第3節 10
その日は、食事を済ませた2人は部屋に戻り、その日はもう休むことにした。また明日、ルナには報告書の書き方や、必要なことを教えるつもりだが、その前に、ヴァンは自室に1人、報告書を進めていた。
こちらについては、ルナに見せる必要のない内容。魔女協会の魔女の騎士団としてではなく、金の竜狩りとしての報告だからだ。
(―報告するべきは、魔女の死亡、それは継承されたという紛れもない証拠。それにおいて、不可解な点がいくつかある。
まずは、継承された魔女はどこへ消えたか。これについては、いくつか候補があるが、傭兵組合に事情聴取の必要性も出てくる。真っ先に有力な情報源になるのは、本件で唯一の生き残り、救出した魔女、仲間をさらわれたと話していた"黒鉄の決死団"と名乗っていた者たちへの連絡も求める。
それ以外には、都合の良い女に魔女の力を継承し、既に出荷されたか。しかし、これについて、こちらが現地に襲撃した際に、輸送に使う馬車などの運送手段が見つからなかった。徒歩で移動した可能性も否定は出来ないものの、王国内ではどうしても足がつく。常套手段として売るために国境を越えることが多いが、それをするにしても、徒歩での国境移動は今回の地理関係からも難易度が非常に上がる)
黙々と、報告書を仕上げていくヴァンは、そこまで書き上げてからペンを置いて、ため息をつく。
「……面倒くせぇ」
つい、本音が漏れてしまうも、ここには誰もいない。聞かれる心配はないものの、彼は自分の頬を叩いて、正気に戻る。
「そんなん言ってても埒が明かないな。ルナにこれは見せられないんだし、さっさと片付けるぞ」
自分を鼓舞して、彼は再びペンにインクを染み込ませ、続きを書いていく。
(―次に、無名の山賊だけの犯行であるが、領主はそれに絡んでこなかった。どういった契約となっていたか不明だが、本来魔女を護衛していた騎士が反逆してきていたことを考えると、今回の事件に見せていない、第三者の可能性も考える。
ただ、命を助ける代わりに追加の魔女を連れてくるように言われたとしても、こちらが確実に勝つという自信があったということだ。結果としては、野盗の拠点にいた人間は皆殺しにした訳だが、本来はそう思えるだけの戦力がいたと考えるのが正しいのだろう。ただ、その"奥の手"は、結果としては表舞台に出ることはなく、ただ命を無駄にしただけだったようだが)
そこまで書いたあと、少し考えてから、考察として彼は報告書の続きを書いていく。
(これは、個人的な予測であって、確定した訳ではない。ただ、あの場所には"魔女狩り"がいた可能性がある)
魔女狩り。ここ数年の内に姿を見せるようになった、魔女を狩り続ける謎の存在。それは、僅かな人間たちのなかでだけ共有される単語であり、ヴァンは魔女協会に属する者として、王国からも直接の依頼を受けて捜索を続けている。
共通しているのは、その名の通り、魔女を狙うこと。基本的に村や集落の中ではなく、外―いわゆる、外回りをしている魔女を狙って犯行が繰り返されている。そして、その殺害手段は明確な恨みがないこと。死体を過度に損傷されたり、凌辱されたりすることなく、致命傷や抵抗のあとはあるものの、とても理性的に殺されている、ということ。
魔女となった個人への怨みや、恐れられるために魔女を殺害しているわけではなく、快楽殺人を行っている様子もないと伺うことができ、場所も王国全土で起きているため、特定が難しい。
事実だけが集まっており、痕跡が見つからないことから、捜索も詰んでしまっているため、理由はあれど、王国中を歩き回るヴァンに白羽の矢が立っていた。
彼自身も、魔女協会の弱体化に繋がっている魔女狩りを放置するわけにはいかず、捜索を続けているが、彼が護衛する対象が狙われたことは1度もない。逆に、運悪く狙われた対象は、ほんの少しの隙を見せた合間に殺されていることが多く、相手もかなりの手練れであることは分かっている。
