表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
19/50

窓の向こう

 見つめるだけの恋、なんて素敵じゃないですか。それで相手も見てるだけの恋、とか思ってたら可愛い。

 そんなお話。相手役と一度としてしゃべってないけど、恋愛ものだと言い張る。

「また外見てる」

 クーラーの効いた部屋で一つ、声が落ちる。

「……っ。み、見てない!! 見てない!! グラウンドとか全然見てないし!!」

 慌てて友人の前で手を振った。行き過ぎた否定は、肯定も当然と言うことを知らないわけではないけれど、それでもせずにはいられなかった否定。

「グラウンド見てたんだぁ」

「あ」

 右手に持っていた筆が落ちそうになるのを慌てて握りなおす。ばれてしまった……。自分は何と不甲斐無いんだろう。

 こんなに、早々ばれてしまうなんて。

 これは絶対、わたしだけの秘密だと思ってたのに。

「だってキャンバス全然変わってないよ。始まってから」

 ぐうの音もでずに押し黙ると、横から友人は身を乗り出し、わたしのすぐ隣の窓からグラウンドを覗く。

 さらり、と長めの髪が彼女の肩から落ちてきて、その大人びた横顔にかかった。羨ましい、と思うけどあえて口に出さない。自分が惨めになりそうだ。

「この暑い中、何がいいのかねぇ。野球部は」

 八月という、一番日が長くて暑い中、彼らはただただ白いボールを追いかける。泥がついてるボールより、なお砂にまみれる。

 だけど顔は笑顔で、ボールを追いかける姿は生き生きとしていて、どこか羨ましくもある。どうして、その一つの球に執着できるのか非常に疑問ではあるけれど。

「青春、してるんじゃない?」

 少し遠慮がちに言うと、友人はにやりと笑い、こちらを見た。その瞳が恐くて、キャンバスに向かう。青い絵の具を一気に押し付けた。白から青へ。それはまるで、この夏のように。

 暑さをも吹き飛ばすくらい、まっさらな青い空。雲ひとつなく、その光は彼らの肌を焼いていく。キラキラ光る、光の粒子がまるで彼らに降り注いでいるみたい。

 真反対だけど、雨のように。

「で、どれ? 二十人ぐらいいる中の誰なのよ」

「べ、別に一人を見てるわけじゃないもん。皆頑張ってるから、ちょっと見てて」

 二階の窓から見下ろせるグラウンドは、蜃気楼のようにゆらゆらと揺れる。あんな中で走ったら、私はきっと倒れるんだろうな。ただでさえ、走った後は体調崩すし。

 こんな暑い中、走っている意味が分からない。いや、分からなくていいとは思うんだけど。

「ふぅーん」

「そ、だから、誰も……っ」

 そういい終わらないうちに、がたん、と慌てて席を立つと、こちらに手を上げた人に頭を下げる。やばい、見てたことがばれた。

 ひらひらと振られる手に、自分の手を上げるだけで返す。恥ずかしくって、手を振るなんて出来ない。もし、慣れたらして見たいとは思うけど、いまだその勇気は出てこない。

 そのうち、そのうちしてみようかな、とか思うけど。

 しかし彼はそんなこと気にしていないらしい、ここからでも分かるくらい明るく笑うと、もう一度手を振って走っていってしまった。

 その笑顔に、どきりとしてしまったのはわたしだけの秘密。

「一人を見てるわけじゃない、ねぇ。のわりには、過剰反応してない? 真っ赤だよ?」

「う、う、煩い!!」

 バッと教室の中を向くと、足早に廊下側に走る。完全にグラウンドが見えなくなってから、へたり込んだ。

 心臓に悪いんだ、あの笑顔。わたしとは真反対の、明るい笑顔。ちょっと気後れしてしまうけど、そんなこと関係ないとでも言うように、分け隔てなくわたしにも贈ってくれる彼。

