優しい物語
悲恋っぽい感じの恋愛モノ。悲恋なのかと言われれば、明言できないんですが、多分悲恋です。死ネタと言われれば、死ネタ、かな。
恋愛色薄めです。魔女とか出てくるので、そういうのが苦手な方もお気をつけください。
スッと薫る木の香り。誰も……何もいないのではないかと思うほどの静けさ。時折、忘れたように風が吹き、その時だけ木々が生命を取り戻したように揺れた。しかしそれ以外は、何も起こらない。
その中に魔女が住む屋敷がある。一匹の猫を抱き、ゆらゆらと前後に揺れる安楽椅子に座った魔女。安楽椅子に座るには、若すぎるように見える女は日の光が当たると、嬉しそうに目を細めた。
透けるような白い肌を持ち、その皮膚にはシワ一つ、シミ一つない。彫刻等のように白い肌とは対照的に、髪は闇より深い黒だった。
全てを見通す瞳はよどむことなく、かといって美しく澄んでいるわけでもなかった。
美しい、少女とも妙齢の女とも取れる女の顔は神秘的な雰囲気を内包していた。ゆうるりと細められた瞳は、魔女にはありがちな冷たさを奥に潜めていた。
「マーシュ」
小さな声で、猫を呼ぶ。“マーシュ”と呼ばれた猫はあくびでそれに答えた。「冷たい仔ね」とたしなめる言葉も聞こえていないように振舞う。
「もうすぐ、ね」
その言葉が意味することを分かっているのか、いないのか。マーシュは小さく身じろぎした。その時、トントンとドアがノックされる。
魔女はゆっくりした動作で椅子から立ち上がった。まるでそれを予想していたかのように……。淡い紫のドレスがひらり、ひらりと美しく翻る。
魔女はその美しくも冷たい顔を綻ばせ、ドアを開けた。
「あ……」
まさか人が出てくるとは思っていなかったのか、ノックした本人は驚いたような顔で魔女を見つめる。
ノックしたのは一五歳ほどの少女だった。長く、亜麻色の髪は一つの大きなみつあみにしていて、服も魔女とは違う簡素で動きやすそうなドレスだ。
「あの、あたし、森で迷っちゃって……。雨も降ってきたから、それで」
おどおどと自分の置かれている状況を説明する。その話を本当に聞いているのか、魔女はドアを大きく開けた。
「お入りなさい。温かいお茶を入れましょう」
魔女は目を一層細め、優しく微笑んだ。
そして、自分が先程座っていた安楽椅子の隣にあるソファーを指し示す。少女は遠慮がちにそれへ腰掛けると、魔女が出した紅茶のカップを手に取った。
ふわりと薫る、甘い香り。そして、紅茶の名の通りの深い緋色をもつ液体を見つめた。その美しい色合いに誘われて少女はカップを口に付ける。
「おいしい」
呟くような感想を言うと、魔女はニッコリと笑う。マーシュはふぁと口を開けた。
「どうしてこんなところへ来たのです?」
さらさらと川のせせらぎにも似ている言葉の羅列。優しい響きの中にどこか混じる、寂し気な色合い。その声に少女はほっと息をついた。
「あ、あたし、ルーナって言います。綺麗な花を探してたら、いきなり雨が降ってきて。どこか休むところはないか探していたら、いつの間にかこの家があったから」
ゆっくりとしたその声は、カップから立ち上る湯気と共に空気へ溶けた。
魔女はその言葉を聞き、小さく目を見開いた。ルーナが来て、初めてその穏やかかつ冷たい表情を変えたのだ。
驚いたような表情を出し、まじまじとルーナを見つめる。そして何かが分かったように口を動かして、何事か囁いた。しかしそれもすぐに元の表情に戻る。
それから優しく頷いた。魔女は横目で窓を見やり、それからルーナに向き直る。
「ならば雨が止むまでここで休めばいいでしょう。その間、独り暮らしで寂しいわたしの話し相手になってくださる?」
首を傾げると黒髪がふわりと揺れる。
サラリと髪が落ちる様子にルーナは見惚れた。いつの間にかマーシュは魔女の膝を離れ、ルーナの足に頭を摺り寄せている。グルグルと喉を鳴らし、ルーナの関心を引こうとした。
