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larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
10/50

世界を失う

 バッドエンドです。お気をつけて!! ちょっと不思議な世界観。いつか違う時間軸で書いてみたい雰囲気を、小さい区間で切り取りました。

 悲しくも美しく、を目指しましたが、あえなく撃沈。いつか綺麗に雰囲気を切り取れたらいいなぁ。

    I cannot lose a world for thee,

     but would not lose thee for a world.

                        (by Byron)






 バカらしいと、君は言うだろうか。

 そんなのは自己満足だと、苦く眉をひそめるんだろうか。

 俺の行動は、正しくないと、君は言うんだろうか。




 世界を失う




 昔、本当に昔、聞いたことがあった。君がどういう役目を負ってここに来ているのか、俺はもうそのとき知っていたから。

 君は知らないと、思っているんだろうね。自分の役目など、小さな神が知っているはずもないと、そう思っていたんだね。

『ねぇ、もし、俺と世界とを選ぶとしたら、どっちを選ぶ?』

 分かりきってはいたんだ。君は俺を選ばない。君が自分の役目を、放棄するはずがない。

『世界を選ぶと言ったら、あなたはどうするの?』

 君は、俺のために世界を失うことは出来ない。

 世界のために、俺を失うようなことはあっても、その逆はきっと出来ない。

『どうもしないよ。ただ、世界のために死ぬだけだ』

 どうして、俺を選ばないくせに、君は悲しそうに笑うんだろうね。

 世界のために死ぬなんて、真っ平ごめんだと思うのに、何故か口をついて出てきた言葉は重かった。重くって、喉元に引っかかって、それでも飲み込むことは出来ずに吐き出した。

 なんと愚かしい言葉を口走っているのだろうか。

 世界の真理は、こんなにも愚かで残酷だ。

『あなたは、どうなの?』

 わたしと世界、どちらを選ぶの。

『そりゃ、君だろうかなー』

 子供っぽいと言われてしまえばそれまでで、世界と人の命など天秤にかけるものでもないのかもしれない。

 それでも、世界よりたった一人の命のほうが重いと思うんだ。

 どの命よりも、君の命が尊いと言えば、君はきっと眉をひそめるんだろうね。

 たかだか人間の命一つの重さが、そこまで大差あるとは思えない、とでも言って。まるで神の命なら、尊いとでも言うように。

 それは違うと、君にどうやったら分からせてあげることが出来るんだろうか。

 どうしたら、この命は、君たちの命とそう変わらないと教えることできるだろう。

『君のために、世界を失うことはあるかもしれない。

しれないって話だから、そんなにびっくりした顔をしないでよ。いざとなったら、あっさり世界を取っちゃうかもしれないから。

それでも、世界のために君を失うことなんて、きっとないんだろうね』

 世界のために、君とつないだ手なんて放せないだろうと思ってた。

 たとえ全世界の人間が、それは正しくないと言っても、間違っていると言っても、自分はその手を放せないと、そう思っていた。

 自分たちの命一つで、世界が救えるなら安いものだと、君は考えるのかい?

『あなたは、変ね』

『そうかな』

『変よ。世界とわたしの命なんて、天秤にかけるものじゃない』

 それなのに、君はどうして今頃になって、世界と俺を天秤にかけたんだろう。

 そんなこと、する必要はないのに。

 天秤にかけられる価値が、俺にあるわけじゃないのに。



『逃げて』

 声が響く。

『早く逃げてっ!!』

 どうして、君は傷だらけなの? どうして血にまみれて、こちらへ走ってくるの?

