第3節 5
神の遣いを見捨てた後、ヴァンは切り替えて先へと進んでいくと、思いがけない人物と出会った。
「―貴公、」
「なんだ、居たのか」
先ほど置いてきた騎士の姿を見て、ヴァンは淡々と話しかける。
「それで、今更何の用だ?」
最低限の案内は終えた。この戦況であれば、加勢も不要。ただ、余計な荷物が増えるだけなので冷たく言い放つと、何か、黒いものを差し出してきた。
「これを、見つけてな」
手渡されたのは、引き千切られた革のブレスレット。刻まれた文字列から、魔女協会が支給しているものであり、泥にまみれて分かりにくいが、うっすらと見える朱色は、魔女に支給されているもの。
ヴァンはそれを受け取って、聞いた。
「これをどこで?」
相変わらず、感情を感じられないほど淡々とした口調でも、騎士は戸惑うことなく、素直に答えてくれた。
「近くの小屋で見つけた。調べるか?」
「そうだな」
ヴァンは残りのボルトの本数を数えつつ即答し、騎士の案内の元、小屋まで案内してもらう。
その間も2人は無言で歩き、他の小屋と変哲もない所に案内され、すぐに扉を蹴り壊して中を確認しようとする前に、放たれた矢がヴァンの兜の横を掠めていく。
部屋の中では、灯りの炎が焚かれており、よく見える。5人ほどの木の鎧に身を固めた蛮族たちが弓と刃物を構えて待機しており、ヴァンはそれを見て、後ろで剣を抜いていた騎士に聞いた。
「1つ、聞こうか。魔女は、本当にこの拠点にいるのか?」
裏切りよりも先に、魔女の安否を聞いてきたところで、彼は嗤った。
「少なくとも、魔女はいる。どうなってるかは知らないけどな」
「そうか。知らないなら、仕方ないな」
ヴァンは変わらず淡々と答え、まずは裏切り者から排除しようとしたが、その前に外に出て、回り込んできた蛮族が2人、接近していた。
3方向に敵がおり、いつの間にか囲まれている。前方に進んだところで、矢の餌食になるだけ。それならば、もう1つの逃げ道を選ぶだけ。
ヴァンは強化した脚力で予備動作なしで高く飛び上がり、足元に作り出した足場を伝って小屋から離れる。そして、包囲の外へと着地し、ポーチから取り出した爆竹の導線を擦って着火し、最も近い騎士に向けて投げつける。
けたたましい音と共に騎士の前で火花が散るが、これはただの目眩まし。本命は、接近してからの爪の一撃だが、兜をしているのもあって、効果は薄く、顔を防いだ状態で下がって避ける。
それと入れ替わる形で蛮族たちが斧とサーベルを構えて突撃してくる。それに対し、すぐにボルトを発射するが、木の鎧対策の鉄のボルトは撃ち尽くしていた。残っているのは木製のボルトのみで、例え木であろうと、重装備をした相手には効果が薄い。ダメージは与えられず、怯ませる程度だが、この際足止めできれば良い。
その隙を狙って、ヴァンの爪が1人の首を撥ね飛ばし、流れの2人目の首は、間に挟まってきた騎士に受け止められた。
「そこまでして、蛮族に入れ込む理由が分からんがな」
すぐに刃を弾き、距離を取ったヴァンは、改めてクロスボウにボルトが装填されたことを確認しつつ聞く。
重厚なロングソードを両手で握り、真っ直ぐ中段に構える騎士は鼻で笑う。
「命あっての物種だろう」
「なるほど、ようやく納得がいったよ。お前は魔女を囮に逃げた、ただの卑怯者ということか」
その一言で全てを悟り、ヴァンが嘲笑すると、彼はプライドを傷つけられたのか、激昂する。
「黙れ!」
素早く踏み込み、首を狙った鋭い一撃が迫るが、並の人間の決死の一撃など、竜や化け物じみた筋肉ダルマとの戦いに比べれば、遅すぎる。
その一撃を完全に見切った上で、親指の指輪―"風の力"を纏った爪で、片腕を持っていく。
痛みによる絶叫は、ヴァンの耳には届かない。ただ一言、最期の言葉を投げかけた。
