欲しいのは
失恋っぽいのを一つ。後悔はしてない。だけど少し、惜しかったかな、なんて思ってる。そんなお話。
恋の芽を自分で摘み取って、あとで『恋だったかもなぁ』なんて思ってたらちょっと痛い。だけど幸せだから、嬉しさが勝つ。そんな女の子。
どんなに泣いたって、叫んだって、手に入れられないものがあると知ったのは何時頃か。
これはその類ではないけれど、やはりどんな道を通っても手に入らなかったものなんだろう。たとえ、彼女に紹介しなくたって。
「ほしい……って言えないよね」
「へ?」
ちらりとこちらをみた友は、ポッキーを口にくわえたままこちらを向く。くるん、とはねたままの髪が目に入ったが、あえて言わない。
寝癖というほどでもないし、今日一日それで過ごして皆に指摘されなかったんだから、いいのかもしれない。
恋人に指摘されてしまえ、とまでは思わないけれど。あいつなら、それさえも可愛いと思っちゃうんじゃないだろうか。
「ほしいの? ポッキー? あげるよ」
箱をこちらへ向ける彼女に『違うよ』とは言えなくて、笑いながら『くれないのかと思った』と一本もらう。いつもは甘い棒が、ひどく苦く感じた。
苦い、甘い、やっぱり苦い。チョコレートが嫌いになりそうだ。
「それでね、さっきの続きなんだけどさぁ」
「彼氏の愚痴と見せかけての惚気でしょ? 続けて」
わざとらしく言ってやると、ムッと眉をひそめた。
あぁ、可愛い。これは惚れるわ。うん、女のわたしだって惚れるんだから、やつならもっとだろう。
「のろけじゃない!!」
「じゃあ、別れちゃえば~」
「やる気ないでしょ!!」
「胸やけがしてねぇ。どうしてだろう?」
チョコレートの棒を口で上下に振りつつ答えると、うっと彼女は詰まった。うう、としばらくうなってこちらを睨みつける。が、睨んでいるように見えないので全くもって怖くない。
逆に上目遣いになっていて可愛いくらいだ。
そこに話の中の重要人物が登場した。
「悪い。部活長引いた」
「早くしてよね。惚気に付き合わされるこっちの身にもなってよ」
そう返すと、彼は真っ赤になる。あ、照れてる。
わたしと彼の間に彼女がいなかった頃、一度だって見たことがなかった顔だった。彼女を紹介して、初めて見れた顔だ。
それを貴重だと思っていた頃がもう懐かしくて、ちくりと痛んだ胸を隠す。
痛くない。痛くない。こんなの痛みじゃない。
「え、や」
「今度あんたら、奢りね」
それだけ言って、席を立った。いつの間にかオレンジ色になっている日を見つめる。
切なさを感じることはもうなくなった。だって紹介したのはわたしで、二人を引っ付けたのもわたしだ。そのとき、後悔しなかったし、これからもすることはないだろう。
ただ、思うとすれば。
今更だけど……彼は結構いいやつだったのかもしれない。友人としても、彼氏としても。それは、付き合っていないわたしには分からないけれど。
「あんたたちのおかげで、こっちはお遊びの恋なんてできないのよ~」
羨ましいくらい、優しい恋だから。
羨ましいくらい、可愛くて純粋な恋だから。たとえ気休めだとしても、中途半端なものはしたくないと思ってしまうくらい。
羨ましい。だけど手に入れたいとは思わない。ただ傍で、ずっと見守っていたい。そんな二人。
「まぁ。別れたら一人ずつ慰めてあげる」
「ちょっと!!」
「おい」
二人いっぺんの返事にニコリと笑い返すと、教室から出た。
「あの笑顔が、羨ましいから……だよね」
だから、彼女を彼に紹介したことを、少しだけ惜しいと思った。
だけど、たとえ二度目があったとしてもわたしは紹介するんだろう。何度も、繰り返してしまうんだろう。だってそれで後悔なんてしてないから。
悪いことをしたと、思ったことはないから。
「恋、できるかなぁ」
恋と気付くのは遅すぎた。ううん、恋の可能性があったと気付くのが遅すぎた。でも、気付いたとして、何か変わることはあったんだろうか。
彼と、わたしでは、何かが起こりようもなかったと思うけど。
次にもし、誰かに可能性を感じたら、今度こそちゃんと気付こう。今は、そう思うだけでいい。
恋じゃない。だから失恋でもない。
だけどこの痛みを説明する言葉を知らない。
名づけられないのは、思いか痛みか。
失恋じゃないと言い張るのは彼女が強いからなのか弱いからなのか。