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larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
9/50

つくりモノ

 人外×人、です。題名の通り、『つくりモノ』であるアンドロイドと女の子のお話。苦手な方はご注意。

 アンハッピーエンドの匂いはしますが、そんなことないですよ。

 どうして、死なないの?

 どうして、年を取らないの?

 どうして、わたしと違うの?



『お父さん、ようはどうして年を取らないの?』


『遥は人間じゃないからだよ』


『人間じゃない、の……?』


『そう。人間とは違うものだ』





「どうして、人間とは違うの……」

 目の前にいる少年は、静かに笑う。まるでそれが、当たり前であるかというように。

「おはようございます。あかり様」

「おはよう、遥」

 透き通るような白い肌。一度も切ったことがない、真っ黒の髪。見た目は普通より少しだけ端整で、感情も持ち合わせているように見える。

 だけど彼は、私とは違う存在。

「今日はいかがないますか?」

「いつもどおり、普通に過ごすわ」

 何もせず、ただぼんやりと過ごすのが私の日常。国一番のアンドロイド作りの父が亡くなってから、わたしはそう過ごしてきた。

「博士の、研究所からの手紙が来ておりますが」

「放っておきなさい。父亡き今、わたしには何もできないから」

 本当は、作ろうと思えばアンドロイドは作れる。だけど父のように、感情豊かな、生きているようなモノは作れない。

 わたしが作るのは、あくまで人間が求めている従順な機械。

「遥。父が亡くなって、どうしてあなたは敬語しかしゃべらなくなったの?」

 前は、もっと普通に接してきたでしょう?

「私は、博士に作られた存在ですから」

 博士がいない今、私はただのアンドロイドです。

「アンドロイドにも、死者を悼む気持ちがあるの?」

「博士がそのように作られたのです」

 父が彼に植え付けた死者を悼む気持ちは、父が母を悼む気持ちだ。だからわたしが父に持つ気持ちより、ずっと深い気持ちだろう。

「ねぇ、わたしたちは」

 何が違うのかしら。

 遥の肌は少し冷たい。だけど人並みの温かさはある。手に触れれば柔らかく、人の肌と何の違いもない。

 だけど彼の髪は伸びないし、体温は常に一定だ。食事も睡眠もいらないし、病気もしない。

「全て、違いますよ」

 彼の表情は少しだけ寂しげで、わたしは彼の裾を引っ張った。

 ベッドの中の足が寒くて、なかなか出れない。

「遥」

 そっと呼びかけると、彼はかすかに笑った。そしてベッドの橋へと座り、わたしを抱きしめる。

「アンドロイドを、おつくり下さい」

 しかしわたしは次の瞬間、遥を押し返していた。

「イヤ、よ」

 わたしはそんなもの作らない。彼のような温かみの欠片もない、ただのロボットを作るつもりはない。

「わたしが作るのは、あくまでロボットよ。感情も何もない、ただ人間の言うことを聞く、哀れな操り人形」

 それ以上でもそれ以下でもない。ただの機械。

「私も、機械仕掛けですよ」

 この体も、抱く感情も全て紛い物。

「遥は、特別なの」

 もうこの世に残った、私のたった一つの家族。

「あなたの才能は稀有である、と博士もおしゃっていたではありませんか」

 そんな言葉聞きたくなくて、わたしはベッドから抜け出した。差し出された上着を着て、食卓へと向かう。

 用意してある朝食のメニューが一緒だったことはこの六年間、一度としてない。

 父が亡くなって以来、ずっと彼が作っている食事は母の味だった。

「戦争が激化しているようです」

「そう」

 わたしの能力が求められている理由はただ一つ。

 戦力になるアンドロイドがほしいからだ。戦うためだけの、壊れるためだけのロボットがほしいのだ。

 他の国に、そのような技術は存在しない。

 操作をする、または指示を出して初めて成り立つ軍隊ならば存在するが、かつて父が協力して作ったような、指示から実践までをアンドロイドだけで実行する部隊は他にない。

 そこまでして、人間を死なせたくないのならば、始めから戦争なんてしなければ良いのに。

「どうして、作られないのですか?」

 朝から同じ質問を繰り返されたわたしは、ついに感情の箍が外れた。

「アンドロイドのあなたには分からないわ」

 作り物の、紛い物のあなたには分からないでしょう?

