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larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
14/50

桜と雪の吐息

 ブログに載せてない書き下ろし。季節感が全くなくってすみません。これを書いた当初はまだ寒かったんです。確かに。

 ファンタジーっぽいので、苦手な方は注意。季節の節目のお話です。

 ひらひら舞う。くるくる落ちる。そしてまた……ひらひら舞う。

 それはまるで、彼女の吐息のように甘く、儚い。


 ふわふわと溶ける。しんしんと積もる。そしてまた……ふわふわ溶ける。

 それはまるで、彼の吐息のように冷たく、淡い。






「冬将軍? 今年は少し、ここに留まる期間が長いんじゃなくって?」

「いいえ、いつも通りですよ。春の姫」

 真っ黒なマントを羽織り、いかにも温かそうな格好をしている男は桃色の着物を着た少女の前にふわりと舞い降りた。その男とは対称的に、少女は少し寒そうな格好をしている。

 彼女は美しいが、薄そうな着物を着ているだけだったが、少女は冷たい風が吹いている中、震えてもいない。まるで寒さを感じていないようだった。

 冬将軍が芝居がかったように手を差し出すと、少女は面白そうに笑いつつ、その手をとった。

 その真っ白い手袋に覆われた手を見て、少しだけ不快そうに眉をひそめると、冬将軍に向かって唇を尖らせて見せる。

「まぁ、女性の手をとるときは手袋を外しなさいと教わらなかったのかしら?」

「これは失礼しました」

 少女の言い方が気に入ったのか、クスクスと冬将軍は笑い、芝居めいた動作で手袋を取る。

 そして少女の白い手をとると、恭しく口付けた。少女はそれを少し不満そうに見ているだけで何も言わず、口付けられた右手を胸の前に引き寄せた。

「どうしましたか、春の姫?」

「いいえ、将軍。何でもありません。あなたには芝居がかった動作がよくお似合いだということを再確認しただけですもの」

 皮肉とも取れるその言葉に、冬将軍は小さく目を見開いた後、本当に楽しそうに笑った。

「おやおや、しばらく会わない間に皮肉を覚えられましたか?」

「たかが数ヶ月でしょう? 私たちにとっては瞬き程度の時間ですわ」

 ふいっと少女は横を向き、冬将軍から視線を外す。明るい茶色の、長い髪の毛がふわりと揺れた。

 よくよく見ると、その少女の容姿はとても桜に似ている。茶色の柔らかそうな髪と瞳に、桃色の着物。ほんのりと桃色の白い肌。

 そしてその顔を常に彩っているのは柔らかな微笑だったが、今度ばかりはそうも言っていられないのか少しだけ眉をひそめていた。

「何を怒っていらっしゃるのですか? 春の姫」

「何も怒っていませんわ。将軍」

 冬将軍の言葉にそう返すと、『挨拶が終わったのなら、早く帰ればよろしいのに』と後ろを向いた。そして着物の裾を翻しながら歩いて行く。

 さくりさくりと冷たく、真っ白な雪の上を少女が歩けばたちまちに解け、そこから緑色の植物たちが待ちわびていたかのように芽を出した。

 そして少女はある一本の木の前に立ち、その木の幹に手を当てた。

「お帰りくださいな。将軍。私は春の装いで忙しいのです」

 とって付けたかのような、いい訳めいたその言葉を聞き、冬将軍は困ったとでも言うように首を振った。

「春の姫? 私にはあなたが何を怒っているのか見当もつきません。何を怒っているのか、お教え願えませんか?」

「怒っていないのに、その理由を問われるの? 将軍は無駄なことを嫌うお方ではなかったかしら?」

 無駄がお嫌いなら、次のお仕事に移られては? あなたがここにいると春が芽吹いてくれないの。

 少女はそれだけ言うと、木の幹に口付けた。まるでいとおしむかのようなその動作に冬将軍は目を細める。

 まるで心底愛しいものを見ているかのように笑うが、その笑みにわずかに嫉妬の色が混じった。それを見分ける目は少女になく、ただその目を眇めるだけだ。

