第2節 25
鍛冶屋での買い物も済ませ、2人はその他に必要な物資を補充する。とはいえ、今回は短期の遠征であるため、長くとも一晩過ごせる物資があれば十分だろう。そうなると、重要なのは食料品よりも戦闘用の物資であり、傭兵組合の者たちも使う、雑貨屋に向かうことにした。
王都の大通りに位置し、利用者も多く、賑わっている大型の雑貨で、それぞれ必要な物資の説明をしながらかごに放り込んでいたが、ルナは彼の話以外にも、周りの視線が気になっていた。
「…ヴァン兄、なんか見られてない?」
周囲の視線に不快感を顕にして聞くも、彼は気にした様子はない。
「そうか? いつものこと過ぎて何も感じないのだが。まぁ、気になるなら一肌脱いでやろう」
ヴァンがそう言うと同時に、周囲の視線に合わせ、それでもこちらを見れるような太いやつが居ないか試すも、誰もがそそくさと視線を外していく。それを見て、不満そうに鼻を鳴らし、すぐに説明に戻る。
「…ふん。―これが、伝声用の魔法石だ。魔女協会からも任務によっては支給されるが、あれは専ら障壁のない屋外用にチューニングされてるものが多い。少々値が張るが、屋内での通信目的ならこっちで買ったほうが結果的に安くつく」
「ふんふん。魔女協会で売ってるものと、ここで売ってるものは結構違うのか?」
その話を聞いて浮かんだ質問に、彼はそうだな、と答える。
「他所の魔女協会の支部はそうでもないんだが、ここ…魔女協会の本部においては、本部からの任務で使うような余り物を回していることが多い。だから、ここで買うよりも値下げして売ってるんだが、使用期限が短かったり、効果としてはコスト削減で限定的にチューニングしてるものが多い。汎用性や、長期保存で魔法道具を買うなら、本部に直接依頼するか、こっちで買ったほうが結果的にいいぞ。何せ、卸値はこっちも本部も買えてないはずだからな」
「本部だから安いってわけじゃないんだ」
意外そうに聞くと、ヴァンは静かに頷く。
「それは、マスターの意向だ。ウチも、傭兵組合とは仕事を共有することもあるし、下手な波風を立てないように色々気にしてるんだよ。
さて、話が脱線したな。必要なものを早めに買って明日に備えるぞ」
その後、必要なものを説明を入れながら買い揃え、良い時間になったので昼食を済ませることにした。
たまに使う食堂の扉を開くと、時間も良かったせいか、混雑しており、面倒なので材料を買って自分で作って済ませようかと思っていた所で、脇から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おや、そこにいるのはヴァンくんじゃあないか! よく会うねぇ!」
聞き覚えのある声が聞こえ、彼が少し面倒そうに声の主の方を向くと、待機席に座っていたイニスとケイの二人がいた。
「やぁ! 奇遇じゃあないか! 君もここで食事の予定だったのかい?」
相変わらずやかましい彼女は置いといて、ケイが苦笑しながら意訳する。
「ボクたちも、席が空くのを待ってたんですけど、もし良ければご一緒します?」
「そうだな、」
ヴァンが少し悩んだところで、後ろからくぅ、という腹の音が聞こえた。
「…お言葉に甘えさせてもらおうか」
「そうだな。そうするといい」
少し恥ずかしそうにするルナを見ないようにして、彼らは話を済ませ、ケイが立ち上がる。
「予約のメモの人数変えてきますね」
「なるほどねぇ。随分と若いのに、修羅の道を往くとは物好きなのもいるねぇ」
少しした後、席に案内され、ケイたち希少取引所の紹介と一緒にルナのことも紹介すると、イニスが楽しそうに話しだした。
「まぁ、こちらとしてはヴァンの仲間が増えるなら贔屓にしてもらいたい所だね。是非、希少生物の討伐依頼が出た際は、ウチを指名してくれると嬉しい。