 わたしの考えなんて。 

 かつてアンドロイドを作ったことによって死んだ、父を思うわたしの気持ちなんて。


 遥が特別だといったその口で、わたしはそう言った。たった一人の家族に対して、わたしはそう言ったのだ。


「確かに、私は作られたものですから、人間の気持ちは分かりません」

 遥の感情を見て、初めて後悔した。

 だけど謝ることもできず、言いつくろうこともできず、わたしはただ席を立った。

「お待ちください」

 いやだ、とも言えなかった。ただ泣きたくなって、でも感情を出すのがイヤで部屋へ入って鍵を閉めた。

「灯様」

 心配そうな遥の声が聞こえる。そのとたん、涙が出た。どうして、こうやって感情を出すこと自体、わたしには難しいのだろうか。

「灯様、私が悪かったですから、どうか出てきてください」

 どうして、遥にできることがわたしにはできないのだろう。

 わたしは人間なのに、どうして、できないんだろう。

「遥、あなたは、自分の感情全てが、紛い物だと思う?」

「そうですね、始めは……それがたまらなく嫌でしたが、最近はあまり気にしていません」

「そう……」

 作り物の感情を、気にしなくなる?

 そんなこと、ありえるはずがないのに。自分が考えることさえ、全て他人から与えれれたものかもしれないという恐怖は、その人を蝕む。

 かつてわたしにも経験があった。アンドロイドを何の不思議もなく受け入れたわたしは、変なのではないだろうかと。

 まだ父がいたとき、学校へ行って自分と他人との落差に気がついた。


『アンドロイドは、人間の道具でしょう?』


『なぜ、家族だというの? 変よ』


『人間じゃないのに……気持ち悪くない?』


 わたしが、変だというの? 遥を大切に思っているわたしが、おかしいの?


「遥、遥が好きなわたしは、おかしいのかな?」

「どうして、そう思われるのですか?」

「アンドロイドは、人と違うから……アンドロイドに特別な感情をもつ人は変なんだって」

 変、だから、父が亡くなった後わたしは学校を辞めざるを得なかったのだろう。

「では人間に特別な感情を持つアンドロイドは、おかしいと思いますか?」

「いいえ、あなたが父やわたしを大切に思ってくれたことは事実だから」

 そしてその事実が、幾度もわたしを救ってくれたから。

 そのときだ。乱暴に家の扉が叩かれた。

「こちらは帝国陸軍だ。貴殿がこの家の住人か?」

「いえ、私はただの手伝いです」

 彼がアンドロイドだと名乗らない理由は一つ。彼らはわたしたちの味方ではない。

 部屋の鍵を開け、玄関に向かうと屈強な男が一人、立っていた。

「何のようですか?」

「貴殿が……相馬博士の跡継ぎか?」

「わたしが、相馬灯です」

 そう言うと、その男は不愉快そうに眉を顰めた。まるで騙されているというように。

「私が聞いていた話では、博士の跡継ぎは博士を超える神童だとか」

「わたしは父のようなアンドロイドは作りません」

 きっぱりと断ると、男は笑った。

「作る、作らないの問題ではない。貴殿がここに住む以上、貴殿は帝国に属する人間だ」

 だからどうしたというのだ。

「貴殿は、帝国に貢献できる人材。これは依頼ではない。国民の義務である」

 いらり、と感情が波立った。遥はそれが分かるように、わたしの手を握る。

「お断りいたします。わたしは父のような過ちを起こしません」

 父は戦争に加担したことを酷く悔い、そして帝国の依頼を蹴った。

 そして……殺された。

「父のように殺されようが、何をされようが、戦争に加担するつもりは毛頭もございません。お引取り下さい」

 なぜそれさえも許されないのだ。

 男は笑って、今度は遥の腕を掴んだ。

「ならばこの男をもらっていきましょう」

 私が分からないとでも思ったのか? 相馬博士は一番出来のいい『紛いモノ』を跡継ぎの人間に残したのは、有名な話だろう?

