第2節 幕間 前半
ある日のこと。協会本部に戻ってきたヴァンは、いつもの"お勤め"も済ませた朝に、食堂の換気扇の前、疲れた顔で天井を仰ぎ見ながらいつもの煙草を吸っていた。
「ヴァンじゃないか。今日は隨分と早いね」
「あぁ?」
珍しく不機嫌そうに声の主の方を向くと、よく見知った筋肉こと、シルが近付いてきていた。
「相席、よろしいかな?」
「構わん。お前も、こんな時間から起きてるとは珍しいな。残業でもしてたのか?」
普段であれば、誰もいない時間帯を狙って一服しに来ていたのだが、意外な来客に聞くと、彼は正面の椅子に座りつつ答える。
「そういう訳じゃないけど、少し、寝つきが悪くてね」
「そうか」
ヴァンは興味なさそうに呟き、煙を吐き出してから聞き直した。
「また故郷の夢でも見たか?」
「……ノーコメントで」
露骨に目を逸らすシルを冷ややかな目で見て、彼は独り言を始める。
「これは個人的な独り言だが、そこまで悩んででも解決できない問題なのかね。お前と違って故郷がない俺だからかもしれないが、さっさと潰してしまえば、時間が解決するだろう」
本人の前でも何度目か、もう覚えていない独り言。それを聞くたびに、彼は困ったように笑って誤魔化すが、ヴァンにとっては理解ができない。
これ以上話しても進展がないだろう。だから今回も、何度目か分からない忠告をしておく。
「俺らはお前の決定を尊重する。余程のことが無ければ、俺らから手を出すことはないが…それは、今のところ危害がないからだ。
逆に危害が加われば、実行に移すかの判断は、マスターに移る可能性が高い。そうなった時、どうするか。それまで考えておけよ」
冷酷ではあるものの、第三者から見た視点ならば、当然の忠告。危害がなければ、当事者の意見を尊重できるが、危害が加わるとなれば、組織として動く必要がある。それは、報復でもあり、見せしめでもある。
特に、歴史から魔女というものは道具として扱われてきた。その時代に回帰しないためにも、魔女協会は仇なす者たちに容赦するわけにはいかないのだ。
耳にタコが出来るほど聞いた忠告に、シルも分かってると言いたそうに頷くが、ヴァンは何度も見た反応にうんざりしつつ、煙を吐き出す。
「まぁ、好きにしろ。相談や忠告ならしてやれるが、最終的に決めるのはお前だ」
自分の考えははっきりと伝えた所で、話は区切りがついた。そこで、シルは話題を変えた。
「ところで、別の相談なんだけど…ここにいる子に贈り物を考えてたんだけど、何がいいか分かるかい?」
「ゴルじゃないってことは浮気か?」
一転、平和な話題に茶化すように聞くと、シルは再び困ったように笑う。
「そういう訳じゃないけど…少し前に他の子から助けてもらったからね。お礼ってほど大層なものじゃないけど、何かいいものはないかなってさ。君、そういうの詳しいだろ?」
歯に衣着せぬ言い方に、流石のヴァンも苦笑しつつ、腕を組んで考えてくれた。
「俺をなんだと思ってるんだ、お前たちは。
…ま、確かにこの前デートした子に流行りものを熱心に説明されたんだが…なんだったかな。その辺の小物でいいんじゃないのか?」
「そんなものかぁ」
真面目に答えてやると、思ったよりも乗り気だったので、ヴァンは敢えて訂正しておく。
「真面目に受け取るとは思わなかったよ。一応訂正しておくが、そいつとの関係は知らんが、あんま形に残るものだとお互い気まずくなるからやめとけ。無難にお菓子とかの差し入れでいいんじゃねぇのか」
「そんなものかな?」
きちんとした回答を素直に受け止め、聞き返してくると、彼は自信満々に答える。
「そんなものだ。代わりと言っちゃ、そういう流行りの店もこの前聞いてきたから、一緒に買いに行くか?」
「それは助かるね。ボクも、そういうのは詳しくなくてさ―」
