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larme ~短編集~  作者: いつき
彼と彼女の距離
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体育館の広さ分

 彼までの距離 ~体育館の広さ分~




 彼のことを考えていると、気付けばベッドの上で横になっていた。

 うつらうつらする中で、思い出すのは知り合って間もない頃の彼。彼がバスケをする姿を始めてみたのは、確か授業中だった。

 体育の時間に、体育館を半分ずつにして、男子と女子で使っていたときのことだ。丁度その日は雨で、外で体育をするはずだった女子は中でやることになっていた。

 天気が悪いのは、前日から分かっていたので、バレーをすると知っていた。

 あまり運動が得意ではないわたしにしてみれば、外でしようが中でしようがあまり関係はなかったが、彼のバスケをしている姿が見れるのならば、それはそれで楽しみだった。

 得意ではないことをするより、彼の姿が見たかった。

 きっとすごくカッコいいんだろうな、なんて勝手に思っていた。

 いつも練習を見ていて、そうやって想像していたから。今思えば、それは甘酸っぱい恋みたいなもので、でも自分はその感情を外へ出すのが怖かった。

 何だか誰にも知られたくない気がして、ずっと大切に仕舞っておきたかった。

 もちろん、彼自身にも内緒で。

 毎日朝が一緒で、でも授業が始まるとそうでもなくって。そんな毎日だった。

 授業中に目が合えば何となく笑い返してしまうけど、それ以外は何でもない関係。何だか心地よかったし、楽しかった。


 体育が始まると、わたしは度々隣のコートに目をやることになる。もちろん、他の女の子達も同じなようで、先生が困ったようにため息を吐いた。

 バレーをしているのか、玉遊びをしているのかというような試合をいくつかして先生は諦めた。

 みんなの視線がボールではなく、隣のコートであるということに気が付き、やる気がないということを十分実感したらしい。

「あー、もう。試合にならん」

 そう言って授業は早々に自習になった。元々雨の日はこんなな感じなので、わたしは体育館の端っこで男子のコートを見ることにした。

 女の子達がくすくすと小さく笑いながら、黄色い声で男子を応援している。

 わたしはその輪の中に入れず、一人で彼を探した。歓声を上げて応援できるほど、彼と親しいわけではなかったからだ。

 それに、何だか少し恥ずかしかったし、そんな自分を想像できなかった。

 ぐるりと隣のコートを目でさらい、すぐ見つかるのは、やはり彼が目立つほど背が高くて、ボールを持つと早いからだろうか。

 背が高い彼は、体操服でもすっとした立ち姿で、女の子達の注目を集めている。

 モテるのかな、と呟いてから、モテるんだろうなぁと一人で納得した。

 目を引く立ち姿の彼は、ボールを持つとその長身には似合わないくらいの速さでコートを走る。ボールは彼の言うとおりに動き、彼の手に沿う。

 まるで彼の思っていることが分かるように、彼が動くように右へ左へと相手をかわす。

「上手いよねぇ」

「天才だよねー」

 彼が毎朝、ボールを持って練習していることを彼女たちは知らないのだろうか。

 彼は才能があるのかもしれないけれど、それに見合うだけの練習をしているのだろうと思う。朝も練習、夕方も練習、家に帰ってからも少し走ると言っていた。

 考えられないようなことだ。

 ボールを持った彼は、笑いながらそれを操り、仲間にパスを回す。

 ゴール入りそうなのに、と思っていると見ていたわたしと彼の目が合った。ふわりと微笑まれて、気まずくなる。

 見ると宣言したけど、見ていたのが知られるのはどことなく決まりが悪い。

 こっそりと見るはずだったのにと思いながら、こちらも微笑み返した。それから彼は仲間からボールを受け取り、綺麗にシュートを決める。

 おぉ、と周囲が少しだけどよめき、歓声が上がる。

 男子達がつまらなさそうに溜息を吐き、『手加減しろよー』と文句を言った。それが遠くにいるわたしにも聞こえた。

 聞こえたその文句に苦笑いしてしまうと、再び彼を見つめる。

