表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
11/50

voice

 声フェチなのです。わたしが。

 ときどき電車の車掌さんの声に惚れることがあります。ちょっと高めも、低く落ち着いた声も、甘い声も好きです。

『本日の放送は、2-1 浅野 恭がお送りしました』

 BGMと共に流れる声。深くて、澄んでいて、それでいて……少しだけ甘い声。

 決して幼い声じゃない。むしろ大人びた声だ。私は目を瞑って、その声を聞いていた。

「おい……」

 そうそう、こういう少し呆れたような声も色っぽくて好きなのよね、あたし。

「おい!!」

 えっ、話しかけられてるのって……。

「御園!!」

「はい」

 名前を呼ばれて、ようやく彼が話しかけていたのがあたしだと知った。

「何でしょうか。浅野先輩」

 彼、浅野 恭先輩はあたしより一つ上の学年の放送部員。そしてあたしも、この放送部の一員です。

 まだまだ一人で、なんてさせてもらえないけれど、それでも何だかんだ言いつつ楽しい部活動を送っています。

「おっ前、寝てたのか……」

 怒りを押し殺したような先輩の声を聞き、慌てて弁明する。

「そ、そんなことないです! 先輩のすばらしい美声に耳を傾けていただけですよ。

耳だけに神経を集中させるために、目を閉じてただけです。先輩がしゃべってるのに寝るなんて、もったいない」

 そう一気に言うと、先輩は虚を突かれたような顔をした。何でそんな顔をするんだろう。

「分かったから、そういうことを言うな。恥ずかしいから」

「えぇ~。事実なのに」

 そもそもあたしが放送部に入ったのも、この先輩の声に惚れたからだ。もう、初めて聞いた瞬間、しばらくの間何も手につかなかった。

 そのくらい衝撃を受ける声だった。そして、そんな声を出す人に会ってみたいと思った。

「この声の、どこがいいんだか」

「深くて、凛と澄んでいて、でも決して高い声じゃないんですよね。むしろ、低くて落ち着いてて高校生にはない声です。

それでも、若々しいハリのある声で、それで時々甘くなる声なんです!! 

もう、本当に素敵なんですって!! この声で告白とか、先輩!! 断られたことないでしょう?! この声に惚れない人がいたら見てみたい。

もう、大好きです。愛してます……!!」

 長々とそう言うあたしを、先輩は呆れたように見つめた後、また話し出そうと口を開いたあたしの口をふさいだ。

 色っぽい展開を期待した方々、残念ながらあたしの口をふさいでくれたのは、今はまってるハチミツメロンパンなのです。

 このとろりとした食感が何とも言えず。

「それ食って、黙ってろ」

 返事の代わりに一つ、頷き返した。

「あのな、一つ言っとくけど、これはアイツに頼まれたからなんだからな」

「ひってまふよぉ」(知ってますよ)

「だから、ここの正式な部員じゃないんだ」

「わかっけまふ」(分かってます)