それを見た魔女は、納得したように頷く。先程の笑顔より嬉しそうに、喜色を滲ませた。
「マーシュ」
魔女が静かに猫の名を呼ぶ。
すると、マーシュは大人しくルーナから離れ、魔女の膝に飛び乗った。黒のように見える毛色は深い紺色で艶のある毛並みだった。
そして、黄金の鋭い瞳と澄んだ碧眼を持っていた。どこかしら神秘的な雰囲気を持つマーシュの表情は魔女に似ていた。
魔女は触り心地のよさそうな毛を撫で付けると、ルーナの薄く透明感のある黒い瞳を見つめた。魔女にはない、強い光を持つ瞳を魔女はじっと見つめる。
「昔話を、しましょう」
声が深みを帯び、さらに心地よくなる。美しい響きの言葉たちはまるで、詩のように魔女の口から紡がれた。それはまるで、美しくも切れやすい――儚い糸のよう。
魔女はマーシュを膝に乗せたまま、規則的に毛を撫でる手もそのまま話し始めた。物語とも、史実ともとれるそのお話は、ゆっくりと始まった。
この国にね、数十年も昔の話だけれど、一人の魔女がいたの。誰にも認められる程の力を持ちながら、その魔女は愚かだった。
その魔女はね――。
恋をしたのよ。この国の王子に、恋をした。愚かでしょう? 身分違いも甚だしい。まして、魔女には恋なんて、愛なんて必要ないのに。
その願いは叶わないと知りながらも、その心は報われないと知りながらも、その思いは許されないと知りながらも、その魔女は恋をした。
優しくも、絶対に魔女には振り向かない王子に。
その王子も、身分違いの恋をしていた。侍女に、恋をしてしまったの。そして、その侍女も王子を好いていた。
当然のように二人の関係は誰も知らなかった。王子に相談を受けた、魔女以外はね。
彼女は王子と、その侍女の為に色々なことをしたわ。逢瀬を邪魔されないように結界を張り、二人の真実を知ってしまった者たちの記憶を消した。
報われないと知りつつ、それでも王子のために何かしたいというその一心で……。
そしてある時、王子たちは城から出る決心をしたの。
このままでは幸せになれないと、二人は悟ったから。でも魔女は戸惑ったわ。今までなら王子の傍に入れたのに、と。
でも城から出て行かれたら、もう一生会えないのは目に見えていたから。
それにね、彼女は国に雇われていたの。王子個人ではなく、国に――ね。だから、国に不利益なことはできない。
国に不利益なことをする、それはそのまま国に雇われた魔女の禁忌だから。
破ることを許されない、破ったが最期自分の身さえ滅ぼしかねない、契約だから。
そこまで話して、魔女はふぅと大きく息をついた。どこか疲れたような表情でルーナを見つめる。
何か言おうと口を開き、しかしその口から言葉が出ることなく、また閉じられた。眉を少しだけ下げ、それでも笑って見せた。
「その魔女は結局、どうしたんですか……?」
先が気になって、ルーナは口を開いた。想像がつかなかった。どうなっても、物語としては納得できるから。
どんな決断をしても、後悔することが分かりきっているのに、彼女は一体どちらをとった?
思い人の恋を手伝っているところからもう間違いなのだ、そう思ったが、彼女にはどうすることもできなかったんだろう。
思いを告げることも、思いを殺すことも、どちらもできずただ、ただ迷って悩んでいるだけだった。それは何て、悲しいことなんだろう。
恋をした時点で、間違いだったなんて、それは何て苦しいことなんだろう。
王子の幸せをとり、自らの心を殺して禁忌を破るか――、そしてもう二度と会えなくなるか。
国への忠誠を取り、王子を裏切って一生城へ閉じ込めるか――、そしてもう二度と顔を合わせなくなるか。
ルーナの問いに、魔女は再び笑顔を浮かべた。淡く、儚い……、触れれば消えてしまいそうな雪のような笑み。
「あなたなら、どうします?」
もし、あなたがその魔女なら、どちらを選びますか?
