first
ただのロリコンとか言われても、彼は平気だと思います。そして多分、本当にロリコンなのではないかと最近思ってます。
そのきっかけはささいな友人の意見だった。
「で、どこまでいったの?」
頬にキス、では遅すぎるんでしょうか?
「遅いでしょうよ」
「そうかなぁ」
「……一さん、可哀想に」
友人の同情したかのような発言に眉を寄せれば、彼女はにかっと笑った。
「ま 沙夜はお子ちゃまだからね」
お子ちゃまって、やっぱり幼いってこと? 彼とはつりあわないってこと?
「遅いのかな。一さん」
我が彼女殿は実にあっけらかんと、あけすけもなく言った。一瞬こちらの思考回路が止まろうが、ショートしようが関係ないということだろうか。
むしろ、狙ってるんだろうか。狙ってるんだろうさ。もし狙ってないなら、相当タチ悪いぞ! 沙夜。
「さぁ……。人それぞれなんじゃないか?」
何とかそう切り返す。この娘、本当に新学期から高二なんだろうかと思ってしまう。
春休み中、沙夜は何をするわけでもなくこちらへ来ては、ゴロゴロしている。
もちろん、勉強道具を持ってきて、それらしいことをしているように見えるが、半分以上は俺がやっているようなものだ。
「一さん。この問題、xもyも0(ゼロ)になる」
「なるわけないだろう。二つを代入したとき、この式は4になるんだろ。xもyも0なら、ここは2になるはずだ」
「そっか。アレー。どうして?」
そう言いつつ、ノートと解答を変わりばんこに見つめる。その様子を横目で見ると、まだあどけない。幼い、と言ってもいいだろう。
本人にいえば間違いなく怒られるが、こちらから見る限り、沙夜はまだまだ子どもだった。
反面、ペンを片手に考えつつ、垂れてきた髪を耳にかける仕草はどきりとするほど色っぽい。(変態と言ってくれてかまわない)
……変な目で見ているわけではないと、一応言い訳はさせてもらうが。
「よって、この式の連立方程式を最後に解けば、この問題は解決。連立は簡単だろう? 一見複雑そうに見えて、連立方程式だと思えば、この問題もそう難しくないってわけ」
そもそも、この問題の難しいところは……、と言いかけて、沙夜がこちらを向いた。純粋な目であることは間違いない。
「でも、付き合って一ヶ月でどこまで行けば、人並みなのかな?」
また戻った! 乗り切ったと思ったのに、また振り出しか。このやろー。
「さぁ、どうだろう」
それだけいって、等式を書く手元に集中する。これで諦めてくれればいい。むしろいっそ、忘れてしまえばいいのに、そんな話題。
「百合は『一さん、は、間違いを起こさなさそうだよね』って言ってたよ」
バキッと、書いていたシャーペンの芯が折れる。いや、もう、俺の心が折れた。シャーペンよりこっちが重症だ。ついでに流れるように書いていた等式の内容が頭から吹っ飛ぶ。
やばい、高校一年生の数学が分からなくなるって、大学生としてどうだ? しかも理系で大学受験したのに。
「『間違い』って何? 一さんは、ってことは、他の人は間違うの?」
ひょんっと後頭部で一つにまとめられている髪が揺れた。
かけていたはずの残り髪がまた頬にかかっている。あらわになっている、それまでほとんど意識しなかった白い首筋が艶かしく感じる。
あー。完全に変態の思考だ。美雪さんに殺される。
むしろ、自分自身で、自分って人間としてどうなんだろうと思う。ずっと妹みたいに思っていた子を、こんな目で見るなんて。
変態か、変態なのか。
「沙夜」
ちょっとちゃんと話さなければいけない気がした。(父親の心境とでも言っておこう)
「何? 休憩?」
先ほどから一回も使われていないペンを投げ出し、すぐさまベッドへダイブ。
誘っているのかと膝詰めで説教したいところだが、残念かな本人はとっても無意識のうちにやっているのだ。何も言えるはずがない。
と、言うか、言ったが最後、彼女はここへ来ない気がしてならない。(あながち間違いではないだろう)
今まで培ってきた理性を総動員し、沙夜が寝ている少し横へ座った。沙夜が下から不思議そうにこちらを見る。そんな目で見ないでください。頼むから。
「一さん?」
「沙夜、よく聞いて」
そっと髪を撫でると沙夜はされるがままで目を閉じた。そして小さく擦り寄る。猫並み……いや、それ以上に可愛い。
あぁー、もう、下心なんて抱く人間が悪いみたいだ。
「俺は沙夜の兄じゃないし、まして父親でもない」
「知ってるよ」
瞳を開き、無邪気にそう言う。
それは分かってるよ、とこちらも笑顔を返した。
「沙夜が好きだし、大切だ」
今度は顔を赤くし、わずかにはにかんだ。可愛い。
「それで?」
「だから、早く進むことはないよ」
焦ることはないと諭す。歩くより遅くても、それが遅々として進まなくても、沙夜が大切だから。
何よりも大切な女の子だから。ぎゅっと沙夜が腰にしがみついてきた。
『ありがとう』とわずかにもれ出る声は照れているようだった。
「ちょっとね。心配だったんだ」
こちらを見て、沙夜は笑った。
「私と違って、一さんは大人でしょう? だからね」
我慢してもらって、それでいつか……。
「いつか嫌われちゃうんじゃないかって」
私子どもだから。一さんがこうしたい、とか、ああなりたい、とか、そういうことを聞いたら『いやだなぁ』って思っちゃうかもしれないから。
不覚にも押し黙ってしまった。もう、何でこの子はこう可愛いんだろうか。今更ながら発言の殺傷能力を実感してしまう。
あー、やることなすこと全てが可愛いなぁと、惚気て仲間から彼女バカなのがばれるのも時間の問題だ。(晴夏あたりには既にばれている)
「大丈夫だよ」
――もう何年も待ってるんだから。後数年だってあっという間だ。
これまでがそうだったように。これからもきっと、ハラハラしながら、ときに心配しつつ、それでも目が離せないんだから。
早く大人になってと願いつつ、まだ『お兄ちゃん大好き』と言って欲しいと思いつつ。
「一さん」
大好きだよ。その言葉とともに頬へ落ちてきたのは柔らかい感触だった。
……不意打ちだ。
「この前の仕返し」
バレンタインデーの時のことだと分かるまで数秒。
次の行動に移るまで、コンマ数秒。気が付けば沙夜を抱きしめて、キスしている自分がいた。あ、言ってることとやってること違うくないか? 俺。
「っ!! 早く進まないって言ったのに!」
触れるだけの、分相応なキスだった。幼い彼女に、その彼女が好きな自分に。
大学生にもなって、それさえ経験がないなんてありえないだろうというような、そんなキス、だったはずなのに。
「倍返し」
「ひどいっ!」
なのに顔は熱くて、心臓は早く脈打っていて、思考はあっけなく崩壊した。
そしてまた、合わせるだけの口付けを贈る。怖がられないように、優しいだけの口付けをした。――ステップアップが楽しみな、ある春のこと。
変態なんです、ようするに。