 パンを咥えたままだけれど、何とか会話が成立していた。

 いつもあたしが発音練習しているその賜物か、それともただ単に先輩がよく聞いているだけなのか、分からないけれど。

「それでも、時々でも先輩が放送するんなら聞きたいじゃないですか。

それに、先輩の声を毎日聞いてたら、あたしの身体が持ちませんよ。興奮しすぎて。だから、時々でいいんですよ。ありがたみが上がるじゃないですか」

 そう言うと、『食うの早いな』という声が返ってきた。『咥えたままの会話ってやりにくいし、行儀悪いでしょ』そう返す。

「行儀、ねぇ。それなら、安易に人のどこが好きとか言っちゃいけないとか習わなかったか? 社交辞令にも程がある」

「いえ、全く。どっちかって言うと、積極的に伝えちゃいなさい、というのが我が家の方針ですよ」

 そう言い返す。すると、先輩はもう何も言わず、だけど怒らせちゃったのかな? と思っているあたしの方を向いて笑った。

「もう昼休み終わるぞ。戻んなくていいのか?」

 小さくあたしのことを気にかけるその声も、あたしにとっては甘い。

「先輩って、そのうちその声で、あたしを殺す気ですよね……」

 そう言って、あたしは放送室の扉を開いた。





「でね、でね。今日の先輩の声は、とっても素敵だったの」

「ハイハイ。ただ、浅野先輩がよくそんな言葉貰って我慢してたのね? 絶対すぐに立ち去ると思ったのに」

 そう言うのは同じ放送部員である由香だ。ただし彼女は、中学生時代から放送部員をやっており、大会などにも出たことのあるベテランさんだ。

 目下あたしの師匠として、毎日練習に付き合ってくれている。

「大体、先輩の声ってそんなにいいの? 確かに落ち着いた印象はあるけど、あんたが絶賛するようには聞こえないけど?」

 こいつは何にも分かってないな。あの声の良さが分からないなんて、声で勝負する放送部員としてどうなんだろう。

「いいよ。あの声大好き。もうそのうちあの声で殺されるかも」

「何で?」

 何で、ですと? そんなこと、はっきりとは分からないけれど。

「え? 興奮のしすぎ……? 呼吸困難。心臓の爆発。えっと、頓死」

「何。それ」

「と、とにかくすっごく心臓に悪い声だよ」

 もちろん、いい意味でだけど。

「何か、心臓鷲掴みされた感じかな。バクバクして、心臓が痛いくらいに鳴るの。肺とかを圧迫して、息が、できなくなる」

 そう言うと彼女はにやりと笑った。

「恋だねぇ」

「ち、違うよ!! 声に恋してるの!! そんな、にやけられるような意味の声じゃないよ」

「ほぉ、『声』に、恋してる、ねぇ?」

 突然背中から声が聞こえた。普段聞きたくてたまらなくなる声の持ち主が、後ろにいる。

「せ、先ぱ」

 くるりと振り向き、にこっと笑った。笑うようには努めたつもりだが、内心冷や冷やしている。

 だって、ほら。気持ちいいもんじゃないでしょ? 声、に恋してるとか。

「こんにちは。呼んでくれたらよかったのに。ちょっと、びっくりしちゃいました」

 きちんと笑えているだろうか? ちゃんと、笑顔になっているだろうか。顔は……引きつってないだろうか。声は――。

「お前は、声、声、声。声しか、興味ないんだな。人を、見てないんじゃないか?」

 少しだけ怒った声。あたしは、声だけにしか興味がない?

「ううん。そうじゃないんですよ。先輩。ただ他のところより、重きを置いているだけです。

顔よりも、頭の出来よりも、運動神経よりも、って感じ」

 でも、でもね?

