第3節 2
踏み台式の鳴子を発見してから、周囲の探索を始めてしばらくして、ようやく地上に仕込まれている仕掛けを見つけた。
ご丁寧に木々の隙間に、鳴子へと繋がる糸を隠されており、ヴァンは鼻を鳴らす。
「案の定見つかったな。まぁ、こういうもんは木の枝が生えるあたりにいっつも張られてるモンだ。
さて、さっさと拠点を探して潰すぞ」
一度、コンパスを取り出して念のため方角を確認し、彼は歩き出そうとしたところで、騎士が呼びとめる。
「私は、その賊から逃げてきたんだ。確実に分かる方向ではなく、わざわざ確証のない情報を頼りに行くのか?」
本来であれば、刻一刻を争う状況。その状況であっても、堅実な方法ではなく、状況証拠に頼るやり方に疑問を投げかける。それを聞いて、ヴァンは面倒そうに聞き返した。
「では逆に聞くが、我々の目的は何だ?」
その質問に、彼は戸惑いながらも答える。
「もちろん、魔女の奪還だ」
当然の答えに、ヴァンは頷いた。
「その通り。そこで、追加の質問だ。
逃げ出した奴がいて、仲間を連れて魔女を奪還しに来るとしたら、どこに防衛を固める?」
その質問の意図をようやく理解し、ルナがはっとした顔で呟く。
「真正面から行くのと、一緒なのか」
「そういうことだ。そして、今回は真正面から立ち向かえるほどの人員は用意していない。…まぁ、俺が陽動役になっても良いんだが、結果的に効率が悪いからな。
そこで、俺らが取れる有効な手段は、奇襲となる」
ヴァンは丁寧に説明した上で、改めて聞いた。
「実際、この回答も完璧ではないだろう。それでも、間違いなく余計な手間のかかる方法をとるよりかは、遥かに有効なはずだ。
これで、俺の考えは話した。その上で、対案があれば教えてくれ」
そこまで言われて、咄嗟にそれ以上の案は湧いてこない。位置や方角を完璧に覚えていれば、通りやすい街道をしばらく進み、必要に応じて森に入って奇襲するという案もあるが、彼にそこまでの準備はない。仕方ないと言いたそうに、数秒溜めた後に、彼は頷いた。
「――分かった。貴公の案に従おう」
「助かるよ。…時間も惜しい、進むとしようか」
ヴァンも素直に折れてくれたことに礼を言い、彼の先導のもと、進んでいく。それも、普段から獣道に歩き慣れているためであり、特に話し合うこともなく、自然とその並びとなっていた。
獣道を歩きはじめ、1時間ほどが経過した。ヴァンは全く問題ないが、後ろの2人に疲れが見え始めた頃合い。丁度、森のなかに自然とできた広場があり、彼らは一旦休息を取ることにした。
2人は事前に用意していた水筒から水を飲むが、騎士は戦闘用の道具以外何も持っていなかったようだ。ヴァンは無言で、もう1本の木製の水筒をポーチから取り出し、差し出す。
「…かたじけない」
「構わん。単独での行動に慣れている騎士がいたら、それはそれで怖いぞ」
馬鹿にしている訳ではなく、ヴァンのようにサバイバルを兼ねた雇われの兵士と、軍隊として行動するように訓練された騎士では、根本からして"育ち"が違うという意味。彼はそれをどう受け取ったかは分からないが、少し呻きつつ水筒を受け取り、水を飲んだ。
疲れを癒すため、誰も何も言わず、急速に努める。そして十分ほど経過し、彼らは荷物にならないよう、水筒をその場で出来るだけ細かく破壊して土に還す。当然、音の鳴らないように、各々が持つ刃物で綺麗に引き裂いた。
そして再び歩き出し、先行するヴァンが何かを感じ取り、足を止めて身を屈める。振り返ることなく、手で2人も同じように身を隠すよう指示をして、反論することなくそれに倣う。
