電話
拍手再掲。『newlywed』という短編連作を5作くらい書いていたのですが、続きを書く機会を逸してしまったので、一個だけあげてみますー。
新婚さんのあれこれが書きたかったのだよ。
短編にふさわしく。めちゃくちゃ短いのはご愛嬌。
♪~♪~♪
まだ少しなれない明るい行進曲が耳に付く。たたんでいた洗濯物を放り出し、近くにおいてあった子機をとる。ディスプレイを見る習慣は……まだなかった。
「ハイ、もしもし」
そこから先が、声にならなかった。正確には言葉を呑み込んだと言うほうが正しい。とっさに出てきた姓を押し込める。俗に言う、旧姓を。
「えっと……、清」
いけ、もう少しだ。ここまできたら、勢いに乗ってしまえ!!
本当に、旧姓、変わったよね? 間違いじゃないよね?
「しみ、ず、です!!」
火照ってくる顔も気にせずに、一気に言い切る。もう、電話でたくなくなってきた。もう、本日二度目です。ちなみに一回目はもっと時間がかかって、セールスの人に笑われました。
そんなことを考えていると、向こう側で笑い声が聞こえた。
「あのさぁ、千紘。それ、わざとやってんの? それとも素?」
笑ってる顔まで浮かんできそうで、思わず顔を覆った。電話の相手は“夫”だった。この“夫”もなれないものの一つだったりする。
「け、圭介くんの馬鹿……」
言ってくれればいいじゃない。
「いや。分かると思って」
そう嬉しそうに笑う、圭介くんが恨めしい。
「どうして、嬉しそうなの? 恥かいたよ」
むっとして言い返せばあっけらかんとした答えが返ってきた。
「千紘が『清水』っていうから」
結婚したんだなぁ、っていう実感があって嬉しかった。
そう言われて、また赤くなった。せっかく治まってきてたのに。圭介くんはこういう人だ。変なところで照れがないというか、恥ずかしがらないというか。
「またかける」
次こそは、『清水』と名乗ってやる。ぐっと拳を握り締めて誓うわたしだったが、数時間後帰るコールをしてきた彼に、また旧姓を名乗りそうになったのは、また別のお話。
「学習能力ない?」
「そんなことないもんっ!」
「もんって、可愛いなぁ」
「圭介くんの馬鹿ぁ」
バカップルの会話はしばらく続く。
そう、こういうテンションをたまには書いてみたい。