興味本位の観察を
身分差。王子×メイド
毎度思うけど、どうしてそんなに身分差が好きなんだろう。
『王子~~』
少女が一人、広い中庭にいる。くるくると、まるで踊っているかのように、紺色のメイド服を揺らしている。
可愛らしいデザインのメイド服は、城内外問わず人気で、それゆえメイドは人気の高い職業だ。当然、その服を着る人間も選ばれ抜かれたものであるので、王族に決して無礼を働かない。
礼儀作法を叩き込まれている彼女らの職業からして、メイド服を揺らしながら走り回るのは少々考えられないことだった。
『王子、どこにおられるのですか』
紺色を基調とした、清楚でありつつも地味ではないメイド服は王様の趣味だとかそうではないとか。城下ではもっぱらの噂であったが、ここにその噂を知る人物は一人もいない。
そんな噂の的である服の上に、真っ白なエプロンをしている少女は、正真正銘のこの城のメイドだ。
「ほら、ウィル。あなたの可愛いメイドさんが探しているわよ?」
そのメイドの様子を、部屋の中から楽しんでいる少女が一人。開かれた窓からはその様子がよく見えて、少女はくすりと笑いを零した。
そうして窓の外を見ようとはしない弟を振り返る。
「お姉さまは楽しんでおいでですね」
弟は難しい顔をして、姉を責めるように見つめた。
「ええ、もちろん」
身分違いの恋なんて! しかも、王子がメイドに恋しているなんて、なんて素敵なんでしょう!!
美しい顔をほころばせて、王女は言う。その片手には巷で有名な『ロマンス小説』が。おおよそ『王女』が読むに相応しくないものだろう。もっとも、彼女はそんなことを気にしていないようではある。
しかし、好奇の目に晒されるのは必須だった。
なんせ、あの柔らかい笑顔を持つ王女が、生粋の『ロマンス小説』好きなのだから、興味をそそられないわけがない。
「そんなことを夢見ているから、お父様が嘆かれるのですよ」
「あら、わたくし、恋のない結婚なんてしなくてよ?」
ぱらり、と苦労を知らない手が本のページを捲る。白く細い手は、労働を知らない手だ。そして、元々労働をするように作られていない手だ。
まさしく、王族の手と呼ぶに相応しい造りの手だった。節が目立たず、抜けるように白く、滑らかで本をめくる以外の仕事をする必要がない。
「だって、あなたがこんなに素敵な恋をしているのに、わたくしが一人、愛も何もない結婚をするなんて不公平ですもの」
ここは王女の部屋で、その窓からは中庭が一望できる。王子はその窓から、メイドの少女をちらちらと見ていた。
見ない、という姿勢を崩してはいないが、腰が僅かに浮いているのだ。そんなに気になるのなら、窓が見えるところへいけばいいのに、と王女のみならず部屋にいた別のメイドたちは思う。
それを口に出さないのは、この王子がその指摘を受けると本格的に窓へ背を向けかねないからだ。天邪鬼、というよりここまでくればいっそ素直の部類になるだろう。
「そんなに心配ならば、行ってあげればいいのに。どうして、ここにいるのかしら? 我が弟君」
からかい半分のその言葉に、王子は少しだけ息を吐いて、答えた。
王女は指摘することにしたらしい。しかし、あえて『見てるじゃない』という指摘はしない。回りから固めていく手はずは、まるで戦の策のよう。
「あれは一応、お母様の手先ですよ。私が何をするか逐一お母様に報告するに決まってるではありませんか」
そう言ってから、紅茶を口元に運ぶが、こけそうになった少女を見て、わずかに腰を浮かした。そう、まさに立ち上がりかけた。
くすり、と王女の口から笑いが零れるが、王子の耳には届いていないらしい。姉を睨むこともせず、窓の外を気にしている。
「あらあら、心配でいけないようね。それに……」
少しだけためらいを見せた後で、王女は盛大に口元を引き上げた。華やかな美貌が、より美しくなる。
大人しく、夜会で男性をひきつけて止まないその顔立ちは、どちらかと言えば幼くて、今はらんらんといたずらをする子供のように輝いている。
瞳は生気を宿し、どんな言葉が弟から出るのか待ちに待っているようだ。
「ここにいるのは、彼女のそばにいると落ち着かないからかと思っていたわ」
ほら、なんて言うのかしら。王女は手を口元に当てて、小首をかしげる。
可愛らしい仕草だったが、王子から見れば嫌な予感しかしない。どんなに洗練された動作でも、芝居がかって見えたなら、それはよくないことの兆候だと身をもって知っているのだ。
「そうそう。男は狼なのでしょう?」
「お、お姉さま!!」
王子が声を上げる。
「違った? おかしいわね。確か、数ページ前にそんなことが書いてあった気がしたのに」
弟の声を聞いて、間違ってたかしら、と呟きつつ本をめくり始める。
パラパラとページを戻す姉に向かって、王子は手を伸ばし、その手から本を奪い去った。噴出しそうになった紅茶は、いつのまにかきちんとテーブルに戻っている。