「ばらばらに分解すれば、少しは技術者の勉強になるでしょうから」

「あなた! 何てことを……」

 あまりの恐ろしさに、震えた。

 遥をバラバラにする? わたしでさえ作れない遥を、治せる人間が父以外にいるとは思えない。

「この細腕に、どんな力があるのかとても不思議ですなあ」

 笑う。

 哂う。

 ……この人は、本当にアンドロイドは機械でしかないと思っている。痛みを感じ、感情を持つものではないというように。

「さぁ、帝国の軍人の言うことが聞けないのか!」

 こんなの間違ってるのに。

「やめてください。遥を、研究のためにバラバラにするなんて」

 連れて行こうとする男を止めようとする。遥は抵抗しない。……抵抗すれば、わたしがどうにかされるとでも思っているのだろうか。

「ほう」

 男は笑った。

「アンドロイド作りのお嬢さんは、アンドロイドに恋でもしているのかな?」

 あざ笑うような声に、体が震えた。図星……だったからだろうか。あまりの恥ずかしさに顔も上げられなかった。

 こんな男に哂われているという事実に泣きたくなった。

「おやぁ、図星ですか」

 おかしそうに哂う。

「やめてください」

 遥の言葉を聞いて、今度こそ男は大きな笑い声を聞いた。

「おやまぁ、相思相愛か。まぁ……人間とアンドロイドだ」

 それは、無駄だという意味だろうか。

「遥を放して、お引き取りください。先ほど言ったとおり、協力するつもりはありません」

「お前は……!! 帝国の国民として生活しているくせに協力できないというのか」

 殴りかかろうとした男をわたしは見ていた。殴られるはず……ないのだから。

「お引き取りくださいと、主人も申しておりますので」

 そう言って遥は男の腕をひねりあげた。

 アンドロイドだからこそ、その細腕に人間以上の力が宿る。

「くっ……」

 それは、軍人だからといって逃げられるような生半可な力ではないのだ。

「お分かりいただけますか? わたしはこの力を理由に他国へ侵入するあなたがたの気持ちが理解できかねます」

 お帰りくださいますね?

 確認ではなく、あくまでそれは命令だ。力にものを言わせる、一番嫌いな方法だ。





「お茶を、お淹れいたします」

「お願い」

 ぐったりとイスへ体を寄りかからせると、わたしは息を吐いた。我ながら勝手なことをしたもんだ。

 軍事力が一番の武器である国に住みながら、軍人を敵に回すとは。

「ごめん、勝手なことしたわ。早いうちにこの研究所から出なきゃ」

 そうしなければ反逆罪か何かで捕まるかもしれない。一度捕まったら、多分一生わたしは国の研究所で研究して、死んでいくのだろう。

 遥を残して。

「遥……。どこか行きたいところがあるのなら、行ってもいいのよ?」

 さっき、男に連れていかれれる遥を見たとき思った。

 わたしは、遥をここへ縛り付けているのではないだろうか。父と彼の思い出を盾に、ここへ逃がさないように捕まえているのではないだろうか、と。

「灯様」

 どうしよう……。

 離れていかれるのは辛い。だけど私もいつか死ぬのだ。父のように、母のように。

 彼に再び、同じ思いをさせてしまうのだ。

「私は必要ありませんか?」

 必要ないと、言うべきなのだろうと思う。そうすれば、遥は自由になれるのだから。

 だけど何も言えなくて、話題を変えた。

「遥、あなたはさっき、わたしに、アンドロイドを作るべきだといったけれど」

 あなたは、あんな連中のためにわたしがアンドロイドを作ってもいいの?

「そうではありません」

 ただ、あなたは博士の失敗を恐れ、自分の能力を捨ててしまいそうなのです。

「わたしは、確かに、父と同様、機械に長けている人間の部類でしょうね」

 でなければ、十六という年で父の論文を読破し、遥の体を調整したりはできないだろう。

「でも、わたしは……作る人間も、作られる人間も幸せだと思えない」

 作った人間は、神の意志を曲げ、理に逆らった罪を負う。

 作られた人間は、作られた存在であると知り、紛い物の感情を負う。

 そして作った人間は後悔し、作られた人間は存在を哂う。

「私の幸せは、あなたが決めることではありません。たとえ私が作られた存在であったとしても、紛い物の感情であったとしても、それは関係ありません」

 私が幸せだというなら、それは本当の幸せなのです。

「たとえ、後で後悔しても」

「遥は、本当に私以上に……」

 人間らしいとは言えなかった。

「行きましょう。わたしの知識が外でどれだけ役に立つか分からないけれど、機械関係の仕事はありあまってるでしょう、今の時代」

「お供します」

 遥が手を差し出すので、そっと握った。荷物を準備して、アンドロイドの開発に関係するデーターのコピーは削除しなくては。

「忙しくなるけど……」

 時間があったら……。

「女の子のアンドロイドでも作りましょうか?」

 わたしがいなくなっても、あなたのそばにずっといてくれる恋人でも。

「結構です」

「無理しなくていいのに」

 あなたが死ぬその瞬間までお供させていただければ、いいのです。



 アンドロイドには心がある。紛い物でも、作り物でも、本人が本物であるといえば、それは本物なのだ。



「それはすごい殺し文句だわ」

 アンドロイド作りの少女は、生まれて初めて国を出た。

 もう少し切り込んで、しっかりと書き込みたいテーマなのですが、死ネタになりそうなのでやめます。

 んー、人外×人、は私にとって書いても書いても納得できないテーマの一つ(幼馴染、も同じ感じ)なのですが、やっぱり難しいですね。

 

 もう少し、切なさだけじゃなく、そこにある喜びみたいなものも書きたいです。

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