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魔女と竜狩り  作者: 合併
第2節 王都
60/75

第2節 幕間 前半

 ある日のこと。協会本部に戻ってきたヴァンは、いつもの"お勤め"も済ませた朝に、食堂の換気扇の前、疲れた顔で天井を仰ぎ見ながらいつもの煙草を吸っていた。

「ヴァンじゃないか。今日は隨分と早いね」

「あぁ?」

 珍しく不機嫌そうに声の主の方を向くと、よく見知った筋肉こと、シルが近付いてきていた。

「相席、よろしいかな?」

「構わん。お前も、こんな時間から起きてるとは珍しいな。残業でもしてたのか?」

 普段であれば、誰もいない時間帯を狙って一服しに来ていたのだが、意外な来客に聞くと、彼は正面の椅子に座りつつ答える。

「そういう訳じゃないけど、少し、寝つきが悪くてね」

「そうか」

 ヴァンは興味なさそうに呟き、煙を吐き出してから聞き直した。

「また故郷の夢でも見たか?」

「……ノーコメントで」

 露骨に目を逸らすシルを冷ややかな目で見て、彼は独り言を始める。

「これは個人的な独り言だが、そこまで悩んででも解決できない問題なのかね。お前と違って故郷がない俺だからかもしれないが、さっさと潰してしまえば、時間が解決するだろう」

 本人の前でも何度目か、もう覚えていない独り言。それを聞くたびに、彼は困ったように笑って誤魔化すが、ヴァンにとっては理解ができない。

 これ以上話しても進展がないだろう。だから今回も、何度目か分からない忠告をしておく。

「俺らはお前の決定を尊重する。余程のことが無ければ、俺らから手を出すことはないが…それは、今のところ危害がないからだ。

 逆に危害が加われば、実行に移すかの判断は、マスターに移る可能性が高い。そうなった時、どうするか。それまで考えておけよ」

 冷酷ではあるものの、第三者から見た視点ならば、当然の忠告。危害がなければ、当事者の意見を尊重できるが、危害が加わるとなれば、組織として動く必要がある。それは、報復でもあり、見せしめでもある。

 特に、歴史から魔女というものは道具として扱われてきた。その時代に回帰しないためにも、魔女協会は仇なす者たちに容赦するわけにはいかないのだ。

 耳にタコが出来るほど聞いた忠告に、シルも分かってると言いたそうに頷くが、ヴァンは何度も見た反応にうんざりしつつ、煙を吐き出す。

「まぁ、好きにしろ。相談や忠告ならしてやれるが、最終的に決めるのはお前だ」

 自分の考えははっきりと伝えた所で、話は区切りがついた。そこで、シルは話題を変えた。

「ところで、別の相談なんだけど…ここにいる子に贈り物を考えてたんだけど、何がいいか分かるかい?」

「ゴルじゃないってことは浮気か?」

 一転、平和な話題に茶化すように聞くと、シルは再び困ったように笑う。

「そういう訳じゃないけど…少し前に他の子から助けてもらったからね。お礼ってほど大層なものじゃないけど、何かいいものはないかなってさ。君、そういうの詳しいだろ?」

 歯に衣着せぬ言い方に、流石のヴァンも苦笑しつつ、腕を組んで考えてくれた。

「俺をなんだと思ってるんだ、お前たちは。

 …ま、確かにこの前デートした子に流行りものを熱心に説明されたんだが…なんだったかな。その辺の小物でいいんじゃないのか?」

「そんなものかぁ」

 真面目に答えてやると、思ったよりも乗り気だったので、ヴァンは敢えて訂正しておく。

「真面目に受け取るとは思わなかったよ。一応訂正しておくが、そいつとの関係は知らんが、あんま形に残るものだとお互い気まずくなるからやめとけ。無難にお菓子とかの差し入れでいいんじゃねぇのか」

