第3節 3
拠点内にばら撒いた煙幕弾に気を取られている間に、門番と門を破壊し、堂々と潜入したヴァンは煙幕の中に突っ込んで行き、元々用意していた千里眼の魔石から得た情報を頼りに右手のクロスボウを連射する。
一般的にはハンドルを回すことで連射機能を獲得し、小型化にも成功したことから国内全体に広がった装着式のクロスボウ。ヴァンが装備しているのは、本来竜狩りの角のリールを巻き取るための機構をハンドル部分に転用し、完全自動化をした特注品。自動化したおかげで片手での使用が可能であり、飛ぶ必要のない相手に有効的な遠距離武器として、彼の戦いの助けとなっている。
煙幕で身を隠していたとしても、ボルトの方角からこちらの位置を特定される可能性は大いにある。周囲からも、それを指示する怒号が聞こえているが、ヴァンの耳には言葉になる前に通り過ぎていく。
数的有利を打開するには、自身の場所や、装備という情報が知られる前にその差をどれだけ少なく出来るかが必要となる。煙幕が切れる前に次の煙幕を撒き散らし、余計なノイズに耳を貸す前に、手を動かして出来る限りの努力を行っていく。
―手持ちの煙幕弾を全て使い切り、その煙幕が張れた時、ヴァンの周りには10人程度の死傷者が転がっていた。それでもなお、10人は越える、鎧を着る間もなく、軽装の蛮族たちがそれぞれの得物を構えて警戒していた。
「……、」
クロスボウの空になったカートリッジを外し、最後となった3つ目のカートリッジを付け直す。
「てめぇ、いきなりやって来ていい度胸じゃ――!?」
ようやく、敵を認識した蛮族の1人が叫ぶと、ヴァンはため息まじりに動き出した。
―ヴァンの右手に填められた4つの指輪は、魔女の指輪。1つ1つに魔女1人分の力が込められており、当然、指輪ごとに持ち得る"権能"も異なる。
―まずは、小指から。これは、"治癒"の力を持ち、多少の傷であればまたたく間に完治する。しかし、ヴァンが仮想敵とする竜相手では、まず攻撃にあたること=死に直結するため、使用機会は最も少なく、リールの巻き取りなど、必要に応じた魔力供給先として使われることが多い。
人間離れした速度で急接近した上で、1人の首を左手の爪で刎ねる。返り血を浴びる間もなく、離脱して次の獲物へと向かっていく。
―中指。身体強化の指輪。人知を超える竜と相対するために、必須となる力。普段からの戦闘でも頻用しており、体格から想像できない怪力を与えている。その怪力から得られる機動力に振り回されないのも、黒の竜狩りから仕込まれた訓練の賜物である。
集団戦として、こちらの動きが止まった瞬間を狙った、矢の一撃。それを、不可視の障壁が防ぎ、返しのボルトが射手の頭を貫く。
―人さし指。魔力で障壁を作り出す。能力は単純だが、応用がいくらでも利くため、足場として、身を守るときの障壁として、触れられない毒を触れるための膜として、挙げだしたらキリのないくらい、多くの使い方をされる魔法。
最後に、親指―を使うほどではなく、周囲の敵は殲滅出来た。何人か息の残っている者たちもいたため、その辺に落ちていた石の槍を持ち、1人1人、漏れのないように頭を潰してトドメを刺していく。
全てが片付き、静かになったと思ったところで周囲を見渡すと、それなりの広さの集落であることが分かる。
基本的には狩りや採集で生活をしているようで、農場のような場所は見つからない。そして、外にいくつか建てられた小屋の大きさや数から、30人は余裕を持って寝泊まりできるよくにはなっている。それなりの数がいるが、周囲に散らばっている死体から、まだ足りない。
先ほど見た、見回りをしていた連中も含めて、まだ敵が残っているのは分かった。そして、先ほどばら撒いた煙幕の煙は、空に昇っている。それを見て、襲撃を察知した見回りの連中が戻ってくる可能性が高いだろう。
そして崖方面に洞窟のような穴が見えていたが、そちらに向かうよりも先に、周辺の住居を調べることにした。
動き出す前に、ルナと繋がっている魔石の反応を一応確認してみたが、救援信号のようなものはない。ただ、方向からして洞窟方面に向かっているようで、こちらの探索を終え次第、追いかけることにした。