「あれ、隣のクラスの」

「何も言わないの!!」

「付き合ってんの?」

「付き合ってない!」

「じゃぁ、片思いだ」

「……っ」

 また何も言えない。

 容赦のない追走はなかなか手を緩めてくれず、わたしを追い詰める。まるで警察か何かのようだ。どんなに逃げても、逃げ切れる気は到底しない。

 むしろ、いつ捕まってしまうのかと冷や冷やしてしまう。

「青春してるねぇ」

「……」

 何も言わない。もう絶対、何も言わない。

 何を聞かれても、何を言われても、余計なことは一切言わないようにする。そうしないと、この胸に育ち始めている気持ちを全て吐かされてしまいそうだ。

 全部、全部。この胸に灯るわずかな光さえ、隠すことを許されることなく。

「今度のコンクール、野球部描いて出せばいいじゃない」

「……」

「あ~。坂本くんだけ描いて出したいの?」

「……」

「描かないんなら、あたしがモデルお願いしようかなぁ」

「だめ!!」

 思わず出てしまう声。

「サイコー!!」

「あ……」

 もう、ダメかもしれない。

 

 陥落まであと少し。





「おーい、坂本ー。何手ぇ振ってんだよ」

「別にー。美術室に知ってる子がいたから」

 手を振ると、少しだけはにかみながらも、絶対に返事をしてくれる彼女。恥ずかしそうに手を上げて、でもまだ振ってはくれない。

 こっちが気付かなかったら、絶対自分からはしなさそうだよなぁ、と一人ごちてみる。

 この前まで名前も知らなかった。同級生だということも、知らなかった。だけどこの前、文系クラスとの合同授業で、初めて美術室以外で彼女を見た。

 気になって、話しかけたくって、でも理系と文系の溝は意外に広くって。休み時間に、文系クラスが多いところへ行くことさえ出来なかった。

「美術部? お前知り合いなんていんのかよ」

「いちゃ悪いわけ?」

 知り合いって言っていいのか分からない。もしかしたら、彼女からみればそんな存在じゃないのかもしれない。

 だけど隣のクラスなんだ。今まで一度として気にしたことなかったけど。文系クラスとほとんど授業が違うから、縁のない人たちだとばかり思っていた。

「ん? あれ、隣のクラスの文系じゃん。お前、どーして知ってるわけ?」

「お前に関係ないことだ」

「さてはお前ら付き合って……」

「ないし」

 ばっさりと友人の言葉を切り捨てていると、向こう側の彼女は顔を赤くして奥に入ってしまった。残念。もう出てきてくれないのかもしれない。

 この暑い日に、カーテンを開けていれば、彼女らは暑いだろうし。

「名前、何て言うの?」

「はぁ? 教えなきゃいけないわけ? それ」

「だって同級生なのに、名前知らないとか」

 菊池 優華 忘れもしない、彼女の名前。誰がお前らなんかに教えるもんか。

「なぁ、坂本ー」

「うるさい。練習に戻る」

 今日も彼女の顔が見れたから満足。さて、練習に励むか。

「まさか、知らないの?」

「知ってるけど、お前に教えたくない」

 手を振って、見つめて、笑って、名前を知って。

 次はどうすればいい? どうすれば、君に気付いてもらえるかな? ここに、俺がいて、君を想ってるって。

 やっぱり、話したことないのにそう思うって、変なのだろうか。

「お前、彼氏気取りかよ」

「まさか。立候補はしてみるけど」

 彼に一つ、笑顔を。

「うわぁ。こいつ、嫌い」

「どうとでも」

 今度、文系クラスに行ってみようか。それとも美術室に行くか。どちらにしても、彼女の声が直で聞ける。それだけですごく嬉しくって、つい足早に歩を進める。

「おい、坂本ー」

 その声に返事もせず、美術室の方を見上げた。


 本物の恋に落ちるのは、もう少し先。



 女の子の名前でピンときた人は『drop』読みの方ですね。絵を描くって言ったら、そういうイメージしかないのでした。(笑)

 作中の人間は暑い暑いと言ってますが、わたしは今とても寒いです。季節外れで申し訳ない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