即日対応、即日鑑定サービスまでやってるし、他所よりもいい条件で取引するよ」
テンプレのような営業を行い、ヴァンは呆れ気味に遮る。
「見境なく勧誘するな。そもそも、希少生物なんかそう容易く依頼なんか来ないだろ」
「まぁ、そうだねぇ。でも、この前の翼竜の素材は良い値で売れたし、評判もちゃんと出てきてる。株が上がりきる前に繋がりを持っておくのは、君にとっても悪い話ではないだろう?」
イニスは自慢げに話すが、ヴァンは鼻を鳴らして訂正した。
「傭兵組合から直接鑑定の依頼が飛んでるお前らの何処が、進出気鋭のグループだ。
業界内でめちゃくちゃ有名だろ」
「イニス、知らない子だからって、適当なこと吹かすのは流石に良くないよ」
ヴァンどころかケイもイニスの戯言に文句を言う。それを見て、反応に困ったルナが苦笑して、イニスはつまらなそうに呟く。
「ノリ悪いよぉ」
「お前が面白くもない冗談言うからだ」
ヴァンは水を飲みながらバッサリ切り捨て、ケイは話を戻す。
「さっきイニスが話してたことはどうでもいいんだけどさ。外回り希望ってことは、物資を集めるときは行きつけの店とか決まってるのかい?」
「いや、基本的には街中の雑貨屋とかを使おうかなって」
その言葉を聞いて、ケイは自慢気に話しだした。
「基本的にそちらを使ってくれて構わないけど、ウチも依頼次第ではそれなりの情報網を持っててね。公式から販売できないものも、仕入れられたり出来るんだよね。…例えば、転送石とか、ね」
「……おい、それを魔女の騎士団の前で言うか?」
ケイの言葉に、流石のヴァンも看過できず、忠告するも、彼女の余裕は崩れない。
「まぁ、仕入れる先は魔女協会からだからね。きちんと先方にも了解の上、取引をしている。それに、犯罪に使う場合なら、ボクらが直接介入できる契約の上だ」
彼女は笑顔のまま語る。ヴァンも、彼女たちの戦闘能力こそ完全に把握しきれていないが、ケイ1人だけでも、首飾りの力―全てを呑み込む闇―は、並の生き物ならば太刀打ちすることは難しいだろう。普段、敵意を見せないからこそ善良な商人に擬態出来ていることを、彼は今更ながら思い出した。
「…それなら、大丈夫か」
ヴァンも仕方なく、先ほどの発言を飲み込み、それで納得させたと判断したケイが続ける。
「まぁ、さっきのは極端な話だったね。それだけじゃなくて、攻城用の兵器だったり、普通の鍛冶屋じゃ仕入れられないような、兵器を所望だったら是非とも頼ってほしい」
そういえば、先日会った時も、イニスがバリスタを運んでいたことも思い出し、ヴァンが口を開く。
「…お前、その繋がりをどうやって手に入れたんだ…?」
冷静に考えれば、ただの商人が、魔女協会や国家から道具を取り寄せられる繋がりを持っている時点でおかしい。純粋な疑問をぶつけると、彼女は笑って誤魔化した。
「さぁ、何故でしょう?」
そう言ってから、少しの沈黙の後、ふふ、と笑ったまま答えてくれた。
「深くは話せないけど、ボクらも、君と同じさ。国歌とも、魔女―言葉を変えれば、"三英雄"と太い繋がりを持っている。
当然、君たちの師匠とも繋がってるのさ」
「……、マジか」
思ってもいない言葉に、彼は絶句する。黙ってしまったヴァンに向け、一応訂正はしておく。
「まぁ、順序は君のほうが先だけどね。それに、黒の竜狩り…オーキスとは、ここしばらく会ってないし、ルナ君のことを知ったのは本当に初めてさ」
そこまで話しているところで、料理が運ばれてきた。丁寧に全員分、一緒に持ってきてくれたので、それぞれ料理を置いてから、彼女は手を合わせる。
「まぁ、話はこのくらいでいいじゃないか。今は食事に集中しよう」
「…、そうだな」
彼女の言うことも尤もなので、大人しくその言葉に従って、彼らも手を合わせる。
『いただきます』