「そんなものかな?」

 きちんとした回答を素直に受け止め、聞き返してくると、彼は自信満々に答える。

「そんなものだ。代わりと言っちゃ、そういう流行りの店もこの前聞いてきたから、一緒に買いに行くか?」

「それは助かるね。ボクも、そういうのは詳しくなくてさ―」



「――シルヴァルディ?」

「…………あぁ、」

 場所は変わり、夜。とある山岳部でキャンプをしていたシルは、隣で待機していた外套を纏った、鉄仮面の女性に声をかけられ、現実に引き戻される。

「大丈夫か? 貴公、気が進まないなら私が代わりに出るが」

 仮面の下、くぐもった声で感情は分かりにくいが、彼は丁重に断る。

「少し、現実逃避していた。大丈夫、行けるよ」

「それならば、そろそろ時間だ。……もう一度聞くが、本当に良いのか?」

 2度目の申し出も、彼は首を横に振る。

 ―隠密のため、黒く塗り潰されている、薄い合金で作った鎧。防御を最低限に、動きを保証するための装備。腕にはいくつか、メダル型の魔道具を仕込んでおり、手は拳を守るためのメリケンサックが取り付けられている。

 これから行うのは、里帰り。そして、最期の別れ。

 魔女協会から、彼の故郷は敵性組織として認識され、ヴァンが事前に通していたので、国家の許可もすぐに降り、敵性と認定されてから数日の内に征伐チームが組まれた。そして、シルはそのチームの特攻隊として志願した。

 理由は2つ。自分が引いた引き金なのだから、幕引きをすべきという責任感。もう1つは、この狂気の村が、新たな"贄"を用意していないという確信がないからだ。

 マスターの初期案では、遠隔からの殲滅攻撃で終わらせるだけとしていたが、仮に魔女が監禁されていた場合、大きな損失となる。だからこそ、シルが特攻隊員として潜入、必要に応じて魔女の保護をした上で退却後に殲滅をするべき、と進言した。その結果、シルの案が採用され、彼が突撃することとなった。

