った美沙は、記事の骨子をまとめながら呟いた。
「確かに彼らがいることで、声が政治に届いている実感がある……。
これが新しい市民参加の形になるのかもしれない」
ただ、心の片隅で、微かな違和感が残った。
ここまで急速に、影響力を持つようになった理由は何だろう――。




