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larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
15/50

 やばい、短編もネタが尽きてきた。

 わたしが発したのは確かに、相手を傷つけるための言葉で――そしてその言葉は予想以上に相手を傷つけた。

 彼を傷つけようと、口に出したその言葉は寸分違わず、それ以上の威力を持って、彼の心を引き裂いた。その瞬間を、わたしはこの目で見た。

 放った瞬間に、後悔をした。口に出した瞬間、分かった。

 言ってはいけない言葉だった。一番、口に出してはならない言葉だった。

 いつもそうだ。

 ケンカするときに“こういう言葉”をいうのはいつもわたしの方で、傷つけるのはいつもわたしだった。優しい彼が、そんなことをするはずもなく、いつだってそれはわたしの役割だ。

 そして傷つくのはいつもあっちだった。それなのにケンカをしたとき、謝ってくるのはいつだってあっちなのだ。

 ただ一言『ごめん』と。まるで自分だけが悪いかのような顔をして。時々それが、無性に腹が立つ。

 君は悪くないんだよ、と言外に言われた気がして嫌になる。

 悪いのは、あなたじゃなくわたしだと、はっきり分かっているからだ。

 自分は何もしていないのに、ケンカの原因が多少あったにしろ、傷つけたのは間違いなくこっちで、加害者はわたしなのに。

 それが腹立たしかった。何を謝っているのか分からなかった。だからまた傷つけてしまう。

 『何に』謝っているの? ケンカの原因? それなら謝ってもらう必要なんてない。謝ればわたしが笑うとでも思ってるの?

 傷つけたわたしが、笑うと?


 わたしは傷つけた。一番言ってはいけない、一番彼を傷つける言葉を……わたしは吐いた。自分が彼のにふれたいと思った唇で、その言葉を吐いた。

 彼を傷つける言葉を、その唇から吐き出した。なんて、薄汚れた感情の言葉なんだろうと思っているのにもかかわらず、彼が一番傷つく方法で、彼が一番傷つく人間から。

 その言葉を吐き出すんだ。

 イライラして、感情が定まらなくて、呆気ないほど自分が自分じゃなくなる。






「ごめん」

「何が……」

 声が、冷たかった。泣き出しそうなくらい弱く、しかしそんな自分を律するかのように、必死になって感情を抑えているような声。

 あぁ、弱弱しい声。女々しい声。……違う、馬鹿らしいくらい弱い声。

「別にわたしは、謝ってほしいんじゃないの」

 顔を俯けたまま、表情の分からぬまま、言葉は続く。先程、荒く言葉を紡いだ唇で、小さく言葉を続ける。

「謝らなくちゃいけないのはわたしなのに、謝られると正直イラッとする」

 言ってもなお、こちらを向こうとはしなかった。荒く言葉を吐いた後、傷ついたのは多分彼女だ。

 言われた自分よりもさらに深く、こちらが感じる痛みを想像してより深く、彼女は傷ついた。

 はっと息を呑んで、そして顔を歪める。自分が言われたかのような表情に、言われた言葉より胸を刺された。

「どうして、いつも謝るの……?」

 泣く寸前のような顔が、ケンカするたびに瞼裏に浮かび良心を苛むのだ。始めから、ケンカなんかしなければいいのに、と。

「だって、傷つけたのは俺だから」

 彼女にそんな顔をさせるのは自分だから。

 優しい、本当はとても優しい彼女に、そんな辛い言葉を吐かせてしまったのは自分自身だから。

「言いたくないような言葉を、言わせてしまったから」

 誰も傷つけたくないという彼女を、人を傷つけることに慣れていない彼女を、そうさせたのは自分だ。

「バカだなぁ」

 そう言って、彼女は初めてこちらを向いた。苦笑いを含んだ顔で、こちらを見る。泣いていないようで、それだけで少し安心した。

「被害者なのに、何、加害者みたいな顔してるの」

 そっと近寄れば、『情けない顔してる』と頬に手を添えられた。そして抱きつかれる。

「ごめんなさい」

 いつだって泣きながら言うセリフを、今日彼女は笑顔で言った。

「ひどいことを言ってごめんなさい。傷つけるつもりで言ったけど、あなたを刺すつもりはなかったの」

 あぁ、そうだ。

 けんかをするとき、自分も彼女も、相手を多少傷つけるために言葉を発する。

 それは苛立ちによるものだったり、単純な怒りによるものだったりするけれど。

「俺も、ひどいこと言ったね。ごめん」

 だけど、もしそれを後悔するのなら、謝ればいい。

 人を傷つけておいて、そんな簡単な問題じゃないんだと言われれば、それまでなんだけど。

「仲直りのキスでもしとく?」

「しないー」

 ひらり、と彼女は腕から逃げて笑う。

「どうせなら、仲直りのデートしよ?」

 にこりと笑う彼女の瞼に、キスを一つ落として笑う。


 彼女の棘なら、たとえなんだろうと甘い花に変わるのを待とう。

 いつかその蜜に触れることを願って。

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