第3節 6
その後、洞窟から脱出した一行は、まだ仲間を探すために探索をしていた黒鉄の決死団を見つけ、魔女を預ける。
やはりというか、彼らが連れ去られた仲間ではないようだが、先ほど討伐した希少生物を専門に取引している、希少取引所の紹介状を渡してやると、一転して快く引き受けてくれた。現金なものである。
何にせよ、魔女を預けることができた2人は、再び洞窟に戻る。その途中、無事魔女を預けたこともあり、指輪の魔力も補充してもらった。
出来ることなら、余っているボルトも譲ってもらえれば万全だったが、あちらも神の遣い相手に相当消耗したのだろう。それは流石に断られてしまい、彼らは必要最低限の装備で戻ることになる。
その途中、破壊されたクロスボウの残骸と、ポーチにしまってあった仕込み銃について、ヴァンが気が付いた。
「ルナ、結局その銃は使ったのか」
「…ん、あぁ。ちょっと、ヤバい所があって」
状況についてははぐらかしたものの、仕込み銃を使ったのははっきりと伝える。それを聞いて、深くまでは聞かないものの、ヴァンは話す。
「使用後の荷物も持ってるみたいだが、一応もって帰ってくれよ。それは、試作品らしいし、現場の意見は貴重だ」
「分かってるよ」
話の通り、ルナが袖の下に仕込んでいた小銃は、彼の装備を採寸した鍛冶屋での試作品。一般的には使われているのは、バネと歯車の力で射出されるクロスボウ。それとは異なり、撃鉄とその火花から起きる火薬の力で弾丸を撃ち出す技術。
クロスボウよりも遥かに小型化することには成功しているものの、弾丸の補充の効率化、火薬を使うということから、野外戦闘の多い傭兵たちには弾薬が湿気るといった問題点も多くあり、なかなか普及されていない。
その問題点を単発式に限ることで解決したのがこちらの小銃。内部で撃鉄を弾く機構にすることで湿気の影響を極力減らし、弾丸も単発式のため、供給を気にする必要はない。必要な機構も少ないため、極限までの小型化の結果、不意討ち用として作られたものが、彼の使った小銃の正体。
試作品ということもあり、当然問題点もあり、ルナは愚痴り出す。
「といっても、撃ったあと、熱が籠るせいで馬鹿みたいに熱くなるし、威力の割に反動もとんでもなかったんだよなぁ。これ、まだ欠陥品だよ」
「まぁ、研究ってのはそんなもんだ。失敗を繰り返して、ようやく形になっていく。俺らが今、普通に使ってるクロスボウも、最初は全部手動でセットまでしてたから、戦場じゃ使い物にならなかった。それからどんどん改良されて、今の形になってる」
文句をいうルナを宥めつつヴァンは先に進んで行き、ルナが一度見ていた分岐にまで戻ってきた。
「さっき、あの魔女が捕まってたのはこっちだから、逆方向だね」
「そうか」
ルナの言葉に従い、ヴァンは分岐を進んでいくところで、ルナは思い出したように聞く。
「…ヴァン兄は、俺が連れてきたからあの魔女を助けたのか?」
ルナの確認不足もあり、魔女協会ではなく、傭兵組合の魔女を助けていたことに、不安そうに聞くと、彼は首を横に振る。
「そんなわけない。ただ、依頼の対象かどうかの確認をしただけだ。魔女であれば、所属は関係ない」
「それでも、それのせいで本当の目的の魔女の救出が間に合わなかったら?」
ルナが言わんとしていることは分かっている。ヴァンはそれを理解した上で続けた。
「その時は―その時だ。少なくとも、お前の行動のおかげで1人の魔女の命が救われた。結果として、お前が言うとおり間に合わなかったとして、それが間違いだと、責める奴はいない。
少し前に話したこと、忘れたか? 俺らは何よりも、魔女の安全を優先しろ。優先した結果、何かの問題が生じたとしても、それは仕方のないことだ」