1つずつ、奇襲に注意をしながら住居の扉を開いていくが、中には最低限の家具のみある部屋ばかり。いくつか調べていく内に、雨風をしのげる施設として基本的に利用されているのはよく分かった。それでも、ヴァンはしっかりと1つずつ調べていくと―1つ、異様な臭いを発する住居に辿り着いた。キツい獣臭と鉄臭い血の匂いから、解体所か何かなのだろう。
情報収集のため、ヴァンは躊躇いなく扉を開けると、洗い流せないほどの返り血に赤黒く染まった部屋が出迎えた。
吐きそうになるが、彼は迷いなく歩みを進め、部屋の中に入る。すると―
―じゃらり。
「……」
何か、いる。床を擦る鎖の音がそれを教えてくれるも、扉を空けた程度の光ではソレの姿は見えない。逃げ口を確保するため、入ってきた入り口の扉を事前に蹴り壊しておき、警戒しながら進む。
窓1つない、密室。奥に進めば進むほど、光が消えていく世界。しばらく進んでいくと、その正体に気がついた。
それは、檻に入れられた巨猿。全長3メートルはあろう、猿。しかし、その猿は全身を拘束されており、首輪の鎖を揺らすことしかできない。ただ、人間は嫌いで仕方ないのか、猿ぐつわをされた状態でも、こちらに気が付いて唸り声をあげている。
「……まさか、神の遣いか?」
それは、希少生物の1種。白銀の毛皮を持つ、常軌を逸した巨体を持つ猿の1種。人里離れた秘境に住むが、数年に1度、どこかにいる番を探すために大陸全土を移動する習性がある。気性は本来穏やかで、移動中に出会しても、滅多に襲われることはない。その一方で敵に対しては容赦せず、下手に怒らせれば、翼竜以上の被害をもたらすことも。しかし、その美しい毛皮は希少価値が高く、それを狙った密猟者たちに狙われる事も多く、失敗した後のその二次被害の多さから、この国では法律で関わることを禁じている。
そして、ここには捕らえられ、人を強く憎んだ神の遣いがいる。国家の保護法であれば、本来保護対象だが、この状態で保護しても、被害が拡大するだけだろう。だとしても、後始末は希少取引所の連中に任せればいいので、彼は彼の成すことを行う必要がある。
「…恨みはない。悪いな」
この獣に罪はない。ただ、ヴァンは自身の自己満足のために懺悔の言葉を吐いたその時―その拘束が一斉に解かれ、弾丸のように飛び出してきた猿の攻撃を、寸でのところで避ける。
何が起きたのか、それを理解するよりも早く、ヴァンは外へと駆け出すと、出口を塞ぐように3人組が―戻ってきた見回りの連中が、扉を塞ごうとしていた。それを阻止せんと、突撃するよりも早く、背後に悪寒を感じ、高く跳んだところで、自分の居た場所に、走り出していた猿が、押さえつけていた扉諸共、破壊して外に出ていった。
無事に着地し、外に出た所で、全身血染めの猿が、憤怒の表情で見覚えのある木の鎧を纏った連中を睨みつけている。
蛮族たちは、必死に魔石のようなものを押して、再度拘束しようとしているのだろう。しかし、彼らが制御していた拘束具は、恐らくあの小屋の中でしか機能しないもの。小屋から出てしまえば、ただの小石となる。そして、そんなことをしている間に―猿は、3人を瞬く間に蹂躙し、全身引き千切った上で、貪り食われていた。
「……竜狩りの角も、持ってきておくべきだったか」
今回の任務で想定していない大型の生物。クロスボウに残っているボルトのカートリッジは1箱分。周辺に散らばっていた死体を漁れば、いくつか補充はできただろうが、今となってそんな時間はない。
更に問題なのは、翼竜たちは飛翔する都合上、見た目以上に体重は軽い。その一方で地上での活動に特化した生物は、幾らでも筋肉を蓄えられる。接近戦の危険度で言えば、竜と相対した時とほぼ同等とも言える。つまり、直撃したらその時点で死が見える。だからと言って、やりようが無いわけではない。
―無感情に観察を続けていたこともあり、猿はもう1人の生き残り、ヴァンの存在を忘れていたのだろう。"食事"を済ませたところでようやくヴァンの方を向いたが、敵意も恐怖も抱いていないのを感じ取っており、猿側も少し困惑しているようだ。
「……はぁ、気が進まねぇ」
本当に嫌そうに、ヴァンはため息を吐く。これからやるのは、生きるためでもなく、頼まれたわけでもない、なりゆきで為さなければならない狩り。だが、こちらを見る猿には躊躇いが見える。
「…………、」