「王族が、このような本を読むなんて感心しませんね」
どちらが年上なのか分からない言葉だ。
「その言葉そっくり返して差し上げるわ。王族が家臣に心奪われるなんて感心いたしませんわ」
対して、王女はゆっくりと慌てることなくその手から本を奪い返す。
もちろん、王子に皮肉を贈ることも忘れない。王子の手から思いのほか本を奪い返すのが容易かったのは、相手が動揺しているからだろうと王女は勝手に思った。
『王子~、どこにいらっしゃるんですか。あ、服が引っかかって、取れない……、動けない……』
「泣きそうね。どうしたら、あんなところで、複雑に引っかかるのかしら」
「あれは天性の才能ですからね。厄介ごとを引き起こすことに関しては」
王子はそれだけ言って、席を立つ。紅茶はすでに飲まれており、礼儀を欠くことなく部屋を出ようとする。
何気なく装ってはいるが、先ほどからイスを倒しそうになったり、メイドにぶつかりそうになったりと動揺を隠しきれていなかった。
「お姉さま、本日はこれで失礼いたします。では」
そしてそのまま部屋を出た。
パタパタと部屋の外から走る音が聞こえる。きっと今頃中庭へ走って向かっているのだろう。素直すぎて可愛い弟を見送りつつ、王女は本を閉じて笑った。
そして側仕えの長いメイドに視線を送る。何とも嬉しそうな、その表情。
「お母様もお人が悪いわ。あの子の好みを知っていて、わざわざメイドとして行かせるんだから」
息子の結婚相手として、教育した相手だとはよもや王子は知るまい。大層な家柄の姫君が、メイドとしてここにいるなんて、一体どこの誰が考えるだろうか。
結婚相手は要らないと話を蹴りまくり、逃げ出し、耳を貸そうとしない弟に対し、母が行った無謀とも言える作戦。
しかしその作戦は、案外母の思ったとおりに進んでいて、王女は顔を綻ばせた。
まさか彼も、たった一回、たまたま出た夜会のときに話した相手がメイドだとは思わないだろう。
ひそかに、こんな少女なら楽しいかもしれない、なんて思った幼い日の思い出を覚えているかどうかは別として。
「あの子、それにしてもよく貴族の娘がメイドなんて引き受けたわね」
どうせあの母のこと、手八丁口八丁で丸め込んだに違いない。
「さて。あの子達はどうするのかしら」
くすくすと美しい顔が楽しげに笑ったことを、彼らは知らない。それを知っているのは、母と王女の親子だけ。
父も、弟も知らない。
「まぁ、あの子のためですものね」
やっと中庭に出てきた弟は、息を切らして彼女に近づく。メイド服が揺らめいて、そして弟を見つけて少し浮き上がる。
その様子は、彼女の心を表現しているみたいで、思わず笑いが零れた。抑えようとするのに、次々と溢れて止まらず、しばらく声を押し殺して笑う。
こんな楽しいことがあるだろうか。ロマンス小説よりよほど面白い。
王女はそんなことを思いつつ、メイドに言った。
「無事、結婚まで漕ぎつけられるといいわねぇ」
「王妃様が、身分差には障害がつきものだから、そろそろ引き離す作戦を実行しようかと仰っていましたわ」
答えるメイドも楽しそうだ。一体何人ぐるみで王子の恋愛を楽しんでいるんだと、知られたら怒られるだろう。知らせるつもりもないし、ばれない自信もあるから出来ることだ。
「あら、いいわね。反対する母、それに立ち向かう息子。彼は愛しい人を守りきれることが出来るのか――。ロマンス小説に出てきそう」
王女はにっこりと笑い、そして窓を閉めて部屋の奥へと入っていく。
日差しを厭い、日中滅多にカーテンを開けない彼女にしてみれば、日に焼けていないかが最大の問題だった。
王族の少女というのは、並の努力ではいけないのだ。常に美しさを心がけていなければいけない。
「わたくしも、したいものだわ。恋」
「姫様もできますわ、きっと」
弟の幸せそうな姿に、わずかに嫉妬を覚えた王女はため息を吐いた。弟に訪れたのだから、自分に訪れてもいいはずである、と。
「だって、王子が恋をしたんだもの」
結末は当然決まっているでしょう?
「ハッピーエンドしかないじゃない」
それに憧れているんだと言えば、メイドは僅かに笑った。
王子が真相を知るのは、彼が花嫁を迎えるちょうどその日であったというのは、余談である。
そして、王女が運命の相手を見つけ、城を出て行ってしまうのも。
ということで、またまた身分差。
まだ少し身分差ネタがあるんだよね。次は江戸くらい?? 何か水戸黄門みたいなのやりたいなぁーと思ってた頃があったのさ。
格さんの方が全体的に好みなのです、という内容。出たがりな藩主の娘と、その教育係(子守役?)の二人。年の差(がっつり10歳くらい)、身長差とか詰め込んだ感満載のネタでした。
練り直したら短編でUPしたいです。




