第2節 22
マダムの質問に、彼は口元に付いたソースを拭き取ってから、迷いなく話し出す。
「信じられないかもしれないが、反乱の兆候がある」
「ほう」
ヴァンも、パンを千切りながら反応する。一方でマダムは、待合室で話していた通り、予想通りとなった告白に、呆れ気味に答える。
「別に、この国は思っているよりも安定してないのは知ってるわよ。それで、わざわざこうやって面会したっていうのは、反乱時の鎮圧の依頼のため?」
いつになるか分からない内覧のために、彼女たちは呼ばれたのか、と聞くと、彼は首を横に振る。
「そういう訳じゃない。こちらが頼みたいのは、内乱になる前の防止だ」
「…ふーん、私たちに、不穏分子の摘発か粛清を頼むってわけ?」
敢えて、話を一歩膨らませて聞くのは、彼女なりの真意を引き出すためのやり口なのだろう。その問いかけにも、王は首を横に振り、彼女を窘める。
「話は最後まで聞いてくれ。別段、君たちの負担になるような真似はしたくない。ただ―私の息子たちを、気にかけてほしい、ということだ」
「…王子を?」
思いもよらない頼みに、彼らは首を傾げるも、国王は話を続ける。
「君たちが知っているかは分からないが、余の子どもは何人かいるものの、男児は1人しか生まれなかった。故に、ただ1人の息子が、余の身に何かあった時の、第1後継者となる。―細かく言えば、少し違うのだが、あの子もそろそろ成人する。後継者として十分な年齢だろう。
その時、幼い王には、様々な思惑が入り込むはずだ。その時の守護者として、信頼のおける戦士として、君たちを推薦したい」
はっきりと告げられた、王ではなく、1人の父親としての依頼を受けて、2人は困惑する。無茶な依頼をしている自覚はあるのだろう。困惑する2人を見て、彼は、あろうことか頭を下げた。
「――頼む」
それを見て、顔を上げるように、と言う前に、ヴァンが面倒そうに答えた。
「力しかない、俺で良ければ、いくらでも。だから、その顔を上げてくれ。こんな所、他のに見られたらどうする」
ヴァンの言葉に、初めて、彼は素の笑顔でこちらを向いた気がした。
「―ありがとう」
それを見てマダムも折れたのか、やれやれ、と言いたそうに腕を組んで答えた。
「碧の竜狩りとしては、個人の依頼は受けられません。…ただ、アナタが個人として依頼した通り、私―サフィア個人の依頼であれば、請けましょう」
彼女も快く依頼を受けたところで、ヴァンはジュースを一口含む。
「個人的な話は、これで大丈夫か?」
これ以上、面倒事は増えないか、念のため確認すると、彼は普段通りの顔で答えた。
「あぁ、もう大丈夫だ」
それを聞き、2人はホッとため息を吐く。
「それは良かった。こちらとしても、個人的に伝えておきたいことがいくつかあったんだ」
「どうした、言ってみろ」
こちらだけが一方的に話すだけではなく、この会食だからこそ、王の耳に入れておきたい話があると伝えたところ、彼も快く応じてくれた。
それを聞いて、ヴァンは食事を再開しながら話し出す。
「まずは不確定な事からだが、近日中に、魔女の大隊の出撃許可を出した時に承認してほしい。―王国圏に非加盟の村で、1つ、殲滅の必要がある場所がある。状況証拠しか無いとはいえ、殲滅に値すると魔女協会としての判断だ」
はっきりと、武力行使についての話をするも、彼は表情1つ変えずに受け止めた。
「善処しよう。ただ、証拠の立証はきちんとやってくれ」
「助かる。
それと次に、最近物資不足に困っている商人も少なからず見受けられた。話半分に聞いていたが、戦争準備と聞いて合点がいった。国民に悟らせるつもりがないなら、早急に手を打っておけ」
「指摘、感謝する。すぐに検討もしておこう」
てきぱきと伝言を伝え、王もメモに書き残しつつ、答える。最後に、とヴァンは思い出したように言った。
「それと、個人的にスパイを疑う連中を見つけた。どうすればいい?」
「証拠の立証が可能なら、君の判断で処分して構わん」
「了解した。死体と事件としての隠滅は頼む」
明日の天気を話すように、諜報活動について話し、国王もきっぱりと方針について伝える。そこにはなんの感情も無く、改めて、彼は施政者であり、王であると認識させられた。