『世界のために、あなたを失いたくはないっ!!』

 それは俺のセリフで、君のセリフじゃない

『世界のために、俺は死ぬだけだ』

 あぁ、だから、どうして君はそんな顔をするの? 最初に言ったのは君なのに。どこまでも美しい世界を愛するのは、君なのに。

『世界を、失うことになる。君はそれでいいの?』

 顔が歪む。そういう顔をして欲しくて、俺はここにいるんじゃない。

『それとも、神殺しの罪が、怖くなった?』

 傷つく君を見るのは嫌だ。それでも、俺はもう選択肢を持っていないんだよ。

 君は俺を殺すために毎日、毎日、『その日』が来るのを待ち望んでいた。世界のために、『神』おれを殺すのが、君の役目だと初めから分かっていたよ。

 多分、君の瞳を見たあの瞬間から。

『そうじゃ……』

『なら、君は』

 君は俺を殺さなくちゃいけない。

 だってね。俺が生きるということは、世界を失うということ。その世界には、君も含まれてるんだって、気付いてるかな。

 言ったはずだよ。世界のために君を失いたくはない。世界はこの場合、俺自身のことなのかもしれないね。

 俺のために、君を失いたくはない。

 君のために、世界おれを失うことには、何の躊躇もない。

『いっ』

 いやだ、と彼女の声が遠くなる。もう、涙でぐしゃぐしゃになった顔もぼやけていく。

『いやだっ!!』

 どうして? 美しい世界は、君の愛する世界は、守られるはずだ。

 何よりも美しいのは、君だといったら、『変ね』とまた笑ってくれるだろうか?

 あの、愛しさと切なさを混ぜ合わせたような、少しだけ悲しそうな笑顔をくれるだろうか。満面の笑みは、いつだって見たことがないから。

 一度くらい、見たいと思ったけれど、俺の存在自体が君の笑顔をなくしているんだよね。

『失いたくないのっ』

 でも、世界を失うことに比べたら、たった一人の神など、天秤にかける価値もないだろう?

 安いものだと、思うだろう?

『あなたをっ』




 バカらしいと、君は泣くんだね。

 そんなの自己満足だと、嗚咽をこらえるんだね。

 俺の行動は、正しくないと、君は縋りつくんだね。





 紛れるように、名も知らぬその人は消えていった。

 名の分からぬ、神は光の粒子となり、その粒子さえ空気に溶けて消えていった。

『神様は、名前を教えはしないんだよ』

 どうして、教えてくれなかったのか、今少し分かった気がする。だって自分は今、その人の名を叫んでは泣けない。

 その名を呼んで、縋りつくことは出来ない。

 あんなに、人と神は同じだとあなたは言ったのにね。

『何の力もないよ。だって、死と引き換えにしか、世界を守れない』

 自分はあのとき、何と言っただろう。

『神様は、死んだらどうなるの?』

 あぁ、そうだ。

『神様は、死んだら……そうだな。世界になる』

 溶け込むんだよ。境目さえ分からないくらい。自分の前の神様と同じように。世界となり、空気となり、木となり雨となり、雲となり、火となる。

 世界のありとあらゆるものになって、世界を巡る。巡って、人々を包み込む。

「溶け込んだら……、もう会えない」

 世界の崩壊を免れたのは、間違いなくあなたのおかげだよ。たった一人の、偉大な神のおかげだ。長い間生き続け、消える寸前だった神。

 だけどね。

「わたしが泣いてるのも、あなたのせいだよ」

 血のにじむ体を起こした。

 彼を守ろうとして、彼を殺すことを決めた『場所』から逃げてきた。自分の役目を放棄するのは、そのまま死と同じだと、幼い頃教えられた『場所』から逃げ出した。

 息を吸うのと同じくらい自然に、『神殺しは正当だ』と言い続けているとろこから逃げ出した。彼と出会うまで、わたしもそれを疑ったことなどなかった。

 たった一つの存在で、世界が救われるなら、それはなんと安い代償だろう。たった一つのもので、幾億の命が救われるのなら、その『たった一つ』は喜んで消えるべきだ。

 そう単純に考えていた、過去の自分が恨めしかった。

 そのたった一つが、かけがえの一つだと分からなかったあの頃の自分はなんと幼く、愚かだったんだろう。

 かけがえのない一つが失われる痛みは、こんなにも痛いのに。

 これが、当然なの?

