第11話 暴かれた支援者
——国会内の記者クラブ。
少子化対策法案が衆議院を通過した直後、如月副大臣は臨時の会見を開いていた。
冒頭こそ余裕の笑みを見せていたが、記者の矢継ぎ早な質問に次第に押され気味になる。
「副大臣、今回の政策。従来の議論にはなかった発想です。どこから着想を?」
如月は一瞬、言葉を探すように沈黙した。
やがて小さく肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「……まあ、心強い支援がありまして」
記者席がざわつく。
「支援? AIとかじゃないですよね?」
別の記者が食いつくように声を上げる。
如月は一拍置き、わずかに口元を歪めた。
「……まぁ、そんなところです」
会場がどよめく。
その瞬間、次々と質問が飛んだ。
「そのAIというのは具体的にどのAIですか?」
「少子化政策以外にも、そのAIの助言があったのですか?」
「まさか、首都圏中央放水路の決断も——そのAIの判断だったのでは?」
「政府や地方自治体が導入している Shirabe のことですか?」
フラッシュが激しく焚かれ、記者たちの声が重なる。
如月は何か言いかけては口を閉ざし、苦笑でごまかすしかなかった。
「今日はここまでとさせていただきます!」
秘書官が声を張り上げ、会見は慌ただしく打ち切られた。
騒然とする会場を背に、如月は足早に退室していった。
——その夜。
神威ホールディングス(Kamui Holdings)の会議室。
如月と笹本理恵副社長が向かい合っていた。
「……副大臣。あの場で“AI”とまで言うとは想定外でした」
笹本の声は低く、しかし冷静だった。
如月は額の汗をぬぐい、疲れた笑みを浮かべる。
「AIの発想じゃないかという話は既にあちこちであった」
「すまない。あの雰囲気で……隠し通せなかった」
笹本は一拍置き、深く息をついた。
「ならば、ここで中途半端に伏せても逆効果。むしろ正面から出すべきです」
「正面から?」
「神威として公式にOrionを明かし、我々の意図を“社会貢献”として提示する。そうすれば批判より称賛が勝るでしょう」
如月は迷ったように視線を落としたが、やがて小さくうなずいた。
「……頼む。君たちの演出力に賭ける」
笹本の目が冷たい光を帯びた。
「お任せください。名演出にしてみせます」
——数日後。
大手ホテルのホールで開かれた共同会見。
壇上に立つ笹本理恵の声は澄み渡っていた。
「先日の会見で“Shirabeではないか”という質問がありましたが、あれは事務作業を効率化するための補助AIにすぎません」
「副大臣にご利用いただいているのは、我々が開発した《Orion》」
「ただし誤解のないように。これは“神威の利益”のためのAIではありません
我々は壮大な社会実験をしているのです」
「Orionは、日本の歴史、地理、法律、規制、文化、気候、社会構造、日本人の性質、そして、今現在、リアルタイムに起こっている事象、流行、人々の中に漂う気配のようなものまで、この国のすべての膨大なデータを解析し、政策判断の補佐をも可能にする、日本のためのAIなのです」
「人間の直感や経験では到達できない領域に踏み込むことで、この国の未来を切り拓くのです」
「副大臣は勇気を持って、それを政治の場で試みてくださっている」
記者が問う。
「一企業が巨額の資金を投じ、AIを政治に提供するなど異例です。利益誘導では?」
笹本は微笑みを絶やさず、すっと答える。
「もし我々の技術が優れているなら、社会で選ばれ、結果的に利益はついてきます。
しかし第一義はあくまで“国の未来”。
そのために我々はこのAIを開発したのです」
会場の一部から拍手が起きた。
SNSには「さすが神威」「日本の誇り」といった声があふれ、翌朝の新聞には大見出しが並んだ。
【如月副大臣、AI支援を認める】
【神威ホールディングス、社会実験を宣言】
【AI×政治、日本の新時代へ】
テレビのワイドショーも連日この話題を取り上げ、評論家たちは「これは時代の転換点だ」と熱を帯びる。
——だが。
記事を整理していた美沙は、机の引き出しを開けた。
差出人不明の茶封筒の束。
入札結果のコピー。
不自然に強調された株式の図。
手書きの数列。
(……全部、神威に行き着く)
世間は喝采している。
だが美沙の中で、冷たいものが広がっていた。
「……これは偶然じゃない」
匿名の差出人は、最初から「神威を追え」と告げていたのかもしれない。
そして今や、その断片が一つの線につながろうとしている。
「本気で、やるしかない」
美沙の小さなつぶやきは、編集部の雑踏の中に吸い込まれていった。