「でも、あたし」

 言葉を続けることなく、たんっと、机に手を突いて席を立った。

「それでも、先輩がそう言うんなら。あたしは何より声が大切と言うことですよね? まぁ、でも、それでいいか」

「お前っ」

 怒鳴る直前の声も素敵。あ~。怒られてんのに何考えてんだろう。あたし。

「だって、先輩の『声』、本当に素敵ですもん」

 それだけ言い残して、部屋を出た。怒られるの覚悟で、嫌われるの覚悟で。

 自分がなぜ、あんなことを言ったのか分からなかった。





「浅野先輩」

 隣の後輩がニヤニヤとこちらに笑いかけてくる。

「随分、『声』が好かれていることを怒ってるみたいですね?」

 嬉しそうに、顔を近づける。先輩をからかうなんていい性格をしてる。それだから小さく仕返しをしてみた。

「まぁ、放送部の部長に恋をして、この高校まで追いかけてきたお前には負けるけどな」

 その途端、後輩の顔が赤く染まった。

 大会に出る常連とか、一年目にして放送部のエースとか言われている彼女が放送部に懸けている情熱は、そのまま恋の情熱だったりするのはここだけの話。

「べ、別に、あの人のためだけにここに来たんじゃないですもん。ここの放送部がレベル高かったから。

だから、別に、部長は関係ないですもん」

 ふん、と横を向いた。この部の部長である友人も、満更ではなさそうなので、面白いところではあるが。

「どーして、好きな子に好きって言われて怒るんですか? 『声』だけだからですか?」

 う、と黙ると『図星だぁ』と面白そうに言ってきた。こいつ、分かって言ってるから余計たちが悪い。

「いいじゃないですか。私なんて、部長に『お前の声は低すぎる』って一刀両断ですよ」

「好きなやつに『低すぎる』って言われるよりましだって?」

 『好きなやつ』を強調すると自分の失態に気がついたようだ。あ、と口を押さえてこちらを見た。

「別に、一般論を語ったまでです。褒められるほうがいいですよ。絶対」

 そう言って、後輩は笑った。





「どうしよう」

 嫌われたかもしれない。いや、めんどくさがられているのは分かっていたんだけど、嫌われてはいないようだから安心しすぎていた。

 一人、教室で反省中。一年生の教室は、とても静か。

「え、どうしよう。口利いてもらえないとか?」

 それはさすがに、嫌だ。一日でも耐えられない。いい声は、やっぱり毎日聞きたいし、放送じゃなくって、面と向かってしゃべりたい。

「放送だけじゃ足らないのに」

「何が?」

「先輩の声」

 そこまで答えて気がつく。どーして一人でいるのに、あたしは他人と会話してるんでしょーか。

「お前、本当にどこまでも、声なのな」

「せ」

 先輩、という声さえ出てこなかった。

「違うんです。声が一番好きなだけであって、全部好きなんです。先輩のこと。

まじめだったり、責任感強かったり、優しかったり。そんなところも全部含めて好きなんです!」

 自分で、自分が何を言っているのか分からなかった。

「さっきのは、成り行きというか、先輩が意地が悪かったから拗ねてみただけというか。とにかくさっきのは間違いなんです――――!!」

 先輩の言うことが、あまりにもあたしの気持ちを無視していたから。そんなふうにしか、思われていないと知ってショックだったから。

 声だけしか、興味がないなんて、そんなふうに思ってほしくなかった。

「いっつも言ってたのに。……あたし、声しか褒めてないなんてこと、ありませんよ」

 そうだ、いつもいつも、好きだとは口に出してきていた。でも、それは声だけじゃなかったはず。

 なのに。

「なのに先輩があんなこと言うから」

 ああ、泣きそうだ。情けない。こんなことくらいで、泣くなんて。泣き落としだけは、使いたくなかったのに。

 先輩、そういうのに弱そうだから、余計。

「満足したか? それだけ言って」

「言い足りませんけど、これ以上言うと、本当に嫌われそうなんでいいです」

「悪かったって。……泣かれるのは、苦手だから」

 ほら見たことか。泣いた瞬間、下手にでて。

「先輩、あたし、本当に好きなんですってば。声も、何もかも」

 どれだけ、声を大にしても、あなたには伝わりませんか?

「いや、分かったから」

 声が変で、少しだけ顔を上げると目があった。真っ赤な顔をした、先輩の顔。

「照れてるんですか?」

 泣きそうなことも忘れて問うと、ふいっと顔を背けられた。

「え、本当に照れてるんですか? どうして? 褒められるのに、そんなに慣れてないんですか?」

 高校生にもなって、褒められてここまで赤くなるとか、逆に貴重じゃないだろうかと思ってくる。

「ねぇ、せんぱ」

 言いかけたところで、口をふさがれる。色っぽい展開を考えた方、今回は手です。……微妙な表現の仕方ですみません。

「俺、お前の声が好きなんだけど」

 褒められて、ここまで恥ずかしかったことはない。……顔が赤くなって、多分、今見ることができる顔じゃない気がする。

「声を褒められるのは、初めてです」

 先輩を見つけたとき、とっさに立っていたのに、足から力が抜けた。

「それ、告白と受け取っていいですか? って、もうそういうことにしますけどね!!」

 からかい半分、それから、複雑な面持ちを乗せつつ聞いてきた。

「先輩の声で告白されて、断れる女の子がいると思いますか?」

 それがきっと、あたしの答え。

「声だけじゃないですからね! 全部……す、好きですからね!!」

 まだ言い募ろうとする口は、今度こそ唇でふさがれた。




 多分好きになった人のことは、どこだって、愛しい。

 その少し意地っ張りなところも、ちょっと冷たいところまで。


 それが、恋の正体。

 いい声に出逢いたいなぁ、なんて思う、今日この頃。

 これを書いたときも、確かそんなことを思ってました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