魔女の問いに、ルーナは目を伏せた。何かを掴もうとするように目を彷徨わせる。長い間、そうしていた。
魔女はそれを咎めることもせず、ただルーナを見ている。柔らかな眼差しの中に、観察する色を映し出した。
いく時そうしていただろう、やがてルーナは静かに魔女へ向き直った。その瞳は揺れていて、いまだに自分の答えへ自信が持てないようだった。
「もし、もしもあたしがその魔女なら……」
そこまで言って、ルーナは言葉を止める。
いつの間にか、カップから立ち上る香り豊かな湯気は消えていた。そのカップの中身に映る自分を見つめ、ルーナはきゅっと手を握り締めた。
そしてゆっくりと口を開く。
「あたしなら。王子を城から出そうなんて思わない、思えないよ。いくら王子の幸せを願っていても、やっぱりあたしは傍にいたい。
たとえ、王子が一生あたしに振り向かないとしても、城に閉じ込められてあたしを憎んでも。王子だけその侍女と幸せに暮らすなんて、許せない――!!」
何かをこらえるようにルーナは言った。それを聞くと、魔女はまたマーシュを撫で始める。そして、物語の続きを語るために口を開いた。
彼女は悩んだわ。
昼も夜も関係なく、そのことで一杯だった。でも、答えなんて出なかった。どちらも嫌だったから。どちらかをとれば、どちらかを捨てなければいけないんだもの。
考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、そのことしか頭に浮かばなかった。
でもね、ある日王子は彼女を呼び寄せていったの。「手伝わなくていい」って。王子にも分かっていたの、その魔女のこと。
『心優しく、真っ直ぐな魔女』
そう呼んでいたぐらいだから。
彼女がどんなに悩んでいるか。国と自分との間で、どんなに苦しんでいるか。それが分かるのに、どうして魔女の思いに気が付かなかったのかしらね。
彼女は友である自分か、国かで迷っている。
友人を裏切るような人間ではない。
だけど、忠誠を誓う国に背くような人間でもない。
それが痛いほど分かったから、そう言ったのね、きっと。
だけど、皮肉なことにその言葉が引き金になった。彼女の迷っていた心を決める、決定打になってしまったの。王子が自分のことを考えてくれている。その事実が魔女には嬉しかった。
ほんの少しでもいい、彼の心に自分がいることが嬉しかった。
魔女は王子と侍女の身代わりを作り、一週間国を騙した。
王が小さな王子の変化に気が付いたのがきっかけだったけれど、それがなかったら、もっと時間が稼げていただろうと王の側近は言った。
そして魔女はその日の内に、捕まった。
彼女は絶対に口を割らなかった。ただ、黙って俯き涙を流すだけだった。王に許しを請うことも、自分の過ちを嘆くこともしなかった。
魔女は泣いてはいけないという決まりなのに、彼女は人目をはばからなかった。
怒り狂った王は彼女を殺そうとしたけれど、それでも呪いが怖くて殺せなかった。
「だから、彼女は国を追われ、長い旅に出た。そして最後に――深い森にたどり着き、そこへ屋敷を建て、そこに命をかけて魔術をかけた。
ずっと、ずっと先、もしもその王子の孫たち、子孫たちがその近くを通ったら、その屋敷に入るように。そして、殺してしまうように……」
そう言って、魔女は話を締めくくった。
そしてルーナを見て笑い、「つまらない話を聞いてくれてありがとう」と呟くように言う。ルーナは黙って首を振り、それから口を開いた。
一つの予想と、疑問を抱きながらそれを魔女にぶつけた。
「あなたの、名前は?」
「ルウィーヌ。ルウィーヌ・レストリス」
囁くように言い、マーシュの頭を撫でた。
「そして、愚かな魔女の名もまた、ルウィーヌ。愚かな魔女というのはわたしのこと。そして、ルーナ。あなたは……、あの人の孫、ね」
