第3節 11
無事にクレーマーを叩き潰したところで、野次馬たちも解散していった。
無事に勝利し、約束通り条件は呑ませるつもりではあるものの、今後の聞き込みに支障が出るかも、と今更ながら後悔していたところで、ケイが話しかけてきた。
「ありがとう。悪かったね、巻き込んじゃって」
「別に構わん。紹介した俺の責任でもあるからな」
本心は隠しつつ答えると、彼女は小さな袋を取り出して渡した。
「じゃあ、用心棒を雇った支払いもしなきゃね」
「別にそんなつもりはなかったんだが…貰えるものは貰っておこう。…ただ、良かったのか? 結構入ってるみたいだが」
素直に受け取りつつ、それなりの重さを感じる袋に困惑しつつも懐にしまいつつ聞くと、彼女は悪戯っぽく笑う。
「まぁね、手数料とかまで考えてないけど、さっき渡してもらった神の遣いの売値でそれくらい取り返せるさ」
「…お前は、」
彼女は、あの傭兵団に相場を取り繕っていたわけではないのだろう。他所の相場に影響を与えない範囲での金額を提示した上で、あの反応だったというわけで。彼女にとっては、洗浄する手間も大したことはないからこその報酬とも言える。
そして、そこで気がついた。
「……お前、別に俺の勝ち負けに関わらずこれだけの金を払うつもりだったってことか?」
その追求に、彼女はしー、と鼻の前で指を立てて説明を始めた。
「ま、くれぐれも内密に頼むよ。こちらも同業に目をつけられるような、妙な前例をつくりたくはなかった。それで、ちょうど良かったのが君だったというわけさ。
これで、ボクは同業から変な目を向けられないし、君は金をもらえたし、彼にもきちんと、相場に応じた報酬を渡せる。皆それなりに利益のある結果だったって訳だよ」
「……したたかと言うか、なんというか」
余りにも商人、保身を含めた立ち回りに呆れつつ、彼はいつまでも倒れてる男のほうを気にする。この道端で誰も介抱するわけがないと思いきや、イニスが軽々と背負ってこちらに近付いてきた。
「おっさんの回収終わったよ。それでこちらは送り届けてくれば良いかな?」
「そうだね。拠点の場所も知ってるでしょ?」
「勿論だとも。この街は君よりも私の方がよく知っている。そう、知っているとも」
ケイの言葉に、彼女は胸を張って言い、ケイはそ、とだけ軽く流す。
「じゃあ、頼むよ。ボクはもう少しヴァンと話をしたくてね」
「任せてくれ。きっちり送り届けておこう」
イニスは元気にそう言って、夜の街へと消えていく。彼女の大きな背中を見送った所で、ヴァンの隣でわざとらしいため息が聞こえた。
「―過ぎた話だけど、ボクらの店のことを軽々しく話したのは褒められないなぁ」
「すまなかった」
ケイの不満そうな小言に素直に謝るも、彼女はそれなら良し、と言うものの小言を続ける。
「別に紹介すること自体は構わないんだけど、人は選んでほしかったかな。彼らとは、ほぼ初対面でしょ?」
「…そうだな。こちらにも事情があったにせよ、それは悪かった」
再び謝罪した所でようやく彼女の腹の虫も収まったのか、ようやく小言が止まる。
「魔女の護衛のためのダシに使ったって話は聞いたよ。―で、君が気にしてそうな情報も持ってるんだけど、聞きたい?」
「…何が望みだ」
面倒なので、情報の対価について先に聞くと、彼女は笑った。
「話が早くて助かるよ。
じゃあ、交換する前に人気のないところに行こうか。話をするには、少し人目が多いだろう?」
ケイは笑ってたそう言って、彼の手を握って近寄る。あまり気になっていなかったが、仕事柄、血を浴びることもあるせいか、独特な薬草の匂いが鼻についた。
「知られたくない場所だから、少し大人しくしててね」
