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larme ~短編集~  作者: いつき
彼と彼女の距離
36/50

0.5歩分

 あまりに短編少ないので、書きかけの遠距離もの投下ー。彼女と彼の交互に視点が入れ替わるので、苦手な方注意。なお、遠距離に対する見方はただの妄想です。

 本当にしている人を知ってはいますが、やっぱり当事者の感覚は得れませんでした。

 一話は一話が短め。そして短編で終る気もしない。短編連作です。

  彼までの距離 ~0.5歩分~




 わたしは大人じゃないから、上手くあなたに安心させてあげられるような言葉は持たない。

 『頑張って』と心からの祝福もあげられない。だけど、それを面と向かってあなたに伝えてはいけないことくらいは分かる。

 ――それくらいには、“オトナ”なのだ。

 それならばどうか……傷つけることがないようにと祈る。応援も祝福も、わたしにはできないけれどどうか、彼の足枷にはならないように。



 新幹線乗り場。騒がしいホーム。わたしにはそれら全てが、どこか絵空事のように思えて、ぼんやりとする。

 隣を歩く彼もそうなのだろうかと、ちらりと視線を上げた。するとこちらの視線に気が付いたように、彼もこちらを向いてポン、と何も言わずに頭を撫でられた。

 不意に泣きそうになって、上を向いて笑った。それから泣き言を言わないように、口を開いて全く関係のないことを話し始める。

 黙っていたら、泣き出しそうな自分がいて、全く関係のないことをしゃべらないと、酷いことを言ってしまいそうな自分がいた。

「あの歌を思い出すよね。ほら、汽車を待ちながらさ、彼女が遠くへ言っちゃう歌。汽車じゃなくて、新幹線を待ってるんだけど」

 いつも、こうだった。あまり話さない彼に、拙いながらも話すわたし。

 そして時々、思い出したように彼が口を開くのだ。彼の言葉は量よりも質なのだろうと思う。人の話に耳を傾け、自らで咀嚼し、言葉を紡ぐ。

 いつも聞き手なのに、言いたいことは時間がかかっても言う。そんな彼だ。元々おしゃべりでなかったはずのわたしが、彼の隣でよく話すようになるくらいには、彼が好きになった。

 まぁ、少し慣れた今は、無理をして話すこともなくなったんだけど。

「もうすぐ、桜も咲くね」

 ぽつり、と何の気なしに呟く。急に『あと10分』が現実味を帯びて、また泣き顔を隠すように笑った。

(さき)。……ごめん」

 何で謝るのか、分かってる。何も言わず、県外の大学へ行くからだ。しかもそこへ行くと告げられたのは、ほんの一週間前。

 怒りも悔しさもなかったと言えば嘘になる。

 だけど、進路は他人が口を出すものじゃないこともよく分かっていた。だから、怒りも悔しさも全て流れて、残ったのはただ何とも言えない感情だけだった。

 一言言ってほしかった、というのが正直なところだった。たとえ、県外の大学へ行くのを決めた後だったとしても、もう少し早ければよかった。

 早ければ、心の整理がついたはずだ。少なくとも、今よりは。

「いいよ、別に。謝るようなことでもないから」

 少しだけ厳しい口調は、自分が思っているよりずっとそのことを気にしているのだと気付かせる。他に何を言っても同じように、彼を責めるようなニュアンスになりそうで口を閉じた。

(みなと)くんが、考えもなしにそういうことしないって、分かってる」

 それでも口をついて出てくるのは、彼へのフォローと見せかけた自らへの戒め。彼を庇っているわけではなく、自分自身にそうだと言い聞かせるためだけの言葉。

 そうしないと、彼にとって自分はそこまでの存在だったのだろうかと、考えなくてもよいことを考えてしまうから。

 所詮、学生同士の恋など、そんなものだと思ってしまいそうになるから。

「ほら、湊くんのことだから、どう言おうかな、とか考えてたんでしょ? わたしに分かりやすいように、納得するようにって。

わたしが、傷ついちゃわないようにって、考えてくれてたんだから、怒る必要なんてない」

 早口でまくし立てるわたしは、彼にどう映っているんだろう。

 顔は歪んでいないはずなのに、笑顔で話しているはずなのに、彼の少しだけ寄せられた眉を見ると、そうじゃないことが分かった。

 離れてほしくない、そんなこと無理だと分かりつつ、口に出しそうになる。

 行ってほしくない、今更だと知りつつ、泣き出しそうになる。縋りそうになる手をぐっと握り締めて、それだけは我慢する。

「咲、ごめん」

「だから、謝ることでもなっ」

「無理して笑わせて、ごめん」

 謝る顔はこちらも泣き出しそうで、そこでやっと明日から彼がいないんだと漠然とだが実感した。掴めないような空しさと寂しさではなく、はっきりと彼の存在を失う気がした。

 朝早くに二人で教室で笑いあうことも、彼の部活が終わるのをじっと待っていた放課後も、もうないのだと知ってはいた。

 だけど、感じてはいなかった。

 だけどもう、本当に。

 制服の裾を引っ張ることも、朝練を覗くことも、校舎の周りを仲間と一緒に走っている彼を見かけることも。手を振られて、恥ずかしくても振り返そうと思うことも。

 もう、二度と。

「……あの学校を、受ける前から『言おう』って思ってた。だけど、願書を出しても、合格通知が来ても言えなかった。迷ってる自分がいて、どう言っていいか分からなかった」

 ギリギリまで、あそこへ行くかどうか迷ってたんだ、と彼は苦く笑って、それからまた慰めでもするようにわたしの頭に手を置いた。

 優しく、撫でるように労わるように。

「咲と距離が開くのが嫌で、でもそれで進路を変えようとする自分はもっと嫌で……。そんな状態で咲に相談するようなことは、絶対にしたくなかった」

 彼までの距離が遠くなる。たった数歩だった『あの頃』でさえ遠いと思っていた彼が、今度は手の届かないところへ行ってしまう。

 今、こんなに近いのに。

「咲に、『行けばいいよ』って言われたら、傷つきそうな自分がいた」

 手を伸ばして、彼の服の裾を掴んだ。

 引き止めたくて、それでも声は出なくて。彼がわたしの背に手を回し引き寄せた瞬間、ついに我慢していた涙が零れて、彼の肩口を濡らした。

 0.5歩の距離がひどく遠くに感じてしまうわたしは、彼がいなくなる事実を寂しがっているんだろうか。

 どこまで続くか分からないので、連載にもできないもの。遠距離は聞いてるだけで辛い。

 短編連作ですけど、どこまで書こうかなぁと迷い中。

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