小さく、本当に小さく魔女の――ルウィーヌの顔が歪んだ。泣き出す寸前のような顔で、ルーナを見つめる。
「あたしを、殺すの?」
ルーナが問う。その問いに、ルウィーヌは首を振った。
「本当はね、本当はそうだと思った瞬間殺そうと思ったの。でもね、あなたがわたしと同じように考えてくれたから。
『王子だけ幸せに暮らすなんて許せない』
……わたしも、そう思ったから。いくらあの人を愛していても、そう思う気持ちを止められなかったから。そして、そう思う自分が醜くてしかたがなかったから。
だから、嬉しくて殺そうなんて思えなくて」
嬉しそうに少しだけ微笑んだルウィーヌは、マーシュの耳元に唇を近づけ何事か小さく言った。マーシュはその言葉に『ミャウ』と鳴いて答える。
そして、ルーナをじっと見やった。
「ルーナ、来てくれてありがとう。あの人の幸せの証が見れて、本当に良かった。もう、あの人の子孫には会えないかもしれないと思ってた」
その声はとても小さくて、聞こえにくい。泣いているわけでもなく、俯いているわけでもないのに、とても小さかった。まるで死にかけている人間のような。
そこまで考えて、ルーナはハッとした。自らの考えの不吉さに身を振るわせる。それでも。
「ルウィーヌさん?!」
ルウィーヌの体が透けて見え、ルーナは慌てた。
今考えていたことが目の前で再現され、自分の考えを打ち消そうとする。その様子にクスリと笑い、ルウィーヌはルーナの瞳をじっと見つめた。
「目的を果たしてしまったからなのね。それか、もうわたしの魔力の期限か……。
でも、やっと逝けるのね。実は後悔していたの。自らの魂を、あの人の子孫が来るまで縛り付けたことに……」
歌うように言い、ルーナに手を差し伸べその頬に触れた。しかし、ルーナがその感触を感じることはなかった。
姿が光の粒子へと変わり始め、上へ上へと昇っていく。ルーナは手を伸ばし、ルウィーヌに触れようとして――その手はルウィーヌをすり抜けた。
掴んだと思った光の粒子は手に残ることもない。
金の光に囲まれて、だんだんとぼやけていくルウィーヌは何故かとても幸せそうに見えて、ルーナは涙を流した。
「泣いてはダメよ、ルーナ。わたしは、嬉しいのだから。笑って?」
「無理。そんなこと、無理」
涙が流れ、それを止めようとも思わずルーナは呟いた。それと共に、言いようのない感情が心を支配していく。じわじわと侵食するように。
「何故?! 何故あなたはそんなに……寂しそうな顔をして笑うの? それでも、幸せそうに見えるのは何で?! あたしを、殺したかったのでしょう? それだけが目的で、ここにいたのでしょう?
それなのに何故、目的を果たさないままで逝ってしまおうと思うの?!」
涙でルウィーヌがぼやけているのか、もう消える時が近いからなのか、それさえも分からなかった。
ルーナの問いに、ルウィーヌは答える。心地良くも小さく、すぐに空気へと消えてしまう声で。その声さえ、もう遠くから聞こえてくるようにあやふやだった。
「何故って、幸せなんですもの。わたしでは、あの人を幸せにできないことはよく分かっていたから。
いくら力が強くても、優秀でも、所詮は人とは違う者。国はわたしたち魔術者を使いながら、それでも軽蔑の目を向けていた。
異形の者を娶って、幸せになれるわけがないでしょう? ならば、離れていてもあの人が笑ってくれる方がいいって、そう思ってしまったんですもの。
近くにいたいと、いて欲しいと思いつつ、二人だけが幸せになることを許せないと言いつつ、それでもやっぱり幸せになって欲しかった」
どこか夢心地で、ルウィーヌは続けた。
「本当にそう思ったの。わたしが幸せになれなくても、異形の者に『大切な人だ』って言ってくれたあの人の幸せを守りたかった。
だから、あの人が幸せだったという証――あなたに会えて、嬉しかった。復讐なんて忘れてしまうぐらい」
その言葉を聞き、ルーナは目を見開いて息を呑んだ。