それを見ていたマダム、もといサフィアもついでに、と口を出す。
「これは傭兵組合にも所属する側からの提案だけど、さっき話してた国境戦争を本当にするなら、最初の徴兵について、出来れば私たち、色付きに話を回してもらえると助かるかな。
こちらから、傭兵組合に取り合って、信頼に足るチームに声をかけられるから」
こうやって、王国の内側に潜り込んだからこそ、彼女が提案すると、それには少し国王も難色を示した。
「それでは、少し公平性に欠けるのではないか? 只でさえ、色付きは傭兵たちの中でも優遇されていると、噂に聞いていたが」
「それは、力のない者たちの僻みでしかないでしょう。先ほど金色が話していた通り、この国にもスパイが紛れ込んでいるのは間違いない。開戦前に情報という資源を共有するのは、信頼のおける者たちにだけに留めておいた方が、有益だと私は思うわ。
そう言ったことの為に、私はこの場にいるのだから、少しくらい優遇してくれても良くなくて?」
したたかではあるが、尤もな提案に、国王も唸りながらも首を縦に振った。
「…分かった。有事の際は、軍部にもこちらから掛け合おう」
「それは助かります。その代わりと言っては何ですが、こちらも傭兵側の不穏分子の粛清には協力しますよ」
「……」
しれっと今後も協力関係を結ぶことまで提案しており、数分程度の会話で仕事を作り出した手口には、流石のヴァンも年の功を感じてしまった。
美味しい食事を済ませつつ、魔女協会と傭兵組合の有力者2人から、様々な密約を交わされた。主に、この国を守るために必要なことであり、それに必要な手続きは公的にされないまま、処理されるだろう。しかし、お互い損をしないための約束であるため、実りのある時間と彼らは思っている。
会食を終えた頃には、高く昇っていた日も傾いており、2人はそろそろ拠点に帰ることにした。
兵士に案内され、いくつかの転送石を通じて、城門まで帰る道の途中、赤を基調として、金色と白の装飾品を着けた18ほどの青年が遠く見えた。
青年の後ろには、重装甲の近衛兵が2人着いており、その豪奢な服を着ていなかったとしても、高貴な立場の人間と分かる。
まだ幼さの残る顔立ちをしているが、その大きく丸い、青い目は光がなく、大人びた雰囲気を感じる。パーマが少しかかった、綺麗で細い黒髪を揺らした彼は、2人の顔を見て立ち止まった。
「―もし。人違いであれば申し訳ないが、君たちは色付きの竜狩りだろうか?」
少し高くも、はっきりとした声で2人を呼び止め、それに気付いた、案内役の兵士は敬礼する。
「殿下、お疲れ様です」
「あぁ、いつもお勤めご苦労。―して、合っているのだろうか?」
敬礼した兵士にきちんと返し、改めて2人を見てくる。2人とも、ここで誤魔化す理由もないので、一礼してから名乗る。
「こうして会えるとは光栄です、殿下。私は碧の竜狩りと呼ばれるものです」
「同じく、金の竜狩りです」
畏まって名乗ると、彼は笑った。
「―と、私も名乗るのが礼儀だな。
私は、この国の第1王子だ。そして、そこまで畏まる必要はない。私はまだ、王でも何でもないのだからな。…まぁ、それは良い。
2人の名前は、王室にも届いている。そんな2人が、城に来てまで、何かしていたのか?」
当然と言えば当然の質問に、サフィアが代表して答えた。
「陛下、貴方の父上と、少々お話していただけですよ」
彼らの間に交わされた、密約については答えるわけにもいかない。要点だけまとめて答えると、彼も察したのか、深くは追求せずに頷いた。
「なるほど、そういうことか。であれば、ここで聞くのは野暮なことだろう。
―時間を取らせた。また、会うことがあれば、今度はゆっくりと話をさせてもらえないだろうか?」
物分かりが良い王子は、それだけ言って再び歩みを始める。彼も第1王子という立場だ。当然、多くの責務があるのだろう。そのまま通り過ぎていったのを確認して、兵士も再び歩き出したので、2人もそれに着いていく。
それまで無言で着いていったが、人目がなくなったタイミングで、兵士に聞いた。
「この国に長くいるけど、王家の子供の話ってあまり聞いたことないのよね。後継者の関係なんだろうけど、アナタは何か知ってたりする?」
「…考えたこともないですね」