「――シルヴァルディ?」
「…………あぁ、」
場所は変わり、夜。とある山岳部でキャンプをしていたシルは、隣で待機していた外套を纏った、鉄仮面の女性に声をかけられ、現実に引き戻される。
「大丈夫か? 貴公、気が進まないなら私が代わりに出るが」
仮面の下、くぐもった声で感情は分かりにくいが、彼は丁重に断る。
「少し、現実逃避していた。大丈夫、行けるよ」
「それならば、そろそろ時間だ。……もう一度聞くが、本当に良いのか?」
2度目の申し出も、彼は首を横に振る。
―隠密のため、黒く塗り潰されている、薄い合金で作った鎧。防御を最低限に、動きを保証するための装備。腕にはいくつか、メダル型の魔道具を仕込んでおり、手は拳を守るためのメリケンサックが取り付けられている。
これから行うのは、里帰り。そして、最期の別れ。
魔女協会から、彼の故郷は敵性組織として認識され、ヴァンが事前に通していたので、国家の許可もすぐに降り、敵性と認定されてから数日の内に征伐チームが組まれた。そして、シルはそのチームの特攻隊として志願した。
理由は2つ。自分が引いた引き金なのだから、幕引きをすべきという責任感。もう1つは、この狂気の村が、新たな"贄"を用意していないという確信がないからだ。
マスターの初期案では、遠隔からの殲滅攻撃で終わらせるだけとしていたが、仮に魔女が監禁されていた場合、大きな損失となる。だからこそ、シルが特攻隊員として潜入、必要に応じて魔女の保護をした上で退却後に殲滅をするべき、と進言した。その結果、シルの案が採用され、彼が突撃することとなった。
今でも、故郷の者たちに暴力を振るうことには気が引けているが、彼女―魔女を、あの村に入れるのは気が引ける。
何故なら、昔の彼が気付いていなかっただけで、魔女の脱走を防止するための、対魔女の設備がないとは考えられない。
未だに迷いの見える彼を信用できないのか、彼女はため息混じりに再び聞く。
「失敗は、許されないんだぞ? こちらも、貴公諸共消し飛ばすわけにはいかない」
「…分かってる。ただ、あの村に魔女を入れるのは危険すぎる。君も、ゴルのようにされるかもしれない」
ゴルのように。生まれながらにして、足を切り落とされた魔女の姿が脳裏によぎり、彼女も黙ってしまう。
それを見て、彼は兜を頭部を守る兜を着けつつ笑った。
「魔女たちは、ここで待機。千里眼を使って、ボクのサポートをしてくれ。それが、元の作戦だろう?」
「……分かった、行ってこい。だが、お前もきちんと帰ってくるんだぞ」
ようやく、彼女も納得して、素直に送り出してくれた。その前に大事な指令を伝えると、彼はそうだね、と頷いた。
「モチロンさ。ゴルだけじゃない、ボクの帰りを待ってくれてる仲間たちだっているんだ」
それだけ言って、彼は装備していた小型の転送石を起動して、その場から消えていった。
「……、」
彼女は数秒、黙り込んだあとにすぐ立てておいたテントに戻り、中で待機していた、数人の外套姿の魔女たちに声をかけた。
「作戦開始だ。それぞれ、配置に付け」
星と青い月明かりが照らす夜。人気のない村の中に転移したシルは、すぐに身近な物陰に身を潜める。
そしてすぐに周囲を確認し、人影のないことを確認すると、頭に直接声が響く。
『シル、無事に着いたみたいね。敵影は?』
兜に仕込んでいた、伝声魔法を通して声が聞こえる。ただし、こちらから声を出すわけにはいかず、こめかみ辺りを短く2度叩き、問題ないことを伝える。
『了解、位置については君のほうが詳しいだろうから端折るね。それで君の言ってた通り、魔女らしき気配…厳密に言うと、ジャマーがかかってそうな場所がある。
君の作った見取り図だと、元々ゴルが捕らえられていた座敷牢と概ね合致する。今はどうか分からないけど、変わらず魔女を監禁している可能性は否定できない。