その後、ケイたちと別れ、彼らは買い物の続きをすることにして、用意が済んだ頃には日も沈みつつあった。
赤い月が空に昇り始めているのを見て、ヴァンは両手に持った荷物と、メモを確認する。
「さて、こんなものだな」
「めちゃくちゃ買ったね」
ルナも荷物を一緒に持っているが、その両手は塞がっていた。当然と言えば当然の反応を聞いて、彼は当たり前のように答える。
「まぁ、これだけあればあと3月齢くらいなら買い物はいらないからな」
「流石にこれだけあればそんだけは持つんだ」
「そうだな。2人で使う前提だが」
しれっとそんな事を言い、ルナは不思議そうに首を傾げた。
「道具を共有するってこと?」
「お前の世話も、協会からの指示だ。お前を連れていけない仕事以外なら、きちんと面倒見てやるから安心しろ」
彼は当たり前のように言い、今更ながら、ヴァンは割と面倒見が良いということを思い知った。
「…他の人も言ってたけど、ヴァン兄って普段色々文句言う割には面倒見いいよね」
素直に感想を伝えると、彼は面倒そうに頭を掻く。
「面倒見っていうより、仕事だからな。適当な事をするつもりがないだけだ。
それでも、面倒だと思ってるのは事実だぞ」
ヴァンも正直に面倒だということは伝え、ルナは小さく笑う。
「それなら、早く自立できるように鍛えてくれよ」
「任せろ。ただ、俺も師匠仕込みの教え方しか出来んからな。今はともかく、今後は容赦せんぞ」
そんな会話をしながら、彼らは魔女協会へと向かって歩を進めていく。
そして、魔女協会に到着した後、荷物を置いてから2人は早速訓練場に向かった。そして、ヴァンは訓練用の木製の剣を2本取り、片方をルナに投げ渡す。
「じゃ、明日に備えて軽く体動かすぞ」
「前日でも、ちゃんとやるんだね」
組手をやると伝えると、ルナも抵抗なく剣を握る。意外そうな返事に、彼は少し嫌味を込めて話した。
「お前は毎晩動いてるから要らないかもしれんが、俺は少し前暴れてから、雑務続きだったからな。感覚を取り戻すついでに付き合え」
「…たまに余計なこと言うよな、アンタ」
「分かったか? まぁ、何にせよ―殺しはしないが、真面目にやれよ」
馬鹿にしたように小さく笑い、彼は脱力し―片手で剣を握り、下段どころか、だらん、と力を抜いて構えと呼べるのか怪しい状態で構える。
やる気のない構えに見えるが、空いた手はしっかりと拳を握っており、ルナもしっかりと両手で剣を握って中段に構える。
―先手は、ヴァン。間合いを詰め、大きく一歩踏み出し、脱力して、鞭のようにしなる腕で、叩きつけるように下から上に剣を振るう。ルナは横に避けて、流れた脇を狙おうとするが、既にヴァンはルナを見据えている。振り上げた腕をすぐに振り下ろし、ルナに攻める隙を与えない。その剣を受け止め、木と木がぶつかる小気味良い音が鳴る。その衝撃を受け止めきれずに、ルナが剣を落とした隙、意識がそちらに奪われたと同時に、更に一歩踏み込んで、空いた拳を叩き込む。
肩で受け止め、後ろにずり下がったルナに向け、彼は肩で剣を担いで呆れ気味に喋り出す。
「変な構えしてるからって油断するな。俺は真面目にやってるんだぞ」
「…変な構えである自覚はあるんだね」
崩れかけた体勢を立て直し、ルナがツッコミを入れる。まだ全然元気そうな姿を見て、ヴァンは薄ら笑いを浮かべる。
「まだ軽口叩ける元気はありそうだな。今日は明日に備えて早めに寝ることになるし、よく眠れるくらいの運動に付き合ってくれよ」
勝手なことを言い出し、彼が満足するまで―1時間ほど、ノンストップで訓練を続け、ルナが疲れ切って、剣がしっかり握れなくなるまで、彼の"運動"に付き合わされることになることになるとは、その時はまだ、知る由もない話。
今日も、魔女協会は平和である―




