第2節 幕間 後半
屋敷の中、必要に応じて非戦闘員でもある侍従を眠らせたりして、シルは進んでいくが、魔女が収監されていた地下の階段近くに来たところで、違和感に気付く。
「……、警備が少なすぎる」
ここまできちんとした戦闘は一度もなく、すんなりと辿り着いたことに不審に思いつつ呟くと、通信が繋がる。
『…そうみたいだね。君が話していた時に比べて、警備が少なすぎる。ざっと考えられる理由は3つ。
まず1つ、魔女がいないから守る理由がない。2つ目、ここではない場所に移されている。3つ目、待ち伏せか、別件で戦力を割いている』
そんなことを話しつつ、シルは進んでおり、地下への階段を見つけた。
「…何にせよ、探せば分かることだね。
それにここから、通信も途切れる可能性があるんだろう? お互い、余計なノイズにならないように切っておこう」
『…そうだね。ちゃんと、生きて戻ってくるんだよ』
「――、」
通信を切る直前、無事を祈る言葉に彼は応えず、そのまま地下へと降りていった。
その一方。魔女たちの待機するキャンプ場にて、シルと連絡を切った魔女が一息置いてから、鉄仮面の女性に伝えた。
「無事に、シルと連絡が切れました」
「それは良かった。あとは、彼の無事を祈ろう」
彼女は淡々と答えると、テントの入り口が開き、血に染まった、ボロボロのウェディングドレスに身を包んだオルタが顔を出した。
彼女は何も喋らないが、音ではなく、彼女たちの頭に直接声が届く。
『…そろそろ、来るよ。戦える人たちは、準備を』
その言葉を聞いて、鉄仮面の女性は左手に巻き取り式のクロスボウを装着し、外套の下、何本も仕込んでいた暗器の確認をする。"戦場"に出向く準備が済んでいることを確認した彼女は、改めて指示をする。
「団長の言う通り、非戦闘員は待機。護身用の武器は全員いつでも使えるようにした上で、誤射をしないように細心の注意を払え。
我々は、誰一人欠けることなく帰るぞ」
誰も声はあげないものの、覚悟の決まった顔を見て、武装した戦闘員である彼女たちは外に出て配置につく。
―そう、彼女たちのキャンプ地は、既に敵にバレていた。そして、ここには10人近くの魔女が待機している。そこから結びつくのは、魔女を捕らえんとやってくるに決まっている。
それをシルに伝えれば、間違いなくこちらに戻ろうとするが、敵地への潜入、魔女の保護は魔女協会としても最優先の事項である。それを疎かにしないためにも、彼女たちは敵が接近していたことを把握した上で嘘をついた。
これで、一旦心配事が一つ消えたので、彼女がテントから出ると、木々の隙間から、松明らしき明かりが見えている。確かに敵は遠くにいるようだが、警戒は怠らない。なぜなら―
「ぐぇっ」
背後に気配を感じ、彼女は振り向くことなく振り向きざまに引き抜いた暗器を一本、突き刺すと、それはちょうど首に突き刺さり、迷いなく引き裂いた。
研ぎ澄まされた刃は軽々と首を引き裂き、血飛沫と共にカエルのような音を鳴る。まだ息があるので、切れかけた首をへし折って胴体ときり離す。
本来、遠方から観察していたこちらを確認していたとなれば、敵にも"千里眼"に近い方法はあるのだろう。そして、転送石が普及したことによって、魔女の力に詳しい者であれば、転送魔法とは、材料次第では再現できるくらいには知られている技術である。ただ、当然軍事転用の恐れが高い技術のため、魔女協会の特許技術となっているので、この国では違法となる。しかし、この国の目が届かなければ、それを利用するものは少なくない。そして、今回の相手も王国に属しない国。当然、似た手法を使ってくるのは想定済みであり、彼女たちは転送魔法特有の"揺らぎ"を感じ取る訓練をしている。
他の仲間達も順調に対処しており、数人の屍が積み重なったところで、対処法を知っていることを把握されたのだろう。遠くに見えていた松明がどんどん近付いてくる。
それを見て、外に出てきた4人はそれぞれ目配せし、攻めていくことにした。
場面は変わり、屋敷の地下。座敷牢とも呼ばれる場所。
光届かない、暗く広い部屋には、数えるほどの照明が吊り下がっており、辛うじて視界を確保できる。
魔女を閉じ込め、その魔力を供給して飼い殺すための部屋。忌々しいこの部屋に、再び戻ってきたシルを待っている人がいた。
「やぁ、久々だな」
暗い部屋、顔はわからないものの、懐かしい声にシルは呟いた。
「……クーリン」
「――あぁ、やっぱりお前だ。隨分と、変わったな。シルヴァルディ」
暗い部屋では、その姿まではっきりとは見えない。ただ、目の前にいる人影は、かつて共に研鑽を積んだ友、クーリンと呼ばれる男だというのは嫌でも分かった。
「驚いたか? お前がいなくなったから、俺が正式にこの村の長になったんだ」
「…だろうね。長を継いで、ゴルデラを娶る。その序列で、ボクと君は筆頭候補だったから」
もう懐かしい、若い日々の記憶。次期の長となるため、互いに研鑽を積んでいった時代。シルは目を逸らしながら呟くと、彼は責めるように続けた。
「そうだな。そして、お前は魔女を連れて逃げた。誰にも気付かれないように、逃げたんだ」
その言葉に、歯を食いしばりながらシルは言い返す。
「…今でも言ってやる。こんな事、間違ってる。
魔女も、ボクたちと同じ生きる命だ。それを、ボクらの都合で全てを奪うなんて間違ってる」
「そんな綺麗事のせいで、俺らはどんな目にあったと思ってんだ!!」
未だに綺麗事を喋るシルに、怒りを爆発させたクーリンが叫ぶ。
「力を失えば、俺らは周辺に攻められる! ここ一帯の平和は、魔女の力があったこそ成り立っていたんだ!