「仮に死後の世界があるなら、金の竜狩りに殺された、と誇るがいい」
それだけ言って、彼は迷いなくその首を切り落とした。
―裏切り者も排除し、残る雑魚も片付け終わる。
一応、小屋の中も探索することにしたが、魔女の痕跡も見つからず、当初の予定通り、洞窟へと向かおうとした時、遠くに見える洞窟の入り口から、4人組が出てきたのが見えた。
見える装備からも、木の鎧しか用意できなかった雑兵とは異なり、関節や急所を金属で補強された鎧を纏っている。武器も軽量化したクロスボウを腕に装着し、金属の槍を携えている。
一応、幹部と言われる連中なのだろう。ヴァンは少し近付いてから聞いた。
「魔女は何処にいる?」
臨戦態勢で聞いた、端的な質問。それに対し、たった1人、しかも装備も最低限という脆弱な見た目という、一見無謀な戦力差に彼らは油断していた。
「この奥にいるって言って、どうするつもりだ?」
1人が、重要な情報を漏らしてくれた。その時点で、ヴァンの目的が確定する。
左手の爪に風を纏わせ、駆け出しながら振るう。それと同時に放たれた暴風の斬撃が鉄さえも紙のように引き裂き―洞窟の入り口に屍が増える。
しかし、全滅までとはいかず、半分は装備していた魔石での防御が間に合ったようで、身体が三分割されるのは回避できたようだが、残る半分は文字通り3つに引き裂かれて血の海に沈む。
更に走りながらポーチを漁り、毒々しい黄色の丸薬を取り出し、その先につく導火線を擦って着火し、そのままボルトの先に取り付けて放つ。
敵の足元に突き刺さった丸薬は煙を放ち、黄色の煙幕が立ち上る。流石に、初撃の奇襲も予測できただけあり、その煙が危険と判断し、すぐに離れる。しかし、それで彼らは分断された。合流まで時間があれば、どうとでも出来る。
すぐに片割れに接近し、それを確認した方がクロスボウ、ではなく距離から槍を抜くが、目視した時点でリーチは把握している。冷静に放たれた一閃を風を纏った爪で撫でるように引き裂いて、接近と同時にゼロ距離で頭にボルトを放ち、怯ませる。その隙に蹴り飛ばして地面に倒して抵抗できない状態にしてから、その首を切り落とした。
4人から、瞬く間に1人まで削られてしまい、残された男も、ようやく、目の前にいる男が並の人間ではないことに気が付く。
だからと言って、油断するヴァンではない。有利不利関係なく、彼は粛々と任務を達成する必要があるのだから。
「――!!」
男が何か、言葉を発している。だが、不要な情報であれば、彼の耳には届かない。きっと、命乞いか何かなのだろう。
その戯言を無視して、彼は迷いなく殺そうとしたが、死ぬ間際の言葉が耳に届く。
「魔女の場所を知ってる! 俺を殺せば、その情報もなくなるぞ!!」
魔女の場所。有益な情報に手が止まると、男は必死に呼びかける。
「俺なら、この洞窟の中の案内もできる! どうだ、悪い話じゃないだろう?」
確かに、案内まですると言うのであれば、今すぐ殺す必要はない。一瞬だけ手が止まるも、そんな案内がなくとも、先行している後輩の存在を思い出し、爪を振り下ろしてそのまま始末した。
「悪いが、もう1人先に向かわせてるんだ。案内はいらねぇよ」
もう返事をすることもない屍にそう言って、彼は爪にへばり付いた血糊を払い、ポーチから共鳴石を取り出して、行先を再度確認すると、間違いなく洞窟の方向に共鳴してくれた。
「…さて、先走ってなければいいんだが」
ヴァンの心配はよそに、既に無理な奇襲を仕掛けた結果、死にかけていていたとは露とも知らず、彼は洞窟の中へと入っていった。
松明で照らされた洞窟を突き進みながら、耳を澄ませていると、遠くで微かに足音が響いている。誰かがいるようで、少しずつとは言え、次第に近づいていることを確認し、ヴァンは歩きながらもクロスボウに装填されたボルトを確認する。