案内が役目なので、無駄話はしないと思っていたのだが、予想と反して、すんなり答えてくれた。
「知らないかぁ。まぁ、昔の話の通りってことなのかね。後継者が居ない時は、プラナが継承順位1位として、代理になるって話」
「…なんだ、それは?」
初耳の話を聞いて、彼女は特に隠さずに続ける。
「文字通りの話よ。この国に古くから続いてる伝統というか、安全装置に近いものね。
現国王が、何かしらの理由で崩御した時に、その後継者が育つまで、始祖の魔女、プラナがこの国の全権を委譲されることになってる。
それがあるせいで、王族の暗殺を狙うならば、次に魔女協会も狙わないといけない。後継者自体も公表しないのは、その名残だと思ってたんだけど、詳しいことは知らないわね。何せ、数十年も前の話だし」
今は分からないよ? と念押ししたところで、彼女たちは城門付近の転送石まで送り届けられた。
別れの時間がきたところで、彼女はヴァンの方を振り向いた。
「じゃあ、今日はこの辺りで。これからも、世話になるわね、金色の」
「こちらこそ。契約の話は、よろしく頼んだぞ」
最後に簡単に挨拶を交わし、2人は送り届けてくれた兵士に礼を伝えてから、各々の帰路に向かっていった。
そして、魔女協会まで帰り、魔女協会の最上階にある、マスターの部屋へと向かっていった。
最上階唯一の部屋のため、階段を登った目の前にある、他よりも大きな扉をノックすると、間の抜けた返事が返ってきた。
「どうぞー」
その声に従い、ヴァンは扉を空けて入る。窓はないものの、換気扇で空気の入れ替えができる、20畳ほどの大きな部屋―壁一面に並べられたガラス張りの棚には、この国の歴史が記された書類が詰まっている。建国以来収集している情報は、本来城に保管されるべきものだが、何かあった際の焚書防止のために、彼女が全て保管している。
そして、部屋の隅に仮眠用の寝床が置いてあり、中心にある大きな机に向き合う形で、彼女は座っていた。
「お帰りなさい、ヴァン。今日の出来事について、報告しに来てくれたのかしら?」
普段通りの彼女は、前髪を揺らし、肘をついて見透かしたように聞く。ヴァンも素直に答え、会食中にとっていたメモを見る。
「そうだな。色々、約束を取り付けてきていた。1つずつ、報告で構わないか?」
「えぇ、大丈夫よ」
許可をもらい、彼は、昼の出来事について、1つずつ報告していく。
国境での戦争、スパイの粛清、それだけではなく、有事の際の第1王子の保護―他にも多くの密約について、包み隠さず報告する。
それを彼女は静かに聞いて、要点を書き記していく。
「―以上だ。陛下からの依頼も多かったが、それに見合う返礼は期待できるはずだ」
「えぇ、お疲れ様。…本当に、人の成長というのは早いわねぇ。あの子も、少し前までは私の胸に隠れて触るようなマセガキだったのに」
報告を聞き、彼女もペンを置いてとてもどうでもいい思い出を語るが、ヴァンにとっては興味がない。
「…夜に備えて仮眠取ってきていいか?」
用件も済んだので、部屋に戻ろうとしたところで、マスターが呼び止めた。
「相変わらず冗談通じないわねぇ。いくつか、あなたに伝えておきたいことがあるんだから、近く来なさい」
「仕事の依頼か?」
彼女の口ぶりから、用件を察して聞くと、そうね、と頷いた。
「ちょうど今日、入ってきた仕事。出来ればすぐに向かってほしいけど、依頼者兼案内役の男が今療養中で、動けない状態なの。早くても2日後になるから、事前に情報だけ伝えておきたくね」
「分かった」
彼は、マスターから手渡された依頼書を受け取り、目を通す。それを受け取ったところで、1つ提案した。
「それで、提案なんだけど、この仕事に、ルナくんを連れていけるかしら?」
「……随分と、刺激の強い仕事になると思うが?」
内容を確認しながら、改めて聞くも、彼女は構わないわ、と即答した。
「このくらい経験しなきゃ、立派な魔女の騎士団になんかなれないわよ」
「それもそうか」
尤もな言い分に彼も納得し、依頼書を折りたたんで懐にしまう。
「依頼は承った。ルナにもそれを伝えておく」
「よろしくねぇ」
気の抜けるような声色で、彼女はヴァンを送り出して、彼も片手を上げつつ部屋を出ていった。