そうしてしばらく待機していると―獣道を踏み鳴らして作られた道から、木の鎧に身を包んだ3人組が現れた。元々、道からも離れた位置で待機して、更に彼らの暗色の装備もあり、気付かれた様子はない。彼らは何やら話しながら、道を通っていき、そのまま消えていった。
姿が見えなくなったのを確認し、3人は立ち上がる。
「…この獣道に踏み固められていた道が出来ていたから予想はしていたが、やはり見回りはいたか」
ヴァンはそう呟いて、改めて自身の武器の確認をする。
「お前ら、いつでも戦闘できるだけの準備はしておけ」
「はい」
「……心得た」
敵が徘徊しているという情報は、彼らの意識を切り替えるには十分な情報である。ヴァンの言葉に誰も反論することなく、それを確認した上で進んでいくことにした。
そして仕掛けを伝うようにして進むこと、数十分。ヴァンは遠くに開けたエリアを見つけ、警戒を強める。
「……開けた場所を見つけた。先に偵察に向かう。お前たちはそこから動くな」
ポーチから双眼鏡を取り出し、ヴァンは2人を待機させた上で1人先行する。2人も指示通り森のなかに身を隠して、静かに待機した。
「……」
2人、厳密にはルナの場所がわかるように、通信機代わりに近寄っていくことで共鳴するようになる魔石を渡してある。それを頼りに帰り道は確保しているので、彼は慎重に、最小限の物音で進んでいく。そして、ある程度視界も開けたところに出たので、そこから双眼鏡を使って先の場所を確認すると―そこは、小さな集落となっていた。
天然の森を切り開いて作った場所であり、害獣を避けるための最低限の柵で囲われている。その数カ所出入り口の門があり、木製の鎧を着た男たちが見張っていた。中の状態までは詳しく見えなかったものの、柵の切れ目―村の最奥は崖となっており、その下が洞窟になっているのなら、そこの捜索も必要になるだろう。
前回の山賊たちのような、滝で出入り口を隠した自然の防衛ではなく、外敵を確認して排除する防衛。ヴァン1人で攻略するとなると、最も手間のかかる相手であり、最悪応援を呼ぶ必要もあったが、今回は丁度いい手駒もいる。双眼鏡の反射でこちらがバレるリスクもあるため、最低限の確認だけに済ませ、ヴァンは早々に引き返すことにした。
「―戻ったぞ」
言いつけ通り、大人しくしていた2人に声をかけ、情報共有の前に確認する。
「偵察した結果、山のなかに怪しげな拠点があった。その前に一応確認だが、お前が襲われた相手は、木の鎧を基本武装としていたかか?」
騎士に向けて聞くと、迷いなく頷いた。
「基本的には木で武装した連中で、得物には基本的に石を使っていたが、一部の連中は鉄も使っていた」
装備も概ね合致しており、ヴァンは地面に簡単な絵を描きつつ説明する。
「この辺の鉄鉱石の産出については分からんが、砂鉄から冶金した可能性はあるか。確証はないが、確率は高いな。
相手は、周辺を柵で囲い、崖を背にした半円形状の拠点だ。中は見えなかったが、見張りを立てる余裕があるほどの人数と考えれば、相当数はいるだろう。
それで作戦だが、俺が先行して入り口付近から奇襲をかける。その混乱の隙にお前たちは中に侵入して、救助対象の魔女を見つけ出せ。中を片付け次第、俺も捜査に加わる」
「…それだけか?」
作戦と言うにはあまりにもお粗末な、行き当たりばったりの作戦。騎士は信じられないと言いたそうに聞くが、ヴァンははっきりと答える。
「情報も、時間も、何なら動員数も少ない中での作戦だ。行き当たりばったりの作戦であることは重々承知しているが、やるしかない」
「…正気とは思えない。無駄死にだ。ここは、増援を呼び込むべきだ」
真っ当な意見を述べているはずだが、ヴァンは聞く耳を持たない。