それをお前が、何も知らないお前が! テメェのエゴのために、この村全部を争いに巻き込んだよ!」
「その為に、これから生まれる子供の足をも切り落として、道具として扱っていいわけないだろう!!」
シルもたまらず言い返すと、クーリンは勝ち誇ったように答える。
「それが"歴史"だ! 魔女は、遥か過去から道具として使われてきた! それが、今まで続いていて何が悪いんだよ!」
そこまで叫んでから、彼は意味深に笑った。
「―いや、そういや、お前のおかげで良いこともあったんだよ。お前が起こした争いのおかげで、俺らも外に攻める口実が出来たんだ」
彼はそう言って、腕を広げると、照明が強く光り―部屋全体を照らす。
そこにあったのは、3人分の座敷牢。そして、そこに寝かされた子供たちの足は―全員切り落とされている。
「他所から奪ってきた魔女に、次世代の魔女を産ませて、継承をさせた後に処分した。継承の済んだ魔女には生かしておく理由もない。
お前のおかげで、ウチは更に強くなった。この意味が分かるか―」
皆まで言う前に、鉄拳が親友の首を捉えた。しかし、その代わりに潰されたのは、腹の中身を全て取り除かれた、女性の亡骸。
轟音と共に、肉片が周囲に飛び散る。
そして、彼の背後であきれた声が響く。
「我慢できねぇのか? …にしても、隨分と化け物じみた攻撃するようになったんだな、それも魔女の力か?」
シルは、真顔でそちらを振り返ると、彼の近くに何の装備も持たない、布の服を纏ったクーリンがいた。
潰した肉片には目も繰れず、彼は拳を握る。
「おお、怖い怖い」
そう言って彼がパンパン、と手を叩くと、周囲に敵が転移されていく。その面々全てに知っている面影があり―シルは刃を食いしばる。
「さぁ、感動の再会だ! お前に、家族や友人を手に掛け―!?」
勝ち誇ったように笑うクーリンの顔が固まる。それもそうだろう、彼は一切の迷いなく―自分の父親の首から吹き飛ばしたのだから。
血の滴るメリケンを払い、彼は鬼の形相で答えた。
「どうせ、皆死ぬなら、全員この手で殺してやる」
かつて知っていた友人は、既に冷酷になれる戦士へと変わっていた。クーリンも命の危機を感じ、逃げたと同時にかつての同胞たちがシルへと襲いかかっていく。しかし、反響するのは惨殺される悲鳴のみ。
彼の背中を追いかける様に鳴り渡る、数多の絶叫から逃げていき、急いで彼も戦闘の準備をする。
―想定外だった。誰に対しても甘く、自分善がりの偽善しか言わないような奴が、家族やかつての仲間へ一切の迷いなく、暴力を振るうなんて。
そして、見違えるほど肥大化した筋肉は、魅せるためだけの物ではなく、敵を滅ぼすための武器になっていたことを。
必要な装備をすぐに身につけ、数的有利がある間にシルを仕留めようと部屋を出た所で、月の明かりが差し込む廊下の上、赤黒く染まった鎧を纏った鬼が待っていた。
返り血に染まり、両手に着いたメリケンからは、毛や肉片がこびり付いている。
「―ボクが、間違っていた」
感情を感じない声で、彼が呟く。
「実害がないから、きっと大丈夫だろうと思って、君たちを放置したこと。半端な情は…ボクのエゴは、本当に事態を悪化させただけなんだね」
「…待て! 本当に、親も、仲間も殺したのか…!?」
彼の後に続く、血の影の正体を聞いて時間稼ぎするも、彼は冷たい笑顔とともに答えた。
「そうだね。皆、苦しまないように一発で終わらせてあげたよ。君だけ、仲間はずれは悪いからね。君も、苦しまず殺してあげるから、安心して」
「なんで、何でそんな事ができるんだよ! 俺たちは、仲間だったろ!」
かつて、共に同じ釜の飯を食い、互いに研鑽を積み合い、高めてきた。その時からかなり時間は経過してもなお、あの時の思い出は残っているはず。彼に残る、情に訴えかけようとしても、彼は一切動じない。
ただ、拳を握った。
「あぁ、そうかよ」
どうしても、止まらないというならば、こちらも戦わなければならない。