割り切った答えを聞いても、ルナは納得いかないと言いたそうに唸る。その反応を理解した上で、彼は続けた。
「まぁ、この世の中、全部が全部夢物語みたいに上手くいくわけがない。―そうだな、それでも気が済まないというなら、強くなれ。
解決にはならなくとも、それがお前の選択肢になるはずだ。選べる択が増えれば、よりよい結果を選べるかもしれないだろう?」
彼はそう言って、先に進む。それを追いかけながら、ルナは聞いた。
「それでも、迷ったなら?」
選択肢が増えれば、きっと迷う。その回答を聞いたものの、返ってきたのは能天気な返事だった。
「その時は、お前の心に従え。なんだかんだ、それが1番、楽になれる。
無駄話はこのくらいにして、先に進むぞ」
そして先に進んでいくと、風の音が聞こえ始める。つまり、出口がある、ということだ。警戒しながら進み続け、久々にも感じた日の光が当たるところには、1人の男が退屈そうに待っていた。
男は身長はそこまで高くないものの、横に大きく、ずんぐりむっくりという言葉がぴったりの体型。鉄製の甲冑を纏い、腰に短剣と弧を描いたサーベル、背中には身を隠すほどの大盾を背負っていた。
ヴァンは他に仲間はいないか、警戒しながら観察していたところで、声をかけられた。
「そこの。コソコソしてないで出てきたらどうだ」
はっきりと指摘され、奇襲はできないと判断したのか、ハンドサインでルナに動くな、と告げてから先に出ていく。
「……」
素直に姿を現したヴァンを見て、男は笑う。
「やけに化け物じみた侵入者と聞いていたが、お前だったとはな。金の竜狩りとありゃ、あいつらじゃ相手にならねぇか」
少なくとも、相手はヴァンの事を知っている。この軽装で相手を油断させることは難しいと判断したヴァンは、すぐに臨戦態勢をとった。
「少しは、話し合わねぇか? お前にも悪い話じゃない」
「…疑わしければ、すぐに殺すぞ」
臨戦態勢は崩さずに答えると、彼も短剣を抜きつつ笑った。
「そりゃ怖いな。
ま、話ってのはお前が探してる魔女についてだ。興味あんだろ?」
「……」
微動だにしないヴァンの反応を見て、肯定と捉える。
「そりゃ良かった。魔女協会のお前らが来るってことは、そういうことだろうからな。
―単刀直入に言うが、ここにゃいねぇ。居たとしても、洞窟の方だろうな」
それを聞いて、すぐに引き返そうとした瞬間、洞窟の入り口に鉄の門が降りて、塞がれる。
道を塞がれたのが問題ではなく、ルナと分断されたことにヴァンはひどく焦り―まずは、目の前の敵から排除することにした。
流れるように振り下ろされた爪を、男は盾で受け止める。流石に呪いや魔法の力無しで、重厚な大盾を引き裂けるほど、この爪も強くはない。ただ、それでも折れることが無いのは流石、竜狩りとだけ呼ばれるだけはある。
難なく弾かれたのを確認し、ヴァンはすぐに距離を取ると、男は笑う。
「時間稼ぎさせてもらうぜ。その間に、魔女をここから離せば、無事に俺等の勝ちだ」
個人ではなく、全体の勝利を優先する姿勢は流石だとヴァンも見直すが、現時点、拠点にいるはずの賊はほとんど仕留めているはず。それこそ隠し扉でも無ければ―その考えをした時点で、ヴァンはハッとした。
「隠し扉を用意してやがったか…!」
ヴァンの言葉に意外そうに彼は黙ったあと、笑った。
「察しがいいな。よく気付いたじゃねぇか。ただの脳筋じゃねぇんだな」
そうと分かれば、遊んでいる暇はない。ヴァンは即座に襲いかかるが、大盾の守りは崩せない。身体強化も加えて攻め立てるも、彼は大樹のように動かない。
いつまでも進まない戦況への苛立ち、疲労を狙って耐久しているのは分かっている。ヴァンは何度目かになる盾への爪を振るうが、表面を削ることすらできず、弾かれる。