カートリッジ内の予備も確認し、残数は10本ほど。数人程度の集団であれば対処可能だが、連戦は難しい。指輪の残魔力も少し心許なく、先ほどの戦いで親指の魔力を使いすぎてしまったことを悔やむ。だが、嘆いていたところで何か変わる訳ではなく、ヴァンは慎重に進んでいく。
その一方、僅かとはいえ、魔力の補給を済ませた魔女とルナの2人は、先を急いでいた。ただ、魔女の元々の装備も奪われていたため、出来ることならばそれも取り返したいとのこと。
ルナ1人でここを切り抜ける自信もなく、振る舞いから戦闘経験があることを把握した上で彼女の要求に折れ、一緒に倉庫まで向かっていく。その途中、先から足音が聞こえ、ルナも警戒を強める。魔女も、場馴れしているのか、ルナに指示するよりも早く、彼の後ろで待機する。
彼女も、牢屋で殺した男からシャツや靴を奪い取っており、ある程度身なりを気にする事なく動けている。ルナも、後方支援がいる安心からか、少し攻め気味に移動を始め、会敵してもすぐに迎撃できるように構えていたところ―ポーチに入れていた、共鳴石が強く共鳴した。
「――これって…」
共鳴反応は、後方ではなく前方。それの意味を理解し、ルナが警戒を緩めようとした時、前方の闇から聞き慣れた声が聞こえた。
「その小石を持ってる人間に告ぐ。所属と上官の名前を言え」
仮に、共鳴石を奪取されていた場合に備え、これを使った位置確認をした場合、必ず所属確認をしろ。それは、ヴァンが事前に話していた約束であり、それを思い出したルナは素直に答える。
「魔女協会、ヴァンの下にいる者だ」
間違いなく所属と上官でもあるヴァンの名前を伝えたところで、前方から闇の中から感じていた敵意が消え、ヴァンが姿を現す。
「ルナか。無事で良かった」
いつも通り、彼の声に感情は無いものの、深い溜息から、心配していたことは伝わった。
心強い上官との合流に、ルナも安心して近付いていく。
「ヴァン兄も、無事で良かった」
「無論だ。…ところで、後ろにいるのが依頼のあった魔女か?」
早速、本題に入ると、ルナの後ろで待機していた彼女は警戒した様子でこちらを見る。
「そのようだな。さて、自己紹介をするまでもないが、こちらは魔女協会の所属だ。それで、キミの所属は?」
ヴァンは端的に要件を伝え、彼女は明らかに怪しく目を泳がせる。それを見て、彼は呆れ気味に聞き直した。
「―先ほど、仲間を連れ去られたと話していた傭兵組合の連中と会っている。それで、再び聞こうか。キミの所属は?」
ヴァンの質問の意図を理解し、ルナははっとする。確かに、彼女は魔女と話していたが、必ずしも"魔女協会の所属とは限らない"。
それを見越した上で聞き直すと、彼女は渋々答えた。
「…キミの想像通り、あたしは傭兵組合所属。魔女協会所属の方は、知らない」
それだけ聞いたヴァンは、淡々と、そうか、と答える。
「それなら構わん。まずは、貴女の安全を確保する。…一旦、外に向かうが構わないか?」
予想とは違う回答に、彼女は困惑する。
「キミの目的の魔女は探さないの?」
「まずは、貴女―無事に確認できた魔女の安全が最優先だ。その上で、こちらの所属の魔女を捜索することにする。
先ほど出会った傭兵団もまだ残っているだろう。彼らにエスコートを依頼する。構わないか?」
至極冷静にヴァンは話し、彼女も何か言いたそうだったが、折れる気配がないのも感じ取り、仕方なく頷いた。
「すまない。貴女の装備については、こちらで回収して後で届けよう」
傭兵組合となれば、戦えるだけの装備もあると見越した上でヴァンは言い、踵を返して歩き出す。
「まずは、この辛気臭い場所から出るぞ。俺が先導するから、着いてきてくれ」
ヴァンはそれだけ伝えて歩き出し、2人も後方への警戒を怠らずに出口へと進んでいった。




