夏の終わり
『長い夏』の一年後。二年生の夏が終わった感じ。……三年目が書けるといいですねぇー。(人事)
今回は少しだけ恋愛成分多めで。純朴な彼らが好きなんです。
カキーン、と耳に残る音が鳴った。長く、長く、音が伸びる。
白い点のようなボールが遠くに飛んで行って、そして選手のグローブの中に納まる。
「次、湯川ー」
「よし、来いっ」
威勢のいい声が遥か彼方から聞こえてくる。よく響く声は去年と変わらなかった。
しがないマネージャーでしかない自分は、ボールを拾いつつそちらをちらりと見る。
すでにボールをしっかりと見ていて、目が合うことはなかった。
……というより、練習中は目が合ったためしもない。ずっとボールを追いかけているのだから、しょうがないと言えば、しょうがないのだ。
文句を言えば、なぜピッチャーがノリノリでフライを捕るのか疑問だということか。練習といってしまえばそれまでだけど。
「清水ー、ボール」
「はーい!」
そして自分も彼だけ見ているわけにはいかない。
それでも、まぁ、野球が好きな彼との仲だから、不満なんてあるはずは、ないんだけど。多分。
涼しくなりつつある夏を感じつつ、『あと一年か』と小さくつぶやいた。
甲子園も終わった。だから、その人たちの夏ももう終わってる。……私たちの夏はもっと早く終わってる。去年より、長かったけど。
彼に残された夏は、もう一つしかない。
「なー、清水。湯川とはデートとかすんの?」
ボールを持っていくと、キャプテンがニカリと笑う。憎めないこの人は、がっしりとしていて彼とは少し違うタイプの選手。
いうなれば、某有名高校野球漫画のキャッチャーみたいな人。いや、キャッチャーなんだけども、この人。
「どうしてですか?」
「あ、怒った?」
「怒ってません」
「怒ってるよ。同級生に向かって敬語とか」
「新キャプテンに敬意を払ってるとは思いません?」
「思えないねぇ」
要領を得ない会話を数回繰り返し、そして小さく笑った。ダメだ、この人相手に長く怒っていられない。
「どうして聞いたの。そんなこと」
「別にー。休みの日でも付き合えとかメール来れば、普通心配するでしょ。彼女とか大丈夫なんかなぁ、とか」
「え、休みの日までメールしてんの? やっぱ恋女房には勝てないのか」
「ふざけてるだろ」
「まぁ。でも、休みの日にメールはちょっと羨ましいかも」
大体、付き合ってるっていうほどでもないし。
そういうと、今度こそ目を丸くされた。そして、『えぇ??』と聞き返される。
「いや、でも、付き合ってるよな?」
「どうしてそう思うのよ」
聞き返すと、うっと詰まられる。そして『何となく』という何とも頼りない意見が返された。
「告白されたろ? 去年のほら、負けたとき」
今年も負けたけどね、とは言えない。さすがに。
「あれ、告白……かなぁ、とか最近思うよ? それに私、返してないし」
「なんでっ!!」
「何でって、別に告白とかじゃない気がしたから。告白ととっていいのかどうか、微妙だったし」
それにあれで返事するのも、何と言うか、自意識過剰な気もするし。
「お前ら、あれだな。どこぞの漫画みたいだな。某高校野球の」
「あれほどロマンチックだったらいいんだけどねぇ」
ここまでくるとお互い遠慮も何もない。大体私が彼のことをどう思っているかなんて、この人にはとっくの昔にばれている。
「そうかぁ。付き合ってないのか。湯川可哀想だなぁ」
「おい、お前はどっちの味方だ」
「清水、言い方が。――でも、まぁ、あれだな。野球部以前の友人の味方をするか、旦那の味方をするか、迷うよなぁ」
「どっちかっていうと、女の子の味方するでしょ」
そうは言うが、ちらりとこちらを見るこの人の顔を見ると、そうでもないということが分かる。
この裏切り者め、と言ってやろうかという思いがよぎる。
「ボールが当たれば、責任とってくれるんじゃね?」
「何でそんな痛い目みなきゃいけないんの、私が」
『責任』という言葉を聞き、少しだけ反応してしまう私は悲しいかな、やはり恋する女の子ということだ。
去年の私からはきっと想像がつかないくらい、のめり込んでいるのだろうと思う。不毛すぎる。
夢は甲子園とデート、とかいう男の子相手なのに。
これなら、本当にどこぞの漫画の主人公のほうがよっぽど恋愛してると思う。
夏が始まる前は、夏のために練習する。夏が終われば秋とか春へ、そしてまた夏へと向かって練習する。
この繰り返しも回数にしてみればほんの数回だというのに、とてつもなく長く感じる。
それにしては、一番思いの深い夏はあっという間に過ぎてしまうのだ。
「理不尽……」
「は?」
「何でもないですー」
そう言ってまた、ボール拾いへと勤しむ。ボールを綺麗にしなきゃいけないし、硬球縫わなきゃいけないし。
なれない頃はよく刺したりしたが(かなり痛い)、今ではうまくできるようになったと思う。
最初は二本糸を通すことさえ知らなかったが。(一本で縫えると思っていた)
やることはいくらでもある。だから別に、そう、別に何がどうこうしたいとか特別何がしたいとかいうことはない。