だが、今回の件で、数少ない痕跡を掴むことができれば、捜査もいくらか進むだろう。その淡い期待を込めて、報告書には再度傭兵組合との協力を求める一文を書いておく。
そこまで書き終え、ざっと見直して書き間違いもないことを確認してから、彼が一息吐いたタイミングで、扉が叩かれる。
「ヴァン、いる?」
聞き慣れた声が聞こえ、彼は面倒そうに立ち上がり、扉へと向かっていく。ふと、時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうであった。
「どうした、シル」
声の主、シルの名前を呼びながら扉を開けると、困った顔をして待っていた。
「疲れてるところ申し訳ないね。―今、時間平気かな?」
遠慮がちに聞いてくるが、シルがわざわざ部屋まで訪ねてくる時点で、それなりに面倒な案件なのだろう。ヴァンも断ることなく、溜め息混じりに靴を履いた。
「…今回は、何の問題事だ?」
「―要は、クレームさ」
歩きながら、シルがそう話し出し、ヴァンは聞き直す。
「魔女協会相手のクレームじゃねぇだろ。それならマスターかお前らが出てくれば片付く話だしな」
彼の言う通り、ただのクレームであれば、ヴァンが出るまでもない。それでも呼び出される理由となれば―大体想像はつくが、なんと、今回持っていたのはケイとイニスの2人だった。
「やぁ、ヴァン。こんな夜更けに申し訳ないね」
「余計な時間取らせて悪いね。早速話をすると―」
「早く話してやれよ」
後ろから声をかけたのは、見慣れない男―着ている黒鉄の鎧だけは見覚えがあり、恐らく今日、神の遣いを譲った傭兵たちのリーダー。流石の態度にイニスも苛ついているようだが、代わりにケイが話し出す。
「要件だけ伝えると、ボクたちの査定に納得がいかないんだってさ。一応、他の同業にも声をかけて査定してもらったけど、それも談合してるんだろ、の一点張り。紹介先の君に掛け合えば、折れるだろって魂胆じゃないかな」
「当たり前だろ! 神の遣いがあんな安値で買い叩かれるわけがねぇ!」
ケイの説明にも、後ろの男は譲る気はなく、一応、ヴァンにも説明する。
「確かに希少生物の中でも、それなりに高値で取引される生き物ではあるんだけど、高い理由って、あの毛皮が大きいんだよね。で、ヴァンも君も知ってる通り、あの子はとんでもない量の返り血を浴びてて、その毛皮を洗浄する必要がある。その手間賃、時間経過による劣化も含めてあの値段にするしかなかった。あれでも、こちらはかなり譲歩した上での金額だって、他所からも言ってたよね?」
淡々と、査定内容について説明するも、彼は納得していない。
「なら、俺らにやらせろよ」
「それについても説明した。ボクの魔法で解体するとなったら、その時点でこちら側で下処理や必要な処理を含めた計算するよ、って」
ケイも飽き飽きと言いたそうに言っており、何度も言っているのだろう。それでも折れないことに困り果てて、こちはに助けを求めた、ということ。それなら、ヴァンが1つ、提案した。
「そこまで文句があるなら、条件をクリアできたら、お前の要望通りの差額を俺が出してやるよ」
「本当か!?」
「ヴァン!?」
思いも寄らない言葉に、2人は目を丸くし、彼は無表情のまま答える。
「今の俺に勝てたらな」
完全に寝る前の、装備は何も着けていない状態。服も薄手のシャツとズボンのみで、防御力と皆無に等しい。相手は竜をも狩る金の竜狩りではあるが、万全の状態だからこそ。魔女の指輪を含めて、何の装備もしていない彼であれば、怖くはない。確かに身長こそあれど、万が一の際に突入するため、後ろで待機している筋肉ダルマに比べれば大いに勝ち目のある勝負。
それを見た上で、男はにやりと笑った。
「いいぞ。呑んでやる」
「ただ、負けたら大人しく引き下がれよ」
「勿論だ」
きっちり負けた時の条件も呑ませたところで、2人は話は終わったと言いたそうに外へと出ていった。