態度から、自身を捕らえていた連中とは違うと、察知しているのだろうか。確かに、この猿は知能が高いと言われているが、同じ人間の中でも派閥や敵味方の概念があることを理解しているとは思えない。だが、余計な戦闘を避けられるのならそれに越したことはない。
ヴァンは試しに、一歩、踏み出してみると流石に警戒される。そこで足を止め、落ち着いたのを見計らってまた一歩、近付いて―いつしか、大分距離を詰められたが、猿は逃げもしなければ襲いもしてこない。
その距離で、ヴァンは地面に座り込むと猿もそれに倣って座った。
「……」
「……」
猿も、ヴァンもお互いの顔を見たまま何も言わない。ただ、お互いに敵意がないのだけはよく分かった。
突然、本来の落ち着きを取り戻した理由はよく分からないが、人里に危害を加える様子もないので、無理に狩る必要もないだろう。ヴァンはそう判断して立ち上がったところで―遠くで、人の気配を感じた。猿も同じくそれを感じ取ったのか、1人と1頭は立ち上がってそちらを見る。
遠くから見えてきたのは、木ではなく、金属の鎧を纏った人々。恐らく、蛮族ではなく、何処かに所属する者達だろう。
人相手ならば、ヴァンが相手したほうが早い。猿に向けて後ろに下がっていろ、とジェスチャーで示すと、大人しく従ってくれた。
そして、相対したのは5人組の集団。装備もバラバラであり、ヴァンも知らない顔なので、恐らく傭兵組合の一団だろうか。
猿の前に立ち塞がるようにヴァンが立ち、交渉を始める。
「こんな辺境に何の用だ?」
「そちらこそ何の用だ。所属を言え」
先頭に立つ、重装備にドリルのような槍を携えた男が聞くと、ヴァンは素直に答える。
「魔女協会所属、"金の竜狩り"と言えば分かるか?」
金の竜狩り、その単語に彼らはざわめくが、先頭に立つ男は動じず答える。
「それは失礼した。こちらは傭兵組合所属"黒鉄の決死団"。俺が団長をしている。名前は、語るほどでもねぇだろ」
「そうだな。本題に入るが、そちらにも救助要請が入ったのか?」
「そういうわけじゃないが、ウチの団員がこちらに捕まっててね。そのお礼参りに来たところなんだが、ここは半壊しているし―君の後ろにいるのは神の遣いだろう?」
待機していた猿が、相手の敵意を感じて唸り出す。それを制するように、断言した。
「こいつは関係ない。捕まっていたのを、俺が助け出しただけだ。なんなら、ここを半壊させたのも俺だからな」
この猿が暴れて半壊させたというのなら、ヒトへ敵意を持つ希少生物として合法的に狩猟対象になる。そう判断させないためにも、ヴァンが話すが、彼はほう、と少し離れたところにある、食い散らかされた残骸を顎で指し示す。
「その猿が食った人間がいるみたいだが?」
「……それは事実だが、こんなところで余計なことをする理由にはならん。今、こいつに敵意がないのはこの場で大人しくしている事実が証拠だ」
人に害した証拠はあるものの、今、害ある存在ではないという証拠も揃っている。頑なに争いを避けようとするヴァンに、彼は呆れつつ聞いた。
「どうして、色付きの竜狩りとあろう者が、人肉を覚えた獣の肩を持つ?」
「それが必ずしも危険とは言えないからだ。本来、神の遣いは温厚な種族だ。1度、間違いを犯したからと言って、繰り返すような愚かな生き物ではない」
「それはただの図鑑の情報であり、今の危険を伝える指標にはならないだ。そして俺らは、危険となり得る生物は狩る責務がある」
話は平行線を辿るのみ。そして、後ろの傭兵団も臨戦態勢を取っており、ヴァンは歯ぎしりしながら頷いた。
「――好きにしろ。俺は、本来の任務に戻る」
「あぁ、構わん。その代わり、報酬は全ていただくぞ」
―将来、害になりかねない存在ならば、傭兵でも、魔女の騎士団でも許すことはできない。それは分かっているし、ヴァンは何度も無慈悲に敵となる者は討ってきた。しかし、ヒトの都合で捕らえられた獣がヒトへ復讐をすることは許されないのだろうか。―どうしても、竜という獣の都合で、故郷を滅ぼされた自分の復讐を否定しているように思えてしまう。
ただのエゴなのは分かっている。自分の復讐を正当化するための、ちっぽけな偽善。それでも、肯定しなければ自分を保っていられない。
ヴァンは獣の絶叫を聞きながら、やるせなさを感じつつ崖の下にある洞窟へと向かっていった。