その言葉の意味を聞き返す前に、世界が闇に染まる。―彼女の扱う、"闇"に呑み込まれたと気付いたのは、少ししてからだが、暗闇であるにも関わらず、不思議と恐怖は感じない。どちらかと言うと、微睡みの中にいるような、心地よい安心感。
そして、その闇の中で揺られることなく移動すること数分、すぐに目的の場所に着いたのか、闇が溶けて小部屋へと案内された。
そこは、天井にいくつかのカンテラを吊るされた暗い部屋。窓のようなものはなく、扉のようなものもないことから、彼女の闇を伝って移動する以外の方法は無いのだろう。
殺風景な部屋ではあるものの、ソファやテーブル、ベッドといった普通に過ごせるだけの家具は揃っており、壁の隅に掛けてある倉庫から、彼女はグラスと瓶を取り出した。
「まぁ、飲み物でも飲みながら話そうよ。君はジュースで構わないかな?」
「助かる。酒は飲まない主義なんだ」
「そっか。そんなに冷えてないけど、氷いる?」
「大丈夫だ」
飲み物をグラスに注ぎながら話し、はい、と濃い紫色の液体が注がれたグラスを置いた。そして、自分の分の飲み物を注ぎ、それを手に向かいに座ってからグラスを掲げる。
「大層なものではないけどね、乾杯」
「乾杯」
軽く2人はグラスを交わし、一口、口に含む。
独特の渋みのあと、甘い果物の酸味が口に広がり、すっと喉を通り過ぎていく。
「…良いやつか?」
「それなりにね」
ケイは適当にはぐらかし、本題に入る。
「それで、君の知りたい情報―君らが助けた魔女と、さっきボコった、"黒鉄の決死団"の情報についてだけど、知りたいかい?」
「交換条件は?」
概ね予想していた通りの情報であり、ヴァンは応じる前にその前提を聞くと、彼女は楽しそうに笑う。
「ふふ、ボクが商人だっていうのに、そう聞くとは、よく分かってるじゃないか。…そうだね、折角なら君だけが持っている情報にしておこうか」
楽しく話していたところで、いきなり彼女は真顔で聞いた。
「君が知ってる、黒竜のこと、教えてよ」
「――!! ―知って、どうするつもりだ」
予想外の言葉に、彼は言葉を失うが、それを気取られないように、なるべく普段通りに聞き返す。その問いに、彼女は小さく笑って答える。
「別に何も。ただの興味さ―といっても、信じないだろうね。それに、君の目的を知った上で交渉しているこちらもフェアじゃないか。
ただ、答えは変わらないよ。ただの興味で、君の知らない情報を得られたら、それを元に交渉材料に出来ると思ったから、と言えば信用できるかな?」
少なくとも、彼女の言葉に嘘はないだろう。ただ、今までの経験でも、彼女の言葉の裏には、隠された真意があるように見える。その真意を引き出すのは、きっと無理だと分かった上で、彼は素直に応じた。
「……分かった。そのくらいの対価であれば、こちらに不利益もない。―だが、1つ約束してくれ。
黒竜は、俺が殺す。見つけたら、教えてくれ」
「モチロンさ」
快く言い切って、彼女は張り付いた微笑みを隠さずに話を続けた。
「さぁ、交渉は成立した。情報交換といこう。さっきの件もあったし、決死団の情報からでいいかな?」
一応確認を取り、ヴァンも頷いたのを確認して、彼女は話し出した。
「"黒鉄の決死団"。傭兵組合に登録している、それなりに腕の立つ傭兵団だ。
君がしばき倒したリーダーを筆頭に、4人組のチームで、依頼に応じて必要な人材を組合から雇って人員を補強している。特に、リーダーの人選眼というか、人を見る目が並外れていてね、補強する場所に対して、かなり的確な人員をするってので、有名だ。
それのお陰で、あの人に選ばれることは組合の中でも誇れることだし、それが理由で躍進した雇われも少なからずいる」
話を聞く限り、一般的な説明。事前情報であれば価値のある話だが、彼が聞きたいのはそこではない。それも彼女は見透かした上で笑った。
「話を急くのは必ずしも良いことではないでしょう?