「さぁ、目覚めて」

 少女の吐息が白く、白く幹にかけられる。すると木はつやを出し始め、一段と力強く脈動し始める。その心音を聞くように少女は幹に抱きついた。

「お帰り、くださらないの? この子が、嫌がっているのですけど」

 この木は桜。美しく、儚い春の象徴。冬を耐え忍ぶこともできるが、長い間冷気にさらされ続ければ弱ってしまう。

「なぜこんなに早く、目覚めさせるのですか? いつもならもう一、二週間先のはずですよ?」

 ――そしてその間、私はここにとどまれる。

 熱っぽくささやく冬将軍に、少女は一瞥をくれてやる。

「あなたが、早く、次の場所へ冬を届けたいのかと思いまして」

 ふん、と荒々しく横を向いた後、桜の幹から手を離し、両手を天に向かって広げた。

 ふぅ、と長く息を吐くと、凍てつくような寒さが緩和した。ビュっと風は瞬く間に柔らかくなり、少女のほほを叩いた。

 どの空気も、彼女の味方だと言うように彼女を囲む。

「咲け」

 強い調子で言えば、足元から無数の芽が少女を包み込むように伸び始めた。

「お帰りになりたいのでしょう? 帰して差し上げます」

 伸びるはじめた芽は通常では考えられないくらい早く、そして長く伸びる。

 その芽が冬将軍に向かって突進していった。冬将軍の両手両足をいくつもの芽が捕らえる。そこからまた新しい芽が出て黄色い花を咲かせた。

 可愛らしいその花が、今はその色を潜め彼を害そうと締め付けを強くした。

「蕗、ですわ。将軍」

 その声には、『帰らないのならば、無理やりにでも帰らせてやる』という意思が含まれていることを冬将軍は知っている。

「離してくださらないのですか?」

 それは『離さない』ことが分かっていて聞いている。それが少女にも分かり、苛立たせた。

「離しません」

 決意のように言い切ると、冬将軍は薄く笑った。少女がそう答えることさえ、知っていたかのような微笑だった。

「ですが私もまだここにいたいのでね」

 そう言うと、その言葉がまるで命令だったかのように、蕗の芽が凍った。ピキリと音が響いた後、キラキラと粉々に砕け散ってしまった。花の一片さえも残さなかった。

 美しい氷の欠片を見て、少女は悔しげに唇を噛む。

「春の姫、私は少し、あなたのお怒りの原因が分かったような気がします」

 自分の欠片である花が砕かれたせいか、少女はその場へへたり込んでいた。氷で切れたのか、右手が赤く染まっている。

 白い肌に赤い血はよく映え、その白さを犯すように広がった。

「やりすぎてしまいました。すみません」

 少女の右手を見て少し眉を顰めた後、手をとり口付けた。ばっと少女は自分の右手を冬将軍から奪い返し、胸元で握る。そうすれば、まるで彼から逃げられるとでも言うように。

「さっさと帰ればよろしいでしょう?」

 無理やり立ち上がろうとして、失敗して倒れる。それを抱きとめて、冬将軍が言った。

「つかぬ事をお伺いしますが、夏のガキが何か言いました?」

「まあ、そんなふうに言っては可哀想です」

 そう言いながらも図星を刺されたらしく、横を向いた。

「何と言ったんですか」

「何でもよろしいでしょう? 私たちの会話なのですから」

 相当に決まりが悪いらしく、頑としてでも話そうとしない。そして自分の足で立てるようになると、すぐさま冬将軍の腕から抜け去った。

 追いかけようと伸ばした冬将軍の手をぴしゃりと叩いて拒絶すると、彼の手の届かぬところまで足早に去っていく。

「もしや、雪の精と関係が?」

 ぴくり、と早めていた足を少女が止めた。その震えた肩が、その言葉の真偽をはっきりと伝えている。それが分かっているはずなのに、少女はあえて首を振った。

「雪の精が何だというのです。たとえあなたが雪の精を愛そうと、愛さまいと、私には関係ありません」

 血に濡れた腕を一振りすると、春の暖かな風が吹く。それと同時に少女の腕は癒えていった。まるで始めから傷さえなかったかのようなその有様に、冬将軍は少々残念そうな顔をする。

