第1話 灼熱の朝
2030年8月5日、月曜日。
朝の気温はすでに三十二度を超えていた。蝉の声すら熱気にかき消され、アスファルトから立ち上る揺らめきが空気を歪めている。
東條美沙は、エアコンの効きの悪いワンルームで猫を抱きかかえながら目を覚ました。柔らかな体温が腕に伝わり、わずかに気持ちが和らぐ。だが時計を見た瞬間、その安らぎは吹き飛んだ。
「……やばっ!」
慌てて身支度を整え、元気いっぱいに出かけていく。
本人は気づいていなかったが、左右の靴下の色が違っていた。紺とグレー。猫はそのちぐはぐを黙って見送った。
息を切らしながら駅へ。
数年前まではスマホをかざす必要があったのに、今はただ歩くだけで改札を抜けられる。便利な世の中になったが、暑さだけは年々本当にひどくなっている。
車内は冷房が効いていたが、汗はなかなか引かない。窓の外には、陽光を浴びて白く輝く高層ビル群。世の中は便利になったけれど、どこか生きづらさを増しているようにも思えた。
会社の入るビルにたどり着き、編集部の扉を開けると、すぐに声が飛んだ。
「ミサ! 今日のネタは何を考えてる?」
デスクの低い声に、汗をぬぐいながら顔を上げる美沙。
ジャーナリストとしての日常が、また始まろうとしていた――。