クーリンは、装備していた魔石を起動させ、身につけていたボウガンを一斉に展開し、発射する。
狭い室内、一方通行の廊下の上では、致命的な攻撃。それでも、クーリンが武器を展開する動作の前に、彼は真横にあった窓を叩き壊し、外に飛び出して逃げ出す。次に戻ってきたタイミングで今度こそ、ハチの巣にしてやろうとしたところで、背後の窓が割れる音がした。
「―!?」
あの短時間で、後ろに回ったのか、と信じられないが、人間の首を軽々と消し飛ばす筋力を目の当たりにしているだけあって、警戒は解けない。すぐに後ろを振り返るも、そこには、赤い魔石だけが転がっており―フェイントに引っかかったと再び振り返った時には、大きな拳が目の前に―
「―通信係。応答してくれ」
へばりついた肉片や返り血を拭き取り、地下から3人の子供を魔法で眠らせた上で回収したシルは、通信を繋ぐも、しばらく反応がない。心配になって、何度か呼び出すをすると、ようやく返事が返ってきた。
『…はい、お待たせ。こちら通信係。そっちも、終わったのかな?』
「そっち"も"…?」
気になる返事が返ってきたので聞くと、彼女はとりあえず誤魔化した。
『いや、大丈夫だから。細かい話は戻ってきてからにしよう。それで、君のいる所に迎えを寄越せば大丈夫かな? 一人じゃないんでしょう?』
見透かしていたような言葉に、彼は頷きながら答える。
「幼い子供が3人ほど、追加でいる。迎えをお願いしていいかな?」
『分かった。すぐに人を回すから、そこで大人しくしてて』
「分かった」
―その後、何事もなくシルと幼い魔女たちは回収され、一旦子供だけは魔女協会に送ってもらうことにした。
「―浮かない顔をしているね」
キャンプ地に戻ってきて、戦闘の跡については詳しく聞かず、後片付けだけはシルも手伝った。それから山の上、静かになった村を眺めていると、隣に鉄仮面の魔女が近付いてきた。
「…そう、かな? そうかもね」
後悔の言葉が漏れそうになった口を、隣に来ていた彼女の指が止める。
「そんな言葉は、今吐く必要はないよ。まずは、生きて帰ってこれたことを喜ぼう。君は、成すべきことを成してくれた」
彼女の言葉に、シルは弱音が漏れそうになるが、本当に覚悟が必要なのはこれからだ。彼は、口をつぐんで正面を見る。それを見て、彼女は満足そうに笑った。
「良い子だ」
―そして、背後で準備していた魔女たちが、"殲滅"を始めるのを感じた。
10人前後の魔女、全員の力を同調させ、発動した魔法。昼かと思うほど、明るい光が上空に溜まりだし―それらが一斉に降り注ぐ。
悲鳴も何も聞こえることはないが、彼の故郷は暴力的な光に呑まれ―数分もしない内になくなってしまった。
光が収まってから少しして、鉄仮面の彼女は憂鬱そうに立ち上がる。
「―これで、終わりだな」
「そうだね」
「私は、最後の確認をするが、貴公はどうする?」
最後の確認―生き残りがいないか確認し、仮にいたら、始末するという後始末。"殲滅"を終えた故郷を見ていくかどうか、シルは少し悩んだが、覚悟を決めたように立ち上がった。
「もう、これで最後だからね。ボクも行くよ」
「…そうか。それなら、他のものは一旦返して、2人でいこうか」
「ん、分かった」
終わってみれば、呆気なく終わった、敵の殲滅。今は、戦いの高揚や、様々な感情が混じり合って、感情の整理が追いついていない。
きっと、実際に村の跡地を見たら、後悔するのだろう。それとも泣いてしまうのだろうか。それでも、自分のやったことは正しかったと思い込むしかない。
過去は消えない。この組織に所属してから、己のやったこと、奪ってきた命は、もう数え切れない。きっと、この手は拭えないくらいの血に汚れてしまっているだろう。それでも、己の罪によって救われた未来があると信じている。
ふと、シルは空を仰ぐ。
月も沈み、暗闇に染まる夜空が、自分の罪も隠してくれている気がした。