 眉を寄せて、首をかしげ、少女を刺激しないようにゆっくりと近づいていく。

「何か?」

「いいえ。ただ、あなたの腕に傷があるうちは、征服できた気分でいましたので」

 随分と勝手な言い分に、少女はむっとしたように眉を寄せた。

 それではまるで、自分が彼のものだとでも言うようではないか、と顔に書いてある。その不機嫌そうな顔を見て、冬将軍はまた彼女の腕を取った。

 傷が治ってさえも、その跡に触れぬように。

 痛みが消えてさえも、その傷を癒すように。

「春の姫。誤解です。私はこの数週間を楽しみに、各地へ冬の吐息を落としているのですよ?」

 そう、冬が次の場所へいくほんの少し前に目覚める彼女と交わす会話が、永遠に続く理の中での楽しみ。

 幾千幾万と繰り返される季節の移り変わりと、それを知らせるそれぞれの季節の妖精。彼らは永遠とも言えるときを過ごしつつ、その刹那を楽しんでいた。

 春の暖かさを感じれば、春の姫は高々と春を称えるために歌いだし、

 夏の強い日差しを感じれば、夏の王子はあちこちにその暑さを振り散らす。

 秋の涼しい風を感じれば、秋の姫が豊穣を願って、その黄金色の髪を揺らし、

 冬の厳しさを感じれば、冬の将軍はその冷たい吐息で雪を降らす。

「冬の精は私の娘でもあります。この吐息から生まれるのですから」

 ふわっと冬将軍がゆっくりと息を吐いた。

 その吐息からきらきらと美しい光を纏った娘が数人、春の少女の前へ降り立つ。白い髪に、淡い蒼の瞳。それは冬将軍に似通っている容姿で、冷たく美しい姿だった。

 幼げな顔の中に、色香を含み、キャラキャラと無邪気な笑い声を立てる彼女らを見て、少女は不快そうに眉を寄せた。

 自分とは全く違うその姿を厭うように、ふいっと目線を外す。そして右手を口元に近づけ、その手のひらを滑らせるように吐息を吐いた。

 彼女の暖かな吐息は手のひらへ滑り落ち、彼女らに向かって進んでいく。

 とたん、雪の姿を模した少女はすっと解けるようにいなくなった。

 雪が春の息吹を受け、瞬く間に溶けていくようなもので、そこに疑問を差し挟む余地はない。春の準備が進んでいるこの場所は、もう完全に少女の領域なのだから。

「ここはもう、春の領域です。むやみに力をお使いにならぬよう」

「これは失礼。なんとしてでも誤解は解きたかったので」

 分かっていただけましたか? と冬将軍は切なそうに顔を曇らせた。澄んだ瞳がまっすぐに少女を映し、さすがの少女も罪悪感に口ごもる。

 一応、彼の娘とも言うべき精を勝手に消してしまったのだ。領域の問題があるといえども、感心する行為ではない。

「分かっております。……冬の精は、あなたの具現。いわばあなたの身であると」

 だから彼がそれらを愛するわけはない。自分の体の一部なのだから。

「では何故不機嫌に?」

「……今年は、冬の始まりが早かったのですね」

 突如として、全く違う話題になり、冬将軍はそうでしょうか、と首を傾げる。いつもどおりに吐息を落とし始めたはずだったのだが、そういえば秋の姫君にもそんなことを言われた。

「『銀杏が、散ってしまうであろう』と、秋姫にも怒られましたねぇ。そういえば」

「春の季節を届けに行った土地で、夏の王子が笑っておりました。『冬将軍は秋姫に会いたくって早めに追いかけてるんじゃない?』と」

 春の季節を届ける春姫を追いかけるように、夏の王子はその跡をなぞる。それと同じように、冬将軍は秋姫を追う。そして冬将軍を春の姫は追うのだ。そうして季節は巡ってゆく。

 彼らが彼女らを追いかけ、彼女らは彼らを追いかける。それが長い間変わることのない、理であって、彼らはそれに疑問さえ持たない。

「あのクソガキが」

「まぁ、冬将軍。王子になんて口の聞き方を」

 楽しそうな少女の声に、冬将軍も笑みを零し、少女の手を捕まえた。

「ほんの少し、春の領域で冬の眷属の私が留まることをお許しいただけますか?」

「……少し、だけならよろしくってよ? そうね、せめて」

 せめて桜の蕾ができるまで。

「それでは足りない」

「いいえ、十分です。私とあなたは交わらぬ季節。春と冬が一所にいること自体、おかしなことなんですから」

 巡る季節は触れるように小さな接触を残すだけだ。

 決して交わることはない。いつの間にか春が夏になるように、秋が冬になるように。明確な分かれ目はなくても、彼らには越えてはいけない一線がある。

「私がこんなに季節を急いているのは、あなたに会うためなのに?」

「秋姫に会いたいだけではなくって?」

「ええ、あなたに一刻も早く会いたいのです。会いたいから、冬を早くして、春を急いた」

 あなたは決して交わらないといいますが、人間はよくこの時期をこういうのですよ。

「三寒四温と」

 三日寒い日が続いて、四日暖かくなる。春先に用いられるこの言葉は、今の状況によく合っていた。

「人間にはばれているらしい。昔から、私があなたと離れがたく思っていることを」

 だからせめて、誤魔化せるまではここにいさせてください。

「まぁ、冬将軍が聞き分けのないこと」

 くすくすと笑う少女の手をとり、冬将軍はふわりと息を吐いた。この息が彼女を凍らせてしまわないようにと思いつつ。



 

 息を吐く。その息が、季節を象徴するものを生み出す。そうして彼らはまた、奇跡を届けに行くのだ。

 春の姫は桜の花びらを出し、夏の王子は熱を吹き散らす。

 秋の姫は銀杏をさらい、冬の将軍は雪を降らす。


 ずっと、密やかに、その季節は巡る。

 ファンタジーだ。久々のファンタジー。

 こういうのを書いてみたいんだけどな。

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