 その文句に対して、彼は苦く笑って選手交代した。

 なんだ、もう終わりなんだ。

 そう思っていると、彼がこちらに近づいてくる。

 女子コートと男子コートの間には緑の網がかかっていて、ボールなどが入ってこないようにと配慮されたそれは、ちらりらと彼の表情を見えにくくする。

 残念だな、なんて初めて思った。

 今までこの網を邪魔だと思ったことなんて一度もなかったのに。

「女子は?」

「自習になっちゃった。皆男子の試合見るから」

 笑って答えると、女子の試合見たかったのになぁと溜息を吐かれた。

 でも無様な格好を見せることは想像に難くないので、見られなくてよかったと思う。そんなに苦手なわけではないと思いたいけれど、彼のことを見ていると随分と出来の悪い生徒だと思う。

 彼みたいに運動神経があれば、体育の授業だってもっとそつなくこなせるのかもしれない。そう思うと少し羨ましかった。

「バスケ、どうだった?」

「感想言えるほど見てないよ。日野くん、すぐ交代しちゃうんだもん」

 笑うと、彼も笑ってそうだっけ、と首を傾げた。

 バスケをしてすぐだからか、それとも今日はそういう日なのか、彼はひどく饒舌で感情も顔に出やすい。

 いつもと少し違う彼だったが、どこか嬉しそうだった。今日はいい日だったのだろうか。

 それとも授業でバスケができるから単純に嬉しいだけか。そんなことを考えていると、彼に声がかけられる。

 どうやら試合に出ることになったらしい。

「日野、出番ー。点数とって。トーナメント制で、買ったチームは片づけしなくていいから」

「ボール片付けるだけだろ?」

「馬鹿だな。早く行かないと、食堂のパンが売り切れるだろ」

「あぁ」

 男子の会話って、どこかそっけない感じがしていたけど、実際そうでもないらしい。嬉しそうに話している彼を見ていると、やはり男子の方が話しやすいのだということは分かった。

「じゃ、行ってくる。高木さんに、いいとこ見せなきゃだな」

 それだけ言って、彼はコートに帰っていった。

 無口な彼にしては珍しい、と思いながらぼうっと男子コートの方を見つめていた。チラチラとした視線がそちらから向けられて、慌てて視線をずらす。

 どうして……、男子がこっちを見てるんだろう。

 何か変だったとか? 日野くんがいつもしゃべらないのに、ひどく饒舌だったからとか?

 日野くんが男子達に何かからかわれてる。それに何か言い返して、日野くんが笑った。とても楽しそうな笑顔で、男の子同士だとそんなふうに笑うんだと分かった。

 彼は再びボールを持つ。

 周りで妨害しようと立ちふさがる男子達の間を器用に走り、相手にパスを出す。そしてボールを追いかけて、またパスを貰う。

 そのまま結構な距離があるのにボールを放つと、そのボールは綺麗にリングの中に入っていった。

 『わぁ』と知らずに口から感嘆の声が漏れていて、慌てて口を塞いだ。

 恥ずかしい。今、わたし、口を開けて見ててた気がする。

 彼が姿勢を低くする。

 右に行くと見せかけて、素早く重心を移動させると、また走り出した。その一瞬、彼と目が合った気がしてどきりとした。

 まさか、今彼は試合に集中しているから、こっちを見るわけなんてないのに。咄嗟に目を逸らし、それからそろそろと視線を戻す。

 もちろん、初めに彼を見ずに、徐々に彼の近くへ視線を戻していく。

 そんな面倒なことをしていたせいか、わたしが彼の姿を捉えたときには、もう試合は残り後わずかになっていた。

 勿体無いことをしてしまった。

「女子ー。集合。そろそろ終るぞー」

「あ、先生呼んでる。もうちょっとだったのにー」

「ねぇー」

 先生が集合をかける。

 やっぱりいつもより少し早く終るみたい。コートは片付けていたので、シューズを脱いだら後は体育館から出るだけだ。

 先生の話も大して聞かず、ちらちらとあと少し時間がある男子の試合を見ていた。

 最後まで見たかったなぁなんて思うも、授業が終わったのに体育館に長くいる勇気はなかった。他の女子達みたいに固まっているならともかく、一人でいるのは少し悪目立ちしすぎる。

 もう少しだけ、見ていれたらよかったのに。

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