私だって同じくらい、いや、それ以上に忙しいのだから。
「今日はここまでなぁ。後片付けは各自しろよ。マネージャーも甘やかすなよー」
「「「「はーい」」」」
まだ夏だが、一番日が長かったときよりは、やはり日は短い。すでに空は暗く、端のほうで夕焼けがうっすらと残るだけだ。
家にこれから帰るとメールした方がいいなぁ、と一人ごちながら家路を急ごうとした。
「で、マネージャーさん。どうして先に帰ろうとするのかな」
後ろから、からかうような声が聞こえた。学ラン姿の彼は少し珍しい。ユニフォーム姿が自然だから。
学校のあるときはいつも学ラン姿を見ているはずなのに。なのに、彼を思い出すときはいつだって、ユニフォーム姿が浮かぶ。
「別に。何となく」
そっぽを向くでもなく、そう返すと、ほんの少し不機嫌そうな顔をされた。よく日に焼けた肌が眩しい。
もちろんこちらだってイマドキの女の子のように綺麗な肌でいれるわけではないのだが、それでも彼よりは白いと思う。
「何となくで帰るのか?」
「だって別に約束してないでしょ」
自分にも、きっと相手にも痛いところをついてやる。すると今度はあからさまに眉をひそめられた。
小さくいい気味、と口の中でつぶやいた。
きっと一年前の私でも、最低、と眉をひそめただろう。
「三浦と何楽しそうに話してた?」
「選手のこととか、休日の話とか」
当たり障りのない話題を選んで口にする。うそは言ってないし、特別ごまかしてもいないと思う。
しかし彼が望んだ答えでないこともまた事実なので、それは知らないふりをした。
「ここ最近不機嫌なのはどうして?」
声が、少しだけ優しかった。
しかたなく、小さく笑うとそっと笑い返してくる。去年より、少し大人になったねとは言わなかった。
もうすぐ終わる夏、それでも彼にとってはまだ『夏』で、それは私を少しだけ遠くにやる。
「去年の言葉をね、思い出して……。三浦君と話してた」
「なっ」
初めて、表情が変わった。ぼっと火がついたように、浅黒い肌が染まっていく。暗くなり始めているので、見えにくいのが残念だ。
「何でっ」
「いや、付き合ってるのか、って聞かれたから、否定はしておいたほうがいいのかと思って」
つるり、と口が滑ってしまった。あー、と空を仰いでも今更どうしようもない。彼は、同じく『あー』と声を上げていた。
「何て言われて?」
「休日まで三浦君呼び出して練習してるんだってねー。恋女房だねーって。
そしたら『彼女は大丈夫か』って心配されたから『付き合ってないよ』と」
彼の表情を見て、何かまずいことでも言ったかと思った。
「つまり、付き合ってるつもりがなかった?」
「え、湯川君、付き合ってたの? 私と」
「俺は去年、何のためにあんなクサイ台詞を吐いたんだ……」
つまりは、自意識過剰でも何でもなかった?
「ごめん。あれで返事をするのは、何か自意識過剰かと」
がーと短く切られた頭をかく。気まずそうにこちらを見て、また空を仰ぐ。なんだか可哀想に思ってきた。
「返事、いる?」
「いる。っていうか、何も言わずに一緒に帰ってたから、付き合ってくれると思ってた。こっちが自意識過剰だろ、これじゃあ」
「でも、さ。返事ってどうすれば返事になるの?」
これでは、一番最初にマネージャーになったときと一緒だ。
もっとも、あのときの質問は『どうすれば選手がアウトになるのか』という初歩的な質問だったが。
「す、きです。付き合ってください」
「えっと。はい、喜んで、でいいのか、な?」
お互い不慣れだから、多分、こんな感じでいいんじゃない? と笑いあう。
他人から見れば、ぎこちなく、幼く……言う人が言えば、お前らは小学生か何かかと怒られそうだ。
それでも、やっぱり、こうでもいいんじゃないかなぁ、と思う。相手はなんたって甲子園と付き合いたい男の子だから。
だから次の夏が来るまでは、私とデートでもしましょうか、と聞いてみる。
「でも、甲子園が一番なんでしょ」
「まぁ、高校三年間はそれで通そうかな、と」
未来の公務員さんはそうやって笑う。そのとき冷たい風がびゅっと吹いて、そんなに冷たくはないのに彼は身を震わせた。
「暑い日にはすっごく元気なのに、冬になると大人しくなるよね」
「暑いのは平気、でも寒いのは死ぬほどいや。できればもっと暖かいほうで生まれたかった。九州とか、沖縄とか」
「沖縄は台風が多いから、外で練習できないよ」
「じゃぁ、九州」
「九州でも寒いところはあるらしいけどねぇ」
話しても仕方のないことを話しながら、ゆっくりと歩いていく。できれば来年は、もう少し夏が長くなればいいな、と思いながら。
でもいざ甲子園と彼がデートするって言えば、また機嫌が悪くなるかもしれないけれど。
「三浦もなぁ、もう少しはっきり言えばいいのに」
「はい?」
「『お前、いつか絶対振られる』だってさ」
「あー、そうかもねー」
お節介な友人に小さく感謝して、小さく彼の手をつかんだ。
初々しい子達を書くと、少しだけ恥ずかしくなる。