念のため、もう一度確認するけど、君の役割は捕縛されていた魔女がいたら、それの救出。何もいなければ、そのまま帰投すること。分かってるね?』
余計なことをするな、と釘を押されたが、彼は面倒そうに一度叩き、応答しておく。
それを確認してから一度通信が途絶え、シルは行動を開始する。
目指す場所は、かつての村長の家―この村最大の屋敷であり、シルが昔勤めていた場所。
場所は、5年近く経過した今でも覚えている。人目を避けつつ、彼はすぐに目的地に着いた。
周囲を柵代わりに背の低い常緑樹で囲われた場所。正面から突っ込むつもりはないので、千里眼を使ってその先に人気がないことを確認してから、彼は人間離れした脚力で飛び上がり、物音も立てずに着地する。そこで安心せず、すぐに周囲に警戒を払い、手頃な物陰に隠れたところで、通信が入る。
『流石、慣れてるね。ただ、ここからが本番だよ。目指す先は分かってるだろうけど、これならは室内になる。油断はしないで』
分かってる、と言いたげにこめかみを叩いて答える。そして、侵入先を探そうとしたところで、再度通信が入った。
『今、ざっと周辺を見渡したけど、裏口付近に窓が明けっ放しになってるみたい。催眠魔法も装備してるんだし、ゴリ押しでもいいと思う』
「…ありがとう」
有益な情報に、つい彼は口を漏らしてしまうが、誰も聞かれることはなかった。迂闊な行動を戒めつつ、彼はすぐに話のあった裏口へと向かっていく。
話のあった通り、裏口付近―恐らく、厨房周辺で窓が開いていたが、それ以上に生臭い臭いに彼は顔をしかめる。そこで、何かを見た魔女からの通信が入った。
『……!! シル、さっきはそう言ったけど、そこから中に入るのは勧められない。辞めたほうがいい。今すぐ、他の経路を探すから…!』
何を見つけたのだろうか。だからと言って、あまり外で動いていれば、いつか痕跡を見つけられる可能性がある。忠告を受けていたが、この任務を早急に終わらせる必要があるのだ。彼は構わずに、大きく開いた窓周辺の気配を確認し、問題ないと判断した時点で室内へと入っていった。
―そして、そこで見たくもないものを見てしまった。
「――――!!」
こちらに背中を向けていたが、返り血に塗れたエプロンを纏ったコックが捌いていたのは、大きな動物。ただ、その動物は毛のない皮を剥かれ、手足と思われる骨や、肉片が辺りに飛び散っている。
そして虚ろな目と目が合ってしまい―シルは思わず目を背ける。
『…………シル、先に進もう』
気付かれていなければ、何事もなくやり過ごせる。だからこそ、同じ光景を見ていた魔女は、そう言ってくれたのだろう。だが、彼はその場を見過ごせるほど、大人ではない。
正義に駆られた、なんて綺麗な言葉で済めばどれほど良いのだろう。彼は、怒りのままにそのコックの首を拳一つでその首をへし折った。
悲鳴すら起こる間のない、一撃。魔法による補助はあるものの、極限まで鍛え上げられ、人間離れしたその肉体は、首をへし折るくらい、簡単にできる。
邪魔者を1人消し、静かになった調理場で、彼は解体台に寝かされていた女性の目を静かに閉じてやる。腹を裂かれ、中身も手足も全て解体された後だ。間違いなく命はないが、彼のエゴだろう。
『シル』
冷酷な殺意に飲まれかけていたシルの名前を、魔女が呼ぶ。
『君の、今回の役割は何?
怒りのままに暴れること?』
彼女は落ち着いて語りかけると、その言葉が冷めきった彼の頭を解凍していく。
「……調査と、救出」
『よく出来ました。早く、終わらせて帰っておいで』
「―あぁ。後悔するのはそれからでいい」
魔女の言葉に救われながらも、彼は調理場を出て、目的のために進んでいった。