夜遅くではあるが、人通りもそこそこな道路。先日の襲撃の件もあり、ヴァンの仲間たちが見回りを続けている中で、2人は地面が土となっていて、簡単に滑ることない丁度いい空間で距離を離す。
物々しい雰囲気を感じ、野次馬たちが群がってくるが、ヴァンは気にしていない。
「さっき言った通り、俺が勝ったらおとなしく引き下がれよ」
「お前こそ、約束は守れよな」
大衆の前で、約束を交わしたあと、ヴァンは重心を下げ、一息つく。
一瞬の静寂の後、合図もなしに2人は同時に駆け出す。
男の振り下ろされた拳を軽々と避け、通り抜けるように背後に回り、腕を抱え込んで関節を決めようとするが、その前に腕を振り回し、拘束を解く。その勢いで投げ出され、地面を転がったヴァンは、転がった勢いを利用して受け身を取り、すぐに立ち上がる。着地の際に少しよろめくも、彼はしっかり地に足をつけて再接近する。繰り出されたのは拳ではなく、手の根元で撃つ、掌底。
当然ながら鎧を狙うわけがなく、唯一露出している生身の部分である頭を狙うが、その前に腕でガードを挟まれる。
その一撃は届くことはないものの、彼はそのまま腕を掴み、思い切り引っ張って体勢を崩す。普段魔力で強化をしているとはいえ、彼の素の膂力も並の大人に比べたらかなり強い。不意打ち気味の崩しに、男はそのまま引っ掛かって体勢を崩してしまった。そして、無防備な頭を踏みつぶす勢いで足を踏み降ろすも、寸での所で防がれる。
こちらの足を掴まれて転ばされては危ないため、それ以上の追撃は避け、一旦距離を取った所で、男もすぐに立ち上がった。
「てめぇ…! 殺す気かよ…!!」
ヴァンに殺意自体はないが、結果的に殺しかねない一撃を繰り出したのは事実。その悪態に対して、彼は淡々と答える。
「有効打が頭しかないなら、そこを狙うに決まってるだろ」
殺す気はなくとも、当たれば死にかねない場所だけ出している方が悪いと、遠回しにではあるがはっきり伝えると、その態度が気に食わなかったためのか、歯をむき出して笑った。
「テメェがそう言うなら、こっちが何しても文句ねぇんだよなぁ!?」
論理が飛躍しすぎているが、彼の中ではそうなったのだろう。鎧の下に仕込んでいた鉄の棒を取り出し、組み立てていくと―それは一本の槍になった。
「皆さん、危険ですからもう少し離れて!」
凶器を取り出したことで、周囲の見回り兼監督の仲間たちが野次馬たちをすぐに離れさせ、それなりに広かった戦場が更に広がる。
丸腰相手に、鎧と槍。明らかに不利な対面となっているが、ヴァンの余裕は崩れない。というより、いつも通りの無表情を貫いている。
「はぁっ!!」
気合とともに繰り出された槍の突きを簡単に受け流そうとするが、その前に動きを止め、一歩踏み込んだヴァンの体を巻き込むように薙ぎ払う。
致命傷になりかねない刃先には当たらないよう、更に一歩踏み込んで、柄の部分で攻撃を受け止める。しかし、遠心力の乗った振り回しを受け止められるほど力は入れられず、彼は軽々と振り回され、地面に転がる。すぐに男は槍を持ち直してヴァンの無防備な体を狙ってくるが、転がっている間に掴んでいた小石を咄嗟に投げつけ、目眩ましにする。その一瞬怯んだ隙を見て、ヴァンはすぐに体勢を立て直した。流石に少し焦ったのか、冷や汗を滲ませながら、彼が構えたところで、男も体勢を整えていた。
ただ、リーチの差は歴然。うまく接近できなければ有効打もないが、近寄るのも危険が伴う。それでも、勝つためには攻めるしかなく、ヴァンは前傾姿勢で突撃体勢をとる。それを見た上で、男も槍を構え―ヴァンが弾けたと同時に串刺しにせんと槍を突きだしたが、それは肉ではなく地面に突き刺さる。
「――は?」
ヴァンが、硬い靴で槍の刃先を踏みつけ、地面に突き刺していた。完全に意表を突かれ、呆けていたその隙にヴァンは接近し、その顎に渾身の掌底を叩き込み―男は、簡単に崩れ落ちた。