 今更になって痛む傷は、きっと大切なものを失ったからだろう。

「本当は……」

 本当はね、聞いて。本当はね。

「あなたを、失いたくなかった。世界を失っても、あなたを一人で逝かせたくなかった」

 この世界が、どれだけの重さなんか知らない。自分の命を含めた、人の命の重さなんて、知らない。

 それでも、あなたの存在の尊さは知ってたの。

 どんなにかけがえのない『神』なのか、あなた自身から教わったの。

「あなたの代わりの神様は、もういるかもしれない」

 もうどこかで、次の代の神様は生まれているのだろう。

 そしてまた、死に近づいた神のもとへ、また一人、その神を殺す役目を負った人間が訪れるんだろう。

 それは無限に繰り返される、ただの『行為』なんだろうけど。

 それはこれまで以前に繰り返された、なんでもない『行為』なんだろうけど。

 だけど。

「あなたの代わりの、話し相手は『わたし』にはいないんだよ」

 幼い頃、あなたと会ってすぐの頃、あなたは聞いたね。

『ねぇ、もし、俺と世界とを選ぶとしたら、どっちを選ぶ?』

 あのとき、わたしはもう、自分の役目を知っていた。

 いずれ彼が、世界のために死ぬべきだと分かっていた。そして彼を、この手で殺すと知っていた。

 だからかな。

『世界を選ぶと言ったら、あなたはどうするの?』

 そんなことが、言いたかったわけじゃないと、言い訳が許されるなら言いたかった。

『どうもしないよ。ただ、世界のために死ぬだけだ』

 それが悲しかったと言ったら、あなたは笑いますか?

「どうして、いなくなるの……」

 確かに、わたしたち人間は、世界が続くことを望んではいたけれど。ずっとずっと、この優しく美しい世界が続くことを、望んでいるけれど。

「それでもわたしは」

 あなたのいない世界を望んだわけじゃなかった。

 あなたのいない、この世界が守りたかったわけじゃなかった。

 世界は美しくて、儚くて、でもどこか強い。簡単なことで壊れるくせに、いつもはそんなこと微塵も感じさせない。

「世界に、あなたはいるのかもしれないけど」

 もう、あなたとは話せない。

 些細なことでも、嬉しそうに教えてくれたあなたはもういない。

 わたしの顔を見て『君は本当に世界を体現しているねぇ』と笑うあなたはもういない。この森の中、ときどき見当たらないあなたを探し歩く時間はもう存在しない。

 見つけたとき、『見つかったな』といたずらっ子のように笑うあなたは、もうこの世界のどこにも……いるはずがないんだ。 

 世界のためになんて死にたくないと言いつつ、いざとなったらサラっとやってのけるあなたは、ズルイ。

「どこかで、信じてたのかもしれないね」

 もしかしたら、世界もあなたも存在する世界みらいもあるかもしれないと。

 あなたが死ななくたって、この世界は当たり前のように存在するかもしれないと。

「人は愚かだね」

 愚かな人間を、あなたは愛していたけれど。




 今日、わたしは世界を失いました。

 鮮やかな、美しい世界はもう、わたしの目には映らない。

 何の色も映らず、モノクロの世界で笑う人はいない。わたしの頬を撫でる人もおらず、いるのはただ『神殺し』の少女を、神聖視する人たちだけ。

 世界のために、幾億の人のために大切な人の手を離したわたしの選択を、『正しかった』と笑う人たちだけ。


 ああ、彼なら、『それは本当に正しいの?』と聞いてくれるのに。


 彼がいるから、わたしの世界はあんなにも色鮮やかだったんだ。神様のいない世界は、空虚で色をなくし、ただただ虚しいだけの『存在』。

 わたしの一番守りたかった、世界は彼と共に消えた。


 ねぇ、わたしの選択が正しかったなら、この世界は色鮮やかなはずじゃないの??

 わたしの愛した世界は、美しかったのに。この世界は、もうその美しさを失ってしまった。

 あなたの手を離してしまったから、この世界は色を失ったの?


『ねぇ、君の選択は、正しかったよ』


 風に運ばれた言葉は、空気は確かに彼で、ここにいないはずの彼を探して目をさまよわせた。

 神様は、死んだら世界になる。……あなたは、本当にこの世界にいますか?


『君の、近くにいるよ。君の愛した世界になってるよ。それのどこが不満なの?』


 前よりもずっと、近くに。

 前よりもずっと、深くに。

 君の側に、いるのに。君は気付いてないんだね。


「あなたのために、世界を失いたかった」


 もう遅いと分かっていて口に出すと、風がふわりと頬を撫でた。

 まるでそれが、『分かっているよ』と言っているように聞こえて、また涙を流した。


『俺は、君のために世界おれを失いたかった』


 それだけだよ。


 彼の声があまりに優しくて、瞳に世界を映した。この世界が彼ならば、色鮮やかに瞳に映るはずなのに。この世界は、あまりに空虚すぎた。




     そなたのためにたとえ世界を失うことがあっても、

            世界のためにそなたを失いたくない。

                       (by バイロン)


 変な出来です。すみません。とりあえず、バイロンの言葉を使いたかっただけです。


 うーん、何と言うかこういう痛々しい悲恋が大好物なんです。

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