そして何かを思い出すように眉を寄せた。一瞬後に、もう一度目を見開き、ルウィーヌに向き直る。
「一つだけ、あなたに言いたいことがあるの!!」
大声で泣き出したい衝動をこらえるような、それを押さえつけるような声。
「おじいちゃん、一年前に亡くなったんだけど。その時にね、あたしに言ったの。
『僕は本当に好きな人、一人さえ幸せにはできなかった愚か者だ』って。
『彼女から離れることでしか、彼女の幸せを守れなかった。いや、結局は離れてもやはり彼女の運命を狂わせてしまったのだけど。
でも、あの時は彼女より、ルーナのおばあちゃんの方が好きだと思ってた。だから、彼女の気持ちを知りつつ、知らないふりをした。
だけど、離れてみて初めて、自分が彼女を愛していたことに気が付いたよ』って。
あたし、今の今まで何のことか分からなかったけれど、今なら分かる気がする!! きっと、おじいちゃんはきっと、あなたが、あなたのことが――!!」
そこまで言って、ルーナは口を閉じた。
ルウィーヌが人差し指をルーナの口元に運び、話せないようにしてしまったから。そしてゆるく首を振り、ルーナの言葉を遮った。
「あの人はきちんと、侍女の娘を愛していたわ。でも、わたしの気持ちにも気付いていたのね。うまく隠した、つもりだったのに」
幼い子どものように、屈託なく笑った。
「わたしからも、言いたいことがあるわ」
穏やかな、穏やか過ぎるその声は――全てを悟った、死期が近付いた人の声。
何もかも受け入れるようなその笑みに、もう初めて会った時のような冷たさはなかった。ただ温かくて、安らぐ笑み。
「あの人ね。わたしのことを小さい頃、『ルーナ』って呼んでたの。あなたの名前を聞いた時、まさかとは思ったけれど……。
忘れないでいたことがすごく嬉しかったわ」
そう言って、ルーナの頬に触れる。もう触られているという感触さえ、相手に与えられないのね。そう言ってルウィーヌは笑った。
「さようなら、ルーナ。あなたに会えてよかった。本当に……。やっと、あの人に会える」
見つけてくれるかしら? その声はもう聞こえなかった。
「さよなら。優しい、魔女さん」
どうして、二人は離れてしまったのだろう。どうして二人はお互いの気持ちに気が付かなかったのだろう。
彼女は彼の気持ちに。
彼は自分自身の気持ちに。
気が付いたら、何か変わっていたのだろうか。
結ばれる、運命には絶対になれなかったのだろうか。そんなに魔術を使う者は忌み嫌われていたのだろうか。
「知りたいよ。知りたくて、たまらない」
どうして二人は――。
「こんなに悲しいの?」
涙が再びあふれ出るのは、二人の胸の内が少しだけ分かってしまったから。そしてルーナはあるものに気が付く。
ルウィーヌが座っていた安楽椅子に何か置いてあるのを。
「これ、ロケット?」
そう言って開けてみる。ちょっとした、期待を込めて。そこから現れたのは金髪の穏やかな目を持つ青年と、その青年に寄り添って笑う黒髪の少女だった。
その笑みに、冷たさは一欠片もない。穏やかな、優しい光が満ちているだけだった。少女の肩に回された青年の腕は優し気だ。
『何かを媒体にしないと、魂を縛り付けられなかったの』
唐突にそんな声が聞こえてきて、ルーナは辺りを見回したが、声の正体は掴めなかった。いつの間にか傍にいるマーシュを抱き上げ、ルーナは呟いた。
「こんなに、思いあっていることが分かるのに」
こんなに、互いを大切に思っていたのに……。どうして、すれ違ってしまうの?
それは多分、二人があまりにも愚かで、そして……優しかったから。
これはある国の愚かで優しい二人の物語。
二年以上前の作品!! ヒー、文体違うーー。拙さ万点(もちろん今でも)ですが、ちょっと懐かしくてびっくり。
二年前でも、今でもこういう雰囲気が好きなのは変わらないらしい。成長ないなぁ。