第1節 7
襲撃後、再びラセルタを何とか元気付け、荷車を走らせた所で、荷車に隠れて全てを聞いていたベルが聞いた。
「ヴァン、今のは…」
御者席に座っていたヴァンは、特に隠すことなく答える。
「元々は北の方で名のある山賊をやってた男だ。ヴォルガ=ロウ、"飢狼"と言えば分かるか?」
「…申し訳ありませんが、賊の話題はあまり…」
彼女が箱入りお嬢様だからというわけではない。近隣ならともかく、王国全土における危険人物の話題というのは、普通あまり耳に入るものではない。ベルが素直に知らないと伝えると、彼は特に気にした様子もなく説明する。
「構わない。むしろ、それが普通だったな。
―ヴォルガ=ロウ。王国で指名手配されている山賊の一人。罪状は恐喝、略奪行為だけではなく、誘拐含めた人身売買…特に、辺境の魔女を誘拐し、他国にて売買を行おうとしたのが原因で、俺が一度魔女協会の報復として拠点を襲撃したことがある。
拠点の壊滅、関連人物を現場判断にて大多数を処刑したが、奴の死体だけ見当たらなくてな。死体が出なければ、国も死んでいるとは判断していないから指名手配も継続していたが、こんな所にいたとはな」
ざっと関係性を話したところで、ベルは納得したように話した。
「なるほど。だから、顔を知っていたのですね」
その指摘に、彼は自分の兜を指さして皮肉っぽく言った。
「まぁ、こんな傾奇者のような格好したやつがいたらな。奴も忘れんだろう」
事実、頭だけを守る兜だけを装着している2m近くの大男なんて、なかなか見れるものはない。そんな自虐を交えて話を続けた。
「問題は、奴はその辺のならず者と違って、頭を使う。危機回避能力も随分と高いせいで、前回の襲撃の時は逃げられた。
それに、今回は絶好のチャンスだったが、不用意に殺せば、制御を失った連中が暴走してお前らにも危害が出る可能性があった。―先程、アイツと交渉せざる得なかった理由がそれだ」
少しだけ忌々しそうに語り、そのまま続ける。
「だが、次はない。奴もそれも理解はしているだろう。恐らく、俺への対抗策を練るか、逃げるかのどちらかはやるだろうな」
そこまで話してから、彼はちらりとベルの方を向いて聞いた。
「俺が話せるのはこの辺までだ。お気に召したかな、お嬢様?」
「前から思っていますけど、その人をおちょくったような呼び方はやめてくださいます?」
馬鹿にしているわけでは無いのだろうが、一々鼻につく言い回しに不満をこぼすと、彼はそうか、と反省した様子もなく肩をすくめた。
「子供扱いは嫌いか?」
「そもそも、そんな歳でもありませんので」
自分はきちんとした成人だ、とでも言いたげな言葉に彼は笑う。
「クックック…大人として扱ってほしいなら、もう少し余裕を持つといい。例えば―お前の愛しの彼以外の護衛も信用する、みたいにな」
「――!!」
見透かしたような言葉に彼女は絶句するが、言い返す言葉は出てこない。その様子を見て、彼は前を向いた。
「あまり言うなと言われたが、お前らの監督する任務には、その辺も含まれてる。
自分で言うのもアレだが、俺は胸を張って言えるほど、真っ当に育った人間ではないが、少なくとも場数の多さになら自信はある。俺の行動について、感心するも良し、呆れるもお前たちの勝手だ。ただ、観察するからには、せめてそれを自分の経験値にしてくれ」
不器用ながらにも、この旅の目的の1つを彼は明かし、警戒を続けながらラセルタを走らせていく。
「―1つ聞いてよろしいかしら?」
「どうぞ」
それから荷車の揺れる音以外の静寂が続いていたが、ベルがそれを破って質問する。ヴァンも特に断ることなく応じると、おずおずと聞いてきた。
「ラセルタに懐かれるのに、本当にコツは無いのでしょうか?」
「そこに関しては本当にすまん。俺にも分からん」
突然名前を呼ばれた気がして、ラセルタが不思議そうにキィキィと鳴きつつこちらに首を向けた。
―何度かの休憩は挟んだが、特にそれ以降襲撃も何もなく、順調に進んでいる。ただ、日が沈みかけた所で到着した、最終野営予定地の草原に着いた所で地図を開きつつ、ヴァンが提案した。
「―どうしても、昼間にヴォルガに出会したのが気になる。今夜はラセルタを走らせて、今夜の内に目的地に到着したい。今と同じペースから、日付が変わる前には到着するはずだ。」
指で現在位置を示し、目的地はあと数時間以内に辿り着く距離であると2人に伝えると、少し考えたが、彼の考えに同意した。
「夜の内に奇襲される可能隻も考えて、ですかね? 構いません」
「私も大丈夫です」
「助かる。…あとは、コイツか」
休憩は挟んでいたものの、疲労も溜まっているのか、体を丸めて寝る準備をしているラセルタを見た。
「流石、うちの愛玩動物…」
つい、口を滑らせてしまったベルの言葉を聞き逃さず、彼は呆れたふうにラセルタの頬を突いた。
「ラセルタにしては随分肥えてるし、体もデカい割には臆病な上、鈍臭いとは思っていたが、愛玩目的で飼ってた奴を連れてきたのか?」
ラセルタも、翼竜の近縁種である。それ故、本来ならばもっとスリムで凶暴なはずなのだが、ヴァンの知るイメージとは随分とかけ離れていたため、最近の育成方針だと思っていたが、どうやら違うらしい。
おおよそ、運動不足のため、比較的距離が短い隣村の道で運動させようという魂胆だったのだろう。ラセルタを使ってる割には随分と休憩が多い理由についても合点がいき、彼は仕方なしと言いたげにため息を吐き、荷車に向かっていく。そして、しばらく漁っていたと思ったら、赤い液体の入った小さな小瓶を持って戻ってきた。
「何ですかそれ」
不審な毒々しい液体に、疑惑の目を向け、彼はラセルタの方に向かっていきながら応えた。
「元々、俺が徹夜で火の番をしたりする時に使ってる、魔女協会謹製の強壮剤だ。
効果はてきめんだが、切れたあとは3日は動けなくなるような代物だが、まぁいいだろう」
そんな話をしている内に、既に彼はラセルタの口を開けて薬を流し込んでおり、制止をかける暇などなかった。
「いや何当たり前のように妙な薬飲ませてるんですか!?」
説明が終わった時には薬は全てラセルタの胃に入っており、咎める隙すらなかった。
ヴァンはやることはやったと言わんばかりにラセルタの背中に鞍を付け直し、早速御者席に座る。
「その説教は移動しながら聞いてやるから、さっさと乗れ。これは効きが早いんだ」
そう言ってる時には既にラセルタは目を覚まし、寝起きとは思えないほど元気に足踏みをする。くるる、と鳴きつつ3人が乗り込むのを見届けてから、ヴァンの合図とともに出発した。
「目的地に着いたら、ご褒美に俺の自慢の熟成ハムを分けてやるぞ。さぁ、行け!」
目の前にはないが、ご褒美をしっかり約束して3人を乗せた荷車は走り出した。
―元気いっぱいのラセルタを走らせながら、ヴァンは誰にも聞こえないような小さな声でぼやいた。
「…あの薬、今回の報酬の倍はしたんだがな…」