 今でも、故郷の者たちに暴力を振るうことには気が引けているが、彼女―魔女を、あの村に入れるのは気が引ける。

 何故なら、昔の彼が気付いていなかっただけで、魔女の脱走を防止するための、対魔女の設備がないとは考えられない。

 未だに迷いの見える彼を信用できないのか、彼女はため息混じりに再び聞く。

「失敗は、許されないんだぞ? こちらも、貴公諸共消し飛ばすわけにはいかない」

「…分かってる。ただ、あの村に魔女を入れるのは危険すぎる。君も、ゴルのようにされるかもしれない」

 ゴルのように。生まれながらにして、足を切り落とされた魔女の姿が脳裏によぎり、彼女も黙ってしまう。

 それを見て、彼は兜を頭部を守る兜を着けつつ笑った。

「魔女たちは、ここで待機。千里眼を使って、ボクのサポートをしてくれ。それが、元の作戦だろう?」

「……分かった、行ってこい。だが、お前もきちんと帰ってくるんだぞ」

 ようやく、彼女も納得して、素直に送り出してくれた。その前に大事な指令を伝えると、彼はそうだね、と頷いた。

「モチロンさ。ゴルだけじゃない、ボクの帰りを待ってくれてる仲間たちだっているんだ」

 それだけ言って、彼は装備していた小型の転送石を起動して、その場から消えていった。

「……、」

 彼女は数秒、黙り込んだあとにすぐ立てておいたテントに戻り、中で待機していた、数人の外套姿の魔女たちに声をかけた。

「作戦開始だ。それぞれ、配置に付け」



 星と青い月明かりが照らす夜。人気のない村の中に転移したシルは、すぐに身近な物陰に身を潜める。

 そしてすぐに周囲を確認し、人影のないことを確認すると、頭に直接声が響く。

『シル、無事に着いたみたいね。敵影は?』

 兜に仕込んでいた、伝声魔法を通して声が聞こえる。ただし、こちらから声を出すわけにはいかず、こめかみ辺りを短く2度叩き、問題ないことを伝える。

『了解、位置については君のほうが詳しいだろうから端折るね。それで君の言ってた通り、魔女らしき気配…厳密に言うと、ジャマーがかかってそうな場所がある。

 君の作った見取り図だと、元々ゴルが捕らえられていた座敷牢と概ね合致する。今はどうか分からないけど、変わらず魔女を監禁している可能性は否定できない。

 念のため、もう一度確認するけど、君の役割は捕縛されていた魔女がいたら、それの救出。何もいなければ、そのまま帰投すること。分かってるね?』

 余計なことをするな、と釘を押されたが、彼は面倒そうに一度叩き、応答しておく。

 それを確認してから一度通信が途絶え、シルは行動を開始する。

 目指す場所は、かつての村長の家―この村最大の屋敷であり、シルが昔勤めていた場所。

 場所は、5年近く経過した今でも覚えている。人目を避けつつ、彼はすぐに目的地に着いた。

 周囲を柵代わりに背の低い常緑樹で囲われた場所。正面から突っ込むつもりはないので、千里眼を使ってその先に人気がないことを確認してから、彼は人間離れした脚力で飛び上がり、物音も立てずに着地する。そこで安心せず、すぐに周囲に警戒を払い、手頃な物陰に隠れたところで、通信が入る。

『流石、慣れてるね。ただ、ここからが本番だよ。目指す先は分かってるだろうけど、これならは室内になる。油断はしないで』

 分かってる、と言いたげにこめかみを叩いて答える。そして、侵入先を探そうとしたところで、再度通信が入った。

『今、ざっと周辺を見渡したけど、裏口付近に窓が明けっ放しになってるみたい。催眠魔法も装備してるんだし、ゴリ押しでもいいと思う』

「…ありがとう」

 有益な情報に、つい彼は口を漏らしてしまうが、誰も聞かれることはなかった。迂闊な行動を戒めつつ、彼はすぐに話のあった裏口へと向かっていく。

 話のあった通り、裏口付近―恐らく、厨房周辺で窓が開いていたが、それ以上に生臭い臭いに彼は顔をしかめる。そこで、何かを見た魔女からの通信が入った。

『……!! シル、さっきはそう言ったけど、そこから中に入るのは勧められない。辞めたほうがいい。今すぐ、他の経路を探すから…!』

 何を見つけたのだろうか。だからと言って、あまり外で動いていれば、いつか痕跡を見つけられる可能性がある。忠告を受けていたが、この任務を早急に終わらせる必要があるのだ。彼は構わずに、大きく開いた窓周辺の気配を確認し、問題ないと判断した時点で室内へと入っていった。

 ―そして、そこで見たくもないものを見てしまった。

「――――!!」

 こちらに背中を向けていたが、返り血に塗れたエプロンを纏ったコックが捌いていたのは、大きな動物。ただ、その動物は毛のない皮を剥かれ、手足と思われる骨や、肉片が辺りに飛び散っている。

 そして虚ろな目と目が合ってしまい―シルは思わず目を背ける。

『…………シル、先に進もう』

 気付かれていなければ、何事もなくやり過ごせる。だからこそ、同じ光景を見ていた魔女は、そう言ってくれたのだろう。だが、彼はその場を見過ごせるほど、大人ではない。

 正義に駆られた、なんて綺麗な言葉で済めばどれほど良いのだろう。彼は、怒りのままにそのコックの首を拳一つでその首をへし折った。

 悲鳴すら起こる間のない、一撃。魔法による補助はあるものの、極限まで鍛え上げられ、人間離れしたその肉体は、首をへし折るくらい、簡単にできる。

 邪魔者を1人消し、静かになった調理場で、彼は解体台に寝かされていた女性の目を静かに閉じてやる。腹を裂かれ、中身も手足も全て解体された後だ。間違いなく命はないが、彼のエゴだろう。

『シル』

 冷酷な殺意に飲まれかけていたシルの名前を、魔女が呼ぶ。

『君の、今回の役割は何?

 怒りのままに暴れること?』

 彼女は落ち着いて語りかけると、その言葉が冷めきった彼の頭を解凍していく。

「……調査と、救出」

『よく出来ました。早く、終わらせて帰っておいで』

「―あぁ。後悔するのはそれからでいい」

 魔女の言葉に救われながらも、彼は調理場を出て、目的のために進んでいった。

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