それで今回、例の野盗を討伐しに来たのは、4人組のうちの1人が別の任務で攫われたから。よりによって、契約した奴じゃなくて、固定のメンバーが攫われたとなれば、彼らも追いかけるしかない。それに加えて、魔女が攫われたことで、傭兵組合にも救助依頼が飛んでいた。それで、彼らが参加したってことさ」
ざっと説明してから、彼女は続ける。
「まぁ、結論を言えば彼らは目当ての仲間は見つけられなかった。それは即ち、仲間は死亡してしまったと同義に扱われる。彼が少し自棄気味だったのも、理由があるわけさ」
そんな事を話しつつ、彼女は厭らしく笑った。
「それで、暇な時間にあの拠点を荒らさせて貰ったんだけど」
「なんで今日の話でお前の暇があるんだ」
この一連の出来事は、まだ1日が経過していない。確かに査定のため、黒鉄の決死団と接触していたにしても、行動が早すぎる。その至極真っ当なツッコミに、彼女は笑みを絶やさずに答えた。
「それは―企業秘密さ。ボクは、秘密主義だからね」
要は、答えるつもりはない、ということだろう。興味はあるが、これ以上探ったところで答えは出ない。大人しく受け入れたところで、ケイは助かるよ、とだけ言って話を続ける。
「ま、調査の結果、やっぱり死体は見つかったよ。まだ彼らには伝えていないけど、遺品は見つかってる」
「そうか」
「そうそう。そんな訳で、あそこは魔女との関わりはほとんどないはず。魔女そのものとの関与もほとんどなかったからね」
どうでも良い情報ではあったが、この情報を信じて良いのなら、彼らと接触しても、ほとんど情報はないだろう。強いて聞くならば、救助した魔女のその後についてだろうか。
お互い情報を飲み込んだところで、ケイが聞く。
「さて、ここまでの情報分の対価を頂いてもいいかな?」
「…魔女の話を聞いてからでは?」
ダメ元で交渉してみるも、当然のように拒否される。
「流石に持ち逃げされる可能性もあるのは、ねぇ?」
こういう所はしっかりと商人をしており、値切りも難しいと判断して、素直に話し出した。
「そうは言うが、俺の持ってる情報と大したものじゃない。…詐欺だなんていうなよ。
―黒竜。この大陸で時折観測される、生きた大災害だ。竜という存在そのものが災害と揶揄されることがあるが、その中でもあいつは規格外。歴史の中で顔を出すたびに、悪意を持ったうえで常に破壊をもたらすという、基本的に縄張りを侵されない限り温厚なはずの竜の中でも、特に危険なものと言われている。
大陸各地で確認されていることから、特定の住処を持たず、気まぐれに横断している可能性が指摘されているが、飛翔して移動している姿は確認されていないことから、その実態は不明。何せ、真正面から相対した例が1例しかないし、その1例も中途半端なところで逃げられている。
確かに、"可能性"についてはいくつか指摘されているが、その実態は謎に包まれているのが黒竜だ」
ヴァンが持っている情報を話したところ、ケイはしばらく考え込んだあと、口を開いた。
「それが、対価として話せる内容?」
「お前も核心を理解した上で、話を誘導していたかろおあいこだろ」
「ふーむ、バレてたか」
ヴァンの目的は魔女の事柄についてだ。それを理解したうえで、先ほどの戦闘を利用して黒鉄の決死団の話を先にしたことを見透かされていたようで、彼女は悪びれもせず笑った。
「じゃあ、ここまでの交渉は成立にしてあげよう。ただ、ここからの情報は、君もきちんと"査定"してくれよ?」