体制を整える素振りに加え、空いた右手でポーチを漁り、爆竹を取り出し、そのまま導線を着火して投げ込む。
「甘ちゃんかぁ!?」
バカにするようにして、盾の裏、サーベルを抜いて空から降ってくる爆竹をはたき落とす。その時でも視線は前に、油断はしていない。
それも見越した上で、余計に攻めることはしない。むしろ距離を離して後退したところ、その意図が分からないものの、警戒する。
「なんだ――っ!!?」
盾に取り付けていた、一部の錠前や扉を破壊するために用意していた爆薬。分厚い大盾を貫通するのほどの威力はないものの、人間を衝撃で吹き飛ばすには十分過ぎる火力。森の中でこんなものを使えば、その火の粉の影響で火事になる可能性もあるが、ヴァンは気にしない。案の定、飛び散った火の粉が地面の枯れ葉に火をつけてしまう。すぐに燃え広がると思いきや、少し湿気ていた地面に熱を奪われ、火事になることはなさそうだ。
そんなことを気にしている間に、体勢を大きく崩した男に向かって、爪が襲いかかる。それが首に届く寸でのところで短剣が受け止め、2人は至近距離で兜越しにお互いの目を見る。
目的を持ち、強い意志を宿した男に対し、興味を持たず、ただの通過点と言いたそうに、光のない目をしたヴァン。
その濁った目が気に入らず、男は怒号と共に弾き飛ばし、ヴァンはそれを素直に受け止め、後ろに跳んで衝撃を逃がす。
「…テメェの目、気味が悪ぃ」
「そうか」
吐き捨てた言葉を適当に受け流し、ヴァンは再び襲いかかる。普通の相手であれば、相当消耗しているはずなのだが、ヴァンは息を切らした様子もなく、ひたすら攻め立ててくる。兜の隙間からちらりと見える、生気のない青と黄色の目には、何の感情もない。それがただただ不気味で、男は次第に恐怖を感じ始める。
こちらもヴァンの攻撃を受け止めているが、徐々に、削られてきている。素早く動き、剣を抜く暇のない程に多方向から攻めているが、少しずつ、反応が間に合わなくなっている。
こちらが疲れているのではなく、ヴァンが男の守りに適応し、侵食するように攻略しているという証拠であり―それを理解したところで、男も守ることをやめた。
「うおおおお!!!」
ヴァンの攻撃に合わせて盾で弾き飛ばし、サーベルも抜くが、目の前にヴァンの姿はない。
「ようやく隙を晒したか」
背後から聞こえる、冷たい声。
先ほどのバッシュに合わせて高く跳躍し、その背後に着地していたのだが、追い詰められていく恐怖に麻痺された状態では気づく由もない。
ヴァンは一切の躊躇いもなく、がら空きの背中を風を纏った爪で斬りつけ、鎧諸共引き裂いた。
―だが、浅い。一撃で絶命に至るまでの傷は与えられず、せめてもの抵抗か、サーベルをヴァンの首めがけて振り回して道連れにしようとする。しかし、右手の指輪、魔女の指輪の力で障壁を作って受け止められ、構え直した爪は、間違いなくその首を貫いた。
「―がっ…!!」
首に突き刺さった爪を、迷いなく捻り、頚椎をねじ切って致命傷を与え、トドメのようにその首を引き裂いて斬り落とす。
「――あぁ、疲れた」
男の首を落としたあと、ヴァンは深い溜息とともにそう呟き、空を仰ぐ。気がつけば、空は曇天で今にも振り出しそうだった。
雨に濡れる趣味はない。それに、ポーチの中身を濡らしてしまえば、湿気て使い物にならなくなってしまう。
早く帰るためにも、ヴァンは道を戻ろうとしたが、今更、帰り道を閉ざされたことを思い出し、彼は呻きながら先ほど殺した男の亡骸を漁り始めた。
何かしらの仕掛けで鉄の扉が落ちたのであれば、その仕掛けを持っているだろうと考えたからである。




