第2話 記者の日常
編集部は朝からざわついていた。冷房の効いたフロアにパソコンの打鍵音と電話のベルが重なり合い、週刊誌らしいせわしなさを漂わせている。
「昨日の区議会、どうなった?」
「例の企業、不正の噂を追ってる」
同僚たちの声が飛び交う中、美沙はデスクに腰を下ろし、コーヒーをひと口すする。
「おはよ、ミサ。……ちょっと待って、それ靴下」
顔をのぞかせたのは同僚の佐伯恵だった。きっちり髪をまとめ、几帳面さがにじむ女性だ。言われて初めて足元に視線を落とす。
「――超はずい!」
机の下に慌てて足を引っ込める美沙。隣の桐生沙耶が吹き出した。
「またやったの? さすがに気づこうよ」
「いや、出勤前に鏡で全身チェックとかしないでしょ……」
やばい、またやっちゃった――。内心そう思いながらも、ごまかすように笑ってパソコンを立ち上げた。
そこへデスクから声が飛んだ。
「東條、今週は硬めの記事が欲しい。生活ネタは飽和してるからな」
「硬めって……政治ですか?」
「そうだ。ちょうど副大臣の如月が視察に出る。若手でやけに評判がいい。お前、追ってみろ」
如月新――。美沙はその名前をメモ帳に書きとめた。まだ直接取材したことのない政治家だ。
「副大臣って、かなり大物じゃない?」恵が声をひそめる。
「新人記者がいきなり突撃するには荷が重いよ」沙耶も眉をひそめる。
けれど、美沙の胸の奥には小さな火が灯っていた。
(今まで無難な記事ばかりだった。ここで一歩踏み出すチャンスかもしれない)
昼休み、食堂でカレーを食べていると、スマホが震えた。弟の翔太からだ。
「姉ちゃん、無理すんなよ。暑いんだからさ」
「分かってるって。ありがとう」
何気ない会話。けれど、その声が妙に心強く感じられた。
この夏、思いもよらぬ運命が、美沙を待っていた――。