「そうしたければするといい。俺は行くぞ。
―煙幕を投下した混乱に俺は攻め込む。ルナは隙を見て侵入しろ」
「了解」
到底無無茶な指示にも、何の反論もせずにルナも答える。それを見て、彼は信じられないと言いたそうに首を横に振る。
「どうして死に急ぐ…?」
騎士の吐き出した言葉に、ヴァンは鼻で笑う。
「良いことを教えてやる。魔女の騎士団は、どこまでいっても捨て駒だ。魔女のために命を賭して、それが出来なければ死ね。簡単なことだ、魔女のもたらす利益にアグラをかいている者を、生かす理由はない。
だから、魔女のためならどんな危険な任務であろうとやり遂げる。死にたくなければ、生きた上で、任務を成し遂げろ。
お前には分からないだろうが、命や名誉以上に俺等には大事なものがある。その為なら、他のものなんて、クソ喰らえだ」
ヴァンはそういった後、返事を聞くまでもなく先に進んでいく。ルナも、一瞬騎士を見たが、すぐにヴァンの後を着いていき、戦場へと向かっていった。
「―ヴァン兄、本当に置いていって良かったの?」
先に進みながら、ルナが聞き直すが、彼の答えは決まっている。
「構わん。元より、信用はしていない
「え…?」
思いもよらない答えが返ってきて、ルナは困惑する。
「最初から、おかしい所はあった。
まず、初めの依頼からだ。魔女が捕らえられたのはいいが、わざわざ雑兵を逃がしたということ。雑魚であれば、間違いなく増援を呼ぶというのに、何故逃がした? 魔女を捕らえるという一点に絞ったとしても、その後の存続に関わりかねないミスを犯したのは理解できん」
「それは、他の人達が命からがら逃がしたからじゃないの?」
ルナの尤もな反論に、彼はそうも考えられるな、と肯定した後に聞き返した。
「であるなら、真っ先になぜ魔女を逃さなかった? 雑兵1人逃がすくらいなら、逃がせただろう」
「それは…」
答えに苦しくなっているルナを見て、ヴァンはそうだな、と続ける。
「逃がす優先順序がおかしいんだ。そして、依頼のあった拠点は、この王国の所属だし、当然魔女協会の手も入っている。ゴルみたいに、逃げる力のない魔女ということはないだろう」
そこまで話してから、彼は足を止めて身を屈める。いつの間にか、先ほど話していた拠点の近くまで移動しており、彼はポーチから幾つかの球を取り出し、クロスボウに取り付ける。
「―また、授業は帰ったらやってやる。まずは、生きて帰ることだけ考えろ。
さっきはあぁ言ったが、お前はまだ生き急ぐ必要はない。無理に攻め込んで命を落とすくらいなら、隠れてでもいいから俺を待て。―共鳴石の使い方はわかってるな?」
攻め入る寸前、ヴァンは最後の確認でそう聞くと、ルナも頷いた。
「さっき、使った石だよね。大丈夫、1回確認したから次も使える」
「良い子だ。―もう一度いうが、くれぐれも無茶をするなよ。無茶をするくらいなら、俺を呼べ」
念押しした上で、彼はボルトに載せた球を一斉に複数発射し、数秒待つと、数十メートル先の拠点で、煙幕が立ち上っていったのを確認し、そのまま突撃する。
―ヴァンの呪いは起動していなくとも、右手の魔女の指輪は健在である。空を駆ける装備はないものの、指輪の力で人間離れした速度で彼は消えていき―間もなく、断末魔が連鎖した。
「……俺も、行かないとな」
偉大な先輩にだけ任せるわけにはいかない。ルナにはルナのやるべきことがある。そこまで想定していたのかは分からないが、丁度ヴァンが真正面の門をぶち壊し、見張りも鉤爪の一撃で首を切落として侵入口を確保してくれていたので、その道を利用させてもらうことにした。
「…本当におせっかいだね、あの人」




